Encounter between a girl and a witch 3
ー 約40年前 ー
ー 崩壊したオルガナ ー
気が付いたら、私は瓦礫の中にいた。
破れてボロボロになった服、何かに綺麗にくり抜かれたかのように穴が空いた建物。
そんなことよりも、私の頭の中の違和感は強烈な物だった。
何か大切な物を失った。
その喪失感だけが私の心を支配していた。
ソレが何なのか思い出す為に外に歩み出て、更なる絶望が私を支配した。
目の前には見知った顔の死体がゴロゴロしていた。
鼠の魔女、マークス・ウォルナット。
記録の魔女、レコーディア・アーカシー。
ガスの魔女、ガブリエル・スミス。
植物の魔女、プレナ・トーマス。
循環の魔女、サンチ・キュリエル。
全員、体が綺麗にくり抜かれて自身の血溜まりに沈んでいる。
昨日まで、共にーー。
重い頭痛が私を支配する。
違う、いや、違うわけではない。
確かに彼女達とは一緒に居た。
この街の住人として、間違いなく知っている。
友人でもあったのだろう。
だが、どんどんと、この瞬間にも、加速度的に、忘れそうになる朧げな記憶のどこかに、一緒に住んでいたはずの存在が頭にチラつく。
私と同じ歯が、瞳が、髪が灯が消えたトンネルの様に消滅していく。
「嗚呼、貴女は無事でしたか。」
そう言いながら現れた初老の女性。
この方は思い出せる。
オルガナの創始者であり、ワルプルギスの長。
シルヴィア・ヴーク。
「我々の留守の間に大変なことにーーー」
「シルヴィア様!」
私は言葉を遮り声をかける。
「私の...私の、家族はーーー」
消え去っていく記憶から、恐らくいたであろう存在に対しての答えを無理矢理導き出す。
私には、家族がいたはずなのだ。
確かに大切な、誰かしらが居た筈なのだ。
もう完全に記憶の中からは消えてしまったけれど。
その言葉に目を丸くし、首を横に振るシルヴィア様。
「何を言っているのですか、気をしっかり持ちなさい。
貴女は1人でここに住んでいたでしょう。」
その言葉を聞いて、喉を胃酸が焼き、私の目の前は白くなり暗転した。
次に目を覚ました時は、バベルの中に居た。
旧約聖書と同じ名前の、いつから立っていたか分からない、一部崩れ落ちたオルガナの中心にある巨大な塔の一室。
小さな窓から外を見て、愕然とした。
建物も、大地も、木々や花畑も。
牧歌的と言うに値するオルガナの全てが、巨大な蛇がのたうったかの様に抉れてなくなっていた。
何があったのか、最後の記憶を探ってみても、鼠の魔女マークス・ウォルナットと鳥の魔女バチスカ・ドーターの2人と一緒に彼女達の実験の成功を祝して酒盛りをしていた記憶で止まっている。
ソレ以前の記憶も全てどこか抜け落ちているかの様に……否、私が1人で過ごしている、私の知らぬ記憶が補填されていた。
幼い私が父と母を見上げる記憶。
1人で井戸のそばで遊んでいた記憶。
父と母、村の皆が皆殺しにされた記憶。
シルヴィア様に拾われた記憶。
そのどれもが、違和感の塊となって襲いかかって来る。
誰かは分からない、何なのか分からないが、ぽっかりと穴が空いているのだ。
ふと、着の身着のままだった自分の服のポケットの中を探る。
そこには数枚の写真。
私と同じ顔で笑う、女性。
そして、もはや記憶の彼方に消えた両親と共に撮った様に見える白黒色の家族写真。
写真の私の手を繋いだ私より少し背の高い小さな少女。
私と同じ歯を見せ笑う、誰か。
「……っぐ………!?」
唐突に襲いくる頭痛。
腹の奥底から耳に響く幽かな声。
『アリアナ、私達は私達の中では正常かもしれないけど、形骸化した人達からはこの歯を見ただけで異常と判断されるわ。
歯の形が違うだけで人狼なんて揶揄されて燃やされたり、刺されたりするのは嫌でしょう?』
私の記憶から消えてしまった筈の誰かの声。
凄まじい頭痛が私を襲い、木製の床に赤い点が落ちる。
幻聴ではない、いつか聴いたこの声は私を諭す声。
「やっぱり」
そう独り言つ。
私には姉がいたのだ。
そうなれば、何故シルヴィア様は私に嘘をついたのだろう。
そう考えた私はシルヴィア様を問い詰める為、居室に乗り込んだ。
「…その写真は貴女が無理を言ってレコーディアに頼んで出してもらった物でしょう。」
シルヴィア様の口からはその様な言葉が漏れた。
嘘ではなく、シルヴィア様の脳内からも消え去ったと言うことなのだろうか。
「数ヶ月前に…? えぇ、レコーディアに昔の写真を、出して欲しいと言って無理矢理用意させていたではないですか。」
多少の違和感を感じるものの、何処か確信を持って話すシルヴィア様。
「アッ! アアアッ! ……ヒヒッ! ウァアアアアアア!!」
近くには変貌した見知った顔。
イカれたように涙を流し、笑うバチスカの姿があった。
忌避していた鳥の嘴を模した面をつけて、死んだマークスの写真を舐めている。
写真の額に触れ面がズレ、泣き喚き、喚いた拍子に面が戻り狂ったように笑いながら写真を舐め回す。
小さいながらも美しかった声は、どれほど泣き、どれほど笑い続けたのか分からないが既に嗄れてかつての面影は消えていた。
その様子を見てなんと言っていいか分からないでいる内に、扉が開く音がした。
「報告します。」
そう言いながら現れたのは、神託の魔女ジャンヌ・ダルク。
コイツも故人の名前を名乗り、自身を偽って生きる変わり者だ。
「死亡者数、及び姿が確認できない者の数、合わせて764名。
生存者数49名です、シルヴィーーァぁアーーーぉってーー」
ジャンヌの言葉が歪む。
死亡者数?
生存者数?
何を言っているのか分からない。
何が起こったのか、何が起きていたのか。
そもそも、何故私はあの場で倒れていたのかも。
泣き喚くバチスカの声、淡々と報告するジャンヌの声、ソレに返すシルヴィア様の声。
外から聞こえる風の音、鳥の鳴く声、軋む窓の音。
あらゆる物が混ざり合った不協和音が耳に響き頭の中でシェイカーを振る。
音のカクテルが私の中をアルコール漬けにしたのか、酩酊感に似た感覚で目の前が揺れて私はもう一度意識を失った。
最後に聞こえたのは、ジャンヌとシルヴィア様の叫び声と駆け寄ってくる音だった。




