Prologue1
初めましての方は初めまして。
そうでもない方ごきげんよう。
冬草です。
本日よりCigaretteシリーズ、第二弾。
Water Hazardをお届けします。
前作、連続圧縮殺人事件の続きとなっておりますので、良ければ先に其方からご覧下さい。
また、今回はお試しで、2000-5000文字程度で収まるようにしていきます。
ぶつ切りになったら申し訳ございません。
それでは、どうぞ。
外部森林
14:30
『cigarette-smoke shop(シガレットのタバコ屋)』
あの悪夢の夜から数日経った。
一晩のうちに計5名の人間が死に、一名の指を奪ったあの夜から。
「シ、シガー...レ?」
「シガレット、じゃよ。」
「ラケニカはしゃべるの苦手?」
「かも、しれんなぁ。」
揺り椅子の上で、黒髪褐色の少女、ラケニカを膝に抱えるシガレットと、その横で揺り椅子の手すりに手をかけている茶色の癖っ毛の少女ネル。
「かぉしんぁ?」
シガレットはラケニカの頭を撫でながらキョトンとした顔のラケニカを見る。
その様子を見ながら耳をピクリと動かし「今日はいいの?」とネルがシガレットに問う。
「ああ、今日はいいんじゃよ。」
そう、シガレットが返した。
ビーーーーーーッ。
そして、呼び鈴が鳴る。
自動では無いはずなのに、木製の掘建小屋の扉が勝手に内側に開いた。
「さて、一働きせんとなぁ。」
そう言いながら、ラケニカを膝から下ろし揺り椅子から伸びをしながらシガレットが立ち上がる。
扉の向こうにいたのは赤髪の青年。
そして、茶色のくせっ毛の髪の男。
「連れてきたぞーーッグ!」
くせっ毛の髪の男の腹部にネルが飛び込む。
「シス!シスおじさんだ!」
「突進は止めろ!突進は!」
ネルに腰に抱きつかれながら、シス警部はネルの髪の毛を無茶苦茶にした。
だが元々ボサボサなので大して変わりはしない。
ボサボサの髪の間から眩しい笑顔で顔を上げ、ネルがシス警部を見上げると、シス警部は頰を掻いて、シガレットの方を見た。
「ネル、ラケニカと下に行っておいてくれんか?」
優しく諭すように、シガレットはネルに声をかける。
「やだ!シスおじさんに本読んでもらう!」
だが、ネルは駄々を捏ね始める。
シガレットが仕方ないという風に首を小さく振ると、
「今日の晩飯をローストビーフにしてやるからどうじゃ?」
ニヤリと笑いながら、そう切り出した。
シガレットの発想は悪くない。
ネルの好物の一つがローストビーフだからだ。
子供は食べ物で釣るに限るし、今までのネルであればそれで満足して言うことを聞いていた。
「やだ!」
しかし、ネルの口からは否定の言葉が出た。
数日前まで贅を尽くした食事をしていた少女の心は今、食事よりも見知ったおじさんに本を読んで貰いたいに傾いていた。
「フレンチトースト」
「ウェンチオースト!」
「やだ!」
「蜂蜜たっぷりのパンケーキ」
「アンけーい!」
「やだ!」
「アイスクリーム」
「ぁいすぅいーむ!」
「寒いからやだ!」
「ワシ特製、ベシャメルソースのクリームパスタ!」
「ぇしぁぇる?...タ?」
「う...やだ!」
見兼ねたシス警部が未だ腰に腕を巻きつけているネルの頭に手を乗せる。
「...仕方ねぇな、用事が終わったら一晩でも付き合ってやるからーー」
そう言いながら、シス警部が取り出したのは一冊の本だった。
「ーーこれ持って下で待っててくれるな、ネル。」
「わかった!ラケニカ、こっち!」
「おっち?」
即答し、不思議そうな顔をするラケニカの手を引っ張ってネルは地下のキッチン兼作業場に降りて行った。
「ぜったいだからねーー!」
地下の扉が閉まる前に大きな声でそうネルの声が響いた。
「姉が見たら殺されてましたね。」
赤髪の青年がボソリと口を開いた。
「やめてくれ、ゾッとする。」
冷や汗をかきながらシス警部が赤髪の青年の方を見た。
「カカ、そうじゃな。
...助かったぞ、シス君。
そして、ようこそデニス。」
デニスと呼ばれた青年が軽く頭を下げ、シス警部と共に魔女前まで歩みを進めた。
魔女の前まで来た瞬間、魔女が深々と頭を下げる。
「まず、改めてーーすまんかった。」
唐突すぎる謝罪に男2人は揃って声を出すことすらできなかった。
「エンリケとリコの件も、お主のその指の件もワシがクラリスを甘く見とった所為じゃ、その所為で対応が遅れた、その所為で逃し切る事ができんかった。」
「シガレーー」
その言葉を止めようとしたシス警部の言葉をシガレットが手で制した。
「お」の形に開いた口を拳を握り込んで真一文字に閉じ直し、シス警部は顔を背けた。
「ワシの自己満足なのは分かっておる。
じゃが、謝らせてくれ。
...本当に、すまなかった。」
深々と頭を下げるシガレットを見ながらデニスが口を開く。
「…シガレット様、シス様にも伝えてはいますが気になされないで下さい。
相手の存在を聞いていたにも関わらず、過小評価をしていたのは我々です、ファルシオン様からもそのように伝える様にと伺っております。」
そう言うデニスの表情をシス警部は見ていた。
終始、淡々と感情が入る余地がないようなポーカーフェイスをつら抜いており、その本心を垣間見えることすらできない。
「…そうか」
「それにーー」
「それに?」
「リコ副隊長もエンリケも死ぬなら戦場で死にたいと、常日頃から言っていたので、本望だったでしょう。」
言葉の一瞬の震え、シガレットは出来るだけ自分に気を病ませないようにするための嘘だと察する。
その言葉を噛み締める様にシガレットがゆっくりと頭を上げた。
「分かった、ならこれ以上は野暮じゃな。」
そう言うシガレットの顔は何時もの人を小馬鹿にするような表情に変わっていた。