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朝の澄んだ空気を吸い、家の隣にあるお社に手を合わせ、本日は平日なので自身の通っている学校に向かう準備をする。
少年の名前は、天音美命
この王樹町に暮らす中学2年生で実家は龍神を主祭神とする王樹守龍王神社の神主である。
「じゃあ、おばあちゃん。行ってくるから」
「気を付けての、美命」
鳥居を潜り抜け、後ろを振り向き境内を掃除している祖母である天音梅子に声を掛けて家を後にした。徒歩25分圏内の距離に美命が通う王樹守中学校にあり少しだけ早歩きして何時ものように通学路を歩く。美命が上靴に履き替え教室に向かうと少しだけ教室がざわざわと騒がしい。その中を突っ切って自分の席に向かい、前の席に座っていたクラスメイトで友人の前田ニカルド太郎に声を掛けた。
「おはよう、なぁニカルド、何で今日はこんなに騒がしいんだ?」
「ニカルドって呼ぶな!!…昨日から永山が行方不明なんだとよ」
「なんで、また…?」
「昨日の放課後から連絡がつかないらしい。今日の朝、永山の母ちゃんが警察に通報したって」
「永山の事だから家出したんじゃないのか?」
「さぁ、まぁ確かにパリピだからなあいつ。でも先月も同じような事あっただろ」
「あぁ…」
「だから皆、ピリピリしてんだよ」
クラスメイトの永山絵美里はクラスの中心的存在の一人でよく喧騒の中心にいる生徒である。そのせいかどうかは分からないが、いい話も悪い#噂__・__#もよく耳に届く
また先月にも同じ行方不明になった生徒がおり、未だに見つかっていない事実が緩やかに生徒達に圧力を掛けていた。少しだけ嫌な予感がしたが引き戸を開く音と担任の先生の声で掻き消された。
「静かに!!…皆さん知っていると思いますが永山さんが現在何処にいるか分かりません。もし居場所に心当たりのある方は先生の方に連絡をお願いします。ではホームルーム始めますよ」
そう当たり障りのない事を言ってチャイムの音と共にホームルームが始まり少しずつだが静かさが教室を包んだ。
「ニカルド、次の授業って何だっけ?」
「次は確かに古典だったハズ、てかまじでニカルドって呼ぶな」
「あっ、ヤバい…古典の教科書忘れた」
「聞けや、まぁいいか。いつもの事だし…あぁ確か、隣のC組も午前中古典があったと思うから今から借りに行けよ」
「行ってくる」
そう告げ昼休憩中の教室を抜けて隣のC組と表札のかかった教室のドアを開いて窓側の最後尾に視線を向ける
「坂森さんいるー?」
「あっ、はい。どなたでしょうか?」
あわてて俯いた状態から勢いよく顔をあげたのか、髪の毛が少し乱れ、トレードマークの赤いウェリントングラスも少しだけズレている
彼女の名前は坂森衣澄
彼女とは去年同じクラスで二人共押し付けられた役職やった経験により、顔見知り程度にはよく話す仲だ。
「ごめん、次の授業古典なんだけど教科書忘れちゃってさ、よければなんだけど貸して欲しいんだ」
「それくらい、いいですよ」
「えっ、ありがとう!!助かる」
自分の机に取りに行った教科書を渡すと少しだけ曇った表情で衣澄は話し掛けた。
「……あの、少しだけ相談したい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「相談?」
「ここではなんですから、今日の放課後少し私に時間を頂けないでしょうか?」
「いいけど…」
「…ありがとう、ございます。では放課後中庭のベンチで」
そう告げると坂森は自分の席に戻った。
昼休みの終了のチャイムが鳴り慌てて自分の席に戻った。
教室に戻ると直ぐに古典の担当の教師が入ってき授業が開始された。
約束通り授業が終わって直ぐに教室を出て校舎と校舎の間にある中庭に向うと坂森は既に中庭のベンチに座っていた。俯き、膝の上においた手を見つめている。思わず、声を掛けるのを躊躇ってしまう、とりあえず一席分間をあげてベンチに座る。
「あのぉ~、坂森さん?」
「あっ、すいませんっ、何でしょうか?」
「いや、坂森さんが呼んだんでしょ?」
「すいません!!」
「いや、もういいから…相談事って何?」
謝り続けようとした彼女を止める。少しだけ、ほんの少しだけ軽く空気を吸い彼女は陰鬱な表情で口を開いた。
「実は行方不明の生徒を探しておりまして、C組の井原緋音ちゃんの行方を知りませんか?」
彼女が問いたのは先月から行方不明の生徒、井原緋音の行方だった。
「……いや、ごめん。分からないや、でもどうして、俺に?」
「…お恥ずかしいながら、緋音ちゃんを除けば気安く話し掛ける事が出来るのは天音君と渡橋君だけでして」
「えっ、坂森さん、渡橋と仲いいの?」
友達が居ないという事実よりも自分と同じクラス渡橋護と仲がいい事実に驚いた。彼はクラスメイトの誰とも仲良くすることなく一人で席に座っているような奴だ。だから、以外だ。
「実は、私と緋音ちゃんと渡橋君は幼なじみでして、昔はよく遊んでたんです」
「…じゃあ、今の状況は心配だな。」
「…えぇ、本当に。」
「…渡橋には聞いたのか?」
目を伏せて、ボソリと彼女は呟いた。その声は少しだけ陰っているように聞こえた。
「……俺は知らないって…」
「……そっか」
「…今日はありがとうございました。もし、緋音ちゃんを見かけたら私の方に連絡をお願いします」
「分かった。」
美命と坂森は中庭で別れた。学校から帰ってくるとちょうど、自宅の神社の鳥居の手前に見覚えのある人が立っていた。
「なんだ、静帆来てたのか?」
「まぁな。晩御飯食べないかって梅ちゃんに呼ばれてさ」
彼の名前は村藤静帆、美命の幼馴染みであり美命の家の近所に住む少年である。二人で鳥居を潜り抜け神社の隣の自宅の引き戸を引くと微かに辛味の帯びた匂いが漂ってくる。
「おっ、今日はキムチ鍋か?ホント、梅ちゃんって若々しいよな」
「ったく、もう72歳なのに脂っこい物とか辛い物めっちゃ食べるからな」
靴を脱ぎ、居間に向かうと既に鍋や具材が既に用意されていた。
「おかえり~、二人共。早よ座んね」
居間に繋がる台所から梅子が具材と共に現れ、そう声を掛ける。二人がちゃぶ台に座ると夜食が開始された。匂いが食欲を進ませるのかひたすら具材を掬って、ご飯を食べていると静帆が不意に箸を止める。
「最近、学生生活はどうよ?」
「学生生活って、お前も学生だろ?」
豚肉を齧りながら答える。
「俺は通ってないからな」
静帆はしれっと答え、白飯を掻き込み、食べる。美命は微妙な物申したい顔をしながら答える。
「…別に、普通…ちょっとだけ事件が起きてるけど」
「うん、事件?」
「……クラスメイトが2人くらい行方不明になってるだけ、で」
「大事じゃん」
「…そう、だな」
「最近物騒じゃね、二人共気ぃ付けんさい」
「まぁ、危ないのは俺より、美命だろ?気ぃ付けろよ」
「…分かってるよ」
そう言って美命はぶなしめじを食べた。静帆は麦茶を一飲みすると笑って梅子に話し掛ける。
「梅ちゃん、今日泊まっていい?」
「いいさね、着替えはいつものとこさ」
「後片付けはやっとくから、美命は風呂入ってこいよ」
「いや、俺もやるよ」
「いいって、いつもタダ飯食わしてもらってるし行ってこいよ」
「…分かったよ」
畳から腰を上げ二階の自室に戻りに箪笥から着替えを取り出すと浴室に向かい、頭、体の順番に洗って浴槽に身を沈める。湯の温かさに身体中の筋肉が緩むと一気に息を吐き出す、今日は色々あったと濡れた髪をかき上げるとある事実に気付いた。
「そういえば……井原と永山の二人ってイジメの被害者と加害者だ…。」
月が天を掛上がり、地表を照らす中、少年は一人で古びた建物の中を歩く
軋む音を響かせながらあるひとつの部屋の前で止まる。
大きな両開きの扉を開くと広い講堂の中心に闇に紛れ姿の見えない何かが蠢き、少年に近づく、そしてまるで幼子に寄り添うよう闇が手を伸ばす
「……あぁ、大丈夫だ。もうすぐ、もうすぐ。」
少年は闇を何かを祈るように握り締める。
「あと、二人だ、それで…この悪夢は終わる。」
闇が叫び、唸り、声を上げ夜に響き渡る。それは怨囚の篭った泣き声にも聞こえた。
「起きろー、遅刻すんぞ」
その一声と共に生暖かな空気に新鮮な空気が入りこみ、少しだけ体温が下がった体に寒さが走った。ようは、布団を剥ぎ取られ叩き起こされたわけだ。
寝間着から制服に着替え、一階の居間に降りると既に朝御飯は用意されているようだ。今日の朝は昨日の鍋の残り汁を利用したおじやと焼き魚にほうれん草の煮浸し、豆腐とワカメの味噌汁だった。
「「「いただきます」」」
三人でちゃぶ台を囲み朝御飯を食べていると梅子がテレビのリモコンで何時もの日課であるおはようサンサンテレビ通称おはサンテレビを掛ける。
芸能人のゴシップや政治家の汚職事件など、いつもの下らないニュースが報道されているの聞き流しながらご飯を食べる。
「速報です。5月18日、5時30分頃に○○県雨竜市中区王樹町南橋側通りの国道を跨ぐ歩道橋上にて人の切断した遺体らしき物体があるとの通報があり王樹警察署が駆けつけたところ、女性の遺体である可能性が高い事が判明しました。現状、左手首のみしか見当たらずは通報者は近所散歩していた~…」
「マジか、今日じゃん。ホントに物騒になったな」
「うわっ……」
朝から物騒なニュースがテレビから流れた。同級生は行方不明になるし物騒な事件は起きるわ、呪われてんのかこの町はと美命は思う。
「美命や、時間大丈夫かの?」
「ゲッ……ヤバい!!」
壁に掛けていた時計を見ると、秒針は8時15分を指していた。美命は慌てて通学鞄を掴んで玄関を出る
「じゃあ、行ってくる!!」
「行ってらしゃい」
美命はホームルームに間に合う為に駆け出した。何時もの通学路を通り、教室につくと昨日と同じく騒がしい。やはり今朝の速報だろうか。
「やっぱ、騒がしいな、朝のニュースか?ニカルド」
「ニカルドって呼ぶな、まぁそれもあるけどさ…、実は」
ニカルドはそう言って美命の耳に口を寄せ静かに囁く
「今日の日直の吉川が見たんだってよ、警察官が校長室に入っていくのを」
「マジかよ…」
「あぁ、だからニュースで報道されてた遺体って行方不明の奴の内のどっちかじゃねぇかって…」
「……」
「…なんか…嫌だよなぁ」
今朝のニュースが予想すらしたくなかった最悪な現実に一歩近づいたことによりなんとなく気まずくになった。思わず視線をずらすと机に座り窓の外を眺めてる渡橋がいた。自分には関係ないという冷めた表情で窓の外を見てる。
(何であいつ、あんな顔をしてんだよ。下手したら自分の幼馴染みが巻き込まれてるかもしれないのに…)
苦々しく思っているとふと、目があった。彼はこちらを見ていた。瞬きすることもなく、冷たく氷の刃のように鋭い視線をこちらに向けていた。
「…い、おい、どうしたんだよ。天音」
「えっ、あぁ、ごめん。何でもない」
再び、視線を戻すともうそこに、彼は居なかった。
チャイムが鳴り担任が入ってきた為、彼の存在は頭の片隅に消えていった。
「これは由々しき事態ですよ、校長」
「はぁ……何でこんなことに」
「これは学校ではなく警察の責任では?」
動揺と緊張めいた独特な冷えた空気が校長室を支配していた。向かい合った席には校長、教頭、PTA会長と何故か国会議員が座っている。その周りを主任クラスの教職員達や王樹警察署の警察官数人が取り囲む
「まさか、うちの生徒がこんなことになるなんて…」
「永山さんのご両親は今、どうしてますか?」
「……憔悴しきってますね、あの遺体はうちの娘ではないと…」
「じゃあ、永山絵実理の遺体という確証はないんじゃ…」
全く下らないな、と外野から見て思った。
ある事情により厚生省から派遣されている赤瀬薫はお互いに責任の擦り付け合いをしている責任者達を冷めた目で傍観していた。
それはこの場所に臨場している警察も同じだろうが。
刑事課の警察官がやりにくそうに渋々といった感じで口を開く
「……詳しくは言えませんが遺体の側にあった遺留品は永山絵実理の学生証ですし、DNA検査の結果はまだ出ていませんが現場から発見された血液型はAO型、永山絵実理も同じAO型です」
「ですので被害者が永山絵実理の可能性がかなり高いと思われます。」
険しい顔をした国会議員の姫島弥治郎が学校の責任者達を睨みつける。
「永山一家は国内有数の起業家で私の有力な後援者でもあるし一家の一人娘である絵実理ちゃんは私の娘の愛花と友人関係だったんですよ。どう、責任を取りますか?校長」
「それは、私の努力が至らなかったとは思いますが、ですが、これは…」
「あぁ、私は悲しいですよ校長。生徒を守れない上に挙げ句貴方がそんな自己弁護をする人だったなんて、この事は教育委員会に伝えさせて頂きますね。では失礼」
「そんなっ!!」
「警察の皆さんも鋭意、捜査お願いしますよ」
わざとらしく悲しいという感情を協調をしながら姫島は校長室から退出した。
姫島に不条理な非難を突きつけられた校長は膝を抱えるように俯いた。
「……くそがっ」
気まずい雰囲気の中、刑事課の警察官は切り出す。
「先月4月12日に行方不明になった井原緋音も同様に事件に巻き込まれた可能性があります。至急井原緋音のご家族に連絡取れますか?自宅にも伺ったのですが不在で連絡が取れないのですよ」
「…分かりました、連絡とってみます。」
「もし、連絡が付きましたらすぐに王樹署の方に来るようにお伝えお願いします。あと、この件は生徒達や外部には内密に…」
「分かりました。」
そう告げ、警察官達も退出していくのに乗じて赤瀬も出る。
「赤瀬さんもどうされますか?」
刑事課の警察官の一人が面倒くさそうに訪ねる。
「いえ、私はこの学校を見回っておきたくて後で戻りますね」
「そうですか、分かりました」
素っ気ない了承を得ると刑事課の警察官達と玄関で別れた。
無理もない自分達の縄張りに上位組織ましてや、全く関係ないはずの省庁が関わってきてるんだから。
だがこの一件、自分が呼ばれたのならおそらくタダでは済まない気がする。
赤瀬は何となくだがそんな予感がし、スーツの下に身につけているモノを握り締めた。
靴箱から自分の靴を取り出し、いざ帰宅しようとすると、凄い力で制服のシャツをひっぱられた。
「うおっ、って誰だよっ引っ張ったのっ!?」
後ろを振り向くと坂森が今にも泣き出しそうな表情で震えながら美命のシャツを掴む。
「ど、どうしたの坂森さん」
「……………」
何かを話そうとして、震えて言葉が出ないようだ。
ただならぬ雰囲気に他の生徒達が野次馬と化して増えてきた為、慌てて美命は坂森の手を掴み学校を出た。
学校から5分くらい掛かる寂れた公園まで坂森を連れて来た。今にも壊れそうなブランコに二人で座った。
「いきなりあんなことされたら吃驚するよ。何かあったの?」
「…………」
「…黙っていたら分かんないんだけど」
「すいません…」
「謝ってほしいわけじゃなくて、さ」
「…手紙が靴箱に入ってました。」
「手紙?」
坂森は学生鞄から可愛らしい水色の封筒を取り出した。特徴のある丸文字で坂森衣澄様、と記載されている。一度開かれた様子のある手紙を恐る恐る開けてみると一通の黄ばんだ汚そうな用紙が二つに折り畳まれて入っていた。
取り出してみると可愛らしい封筒から一転おどろおどろしい血の色の文字で文章が書かれていた。
「貴女が私を殺した。貴女が忘れても私は覚えてる。もし貴女が少しでも良心があるのなら今宵20時、王樹中学校旧校舎にてお待ちしております。井原緋音って坂森さんこれ…」
「…ごめんなさい!!ごめんなさい私のせいだ、私のせいでっ!!」
「ちょ、落ち着いてっ!!」
パニックになった坂森の肩を掴み、落ち着かせる。
「すいません…」
「だ、大丈夫?」
「はい……」
「…手紙の内容の事聞いていい?」
俯き、震えた手を白く変色するぐらい強く握りしめ、坂森はぽつぽつと語り始めた。去年、井原緋音が永山絵実理ともう一人#姫島愛花__ひめじまあいか__#という生徒からいじめを受けていたという事件だった。何故ターゲットになったのかは理由は分からないが、去年の2学期後半から今年の4月まで井原は休学していた。
「多分、ここまでは天音君も知っていると思います。」
「隣のクラスだったけど、よく目撃してたからな。結構あいつら行き過ぎてたからな。あれは…」
いじめというより犯罪に近かった気がする。確かに一年前の5月だった。
井原が姫島と永山の取り巻き達に集団で殴られていたのを、思わず、あっ、先生来てくださいという嘘を大声で呼んで集団の気を反らした間に井原を連れて逃げた事をふと思い出した。
「大丈夫か…?」
「ありがとうっ、本当にありがとう。天音君がヒーローに見えたよ」
色素の薄い肌色にそばかすを乗っけた優しそうな何処にでも居る少女はそう言ってぎこちなくはにかんだ。
「あいつらひどすぎるだろ、先生や学校が駄目なら警察に相談した方がいいぞ井原」
「……うん、本当にありがとう。君だけだよ…」
彼女は右腕を擦り、俯いた。美命は左腕の手の項に擦り傷を見つけ、たまたまポケットに入っていた絆創膏を傷の上に貼った。
「ごめん、これしかないけど」
「天音君優しいね」
「そんな事ないよ」
「そんな事あるよ、だって助けてくれたじゃん」
「あれはたまたま、見てられなかっただけで…」
「それでも、だよ。だから今度天音君が困ってたら私が助けるよ。」
彼女は美命の手を両手で包み込むように握り締めた。
そんな彼女が幼馴染みにこんな手紙を送るなんて、しかも殺したって…。
「私は彼女を見捨てたも同然なんです」
「それって、どういう…」
「天音君は姫島さんのお父さんがどんな方か知ってますか?」
「いや、詳しくは知らないけど…」
「国会議員の姫島弥治郎です。彼女のお父さんはこの地域の地主で地域活性化を政治的スローガンを掲げて、地元の多くの様々な団体の援助を行って居る方です。去年私達のクラスは姫島さんのお父さんの支援を受けている家族を持つ生徒がクラスの大半を閉めていました。
「私の親がやっている事業もその一つで、最初は皆で緋音ちゃんを庇ったりしてました。でも…姫島さん達から親の仕事がどうなっても良いのかと言われ、皆も、私も…」
「助けを求める緋音ちゃんを見てみぬふりをしたんです…」
「…じゃあ、この手紙の内容って」
「はい、おそらくその事だろうと…」
「きっと緋音ちゃんは私を…」
「「殺したいほど、恨んでいる。」」
坂森の声に同調するように高いソプラノのような声も聞こえた。声の発生源の方向に向くと鮮やかな菫色の頭髪に赤い、まるで兎のような目の色を宿した幼女が気配もなく立っていた。
「「うわぁぁぁっ」」
「フフン、ドッキリ大成功じゃの」
「誰だよ、お前!?」
「妾かの?妾はネネシャ・マルジン・エムリス、夢と希望を届ける魔法使いじゃ」
三人の間になんとも言い様がない冷たい空気が流れた。
「……君、幼稚園はどうしたの?」
「だぁ~れが、幼稚園児じゃっ!!確かに妾はピチピチじゃけれども、そこまで幼くはあらん!!」
「じゃあ、なんだよ。小学生なら早く学校に戻れよ」
「小学生でもないわっ!!」
坂森はずれたメガネを掛け直しながら問いかける。
「えっと…親御さん、帰らないと心配してしてると思いますよ?」
「心配なのは、妾よりお主の方じゃぞ」
ネネシャはその幼さに見合わない、陰影のある笑みを浮かべ坂森を見つめた。
「坂森と言ったかの、その手紙通りに行けば死ぬぞ」
「…どういう事だよ」
「坂森よ、まだそこの小僧に言ってないことがあるんじゃないかの?」
「つっ…!?」
ネネシャは丸い目を鋭くして、坂森を見つめる。
目と目があった瞬間、坂森の目の瞳孔が開き、呼吸音が隣にいても聞こえるくらいに荒くなった。
「坂森さん、大丈夫!?」
「すいませんっ、私っ!!」
そう言うと鞄を抱え、駆け出した。美命はその姿を唖然として見送る他なかった。
「君、「ネネシャ」ネネシャちゃんは何者なんだよ?」
「行ったじゃろう?魔法使いじゃと」
「…んな、バカな」
「まぁ、でもあの娘は必ず、行くのじゃろうのう」
「何で、わかるんだよ…」
ネネシャは悪どい、ニヒルな笑みを浮かべた。
「しいて、言うならあの娘が小心者じゃからかの」
「それって、どういう」
「じゃあまたの」
強いつむじ風のような突風が吹いて思わず目をつぶる。風は一瞬の間で収まり目を開けた。
「おいっ!!って居ない…」
ネネシャと名乗る幼児はもうそこには居なかった。
美命は茫然と公園に立ち尽くす。しばらくして美命は帰路についた。
家に帰ると静帆は居なかった。美命は少しだけ、静帆に相談したかった。
「婆ちゃん、静帆は、もう帰ったの?」
「昼頃に親御さんから電話が掛かってきて帰ったよ」
「そっか……」
自室に戻り、制服のまま畳の上に寝っ転がった。
彼女は行くのだろうか学校へ…。何故だろう、胸騒ぎが止まらない
あの娘は必ず、行くのじゃろうのう
頭の中であの幼女の言葉が反響する。のそのそと起き上がり美命は制服から私服に着替えた。
「来てしまった…と、取り敢えず居るかどうかの様子を見るだけ…」
美命の目の前には夜の暗闇の中にそびえる自身が通う、中学校の校舎の正門前に立っている。時刻は19時50分を少し過ぎたあたりだ。施錠されている門をよじ登り中に入り、旧校舎を目指した。
鬱蒼とした闇の中に今にも崩壊しそうな木造の建物を前に足がすくむが意を決してゆっくりとした歩調で恐る恐る中に入った。
「坂森さぁーん、居るぅー?居たら返事してぇー」
見渡す限りの暗闇で微かな月明かりが指してる中を大声を出して歩いていく
「あはは…やっぱ来てるわけないって…帰ろっ、うわっ!!」
体がぐらつくぐらいの振動が建物や美命を揺らし、立っていられなくて側にあった壁に捕まる。
「なっ、なんだこれっ!?」
揺れは収まると美命は早くこの場から立ち去ろうと立ち上がると、廊下の先にある両開きの扉が先程の振動で扉が少し開いていた。
何故たが分からないが行かなきゃいけない気がして近づいて中を覗きこむとそこは広い、講堂だった。
ふと視線が一点を捉えた。
「坂森さんっ…!?」
舞台前に床にしなだれるように倒れる坂森を見つけた。講堂の階段を下り駆け寄る。
坂森の上半身を持ち上げると微かに吐息が聞こえ、美命は安堵のため息をついた。彼女は気絶をしているみたいだ。
「起きて、坂森さんっ!!」
「ううっ…」
肩を揺すって起こそうと顔を歪ませるだけで目を覚まさない
彼女を抱え、この場から離れようと体を持ち上げると部屋を差し込む月明かりが消え、闇が部屋を支配した。
墨汁を撒き散らしたような霞んだ黒が蠕き美命達へと手を指し伸ばす様に近づいて来た。
本能
的な直感に従い思考するよりも早く坂森を抱え講堂を飛び出した。
(なんんなんだっ!?あれは)
「うっそぉっ……!?」
綻んだ、廊下を駆けて行くが建物の隙間から霞んだ黒が美命達に襲いかかる。
「うわぁぁぁっ!?」
転げ落ちながら、避けて出口を目指すが微かな段差に足を取られ坂森と共に前方に滑り転ける。
起き上がろうとしたら足首に締め付けられる違和感に気付き視線を向けると霞んだ黒が巻き付いて引きずり込むように美命を引っ張りこむ。
床を掴んで抵抗するがあまりの力の強さに床板が、ボロボロと剥がれ取れる。
(まっ、まずいっ…このままじゃ講堂に引きずりこまれるっ!?)
「誰かっ…た、助けてっ…!!」
「承ったっ!!」
弱々しい救いを求める声に応じて幼く、甲高い声が答える。そこにいたのはあの時の公園に現れた、ネネシャという幼女だった。
彼女が宙に手を翳すと蒼白の光を放ちながら一本の線が複雑な陣を描き、陣の中から美しい装飾が施された二本の剣が現れ、ネネシャはそれを掴むと何でもないように静かに言い放った。
「輝け、ソルブライト」
その瞬間、夜の闇を描き消す程の眩しい輝きが放たれ霞んだ黒を吹き飛ばす。
「大丈夫そうじゃの?」
輝きが収まると剣は消えた。にやり、とネネシャはしゃがんで床に這いつくばっている美命に笑い掛けた。
気が付けば、足首に巻き付いていた霞んだ黒い物体は消えている。
「あっ、ありがとう…でもどうして…」
「お主なら、必ず来ると思ったからかの」
そう言ってネネシャは美命に手を差し出した。その手を掴み起き上がると坂森が倒れてるのに気づき、慌てて駆け寄る。先程の出来事もあり、いっぱい、いっぱいの表情で坂森を激しく揺すって起こそうとする。
「坂森さん、起きてっ!!」
「お主、以外に手荒いの」
「うぅっ…、私は、一体…」
その激しさのせいか寝惚け眼の表情で徐々に目を覚ましていく
「坂森さん大丈夫…?」
「あっ…はい…、だ、大丈夫です」
「ところ、で会ったのか?坂森、お主の友人に?」
「つっ…!!」
ネネシャの問いに坂森は頭を抱え、その表情は痛みに耐えてるように見えた。
「話は後だ、早くここを出ようってっ!!」
美命はそう言うと臥せっている坂森を再び抱え建物を出る。ネネシャもそれに続いた。
自分の眼に入る景色に夢でも見ているのかと錯覚しそうになった。目の前に広がる景色は自分が知る現実とはかけ離れていたからだ。
空は中学校に来た時の様な夜の色ではなく、真っ赤な鮮血のような夕焼け色が染め上げている、足元が濡れている感覚がし目を向けてみると地面は消え、自分達を含め辺り一面池の中に置かれ、これまた真っ赤な血のような薔薇が咲き誇っている。
そして目に見える範囲に建っていたはずの校舎が綺麗さっぱり消えていた。
「なっ、なんじゃこりゃぁっ!?」
「つっ………」
「うむ、やはりじゃのぉ、テリトリー内に入ってしもうたか」
「テリトリー…?」
耳をつんざく様な咆哮が響き渡り旧校舎の建物が凄まじい轟音で崩れていった。
崩れた衝撃で舞った煙の中から濃い影が現れる。
あの時の引きずり込もうとした奴だと悟った。
「早く逃げるぞっ!!」
「うおっ!!」
影に背中を向けると坂森を抱え、ネネシャの手を掴んで引っ張り走り出した。だが水の中であるせいか進みが極端に遅い上に体力も奪われる。
「またっく、ダメダメ過ぎる、仕方ないのぉ」
「please、you」
ネネシャが呟くと白い膜のような光が三人を包み宙に浮かんだ。そのまま光の膜は高度を上げ、上がっていく。
「すげぇ……」
「ンフフフッ、なんせ夢と希望を届ける魔法使いじゃからのぉ」
「……高い」
「…じゃが」
「じゃが?」
「5分しかもたん☆」
「はあぁぁぁぁっ!?」
その言葉と共に膜は霧散し三人は落下した。
「ウワァァァァッ、死ぬうぅぅぅぅぅっー!!」
「キャァァァァァァァッー!?」
「うむ、予想通り」
「なにがっ、予想通りだぁぁぁぁあっー!!」
無意識に落下の衝撃を予想してか思わず目を瞑ると池の中から突如、沢山の茨が巨大な血の池を覆い尽くす
「た、助かった。」
坂森と美命は茨がクッションとなり助かった。ただし茨の刺で大小様々な切り傷を負ったが。
「無事か?お主ら」
「なんでお前は無傷なんだよっ!?」
「魔法使いじゃからかの」
「お前、それ言ってれば何とかなると思ってるだろっ!!」
「だって、ホントだもん☆」
再び茨は池の中に戻っていった。水しぶきを上げて立ち上がると霞んだ黒い物体は姿を消していた。
(……隠れたか)
「…一体、何なんだよっ、アレッ!?」
「知りたいのなら、まずはこの空間から脱出する事じゃの、話はそこからじゃ」
「…お前はアレが何なのか知ってるのか?」
「あぁ、妾は知っておる、じゃが、今は話せん。長い話になるからの」
真っ赤な空間にまた、咆哮が響いた。
「うわぁぁぁっ!?」
「つっ……!!」
「…やはり、一時的なもの、じゃったか。長居は不味いの」
「何がっ……っておいっ!?」
ネネシャは何処からか取り出したナイフで自身のうねった菫色の髪を一部切り落とし唱えた。
「please、生と死の狭間を繋ぐモノよ、今一度境界の彼方へ導け」
髪は、一本づつ淡い光を纏いながら結ばれて糸のようになり続いていく
「さてと、この糸を伝い脱出するぞ」
「…おう」
「お主もじゃぞ、坂森」
「あっ、はい…」
さっきから、心ここに在らずのような、呆然とした状態の坂森にもあえて声を掛けた。そしてネネシャを先頭に細い髪の毛を掴みながら水の中を突っ切って行く。短いようで、長いような時間の中進んでいくと大きな岸にたどり着いた。岸に上がるとまるで波打つように空間が揺らぐ。
「これが出口じゃの」
「やっと…出られる…!!」
「………」
空間を縦に裂くように目映い光が差し込んんでいる。ようやく出られると思い手を伸ばす。
「つっ、まずいっ……!?」
「うおっ!?」
「キャッ!?」
焦りを宿した表情でネネシャは二人の首根っこを引っ張りその場から飛び退く。二人が立っていた場所に粉塵と衝撃が岸辺の地面にめり込んだ。
「んなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「ひぇぇぇぁぁぁ!?」
煙が収まるとじめクレーターのような窪みが出来ていた。
「何者じゃぁ!?出てこんかっ!!」
そう叫ぶと池に黒い影が浮かび上がり、影は立ち上がった。黒い外套を羽織った人間らしきものが居る。その容貌はフードのせいか伺い知ることは出来ない。
そしてソイツの手には禍々しい刀らしき武器を所持し、切っ先を此方に向けている。
「何だよ、アイツッ!?」
「……フム、不味いの」
「ヒィッ…」
ソイツは自分達に目掛け飛びかかった。
ネネシャはソイツに向かって手を翳し
唱える。
「please、盾となせっ!!」
金属が固い物に激しくぶつかるような音をさせソイツの進行を止めた。
よく見てみると掌の前に薄い光の盾が展開していた。
ギチギチッとさせ、ソイツとネネシャは相対する。
「つっ、肉弾、戦はっ、苦手っ、なのじゃがっ……!!」
「…………」
バチンッと何かが弾ける音がし、その衝撃でネネシャは後ろに倒れた。ソイツは美命達を見下ろす。もうダメだ、と思った。
「そこの子供ら、頭伏せろっ!!」
咄嗟にその声に従い頭を抱えしゃがむと、空気を裂く音と共に金属同士のぶつかる激しい音し、青紫色の光を放つ二本の刀をソイツに向け一人の男が三人を庇うように相対した。男は前方に視線を向けながら、美命達に話しかける。
「君ら、怪我はないか?もしまだ動けるがあるなら立て」
「そして後ろの出口まで走るんだ」
そう言と男はソイツに向かって走りだし二本の刀で切りかかる。それを合図に激しい武器の応酬が始まった。
「……俺は、夢でも見てんのか?」
「残念ながら、夢じゃないぞ」
「……取り敢えず、逃げましょう」
三人は出口まで走り出した。後、数cmで指先がその光に触れようとした。
「危ないっ!!」
体の横から凄まじい衝撃が襲い、痛みと共に意識が遠退いた。