序幕
燃えている、燃えている
僕の世界が燃えている
空気は熱いのに石畳に横たわる僕の体は氷のように冷えていった。
夜の帳の中に松明が一つ灯ったように、ごう、ごうと音たてながら神社だった建物が崩れていき炎の中に消えていく
「お、かあ…さん」
目の前にある血溜まりに必死に手を伸ばすが力が入らない、段々目が重く視界が暗くなっていく
意識が朦朧としているせいだろうか、様々な過去が走馬灯のように巡る。
泣きべそをかいて母親に抱きついた事、手を繋いで夕暮れの帰り道を歩いた事、共に暮らした事、鮮やかな日々に色味が増えた事、あの人が溺れた僕を助けた事、蒸し暑い夏の夜に皆で蛍火の中を歩いた事
ここで死ぬの?助けてお母さん、怖いよ。
どうして、あの人が何故、何故!!
お母さんをっ!!
徐々に力が抜けて、音なく石畳に落ちた。何かをこらえるように瞼を下ろして最後の光が瞳から途絶えようとした。
「お主、死にかけてるの」
高いソプラノの声が聞こえ、少しだけ力のない瞳を動かすと真っ赤な瞳の少女がこちらを見つめていた。
「君は…誰?」
「妾は人々に夢と希望を押しうっ…コホンッ、届ける魔法使いじゃ」
「魔法使い…?」
藁にもすがる思いで目の前の少女の足を掴み力のない体を持ち上げて懇願する
「…魔法使いなら…お願い、僕のせいでお母さんが、お母さんを助けて…」
少女は少年から血溜まりに横たわる人間に目を向けた。
色味のない肉体に瞼を伏せて、視線を傷だらけの少年に戻し、問う
「お主、生きたいか?」
「……」
「生きたいか、と聞いている」
頭がごちゃごちゃしてまとまらない、眠たくて、痛くて、悲しくて、苦しくて、
【約束よ、どんな困難でも諦めちゃダメよ。あなたは■■■■■なんだから】
誰かが思考の隅で何かを囁いた。何か分からないまま、ほぼほぼ、本能的に叫んでいた
「生きたい!!、まだ死にたくない!!」
その答えが分かっていたかのように高慢的な笑みを浮かべ高らかに告げる
「…その願い、聴き届けた!!」
そう少女が告げると少年の体を持ち上げる。
風が渦巻き空気が唸る。地面が震え、一筋の光が線を描く、複雑な模様が浮かび、静かに言葉を告げる。
「please、me、我は乞う、汝は結ぶ、誓約はここに、契約は向こうに、汝の運命は我に、我の運命は汝に、心と心の糸を紡ぎ、身と身を繋げ、永久の時間を共に、please、you」
そう言葉を紡ぎ終わると少女は指を自らの歯で親指を切り血が滴る指を、自らの唇に押し付けると少年の唇に合わせた。
刹那の時間が二人の間を過ぎると見開いた目がまるで眠りにつくかのように閉じその身を少女に委ねる。
いつしか炎は鎮まり、沈黙と焦げ臭い臭いが辺りを包む。唇を指で拭うと少年の体の傷は跡形もなく消えていた。
「ふふふっ、これでお主の運命は妾のものよ」
「しばし待て、しかし、希望せよ」
そして少年の体を下に降ろすと少女は彼を置いて立ち去った。