ep28. どうにもできねぇのか? ……①
片桐さんが凛の部屋から出てきた。
部屋の外でウロウロしていた俺と爺ちゃんが彼女に駆け寄る。手元のタブレットを見る片桐さんの表情は険しい。
「とりあえず発熱と痛みには対処したが……いや、ここで話す様な事じゃないな」
片桐さんが凛の部屋のドアへ視線を走らせ……すぐにこちらへ向きなおる。
「そうじゃな……居間で良かろう」
察した爺ちゃんが片桐さんを促した。
「……なんか用意するよ。爺ちゃんは?」
「ああ……同じもので構わん。話はお前が来るまで待つから手早く支度せい」
俺は頷いてキッチンへ入った。
普段の爺ちゃんや片桐さんは剣術道場の主や師範代なのにエスプレッソが好きなんだが……深夜も近い今はカフェインの濃いコーヒーは流石に出し辛い。
ここは手早く電気ポットのスイッチをオンにして急須に茶漉しをセットし、番茶の茶葉を盛る。
俺はポットの中で水が沸騰する間に部屋から出てきた片桐さんの表情を思い出していた。
(片桐さんの様子じゃ凛の容体は……いや、詳しい話を聞くまでは悪い方に考えるな! やっとG.O.Dに参加する権利を得たんだ……これからだ……これからなんだよ!)
俺は小ぶりの茶椀と湯を注いだ急須を盆に載せ居間へと急いだ。
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「……状態は芳しくありません」
彼女の表情から半ば予想はしていたが実際に聞くのはやはりキツい。俺達が二の句を継げないでいる中、片桐さんは
「パナケイア・システムが医療技術の最先端である事は間違いありませんが……彼女の病は世界中で100人余りしかいない奇特な症状であり、パナケイア・システムは内科治療においては同じシステムでも外科的アプローチに及ばない。マイクロマシンによるDDSでの対処療法にも限界があります」
彼女はタブレットを俺達の前に差し出した。そこには各種の数値が軒並み赤字で表示されていた。
そもそもパナケイア・システムの機能はあくまでも外科的なアプローチが主であり、免疫系の異常が常態化する凛の病状を根本的に治療する事は出来ない。
「クソッ……」
俺はしばらく凛の容体が安定していた事に胡座をかいていた自分に激しく後悔した。なんでもっと……
「気持ちは分かる。彼女の病は……いやどんな病も急変する可能性は零じゃない。そして彼女達が患う病は特に病状の変化に予兆が見出せない……私もナノマシンを内科的に活用する方法を模索してはいるし、F.O.L.がG.O.Dで得た『パナケイア・システム』の知見は常にデータベースで公開されている。だが……」
そこまで言った片桐さんが口を噤んだ。なんとなく片桐さんが言いたい事は分かった。G.O.Dの攻略が進まない事には人類の叡智を結集するというG.O.Dのシステムでもお手上げ……ということか。
「ともかく……さっき施したプログラムでしばらくは保つだろう。油断は出来ないが……今は安静にしているしか方法は無い」
悔しそうにそう言い、彼女は立ち上がった。
「私は研究室に戻るよ。少しでもシミュレーションを進めて新しい知見を得たい」
「無理をさせてすまん片桐君」
そう言って頭を下げる爺ちゃん……普段は飄々としたジジイだが家族の事は誰よりも大切に思っている。特に俺や凛の両親が死んでからは……
「頭を上げて下さい! 凛ちゃんは私にとっても妹のようなものですから!!」
爺ちゃんの殊勝な態度に普段は鬼師範代の片桐さんも恐縮しきりで……彼女は車に乗り込み我が家を後にした。
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「そもそも何故チュートリアルをスキップしていきなりイベントが始まる様なシステムが組まれているか……君は想像した事があるかい?」
となりで鹵獲品のスローイングナイフをもて遊びながら歩く少年が嬉しそうに俺に尋ねた。
「さぁ……想像もつきませんや」
既に報酬は支払ってもらったしさっさと自分の拠点に帰ってくれていいんだが……どうやら物資の補給をしに闇商人(このゲームには嬉々としてそういう職業を名乗るヤツらが一定数居る)を尋ねると聞いて着いて来るつもりらしい。
「そう邪険にしないでくれよ。なら“チュートリアルスキッパー”の事はとりあえず忘れて……このゲームの開発された目的が“人類の叡智を結集する為”というのは知っているよね?」
「それくらいは知ってますよ。まぁ、金持ちの考える事はぶっ飛んでますなぁ」
正直に言えば、グリーンの行動は底辺出身の人間からすれば傲慢もいいところだ。
世界には難病どころかただ食い物が無い、寒さをしのぐ衣服が無い、外敵を防ぎ安心して眠る住処が無い……そういう理由で簡単に死ぬ人間が溢れかえっているのだ。
そいつらとグリーンの娘の命になんの違いがあるのか……いやもっと言えば人の命も虫けらの命も本質的にはなんの違いも無いのだ。失われたら二度と戻ら無いという一点においては……
……ん? なんだその目は?
「ふふ、君も思う所はあるんだろうけど……ここは一つ論理的に考えてみよう。グリッドコンピューティングという視点において“人類がそれぞれ持つデバイスを計算機として活用する”というのは実は意味が無い。彼ほどの富豪ならばそれらを集めるより更に高性能なスーパーコンピューターすら幾らでも用意出来るだろう。実際にこのG.O.Dというシステムを構築するだけでもそれに近い設備は使われているからね」
「そういう難しい話はダムや“ドクトル”のほうが喜びますぜ?」
賭け屋の子飼いの中でそういうアカデミックな話題が好きな奴らはそう多くない。
俺達のほとんどは、少しだけシステムから逸脱出来る彼の配下という立場を利用して自分の目的の為に行動している。
俺の場合は単純に報酬と……まあ、ストレス発散も兼ねている。
「そう言わないで聞いてくれよ。まあグリッドコンピューティングとしての意味合いが薄い事はグリーンの言動からも明らかだし、F.O.L.社も実際にこのゲームの中でのアバターの行動……つまりプレイヤー個々人の考え方が集合知に変換されると明言している。つまり、ここで言う人類の叡智というのはプレイヤーである人類一人一人の能力……つまり……」
……?
「人間の脳が持つそれぞれの反応の揺らぎ……画一的な計算結果に収束しない行動のバグこそが彼等の求めるものなんだよ」




