教えて若菜さん
ネタをもらったので、書いてみた。
「飲みモンでも買いに行かねッスか、若菜さん」
ボクは、斜め前に座っている、職場の先輩である若菜さんに声をかけた。
「ええ、残業前に行きましょうか。一服もするんでしょ?」
「うッス」
連れだって自販機に向かう。そんな時、ボクはいつも、若菜さんの斜め後ろをついていくのだ。ちょっとウェーブが入った長い髪の隙間から、時折覗くうなじを見てはため息をつく。
「どうしたの?」
若菜さんが、不意にボクの方を振り返った。振り向きざま、その長いまつ毛がはっきりと見えた。
「ため息なんかついちゃって」
ボクは、抱いていた邪な考えがバレないように、ヘラッと笑う。
「あ、何か疲れたなーって、思っただけッスよ」
「そう?じゃあ今日は早めに上がろっか」
「そうッスね」
若菜さんは、前を向いた。そして、ボクは今度こそ、ため息をつかないように気をつけながら、彼女の後を追った。
自販機で缶コーヒーを買うと、ボクと若菜さんは喫煙コーナーに移った。若菜さんはタバコは吸わないのだが、いつもボクについてきてくれる。それだけ聞くと、勘違いしそうになるが、そんなことは無いと思う。面倒見が良い若菜さんは、抜けているボクのことを放っておけないだけなのだ。
喫煙コーナーに入ると、若菜さんは早速声をかけられた。
「おや、川上クン。また木下クンとデートかい?」
「そうですわ、あとイケメンの部長にもお会いしたくて」
「ははっ、これはこれは。今度食事でもどうだい?」
「マナーに不安がありますので、お気持ちだけありがたくいただきますわ」
「川上クンなら大丈夫だよ」
これ、所謂社交辞令というヤツなのだろうか、部長と会うと毎回やってる気がするけど。定型のやり取りが一巡するまで、ボクは排煙口のすぐ近く、いつもの席で一服しながら待っている。これもいつものことだ。
程なく、やり取りを終えた若菜さんがボクの方にやってきた。彼女はボクの隣に座ると、缶コーヒーをあけて、一口含む。
「今日はまだ温かいわね」
そんな、普段のイメージからはちょっと想像できないことを言う若菜さんの横顔を見ながら、残業前のひと時を過ごすのがボクの最近の楽しみだ。
若菜さんは、高校の先輩だった。容姿端麗、頭脳明晰、弓道はインターハイで上位に入る実力、立ち居振る舞いも美しく、後輩含め誰に対しても優しく礼儀正しい。麗しの生徒会長、川上若菜は、校内どころか、近隣校にも名前が知られている程の有名人だった。
たまたま生徒会の書記になったボクは、それまで遠い存在だった憧れの人を身近に感じられることに喜びを感じていた。役員の中に同じ苗字の人がいるからと、名前呼びを許された時なんて、天にも昇る心地だった。
若菜さんの傍に居たくて、大学も、就職も後を追った。その度に真っ先に彼女に挨拶に行った。仕方ないわねぇ、って呆れながら笑ってくれたその顔を見る度に、ボクの胸は甘く締め付けられた。
ボクは若菜さんに恋をしていた。
そんなボクが、職場で、新人サポートの担当が若菜さんだと聞いて、小躍りしたのが数か月前のことだ。そして、自分の席の斜め向かい前、高校の生徒会の時より近い距離に、毎日若菜さんが座っている。
仕事中も、斜め前からちらちらと彼女の方を見てしまうのは、もう不可抗力としか言いようがない。見てるのが時々バレて、『怠けてないで仕事しなさい。全く、仕方ないわねぇ』って呆れた顔をされることもあるけど、そんな顔も貴重なのでご褒美にしかなっていない。
社会人になって、大人の色気まで感じるようになった若菜さんに、敵う女はいないと思う。この感じだと、男どころか、女まで引き寄せてそうだ。
ああ、好きだなぁ。そんなことを思いながら、缶コーヒーが吸い込まれていく若菜さんの綺麗な唇を眺めていたら、視線に気付いたのか、彼女がボクの方を向いた。居た堪れなくなって、目が泳いだボクに、彼女は声をかけてくれた。
「どう、仕事は慣れた?」
そうやって首を傾げるのは反則です若菜さん。ボクが彼氏だったら速攻お持ち帰りしますよ、他の人のいる場所でやったら駄目です。ボクは彼女から目を逸らすと、タバコの灰を軽く落とした。
「そうッスね、若菜さんのお陰で、何とか」
「謙遜しなくてもいいのよ、しっかり出来てるから」
「は、はい、ありがとうございまッス」
「ふふっ、どういたしましてッスよ」
なんと、あの若菜さんが、ボクの口真似をして、微笑んだ。ボクは、飛びそうになった思考回路を必死に手繰り寄せながら、何とか言葉を繋いだ。
「あ、あの!」
「ん?何?」
気が付けば、さっきまでいた部長たちも仕事に戻ったようで、喫煙コーナーにはボクと若菜さん以外には誰も居なかった。ボクは、未だかつてなく緩んだ雰囲気の中、ずっと気になっていたことを聞いた。
「若菜さんは、どうしてそんなに優雅なんスか?」
「優雅?私が?」
若菜さんは、こてん、と首を傾げた。あああ、だからそれは彼氏の前だけでやらないと勘違いする人が続出しますって!
「そうッスよ、さっきだって、部長相手にもサラッと流してたし、セクハラ紛いのことされても、ホント優雅に躱すの、凄いッス」
「そう?」
「若菜さんが怒ったりイラついたりしてるとこ、高校の時から見たことないッスよ」
そうなのだ、若菜さんは、いつだって菩薩のように、微笑を絶やさない。どっかの皇族ッスか、と突っ込みたくなるくらいに、徹底しているのだ。
だが、きっと本人にしてみれば当然の、つまらないことを聞いているのでは、と思い至ったボクは、恥ずかしさを押し隠すために、タバコの火を揉み消しながら、ちょっと早口で聞いた。
「どうしてあんなに丁寧に出来るんスか?」
「丁寧に、ねぇ」
若菜さんは、笑みを深くした。妖艶にも、凄絶にも見えたその笑みに、ボクは知らぬ間に喉を鳴らしていた。
「私はね、好きになれない相手ほど、丁寧に対応するようにしているのよ」
「え…」
なんか、聞いてはいけないことを聞いてしまったのでは。慄いたボクが言葉の内容を理解する前に、若菜さんは続けた。
「私も、神様じゃないんだから、怒ることもイラつくこともあるわよ」
「そ、そうなんスか」
若菜さんが怒ってイラつくって、想像できないんだけど。
「そうッスよ、特に察しの悪い後輩のコ相手にする時なんて、最高にイラつくわよ」
そ、それは、もしかしなくても、ボクのことでは。ひょっとして、ボク結構嫌がられてた?ストーカーのお荷物ってこと?そんな…。
「でもね、丁寧にするのが癖になっちゃってるから、そうじゃない風にするのって、難しいのよね」
えーっと、話が読めないんだけど、どういう流れ?
「だから、あなたの真似をしてみたんだけど、どうッスか?瑞穂さん」
「…最高ッス、若菜さん」
理解が追い付いて、感動に打ち震えるボクに、若菜さんが止めを刺した。
「じゃあ、今日はさっさと切り上げて、二人っきりで飲みに行こっか」
「!!愛してるッス!若菜お姉様!」
「だから、もう女子高じゃないんだからお姉様禁止!じゃれつかないの瑞穂」
「嫌ッス、最近お姉様分が不足してたッスからね」
抱き着くボクに、やれやれ、といった感じだった若菜さんが、妖しく微笑みながら囁いた。
「タバコの臭いあんまり好きじゃないから、ちゃんと歯は磨くのよ」
その言葉の意図を察したボクは、真っ赤になり俯きながらも、頷いた。
ネタがうろ覚えだったが、こんな感じになってしまった。
後半子供に邪魔されまくったのもあって、消化不良気味かもしんない。
え、そもそもネタから間違えてるって?(笑)




