皇帝宣誓
本日は17時と23時に2話投稿します。
これは17時投稿の1話目です。
「続いて、即位の儀を執り行います」
と、宮内省の式部官がアナウンスしたところで、日付が零時を回り、その瞬間から、彗依と美雪へと皇位が委ねられた。
歴史書はその時、野星上空を覆っていた雲に晴れ間が生じ、そこから流れ星が降り注いだと記しているが、流石にそれは脚色が過ぎるだろう。
脇から彗依達親子三人が進み出て、大統領ら三権の代表者と上皇陛下御夫妻の間に立って、上皇陛下御夫妻の方を向くと、上皇陛下御夫妻は深く頷いて彗依達に歩み寄り、腰に帯びていた、皇帝が皇帝であることを示す神器の一つである、初代皇帝ムリーヤ・ノ・チカコ一世陛下が生まれた時に拵えられた守刀を、鞘ごと彗依達に差し出す。
血統と、この守刀と、建国以来連綿と受け継がれてきた御璽の、三つの神器を備えることで、ムリーヤ国皇帝は皇帝足り得るのである。
上皇陛下から差し出された守刀を、美雪が代表して恭しく一礼して拝受し、また彗依とナディも一礼する。
上皇御夫妻も同様に一礼すると、一段高い壇上の立ち位置を降り、脇へ静々と下がる。それを頭を下げたまま見送り、上皇御夫妻が脇の皇族らの列の最上位に並んだところで、顔を上げた三人は、ナディを抱いた彗依が、美雪の守刀を携える手とは反対の手を取り、三人でゆっくりと壇上に昇り、そして、振り向いて会場を見渡した。
そこには、再び集うことになった「狭義の」皇族全てと、和平条約締結のため参集した世界各国の国家元首や政府代表が、オペラ・ホールに所狭しと並んでいた。
何を言うかは、決めていた。
彗依と美雪は一度、互いに顔を合わせて頷き合ってから、人々に向き直り、同時に口を開いた。
「「先に、ムリーヤ国憲法、及び、先帝陛下譲位の詔と、「第四次世界大戦に係る一切の戦争状態の和平条約」の定めるところにより、私達は皇位を継承いたしました。
ここに、即位の儀を行い、私達がムリーヤ国第三百七十二代皇帝に即位しましたことを、内外に宣明いたします。
私達は、民意の表現手続である、正当に選挙された我が国政府の代表者である大統領と総理大臣、そして最高議会を通じて行動し、また大審院の判決に従い、ムリーヤ国民とその子孫、そして全世界の人々のために、全世界の人々との協和による成果と、自由がもたらす恵沢を確約し、その福利を全世界に遍く行き渡らせ、これに反する一切の行いを排除いたします。
私達は、恒久の平和を念願する我が国の初代皇帝陛下が掲げた、「世界絶対平和万歳」という崇高な理想に深く思いをいたし、それを体現する存在であるべき我が国と、全世界の人々の公正と信義に信頼して、全世界の人々が、等しく恐怖と欠乏から免れ、平和の裡に生存するという、神聖にして不可侵なる権利を有することを確認し、また我が国が率先して、弱者の盾となり、平和を護持し、専制と隷従、圧迫と偏狭、独善と搾取を、この世界から永遠に除去するよう努め、我が国が我が国のことにのみ専念して他国を無視する事が無い様に、ムリーヤ国皇帝の責務を忠実に実行し、またその全身全霊を尽くして我が国を維持し、保護し、擁護し、誠実であることを、ここに厳粛に誓います。
我が国が、国民の叡智と弛み無い努力に拠って、より一層の発展を遂げ、また全世界の人々との友好と平和、福祉と繁栄に寄与し、虐げられる者の無い世界を実現することを、切に希望いたします」」
一切言い淀むことなく、二人はそう朗々と唱和した。
そして、予め「皇帝の宣誓に対し、立会人となる各国・機関の代表は、無言で応える」と言い含めてあったにも拘らず、シン……と静まり返ったオペラ・ホールに、誰かが思わず、といった風に打ってしまった拍手が、響き渡った。
そうなると、自然発生的に次々と、誰も彼もそれに続いて拍手を始めてしまったので、オペラ・ホールにはしばらくの間、万雷の拍手が鳴り響き続けた。
完全に予定外のハプニングだったが、年相応に目を丸くしたナディを除いて、彗依と美雪は表情を変えずに、しかし胸に熱いものを覚えながら、その拍手を受け止めた。
やがて、自然と拍手が鳴り止んだのを見計らって、新帝即位を最も間近に見届ける者となった三権の代表者らの中から、再び一歩前にヴァイオレッタ・マリア・スズキ大統領が進み出て、壇上の三人に一礼した。
「我が国の人々を代表して、謹んで申し上げます。
両皇帝陛下におかれましては、本日ここに目出たく即位の儀を挙行され、即位を内外に宣明されました。
一同、挙って心からお慶び申し上げます。
只今、両皇帝陛下から、初代皇帝陛下の理想に深く思いをいたされ、全世界の人々の幸福と平和を切に希求し、皇帝としての責務を果たされるとのお考えを伺い、深く感銘を受けると共に、敬愛の念を今一度新たにいたしました。
私達国民一同は、両皇帝陛下を、「世界絶対平和万歳」という崇高な理想を体現する存在であるべき我が国の、象徴と仰ぎ、心を新たに、門戸を閉ざさず、全世界の人々の幸福と平和の実現が、私達には出来ると信じ、その全力を以て最善の努力を尽くす事を、ここにお誓い申し上げます。
ここに、両陛下の御代の平安と、両皇帝陛下の弥栄をお祈り申し上げ、お祝いの言葉といたします」
三人が深く頷くと、大統領が一歩下がり、残る三権の代表者と共に一礼してから、元の立ち位置に戻ったのを認め、彗依が先に壇を降り、美雪が壇を降りるのを補助する。
その際、親子三人で一瞬、微笑み合った瞬間を、余すことなくテレビカメラの砲列は捉えていた。




