ご懐妊
予期されていた、しかし突然の別離の訪れに、一番取り乱したのは美雪だった。
彼女はナディの言葉を聞いて狼狽えた後、ナディを掻き抱いて、
「嫌よ。どうして返さなくてはいけないの?」
と言って泣き出してしまい、ナディが小さな腕を精一杯美雪の背中に回して、
「だいじょーぶ。だいじょーぶよ、マーマ」
などと慰めていた。
美雪を何とか落ち着かせて、彗依が根気強くナディから聞き出した言い分を総合すると、
・ナディに憑いているのは、ナディの元の時代の「摂政上皇であった時の」アレクサンドラ・エリコではない。
・元の時代の更に後、ナディの成人を見届けて崩御した後、成仏せずに現代までこの世に留まっていたアレクサンドラ・エリコである。
・ナディを現代に連れてきたのは、自分の娘と娘婿が揃ってこの時代に転生を果たしている事に気付いたから。
・ナディとその二親が対面を果たし、十分に親子の思い出を作り、また二人が「正式な資格を持つ」皇帝として推戴されるに至った以上は、それを見届けたら、元の時代にナディを戻すべきである。
という事だったが、正式な資格も何も、ナディは義理の娘(という事になっている)だし、立太子式の筈がいつの間にか皇帝即位式になっているのは、和平条件に含まれているからだし……と二人は困惑した。
「んとねー、マーマのだっこ、おとがいっぱいきこえりゅの。わたち、ネーネになりゅの。いもーととおとーとなのよ」
「「えっ……?」」
ナディのその言葉に、彗依と美雪は揃って戸惑いの声を上げ、顔を見合わせた。
心当たりは、ある。
けれども、それってあの夜の一回だけだし。
それにまだ自覚症状とかないし……etc.etc.
という言い訳を二人は一瞬の内に並べ立てていたが、現実は非情だった。
「マーマ、ぽんぽん、いりゅよ。おいしゃさまにみてもらって?」
という言葉で、逸早く茫然自失の体から現実に戻ってきたのは、親二人ではなく、その場に居合わせたその親達だった。
「だ、誰かー!」
「お医者様を、あ、えーと、女性の産婦人科医を!」
「兎に角美雪は何か椅子に座って安静にしなさい!」
「そうだ、もう一人の身体ではないんだぞ!」
と既にこれは妊娠は確実だ、という前提で、泡を食って手配を始めたものだから、程なく滞在場所となっていた皇宮内は大騒ぎになった。
そしてやってきた、皇宮内の宮内省病院に勤務する女性産婦人科医が、問診の後に診察し、服の上からでも胎内の様子が理解るスキャナーを美雪の下腹に当てて、
「ああ……まだ本当にごく小さいですけれども、胎嚢が二つ見えますね。
陛下が仰る通りです。
間違いなく、ご懐妊されておられますよ。
四週目、でしょうか。双子ですね」
「「「「「双子ぉ!?」」」」」
と当人らの後ろに控え、診察結果を一緒になって聞いていた、親族一同が叫んでしまったので、部屋の外まで響き渡った診察結果は、瞬く間に皇宮中に伝播してしまった。
そして妊娠初期の、まだ安定していない母体を守るべく、皇宮内の警備が直ちに強化され、宮内省特別高等警察が皇宮内を隅から隅まで、蟻の子一匹逃がさない様な不審物の「検索」が始まった。
皇宮の慌しい動きから、何事かが皇室に起きたのを察知したマスメディアが、皇宮正門前に集結してカメラを構え始めた。
最早、彗依と美雪が、懐妊の情報を制御して秘密にすることは、到底不可能になっており、ニコニコ顔で母のお腹に耳をつけて音を聞いていたナディが、
「ね、わたちのいったとーりでしょっ?」
と得意満面に言って、親二人を見上げた。
「正式な資格を持つ皇帝として」
って、妊娠したから、ということね……と二人は喜びよりも何よりも、ああでもないこうでもない、と警備の強化に躍起になっている周囲の喧騒に、半ば呆然となっていた。
次回投稿は9月1日17時です。
なお、未来世界なので週数が早くても見えるということでお願いします。




