二人きり
泰平寺を後にした一行は、その日の宿となった宇和島駅に併設されているホテルにチェックインし、一息吐くことになった。
旅行という体験にはしゃいでいたナディは、ホテルのロビーで亜矢に抱っこを強請ったかと思うと、そのままコトン、と寝てしまった。
ナディが余りにしっかりと亜矢の服を掴んで離さないものだから、こっちで面倒を見るから、たまには二人でゆっくりする時間を取りなさい、と孫(?)の世話を焼きたい両親達に諭されてしまい、親子三人で泊まる予定だった部屋に、彗依と美雪は二人で押し込まれることになった。
ほぅ、と溜息を漏らしてベッドに腰掛けた美雪は、
「子供って、こうして親離れしていくのかしら……」
などと宣い、彗依を苦笑させた。
どうやら、今まで彗依か美雪にべったりだったナディが、亜矢と一緒に眠ってしまった事を気にしているらしい。
そっと彗依が美雪の隣に座り、彼女の肩に手を掛けると、特に抵抗することもなく、彼女の身体は凭れ掛かってきた。
「初めてこの時代からナディが戻って来た時、「今日から一人で寝るの!」って言われて、俺もショックだったことがある」
「そうなの?」
「こっちにしたら十数分ぐらいだったけど、ナディにしてみたら三ヶ月はこっちに居たからな。三歳の三ヶ月って、要はナディからすると今まで生きてきた時間の、十二分の一ぐらいだろ?
それだけの時間を現代で過ごしたんだから、グッと成長してて当たり前なんだけどな。
そんなこと過去じゃすぐには分からないから、十数分の間に突然成長して、自立し始めたと思ったから、まあ寂しかったよ」
況して、彗依の隣に、美雪は居なかったのだ。
自分のものではない温もりを抱いて眠ることで得られる安心感が、突如無くなったら、それはそれは寂しい思いをするだろう。
「……あなた、ごめんね」
ナディを産んだことに、後悔は無い。
けれど、二人を置いて逝ったことは、致し方なかったことだけれども、今も気にしている。
「気にするなって、言っただろ?
今、お前がここに居て、そしてナディがまだ暫くはこの時代に居る。
それで十分だ」
「 ――……」
前世の愛称で彗依を呼ぶと、彼の顔が落ちてきたので、美雪もまた目を閉じて受け容れた。
ら。
「きゃっ」
ぽすん、とベッドに押し倒されたので、思わず美雪は小さく悲鳴を上げた。
「それで、俺としては、寂しがり屋のお前を慰めたいな、と、思ってるんだが」
「え、あの、その……」
「夕食までは二時間。ナディも統計的に、一度寝たら夕食頃までは起きないだろう」
という理論武装を展開した彗依に、美雪は狼狽えながらも、
「ええと、婚前交渉は、良くないんじゃないかしら……」
「お前がそれを言うのか?」
何となれば、前世での結婚の直接的な原因は、皇太子時代のアタナシア・コスミカ・リコが、某帝都一の美容室のイケメン美容師と一夜を共にしたのが世間に発覚したから、だったりする。
その時はまあ、散々婚前交渉を拒んだ彼(彼はその辺、きちんとしていた)を、あの手この手で誘惑した報復で(彼から)えらい目に遭わされたのだが、話の本筋ではないので割愛する。
「は、反省したのよ! それにほら、ナディの教育に良くないでしょう!?」
「ナディ的には、きょうだい(?)が欲しいみたいだったが」
「それとこれとは話が別! ナディが私たちみたいなことしたらどうするの!」
あ、そこは割と悪かった自覚があるんだな、と彗依は思ったが、容赦無く事実を突き付けた。
「それはちゃんと、過去の時代の俺がちゃんと目を光らせておいたから、大丈夫だ。問題ない」
「……本当に?」
「本当だ」
ちょっと誘惑に負け始めた美雪の左右に手を突いて、彼女を腕の中に囲った彗依は、意図的に低めた声で囁く。
「それに、今の時代はそこまで五月蝿くないんだよ。ウチの親も授かり婚だったけど、特にそれ自体は問題にはならなかったぞ?」
「そうなの? 私てっきり、御家同士のお見合いか何かだと思ってたわ……」
「いや、ガチガチの恋愛結婚。皇族だから幼馴染同士で、そこから恋愛に発展して、だけどちょっと血が近いんじゃないか、ってことで反対意見がそれなりに出てた所で、俺が出来たんで周りが折れた」
「授かったこと自体には問題ないけど、それ以外に問題があった、ってことじゃないの……」
「大体先例を作った俺達が悪いんだ、って自覚は持とうな?」
「自覚があるから、今世は……っ」
皆まで言わさず、彗依は美雪の唇を奪って塞いだ。
「マーマ、おかお、まっかよ!? だいじょーぶ!?」
「大丈夫よ、大丈夫。大丈夫だから……」
夕寝して元気一杯で夕食会場に現れたナディにそう言われ、美雪は疲れた様子で彗依に支えられながら、うわ言の様に何度も、
「大丈夫」
と繰り返した。
彗依の方を見ては、また赤くなってそっと視線を逸らし、けれど美雪を支えても体幹が揺るがない、鍛えられた体躯からは離れようとしない様子を見て、自ずと何があったかを察した一同は、生温い視線を向けることになった。
「お兄のケダモノ」
と亜矢は率直かつ端的に心情を吐露して咎めたが、彗依は内心、
「(こいつ本当に俺のことが好きだったのか?)」
と疑問に思いつつも、フフン、と鼻を鳴らし、
「何とでも言うがいい。今の俺は最高に機嫌が良いから、割と何でも許せるぞ」
などと宣って、状況を理解していないナディを除いた全員を、心底呆れ返らせた。
一体何があったんでしょう。
不思議だなあ。




