皇室会議(5)
一同が食事を終え、各々食後のコーヒーなり、紅茶なりで一息吐いて弛緩した空気が流れているところに、
「それで、」
と今上皇帝陛下は話を切り出した。
「今日の皇太子治定の詔は、恐らく近日中にも最高議会で可決承認されることと思う。
議会は東西どちらも、安定しているからな」
認識を共有するため、敢えて前提となる状況の言葉を前に述べた彼は、
「いつ何時、ナディーヤ様が元の時代にお戻りになられるかは分からんし、それに間に合わせられるかも分からんが。
私達ももう、皇帝であり続けるには、大分歳を取ってしまった。
近日早々にも譲位の詔を出して、出来ればナディーヤ様が居られる間に、其方らに皇帝となってもらいたいのだが」
と持ち掛けたものだから、彗依と美雪とナディの親子三人以外は、目を丸くした。
「兄貴、身体が何処か悪いのか?」
「いや、そうではない。だが、皇帝の責務に精勤するには、体力の衰えを感じているのは事実だ。
皇帝は、心身共に健康で、元気が漲っていなくては務まらない。
正式な皇位継承権を持つ後継者を得た以上は、速やかにその者に皇帝の位を委ねるのも、また皇帝の務めなのだ」
厳密に言えば、彗依と美雪の間に居る娘は御先祖様なので、「これから二人の間に子供が生まれる」ことで本当の正式な皇位継承権は発生するのだが、万一に備えてその厳密さを「曖昧に」運用出来るのが、皇帝大権というものである。
その曖昧さと「御先祖様御来訪ショック」を盾に、皇族一同を集め、次代の皇帝の治定を取り付け、ほぼ覆らない既定路線に定めた手腕は、やはり初代皇帝ムリーヤ・ノ・チカコから連綿と続いている、皇帝の位を襲っているだけのことはある、と言えるだろう。
ちなみに、次代皇帝の治定は皇室会議の決と最高議会の承認を必要とするが、皇帝の自発的な譲位表明は、それらを必要としない。
従って次代皇帝の治定が最高議会に承認されなかった場合、皇帝が自発的に譲位表明することにより、意中の人間でないにしろ、次代皇帝の治定を最高議会に強制することが可能である。
これは法制上の欠陥だと言われ、法学者からは厳密に定めるべきだ、とする意見が毎年のように発されているが、それを厳密にし過ぎた結果皇族が細った(そして最終的には法的に消滅した後、ムリーヤ国皇室に吸収された)日本国帝室のような前例もあるので、その意見は却下され続けてきている。
話を元に戻すと、ムリーヤ国皇帝は代々、概ね二十代前半から三十代前半で即位し、またその前後に結婚して次の後継者である世子を儲け、或いは授からなかった場合は「正式な皇位継承権を持つ皇族」を皇嗣として皇太子に治定し、四十代半ばから五十代半ばにかけて皇帝の公務を皇太子に引き継いで譲位し、余生は上皇となって仙洞御所に入り公務とは距離を置いて過ごすのが通例である。
例外的に摂政として現役復帰した例はあるが、基本的には譲位後、悠々自適に趣味に生きる生活を送る上皇が多い。
そして今上皇帝は現在五十代半ばだったから、これは十分に皇帝としては高齢で、後継者の治定が行われた以上、譲位したいという意向は、筋が通っていたから、過去世で、先帝からの譲位を受けて即位となった経験がある彗依と美雪にとっては、特に違和感もなく受け容れられる話だった。
「そうか……」
と感慨深げに泰時が今上皇帝の言葉を噛み締めるように漏らし、一同も静かに嘆息した。
平均寿命七〇年のこの時代――に於いて、無闇矢鱈と医療行為によりベッドに命を繋ぎ止めることは、憲法に定めてある「健康的で文化的で現代的な最低限度の生活」ではないものとして、必ずしも歓迎されていない――では、年相応に壮健だとは言っても、確かに次代に手を委ねるべき時が来たと言われれば、否定はできなかった。
「お前達の所の世子にして一人息子を、こちらに貰うことになるのは、私達としては正直、済まなく思う」
「いえ、それは、皇室の藩屏たる我が家では当然のことですから、それはどうか、陛下も殿下も、お気になさらないでください」
そう今上皇帝陛下に答えたのは、都鴇宮家の血統的な相続人である里伽子だった。
都鴇宮家にしても、その「正式な」相続人は彗依一人で、他の親族は「親族であるというだけ」で相続権は無かったりするので、その相続人を皇室へ差し出す以上、如何に宮家を存続させるのか、或いは皇室に吸収されたものとして断絶させるのかは、重要な問題だった。
「その辺り、当事者である彗依と美雪殿は、どう考えておるのだ?」
と今上皇帝陛下から水を向けられたので、当人らは顔を見合わせ、互いに微笑み合って頷くと、美雪の方から口を開いた。
「きっと、大丈夫です。
今朝方、彗依殿下と私は、揃って同じ夢を見たのです。
子供達に囲まれた、幸せな夢でした。
そう遠くない未来、私達は子沢山になるようですから、その中から誰か一人がきっと、御家を継ぐことになるかと存じます」




