皇室会議(1)
皇室会議が「こすもす」議会議事堂を借用して行われることになったのは、ナディがこの時代に現れてから一ヶ月と一週目の、その終わりのことだった。
その開催場所の栄誉を賜ることになった「こすもす」議会では、満場一致で開催を歓迎し、大車輪で日程を早める決議を行い、喜んで予定議事を消化するなどの対応に追われた。
そもそもムリーヤ国の皇室会議とはどの様なものかと言うと、要は次の皇帝を決める為に、皇位継承権を持つ皇族や、皇室会議に参加資格を持つ政府閣僚などが、一堂に会して議論を行い、その結論をムリーヤ国最高議会に答申する(その結論について、ムリーヤ国最高議会は必ず議員に対し賛否を問う)、というものになる。
これは共和制への移行を志向し、一度はそれへの道を定めた第三代皇帝アタナシア・コスミカ・リコが、その施行前に崩御し、帝政を存続させるか共和制へ移行するかどうかで政局が混乱した、という前例を踏まえて、第四代皇帝ナディーヤ・ワカコの時代に制定されたものである。
これは皇帝大権たる後継治定、乃至は帝政の存続の如何について、ムリーヤ国最高議会、引いては国民世論という枷を嵌めるための制度であり、長い歴史の中で、皇室会議の結論をムリーヤ国最高議会が否決し、皇室会議が再度行われて新たな結論を出し、ムリーヤ国最高議会が認めたという事例は、幾つかある。
この制度に拠って、九九九九年もの間、ムリーヤ国皇室は比較的安定して存続することになった、と言っても過言ではなかった。
今回の皇室会議を、安全かつ成功裡に終わらせるため、ムリーヤ国政府はその国権の全力を以て対応することになった。
具体的には、会場に定められた「こすもす」議会議事堂の日程を早めさせる様に、政府が特使を派遣して「こすもす」議会に働き掛けたのは勿論のこと、国家公安警察省は宮内省特別高等警察と協働して、各地方警察から警察官を千人単位で動員して「こすもす」に派遣し、「こすもす」に蟻の子一匹逃がさない警備態勢を敷いたし、ムリーヤ国自衛隊は地球軌道方面総軍と月軌道方面総軍を全力動員し、航路掃宙や不法組織の摘発、そして皇族を始めとする国家要人が乗った数々の宇宙船に寄り添っての、航路護衛を実施した。
その皇室会議の本音が、
「私達も直に第四代皇帝陛下の御目に掛かりたい!!!!!」
であることを、皇室会議開催の報に接して即座に察した彗依は、宮内省のホットラインに電話して、何とか止めさせる様に働きかけたが、対応した皇宮の留守を預かる宮内省長官の、
「皇帝陛下御夫妻は、既に地球を発たれました」
という割と無慈悲な回答により、既に後戻り不可能(若しくは、ポイント・オブ・ノータリーン)な事を知ることになって、頭を抱えた。
彼の(割と常識的と自負する)感性で言えば、完全にやり過ぎもいい所だったが、殊、皇室に関しては何事も暴走しがちなムリーヤ国的には、これで通常運転な方だったりする。
一番酷い時には、時のムリーヤ国皇帝に不敬発言を繰り返した某国を、「世界絶対平和万歳」の実現の為という口実で、一切容赦無く地上から消滅させて九九〇〇年ほど占領統治下に置いて、暴力による他民族の排他と祖国奪回を目論むテロリストとの、凄惨な戦いを繰り広げている事例もあるぐらいだから、不法組織以外の死者が出ていないだけ、まだマシな方だった、と言えるだろう。
そんなムリーヤ国の暴走を、美雪は、
「あら、まぁ」
と、口元に手を当てて、ほけほけと穏やかに驚いていた。
「いや、お前も当事者だからな?????」
彗依がそう美雪に言うと、彼女は莞爾として、
「共和制への移行を宣言した時ほどじゃないわよ」
と宣ったので、彗依は何も言えなくなった。
確かにあの時は、ムリーヤ国全土で反共和制デモが巻き起こって大混乱になったので、それに比べたら、これはまだ平和な方(平和であるとは言っていない)だった。
ちなみに当時、国民世論は最終的には、アタナシア・コスミカ・リコの、血統による皇位継承という方法の脆弱さへの懸念を容れて、
「飽く迄も我らの第三代皇帝アタナシア・コスミカ・リコ陛下の言うことだから」
と渋々ながら同意したのだが、共和制施行前に彼女が崩御するや否や、帝政存続へと意見を翻している。
ともあれ、そうした経緯に拠って、ここ「こすもす」での、子々孫々達の、第四代皇帝ナディーヤ・ワカコ陛下詣、という一大イベントは発生することになったのである。




