三人の暮らし(2)
都鴇宮・彗依が「こすもす」に構えた屋敷は、狭義の、つまり皇位継承権を持つ皇族としては、比較的小さく纏まっている。
それでも侍従・侍女・護衛を各六名ずつ必要として、計十八名の使用人プラスその家族という大所帯が住み込みで、三交代制で仕えることで維持されているから、これは如何に自動化・機械化が進んで省力化が進んだ現代とは言っても、十分以上に巨大な屋敷だった。
都鴇宮家や彗依自身が、十分に財力のある存在であることを、如実に示すバロメーターの一つだったとも言える。
都鴇宮家は税務署から目を付けられるほど大々的に金融業を営み、幾つかの優良企業のオーナーとして君臨しており、彗依は生前相続としてそれらの内の幾つかを成人時に贈与され、「こすもす」への移住の際に企業を一つ売却して得た資金でこの屋敷を建てたので、美雪の様に微々たる元手から、自立するのに必要な金額まで殖やすような苦労はしていなかったりする。
その辺りが、
「皇族にして財界の皇子」
と言われる所以なのだが、それはさて置き、この「こすもす」の都鴇宮邸で、主に彗依と美雪、ナディの親子三人に常に侍っているのは、都鴇宮家世子の傅育官であり、成人後も彗依に付き従っている侍従長、朝瀬・キリル・隆道という初老に差し掛かろうとしている男性と、「こすもす」移住の際に宮内省から直々に彗依がリクルートしてきた(※そして色々と宮内省から恨み言を言われた)侍女頭、成海・由という女性だった。
常にピシッと糊の効いたスーツを着こなす――正式な賓客を持て成すなら燕尾服を着るが、流石にそれを普段使いするのは目立ち過ぎる――朝瀬は、如何にもヨーロッパの貴族に使える執事的な容貌をしていて、本人もそれを自覚し態々そう見えるように振る舞っている。
一方の成海は、今時珍しいぐらいの純日本系の見た目で、名前からも分かり易く、日本地方生まれ日本地方育ち。そして篤いムリーヤ皇室崇拝が高じて、皇室に直に仕えたいと宮内省に入省したという経歴の持ち主である。旧言語は勿論のこと、英語、仏語、独語も扱える多言語話者の彼女は、一児を持つシングルマザーでもあり、娘の佐人佳と一緒に都鴇宮邸に住み込み、主に美雪とナディの身の回りの世話をしている。
佐人佳はナディと同じ歳頃で、二人は直ぐに、身分など関係ない、仲の良い遊び相手になった。
彗依と美雪は内心、
「(この時代に親しい友達を作ると、元の時代に戻るのが辛くなるかも)」
と心配しているのだが、それよりは、現代でも気の合う遊び相手を見つけて、彼女の世界を広げる方が良いだろう、とも判断して、今の所は見守っている。
そんな、基本的には邸の外に出ることのない三人の暮らし振りを捉えようと、態々対岸の陸地から超望遠レンズで狙ったりする悪質なマスメディアも現れた。
現れたが、大体の絶好の撮影地点に張り込んでいた宮内省特別高等警察官によって、青少年保護法違反(未成年者に対する盗撮)容疑で現行犯逮捕され、即座に社会的抹殺が図られたので事態は沈静化した(当局発表)。
この辺り、ムリーヤ国は確かに、ウクライナと日本国とロシアの正当な後継者だったと言えるだろう。
罪状を捏造せず、きちんと法律に基づいているだけ、慈悲があったとも言える。
この手の報道過熱というのは、取材対象が提供する情報が少ないから起きる、という側面もあるので、彗依たちは協議の末、ソーシャルメディアの公式アカウントを開設して、警備やプライバシー保護に支障が出ない程度に、適宜動静を投稿していくことにした。
選ばれたのはミニブログと動画投稿サイトであり、公式声明でアカウント開設が発表されるや、両者をアクセス集中により、一時間でサービスダウンさせるという歴史的偉業を打ち立てた。
それのどの辺りが歴史的偉業なのかと言うと、世界最大のコンピュータ・インフラに支えられるそれが以前にサービスダウンしたのは、実に四世紀も前のことだった、という表現が一番理解し易いと思われる。
ともあれ最初に投稿された、「My most precious treasure」と題された、ナディの、
「マーマ、いっぱいちゅきよっ」
という満面の笑みを捉えた僅か数秒の動画は、コメント欄に「キュン死」者を続出させ、
「いっぱいちゅきよっ」
は無事、この年の流行語大賞にノミネートされた。
だが、それでも満足出来ない者は、割と大勢居た。




