三人の暮らし(1)
さて、第四代皇帝ムリーヤ・ノ・ナディーヤ・ワカコ陛下が現代に来てから、早くも一ヶ月が経過した。
にも拘らず、彼女が過去に戻る気配は微塵も無く、過去世を憶えている彗依曰く、
「幼児の言うことだから誤差はあると思うが、聞き取った限りでは、最初にこっちに来ていたのは、多分本人の体感で三ヶ月ぐらいだったと思う」
とのことなので、愛娘と過ごせる貴重な時間を余すことなく堪能したくて、美雪は大学に休学届を出した。
そもそも世間の話題の渦中の人物なので、どう考えても質問責めに遭うことが容易に想像出来るから、先手を打って逃げ出したとも言う。
自力で自分の学費と生活費を出せるだけの貯蓄があるからこそ出来る、ある種の、
「マネー・イズ・パワー」
だった。
ちなみにその貯蓄の原資は、皇統譜に名があることを理由として義務教育期間を終えるまで支給されていた、微々たる皇統年金を元手にした、インターネット上での株取引で得た利益だったりする。
ムリーヤ国皇室の基本方針は、
「政府から一線を画し財政的に自立していること」
であり、皇室運営予算に国家予算が割かれる割合は、ゼロではないが、かなり低い。
各々の皇族は大体、莫大な皇室の資産を運用して得られた巨額の利益から、皇統年金なり、成人した際の祝い金なりの形で支給される金を元手に、自ら何か事業を興すか、親の興した事業を継ぐかして、自分の身を立てていく。
皇紀も九九九九年を数えると、皇統譜に記される者の数は天文学的とまではいかないが、膨大な数になっており、詰まるところ、ムリーヤ国の企業の三割程度は、実は広義の意味での皇族が差配しているという統計が存在している。
ムリーヤ国皇室の皇位継承権を有する皇族の数が細り始めた頃、これら広義の意味での皇族にも、再度継承権を与えようと考えた人々が居たのだが、余りにも広義の意味での皇族が多く、絶対に揉めることが予想されたので沙汰止みになったということもあった。
話を戻すと、美雪は即断で休学するや否や、置いて逝ってしまった愛娘との時間を取り戻すべく、四六時中、娘と二人、または彗依を入れた三人で行動した。その為、中々彗依と美雪の二人きりの機会は訪れなかった。
露骨に過ぎる、
「まだ美雪には(男として)手を出していないんだよ」
発言を意識しまくって、二人きりになるのを美雪が避けていたからだ。
無論、それは彗依を拒んでいるということを意味しない。
照れているだけだった。
前世ですることはしているし、割と明け透けに数年もしたら子供を作っているかもしれない、と宣った割に何故そうなる、と思われるかもしれないが、これは単に、突然娘(と彗依)が目の前に現れたので、今世でもそういうことをするという意識が芽生える前に親子関係の方が優先された、というだけのことである。
三人一緒に居るだけで満足していたので、それ以上の関係の深化があるのだ、ということをすっかり忘れていたのだ。
況して美雪にしてみたら、アタナシア・コスミカ・リコの意識が強くとも、一応今世の意識も残っている。そして前世も含めて、彼女がお付き合いした相手はただ一人だけだったから、尚のことそういうことに免疫力が低かった。
それでも、ナディの目を盗んでキスをするぐらいは直ぐに慣れたのだから、これは上出来な方に分類するべきだった。




