今世の両親(4)
「それで?」
と、彗依が美雪に問うたのは、翌朝の朝食時のことである。
泣き疲れて寝坊した美雪は、彗依が作った遅めの朝食――皇帝として公務が目白押しだったアタナシア・コスミカ・リコに代わって、家事をするのはコメート・ホシヒトの役目だったという慣習が、今も生きていた――を嬉々としてナディーヤ・ワカコに食べさせていた所に、その質問である。
心当たりがない、と言ったら、嘘になる。
ただ、
「心の準備ぐらい、させてほしいんだけど……」
「そんな暇を与えたら、上手く取り繕えるだろ。それが分からいでか」
と敢えなく却下されたので、ナディの世話を焼く手を止めないながら、美雪は致し方なく答えることにした。
「……私に、前世の記憶というか、意識が戻ったのって、十三の頃だったのよ」
前世の記憶が無いのに、前世と同じ思考回路をして育った今世の美雪の意識と、主観的に見て、前世から連続した記憶があるアタナシア・コスミカ・リコの意識は、不思議と反発することなく合同して、今の美雪の人格に成った。
「どうしても、前世の記憶の方が大人じゃない?
普通、この手の転生って、精神年齢は躰に引き摺られるものだと思うんだけど、私の場合は前世の意識というか、精神年齢というか、そういうものの方が強かったのね。
それで、まあそれまでも色々飛び級したりして早熟な方だったんだけど、一足飛びに意識が大人になっちゃったから、今世の両親も、私の方も、何だか距離が上手く取れなくなっちゃって。
「こすもす」って広いし通学に時間が掛かるし、ちょうど賄えるぐらいの収入はあったから、大学進学を口実にして、大学の近くに部屋を借りて、一人暮らしを始めたの」
そしてそのまま距離が開いてしまい、今に至るのか。と彗依は納得した。
ちなみに「こすもす」の主島は、直径六キロメートル、全長一〇キロメートルの円柱の長辺を六等分して、陸地と窓を交互に配置した、オニール・シリンダーを短縮したような形をしている。陸地同士は円周方向と長辺方向に走るリニアトレインとを乗り継ぐことで移動が可能だが、
「笑わないでほしいんだけど、リニアトレインって、「窓」の上を走るじゃない?
あれがどうしても生理的に受け付けなくて、毎日あの上を通るなんて、怖くてしょうがないから、実家から通いたくなかったっていうのもあるのよ……」
顔を青くしながら言う美雪に、まあ確かにあれは怖いわな、と彗依も苦く思う。
宇宙空間が足元に見えない陸地上ならまだしも、「窓」の上を走る時には、どうしても宇宙空間に吸い込まれてしまいそうな、独特の恐怖感が襲う。
生粋の宇宙生まれ宇宙育ちでも、閉鎖型宇宙島や、最新式の人造重力式平面型宇宙島出身の人間は、開放型オニール・シリンダーの「窓」の上を移動するのを嫌がることが多い。
地上に暮らしていた記憶の方が強い美雪にとっては、更に底知れない恐怖があるのだろう。
「窓」の外が見えないように、防護壁なりなんなりで隠してくれれば良いのだが、「眺望」を理由に、実行されたことは一度も無い。
人類が太陽系全域に進出するようになった現代でも、基本的には、人類とは地に足つけて暮らすのが性に合っている生き物なのだった。




