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釈明記者会見(1)

 結局、事情を知る者による制止は間に合わず、程なく「都鴇宮・彗依殿下に交際相手と隠し子疑惑!?」なる政治的スキャンダルは太陽系全域に広まることになり、早速居場所を嗅ぎつけたマスメディアが、三人が喫茶していたホテルに殺到して身動きが取れなくなってしまったので、一行は致し方なく、その「こすもす」で最も大きな帝国ホテルの会場を急遽借りて、釈明記者会見を開くことになってしまった。


「――では、定刻になりましたので、只今から都鴇宮・彗依殿下の記者会見を開始いたします。

 まず始めに、殿下からのお言葉がございます」


「えー、先ずは、世間をお騒がせすることになりましたこと、心よりお詫び申し上げます。

 私に交際相手と、その間に娘が居る、との報道についてですが、これは部分的に正しく、また部分的に間違っておりますので、訂正をさせてください。

 交際相手が居る、というのは間違いではありません。

 相手の方は、既に報じられております通り、同じ皇族、とは申しましても大分血が遠い「広義の意味での皇族」ですが、その皇族の勝柄・美雪さんと、結婚を前提とした真摯な男女交際をしております。

 が、既に彼女との間に娘が居る、というのは誤報です。正確には――」


 と、一気に言葉を続けようとしたところで、彗依が記者会見場に入った出入口の方から近付く声が聞こえ、ああまた話がややこしくなる、と彗依は頭を抱えたくなった。


「こら、待ちなさい!」

「パッパー!!!!!」


 パシャパシャパシャ、と流れ落ちるフラッシュとシャッターの大洪水にも臆せず、一直線に彗依に向かって走り込んできた、ホテルから借りたドレス姿のナディーヤ・ワカコと、それを追い掛けてきた同じく借り物のフォーマルスーツ姿の美雪が会場に乱入してきたので、瞬間的に都鴇宮・彗依の釈明記者会見のライブ配信は、視聴者数が跳ね上がり、コメント欄は大盛り上がりになった。


 そして、比較的皇室に詳しい一部の人間は、「んん?????」と首を傾げることになる。

 既に「過去の皇室の人物にそっくりな人」として一部(皇室フリーク)では有名だったりした彗依と美雪だったが、三歳頃に見える娘が居るにしては、(美雪が)若過ぎるのだ。

 何しろ、美雪は小中高と(二度目の学生生活を今更やってられるかとショートカットしたくて)三回飛び級を繰り返して、当年取って十七歳にして大学二年生である。

 生まれたてホヤホヤの赤ん坊が居るということなら、まだギリギリ倫理的に納得出来なくもないが、三歳の実娘が居ると仮定すると、美雪が妊娠したのは十三歳の頃合いになってしまう。

 ムリーヤ国が学生結婚と拡大家族を推奨していて、飛び級した人間は国家試験を受ければ法的に成人資格を早々に得られるという、早婚勧奨国家だからと言っても、それは幾ら何でも早過ぎる。

 という訳で、彗依は全国民から、釈明会見開始早々に深刻なロリコン疑惑を持たれることになった。

 内心、そんな疑念の視線がカメラ越しに全身に突き刺さっているのを感じながらも、致し方なしに彗依はナディを抱き上げ、それを追ってきた美雪のことも抱き寄せたから、尚更ストロボとシャッターの音は鳴り止まなくなった。


「キャー!」


 と焦る彗依と美雪の内心(親の心)を他所に(子知らず)、ナディは歓声を上げて身を乗り出してカメラへ人懐っこく手を振るものだから、本当にどうしようもなくなってしまった。


「(ごめんなさい)」


 色々な意味での謝罪を一言、彗依にだけ聞こえる声量で美雪が告げると、「(いや)」と彗依も答えた。

 確かにナディを記者会見場に乱入させてしまったのは、会見の間ナディの面倒を見ることになっていた彼女の失点になってしまうが、元々逃走が上手い(ナディ)を、まだ出会ってから間もない美雪に任せっきりにしてしまった彗依の側にも責任がある。

 それに、最初から全員で会見しよう、と提案した美雪と娘を衆目に晒したくなくて、話がややこしくなるから自分一人でやる、と押し切ったのは彗依自身だ。言ってみれば自分の欲目が招いた不測の事態なのだから、その責は自分が負うべきものだ、というのが彗依の考えだった。

 こうなってしまったからには仕方がない、と彼は肚を括り、ゴホン、と咳払いをした。


「こら、ナディ。

 パーパがお話ししている間は静かにしているように言っただろう?」


 取り敢えずこの娘を落ち着かせるのが先だ、と彗依がナディに視線を合わせて言うと、彼女はキョトンとして、


「パーパ、いなかったもん。

 わた()のまえで、おはなちちてなかったよ?」


 と会場中に通る声で言われ、彗依は「ぐ、」と詰まってしまった。

 成長して聞き分けが良くなった頃のナディーヤ・ワカコの姿を覚えている分、その頃のナディと同じ感覚で、言われずとも理解るだろうと言いつけてしまった。

 これは三歳児のメモリ上に展開出来る情報量や関連性を、考慮に入れられなかった彗依の負けだろう。

 そう思ったのは彗依だけではなかったのか、クスクスと上品に笑う声が聞こえた。


「可愛い可愛い私のナディ。

 パーパは、ナディが居ない場所でお話しするから、その間、静かにしていてね、って言ったのよ?」

「う?」


 そう鈴を転がすように透き通った、しかし記者会見場のマイクが余すことなく拾い上げられるほど通った大きさの声で、美雪はナディを諭した。


「わた()、わるいこ?」

「悪い子じゃないけれど、良い子ではないかもね?」

「……ごめんなしゃい」


 苦笑した美雪の言葉に、ぺしょり、とあまりにもしょげた様子でナディが言うものだから、彗依の方もそれ以上何も言えなくなってしまった。


「ナディ。マーマとパーパと大事なお約束。

 マーマかパーパが、良いよって言うまで、お膝の上で静かに出来るかな?」

「……できる」

「ん、良い子ね」


 そう言って「母」の顔でナディのまろい頭を撫でてから、彗依の陰から隣へと進み出た時、彼女は既に「第三代皇帝アタナシア・コスミカ・リコ」の顔をしていた。


「――ごめんなさい、娘がお騒がせしました。

 さあ、会見の続きを始めましょうか?」


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