皇紀九九九九年の世界(4)
「え、」
と声を漏らしたのは、果たしてどちらだっただろうか。
「きゃー!」
と突然彼女に抱き上げられて歓声を上げ喜んだ幼子とは対照的に、彼女も、彼女の背後に突如として出現した気配の持ち主も、互いを見遣って呆然としていた。
彼女が、ムリーヤ国第三代皇帝ムリーヤ・ノ・アタナシア・コスミカ・リコにそっくりなように。
彼もまた、その伴侶たる皇配、ムリーヤ・ノ・コメート・ホシヒトに酷似していた。
または、その人そのものとしか他に表現しようのない気配を発していた、と言い換えることもできる。
互いに、互いが存在していることが信じられないという驚愕による沈黙を破ったのは、またしても幼子だった。
「パーパ!」
と幼子が彼を呼んで、そちらへ身を乗り出して手を伸ばすので、
「え、あ、えっと、」
と戸惑いながらも、幼子を落とさないように彼女は彼に近付いた。
「……この子の、親御さん、ですよね?」
「……いや、まあ、そう……、です?」
何故に疑問系。と一瞬幼子を推定幼子の父親である彼に差し出すのを彼女は躊躇ったが、それより幼子が跳ねて彼へ飛びつく方が先だった。
「きゃっ」
「うぉ、っと、こら」
「パッパー! マーマみちゅけた!」
慌てて抱き止めた彼が叱るより先に、自分は一切悪いことはしていません! という満面の笑みで幼子が彼と彼女をして自分の親だと言うものだから、互いに毒気を抜かれて何も言えなくなった。
そこでまじまじと彼を見遣れば、やはり「あの人」そのものでしかない典型的アジア人の端正な顔つきに、「二人合わせてアレキサンドライト」と言われることになった碧色の瞳。高身長で長く細い手足が、けれど幼子を抱き止めても一切ブレることなかったことから、かなり鍛え上げられているのも相変わらず。
短くすると癖毛が跳ねるからと、濡羽色の髪を長く伸ばして無造作に後ろで組紐で括っていて、前髪に僅かに青みがかったメッシュを一房入れているところも、全然これっぽっちも変わっていない。
「……――リコ?」
と、彼が彼女の前世の、九九〇〇年以上を経ても一般的にならなかった、二人の時間だけ呼ばれた愛称で彼女を呼んだから、ようやく彼女の思考回路も、彼が真実「彼」であると理解が及んだ。
「 ?」
と彼女が彼を呼べば、彼もまた頷いたものだから、もう彼女の語彙力では言い表せないほど沢山の感情が溢れて、彼の了解も得ずに、彼女は思わず彼に抱き着いてしまった。




