皇紀九九九九年の世界(2)
勝柄・美雪にとって、皇紀九九九九年の世界は、
「どうしてこうなった!?」
としか表現しようのない世界だった。
人類社会は(ごく一部を除いて)太陽系内の全域に進出し、人類(の概ね)全体の共通目標に超光速航法の実現と、それを利用した天の川銀河への進出が掲げられているのは、まだ良い。
人類社会が基本的に、月に本部を置く国際連盟を中心とした国際関係で成り立っていて、全人類の統一的政体がまだ成立していないのも、許容しよう。
約九九〇〇年もの間、統一政体の樹立に失敗して戦争(内戦と言っても良い)を続けている地域が二つほどあるのも、見ない振りが出来る。
まだ、これらは「人類、全然進歩しないなあ」と呆れるだけで済ませられる。
が。
自分も一代を担った皇朝が現存し、今現在も国家・国民の和合の象徴として尊崇を浴びている事は想定外だった。
何しろ、生前(?)の大学の卒業論文のテーマが「人類統一政権の樹立に際して採用するべき政体」であり、その結論として共和制を採用し、自分が即位した際には、自分の健康上の理由で国論をその方向に統一したところで、早逝してしまった記憶があったので。
それが「三代皇帝の御乱心」とか、「共和制に憧れた君主による啓蒙の失敗」とか言われているのは、本人の自覚がある彼女としては、遺憾の意だった。
ぶっちゃけた話、青春時代をほぼ学業と公務に捧げた記憶の持ち主からすると、
「皇帝なんて面倒な役目、やってられるか!」
と言うのが本音であり、その面倒な役目から降り、責任を誰かに負わせたいがために健康上の理由に託けて帝政廃止を唱え、その道筋をつけたのに、その目論見が転覆するどころか、
「第三代皇帝陛下は、私たち国民のことを想って『もっと広く会議を興し、万機公論に決すべし』と諭されたのだから、もっと厚く皇室を奉らなきゃ(使命感)」
と自分の死後、篤い(熱い?)帝政支持者を大量に発生させ、それが現代に至るまで、地球上から太陽系の端まで、ムリーヤ国民を一貫して熱心な皇室信者に仕立て上げることになっていたのだから、本人にしてみたら、宇宙を背負った猫になって、やさぐれざるを得ないというものだった。
「(それに)」
と、彼女は溜息を吐く。
あの頃は、母が居て、父が居て、弟妹が居て、叔父叔母が居て、いとこが居て、祖父母が居て、あの人が居て、そして、胎の内に我が子が居た。
生きる原動力だったそれらが居ない世界に、一体どれ程の価値があるというのだろうか?
彼女の主観記憶は、我が子の産声を聞いたところで途切れている。
公式記録上も、第三代皇帝は出産時に大量出血を起こし、治療の甲斐なく崩御したことになっている。
元々、難しい出産になることは理解っていた。
今回は諦めるべきだ、と諭す声に接したことも、一度や二度ではない。
皇帝たるムリーヤ・ノ・アタナシア・コスミカ・リコとして、皇帝という権威に空白が生じるようなことがあってはならない、という声が大きかったのも、事実である。
で、あるが故に、皇帝というムリーヤ・ノ・チカコ一世陛下の血統に依存した権威存在を廃し、国民が自らの手で自らを律し国権を奉るべし、として短期間で共和制への道を拓いたのに。
第四代皇帝として直ちに践祚したのは、その時彼女が産んだ我が子だった。
そして折角共和制への移行へと彼女が歩を進めていたというのに、彼女が遺した人々は、正式な手続きを経て共和制への道を廃して、従来通りの立憲君主制の墨守に舵を切ったのだ。
それが、裏切りでなくて、なんなのだろうか?
そんな訳で、勝柄・美雪という人間は、傍目には容姿にも血統にも衣食住にも恵まれているのに、社会に対して斜に構えた、比較的無気力で批判的な生き物に成長した。
心療内科医にかかれば、或いは彼女は一種の鬱病に罹っているという診断を下しただろう。
それ程に、彼女は自分の努力が徒労に終わったことに疲れ、しかも生きる原動力だった前世の家族らの居ない世界で、生きることに虚しさを感じていた。
で、あるから、こそ。
「マーマ」
と呼ばれて幼子に抱き着かれた時も、彼女はやや素気なく、胡乱げな表情で振り向いた。




