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人類の羅針盤

 西暦二〇五二年九月二日、ムリーヤ国は第三次世界大戦の終戦から三〇年の節目を迎えた。


 戦後三〇年という時間の間に、ムリーヤ国は様々な困難に直面した。

 特に西暦二〇二九年に発生した日本列島大震災では、世界史上最大級の経済的被害を被った。

 天災で日本列島の人々が動揺し、周辺諸国が蠢動する中、復興途上の決して楽な暮らしぶりとは言い難い旧ウクライナ、旧ロシアの人々からの、速やかかつ積極的な支援があり、ムリーヤ国一体となって震災に立ち向かっていったことは、ムリーヤ国民一人一人自身に、「自分達はムリーヤ人の中の誰某人」という枠組みではなく、「誰も彼もムリーヤ人」なのだというナショナル・アイデンティティの確立を齎した。

 そしてその潮流は、二代皇帝ムリーヤ・ノ・アレクサンドラ・エリコ一世陛下の即位と、その式典を無理筋な大義名分で襲われ、そして見事撃退した第四次世界大戦を経験したことによって、より強固なものとなった。


 今日、第四次世界大戦の経緯は、戦争を仕掛けた側がいずれも四分五裂して資料も散逸・焼失するなどしているため、厳密な調査は困難を極めるが、概ね以下のように(年柄年中内戦している連中以外は)認識される。

 総合的な国力(国家総力戦能力と言い換えても良い)で世界第三位の超大国の地位にあったムリーヤ国は、日本列島大震災で一瞬の躓きを見せつつも、その復興をバネにして国力をV字回復軌道に乗せた。そしてハルキウ五輪後はやや停滞傾向になりつつも、依然として準先進国(依然として国の東西南北で経済力の偏重が大きいことを除けば十分先進国だったとも言える)的な経済成長を続けていた。

 その景気拡大は主に内需喚起によるものであり、国家経済に占める世界経済との関連の割合は、比較的低かった。急速な少子高齢化や経済の不調により衰退しつつある米中の二超大国は、元々ムリーヤ国との外交関係が良好ではないことも相俟って、自分達の凋落の原因は、ムリーヤ国が市場解放(自由化)に積極的でないからだという被害妄想を募らせたのだと推定される。

 ムリーヤ国はグローバリズムの弊害や、彼らの言い分は要するに、


「お前のところのものは買わないが、お前は俺のところのものを買え」


 であることを知己していたので、


「鋭意前向きに検討させていただきます」


 という官僚的表現でのらりくらりと躱し、実質的には黙殺しながら自らの経済的発展に力を注ぎ続けた。そのことが、彼らの堪忍袋の緒を切ることになったのだと考えられた。


 随分手前勝手な理由だとは思うが、普通の覇権国家(超大国)とはそういうものである。


 逆に言うと、世界に一歩線を引いて内向きに発展を続けようとするムリーヤ国の方が、ある意味どうかしていると言えるだろう。

 話を第四次世界大戦に戻すと、その米中二大超大国の攻撃を撃退した以外、殆ど制裁らしい制裁をムリーヤ国が加える前に彼らは自壊していった。

 しばらくすると四分五裂し各地で軍閥化した彼らの末裔の側から、


「第四次世界大戦のことは水に流して、我々を正統な継承国と認め、支援してほしい」


 と言うこれまた手前勝手な要求が日を追う毎に増え、呆れ返ったムリーヤ国は、次の通り宣言した。


「アメリカ合衆国、並びに中華人民共和国の正統な継承国を称する北米大陸・中華大陸の軍閥について、前身国家の国号を継承しないのであれば、一考に値する。

 さもなくば、第四次世界大戦に於ける戦争犯罪人捜査のため、我が国は自衛隊を進駐させ占領統治下に置く用意がある」


 この場合の「進駐」が穏やかならざるものであろうことは、誰もが予想できるだろう。

 ムリーヤ国にその気はさらさら無かったが、世界の「常識的な」人々からすると、これは捜査官・検察官・弁護人・裁判官全てムリーヤ国出身者で固めて、一部の隙もなく好き勝手に好きな相手を抹殺するぞと言う宣言に他ならなかった。


 何しろ、第二次世界大戦で同じことを枢軸国相手にやっているので。


 それは兎も角として、ムリーヤ国からそんな宣言が発されると、厚かましい要求は水が引くように立ち消えとなり、逆に崩壊した米中の周辺国からの難民援助要請があると、ムリーヤ国は積極的にPKO・PKFを派遣するようになった。

 無論、それは米中の占領目的ではなく、凄惨な内ゲバを繰り広げる連中を、国境線の向こう側に閉じ込めるためである。

 国境線の向こうの大陸に封じ込めるために、適度な「支援物資」を供給する手間暇資金は、惜しまなかった。

 その方が、国家戦略的に利が大きいと、ムリーヤの人々は考えたのだった。

 要するに、まともに相手をするほどの感情を持ち合わせていないほどに、冷淡非情だったと言える。

 それでも女子供の難民については「絶対に政治的活動をしない・参政権を要求しない」を条件に、比較的積極的に受け入れていたのだから、これは十分有情だったと言えるだろう。


 そんな美しくも醜い世界が、今の人類社会の情勢だったが、この年、ムリーヤ国は二つの慶事に湧いた。

 一つは、アレクサンドラ・エリコ一世陛下が、待望の第一子をお産みあそばされたのである。

 ムリーヤ国の人々の祝福を一身に浴びて産声を上げた、後にムリーヤ国第三代皇帝の位を襲うことになる第一皇女の御名前は、アタナシア(不滅の)コスミカ(宇宙的に調和した)リコ(黎子)と名付けられた。

 もう一つは、月―地球間の共鳴軌道上に建設されていた耕作地衛星第一号が、「ふれいや」と名付けられ、ムリーヤ国から初の宇宙空間移民が行われたことである。

 そしてムリーヤ国は、もはや地球上の資源や国境線、人種や宗教を巡り拘泥する時代は終わったとして、自国の使命は、人類を宇宙に送り出し、全ての人々に現代的で文化的で健康的な最低限度の生活を送れるようにすることだと宣言した。


 宇宙(そら)を見上げる人々の前には、新しい時代(コズミック・エイジ)が広がっていた。

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