自衛隊法七十八条
※フィクションです(令和四年六月一日修正)。
日本国はウクライナの一部にジョブチェンジしたことを以って、日本国は「ロシアをウクライナの一部」であると見做し、また「自国はウクライナの一部」であると見做した。
従って、ウクライナ=ロシア、ウクライナ=日本、日本=ロシアの三段論法が成り立ち、ウクライナ国内であるロシア国内である日本国内での戦闘行為に対し、内乱罪の適用を決意した日本国は、日本国自衛隊法七十八条に定める、
「内閣総理大臣は、間接侵略その他の緊急事態に際して、一般の警察力をもつては、治安を維持することができないと認められる場合には、自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる」
という条文を法的根拠として、ウクライナ国家親衛隊であると日本国が自ら定義した自衛隊の治安出動を命令した。
なおその論理で行けば、ウクライナまたはロシアの法令も同時に日本に適用されることになるはずだが、そうしたことへの整合性については、懇切丁寧に内閣法制局が、
「本邦のウクライナ編入はまだ基本的合意が形成された段階であって、法的な整合性につきましてはこれから両国立法府での改正を図るところであります。
法的にはまだ本邦が一方的にそうであると宣言しただけでありますので、従って適用法令につきましては目下のところ、自衛隊が現在治安出動を実施している地域については、我が国の法令のみが適用されるものであります」
という論理を展開し、一方的にロシアとの間に締結されている条約や同国の法令は無視するとの説明を行った。
完全に欧米諸国がウクライナ支援の根拠とする「法の下の支配」を揺るがす、暴論極まりないそれであったし、実際にその当局発表に食ってかかる声もあるにはあったが、
「『法の下の支配』をロシアが『二度も』破った以上、こちらも後生大事に守ってやる義理はない」
という日本国政府関係者筋の本音が報じられると共に、軒並み国内の反対論者が体調不良や行方不明になるなどして、戦前の日本の片鱗を見せるようになると、そうした声は沈静化した(当局発表)。
ちなみに「二度も」というのは、一度目は日ソ中立条約であり、二度目は今回のウクライナ侵攻である。
ロシアの主権を踏み躙る程度には血走った目で怒り狂える日本国政府ではあったが、他方で自国の法令については「基本的に」遵守する姿勢を見せた。
具体的には、ロシアへの侵攻に際して先述したように、法令根拠とした自衛隊法七十八条の第二項に定められている、
「内閣総理大臣は、前項の規定による出動を命じた場合には、出動を命じた日から二十日以内に国会に付議して、その承認を求めなければならない。
ただし、国会が閉会中の場合又は衆議院が解散されている場合には、その後最初に召集される国会において、すみやかに、その承認を求めなければならない」
という条文の部分である。
玲和四年三月二十四日、日本国内閣総理大臣吉田武雄は前述した条文に基づいて、日本国国会に治安出動の事後承認を求め、そして衆参両院に於いて賛成多数で承認を得た。
両院で安定多数を与党が占めるのだから、当然と言えば当然の結果ではあった。
極一部の与党議員と一部の野党議員が反対票を投じたものの、前者については即日与党から除名され、後者については、
「ロシアの非道に消極的な賛同をした」
というレッテルを貼られ、国民からの罵声を浴びて失脚することとなった。
いっそ、出来レースや八百長試合より性質の悪い何かだったが、一応、国内法の最低限のルールは守ったことになる。
ともあれ、国権の最高機関からの是認を得た吉田内閣は、改めて国会に、自衛隊がロシア極東地域の日本に対する侵攻能力を剥奪していること、そして現時点で有する兵站と自衛隊の規模を理由とする攻勢限界点に到達していることを報告し、戦争の終着点をどこに設定するかを議論の俎上に挙げた。
即ち、「ロシアを打倒するまでやる」か「ウクライナへの国家存立の危機を除くまでやる」かである。
両案とも国防費を十年間連続で、国内総生産比二〇パーセントまで引き上げる点は変わりなかったが、前者はシベリアを打通してモスクワに日章旗を立てるまでやるというもので、後者の案はロシア極東地域については現時点の掌握地域を保持して守備するものとし、ウクライナへ自衛隊を派遣して、クレムリンを破壊するまでやるというものだった。
どちらも正気とは思えないーー何なら廃案なり縮小なりされるのが前提だったと思われるーー案だったが、五日間という短い喧々諤々の議論の末に、諸外国からの諌める声を完全に無視して、日本国国会は玲和四年度ウクライナ特別会計という題で、国内総生産比十五パーセントに達する補正予算を成立させた。
採用された案は、後者だった。
その為に全自衛隊の装備(※日本国政府は最後まで軍備とは言わなかった)拡張が必要とされ、「取り敢えず」日米同盟を口実に、アメリカ合衆国でモスボール保管されている各種装備を調達するものとされた。候補に挙げられたのは概ね次のような装備である。
・Fー4戦闘機
・Fー14戦闘機
・Fー15戦闘機
・Fー16戦闘機
・F/Aー18戦闘機
・Cー130輸送機
・キティホーク級航空母艦「キティホーク」「ジョン・F・ケネディ」
・各種輸送艦・補給艦を人員ごとありったけ
・各種支援車輌をありったけ
・弾道ミサイルを除く各種誘導弾・爆弾・砲弾・銃弾をありったけ
大雑把に要約すると「旧式装備で良いから戦術装備をありったけ寄越せ」と言ったようなものだったが、Fー35のような最新鋭装備を要求しなかったあたり、日本がロシアの正面戦力をどのように見ていたかが伺える。
他方、それらを要求される側となったアメリカは泡を食った。対戦車ミサイルをウクライナに大量供与するぐらいなら兎も角、戦闘機や航空母艦を日本に供与するのは完全に、ライン越えの行為だったからである。
アメリカとしては、自国が直接戦争に巻き込まれない程度に他所で激しくドンパチ戦ってて欲しい、というのが本音だった。
というか、お前ら空母を持ってもどうやってトルコ海峡を越えるつもりだ。
本当は正規空母持ちたいだけとちゃうんか?
という至極真っ当な疑念により、特に空母については敢えなく却下された。
そういう理由で旧式(艦上)戦闘機やキティホーク級の調達は頓挫したのだったが、日本国の粘り強い交渉の末にCー130のような支援航空機や各種支援車輌、銃砲弾の類は、渋る米国政府を宥め透かして何とか供与を得ることが出来た。
但し、それらの輸送手段については日本の自力で用意するものとされた。