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初代皇帝陛下唯一の失策

 先に述べた通り、チカコ一世陛下の譲位宣言は、プルティナ政権に――何なら皇太子に改めて指名されたアレクサンドラ・エリコ第一皇女殿下にも――根回しなく行われたので、政権閣僚にとってはまさに、


「寝耳に水」


 の出来事だった。

 従って衝撃もそれ相応のものとなり、浮き足立つ者も発生し、いち早く落ち着きを取り戻したヴラディミロヴナ(大統領)に一喝される一幕もあった。

 とは言え、その直後の大統領談話で、やや冷ややかに率直な感想を述べた辺り、彼女も内心余り穏やかではなかったのは確かである。彼女にとってチカコ一世陛下は、手を携えてムリーヤ国発展に努めてきた「同志」や「戦友」の感覚があり、その突然の譲位宣言という戦線離脱行為は、半ば「裏切り」に近い感情を覚えたのではないかと思われる。

 上皇となって隠棲を決め込んだ際、チカコ一世陛下はその判断の誤りを認める形で、譲位宣言の頃を振り返る発言をしている。

 曰く、


「エリコが私の後を継ぐのに相応しく成長し、また国家そのものも、多少のこと(譲位宣言)では最早国は揺らがないという「甘え」があったと、そのことについて、皆さんに真摯に詫びねばならないという風に、思いを致しております」


 とのことである。

 この出来事は大過なきチカコ一世陛下の治世の、唯一の失策として歴史に記録されることになった。

 しかし国が大きく傾くような過ちだったかと言うと、そうではなかった。

 ヴラディミロヴナが少々批判的に述べたのは、譲位宣言直後の大統領談話一度きりで、その日の内に参内してチカコ一世陛下の意志が翻らないのを確認すると、以後は円滑な譲位へ向けて精力的に政務を開始し、二度と不平・不満・愚痴を口にしなかったし、また周囲にもそうさせなかった。

 彼女の右腕たる布瀬もまた同様であり、政権は小揺ぎはしたものの、すぐにより引き締められる形で収拾された。


 さて、推定相続人から法定相続人に昇格した「エリちゃん殿下」ことアレクサンドラ・エリコ第一皇女殿下は、母帝チカコ一世陛下の譲位宣言当時、西ヨーロッパへの王室外交から民間機で帰国の途上にあり、機内で偶々譲位宣言のニュース速報を目にした乗客らから、


「立太子おめでとうございます」


 と声をかけられる形で、それを知ることになった。

 本人は後に、


「最初は何の冗談かと思いました。自分がいつか皇太子になる、皇帝になるということは理解していても、まさか今この時とは思いもしていませんでした」


 と回顧し、その場では声をかけた乗客に本当なのかと訊ね返していることから、本当にチカコ一世陛下のスタンドプレーだったことが伺える。

 野星の皇宮に戻られたエリちゃん殿下は、直接チカコ一世陛下に事の次第を確かめ、同席した皇配・弟妹殿下の御家族からも祝され、漸く本当に皇太子に定められたのだという理解が及んだという。

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