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その終  蘇る蒼月祭

漣次郎がシュレンディア王国に転生して、数年が経った。


その日、ワルハラン特区近隣では特別な催しが開かれており…。

 漣次郎が転生して、何度目かの春がやって来た。






 春のワルハランの街を、漣次郎は1人でのんびりと巡る。


 彼は特務隊の紺の制服を纏い、ワルハラン港から特区を目指して歩いている。昔からあまり変わり映えしない姿の彼だが、身体を鍛えたりしている事もあって転生当時より逞しくはなっていた。

 ちなみに今日この街は、特区周辺で小規模な祭りが行われている。

 本来ワルハランで行われる最大の祭りは晩夏のもので、この時期に何かが行われるというのは無い筈だ。しかしこの春真っただ中の街には出店なども並んでおり、確かに祭りの空気が漂っている。

 そして晴天の空には、太陽と共に白昼の月も浮かんでいた。




 のんびりと歩く漣次郎は、そこでとある人物を見かける。

(えー…あいつ、こんな所で何してんだよ)

 …そいつは、本来ここに居ては拙い奴だった。


「やあ漣次郎、ごきげんよう!」


 ワルハラン特区大門から少し離れた出店に居たそいつは、漣次郎に気付いて気さくに挨拶をして来た。駆け寄った漣次郎は、開口一番に苦言を呈す。

「ちょっとフェリア、何でこんな所に居るの?」

「何でって、見ての通り屋台を覗いているんだよ」

 出店を覗いていたのは、親交大使フェリアだった。

 長く伸びた紅髪を三つ編みにしており、服装も煌びやかなドレスの装いだ。こうして見ると彼女も、ちゃんとした王族のお姫様のように見えなくもない。

 …しかし、彼女の性分は変わっていなかった。

「全く、『親交大使』の君に勝手に歩き回られちゃ困るよ。今日のお祭りだって、お飾りとはいえ仕事もあるんだから」

「ふふふ、相変わらず漣次郎はお堅いねぇ」

「君が自由すぎるんだよ。君は一応要人なんだから、本来は憲兵とかが付いて回るぐらいが普通なのに」

「堅苦しい事を言わないでくれよ、折角のお祭りなんだしさ!」

「そんなこと言って、君は未だに特区の半魔族に嫌われているって自覚あるの?護衛も付けずに出歩いて…また辻斬りに遭うよ?」

「ふふふ、そんなの何度でも返り討ちにするから平気さ」

 フェリアは買った串焼きを齧りながら、漣次郎に背を向けて彼の前を行く。

 漣次郎も呆れながら…そんなフェリアの後ろに付いて行く。


 今日行われているこの祭りの名は、『蒼月祭』。

 かつてこのワルハランで行われていたという、失われた祭りの日だ。











 漣次郎と特務隊の働きでシュレンディア王国とデルゲオ島が停戦し、その双方に『親交大使』が置かれてから3年が経っていた。




 この停戦の前提として“デルゲオ島にもアルデリアス家の者が居た”というのを公表する必要があった為、人間と魔族は双方が納得できる形への調整を繰り返していた。

 そして結局、三英傑についてはほぼデルゲオ島の伝承をそのまま公表することになったのだ。エルーナ姫の存在や賢者ロディエルの出自は様々な波乱を呼んだが、それらは数年掛りでなんとか沈静化していた。


 しかし…賢者ロディエルの死因だけは歪められた。

 現在、彼の死は“不幸な事故”という事になっている。


 “勇者が賢者を殺した”などという話はとても公にできず、かといって人間と魔族が戦った事実は変わらない。

 なので魔の侵攻については“王都でロディエルが事故死し、それを王政の陰謀と勘違いした魔族がシュレンディアを攻撃した”という話になっていた。魔王や魔族からすれば不本意とも思われるこの方便も、停戦には代え難いと納得してくれたのだ。




 しかし…やはり反発が最も大きかったのがワルハラン特区だ。

 異能を持つ故に王政の管理下にある半魔族は、魔族を特に嫌っている。

 それにシュレンディア王政は昔から“デルゲオ征伐”を掲げていた。特にカイン王の代になってからは半魔族の騎士をデルゲオ征伐に参加させ、その武功を理由にして半魔族の地位向上をする計画だったという。


 つまり特区の半魔族にとって…デルゲオ島との停戦協定はそう簡単に受け入れられるものでは無かったのだ。


 カイン王とソドリオ王が共同で“デルゲオ島と三英傑に関する声明”と“停戦協定”、“『親交大使』設立”を同時に公表したのだが、この時既に“フェリア造反”で荒れていた特区の情勢がさらに悪化したのだ。

 半魔族を重用したいと考えているカイン王にとってもこれは契機で、彼はこの情勢悪化を口実に王政を無理矢理動かした。反対する者も多かったが…宰相ビスロも特区総督テンジャも尽力してそれを押し通した。


 そして現在、半魔族の地位は大幅に見直され…今や彼等は特区だけでなくワルハラン全体に居住できるよう規則が変わる所まで来ていたのだ。











 『蒼月祭』の最中の特区周辺には屋台が並び、人間と半魔族が入り混じって大勢行き来している。




 その屋台の中に、一際華やかなものがある。

 沢山の花が並ぶその屋台に売り子として立っているのは…ココロン・ベルンとミューノ・パルサレジアの2人だ。


「ごめんねミュウ。こんな日まで手伝ってもらっちゃって!」

「いいよいいよ、わたしがココと一緒にやりたくてやってる訳だし。それに制服も可愛いののお揃いで…なんか良いよね」

「まーね、確かに特務隊の隊服って紺色で堅苦しくて地味だから。もっと可愛くしてくれるようビスロ様にお願いしてみようかなー?」

「…そんな事言うと、またビスロ様に怒られるよ?」

「むー、でももうちょっと華が欲しいよねぇ」

「ココは十分可愛いから不要でしょ」

「ちょ、恥ずかしい台詞を真顔で言うじゃん…」

 この屋台は、ココロンの実家である“ベルン生花店”の出しているものだ。春らしい色とりどりの花が並び、道行く人の視線を集めている。そこに来て売り子の2人も美人なので、飲食系でも無いのにこの屋台には客が多かった。

 そんな2人の後ろから、明るい声が掛かるい。

「悪いねぇミューちゃんよぉ!いつも手伝ってくれて助かるわ!」

「いえいえおじ様、わたしも楽しんでやってますから。それにどうせ今日わたし達2人は非番なんで」

「ホント、ミューちゃんは良い娘ねぇー」

 屋台の裏手には、ココロンの両親も控えていた。

 “ベルン生花店”は今日…王都の本店を休みにし、旅行のノリで『蒼月祭』に出店を出していたのだった。


 魔族との停戦後、特務隊の仕事はそれなりに落ち着いていた。

 隊の拠点がフィズンから王都に移ったこともあり、ミューノはしょっちゅう王都城壁内にあるベルン家に入り浸っていた。今では家族同然の付き合いをしており、家族を失ったミューノにとってここはとても尊い居場所になっていた。






 そんな花屋の出店に、3人の客が。


「おうおうやってんなぁ!どうだ、繁盛してんのかー?」

「美しい花々に美しい店員…この屋台だけとても華やかな雰囲気を醸しているね。どうしようかな、俺も少し買っちゃおうかな?」

 そのうちの2人は、黒猫の半魔ワールとルゥイ・モードンだった。ココロンが彼等に屋台の話をしてあった事もあり、どうやら冷やかしに来たらしい。

 そして…もう1人の客は女性だった。

「爽やかな甘い香りだねぇ。ふふふ、春を感じるよ」

 最後の客は…白毛の狐獣人ヅェニワラだった。

 その3人は揃って、紺色の服を身に纏っている。


 この3年間で、宰相ビスロ直属の特務隊は増員されていた。

 デルゲオ島とワルハラン特区という2つの対象に関わっていた特務隊だが、それらに対応するための人手が要ったのだ。そんな中で補充要因として選ばれたのが、幾度も特務隊の補助をしていたフィズン騎士団ルゥイ小隊だった。

 また、最近になって特務隊が“朧の箱庭”にも関わり始めており、その都合でヅェニワラも正式に特務隊入りしていた。




 屋台を覗く3人だが、ワールの機嫌がやけに良い。

「おいおいルゥイ、お前も貴族なんだから気前良く買ってやれよな!」

「いやいや、買い占めちゃったらそれはそれで営業妨害だよワール?」

「おー?それもそうか!はっはっは!」

「…ねえワールさん、今日何か変じゃないですか?」

「なんだなんだココロン?こんな時に大人しくなんてしてられるかっての!」

 怪訝そうなココロンに対し、ワールはすごい笑顔をしている。

 彼がこんな調子なのも理由があった。


 ワールとヅェニワラが特務隊に正式入隊したのは、実は数日前。

 半魔族のワールが宰相直属というのには王政内で反対意見が多く、2年前にルゥイ小隊が特務隊入りした際に彼だけ見送られてしまったのだ。

 そんな彼も遂に特務隊に入り、今シュレンディアにおいて最も出世している半魔族になっていた。特区の星だったフェリア達は離反してしまったが、現在はワールが特区の期待を一身に背負っている。


 ワールは牙を剥き、その銀の猫眼を輝かせる。

「へっへっへ、なんかもう最高の気分だぜルゥイ!」

 そうして彼は、道行く半魔族に手当たり次第に絡んでいく…。






 ワールを見送った4人だが、不意にミューノがどこかそわそわし始める。

 それに気付いたヅェニワラが小首を傾げて尋ねる。

「んー?ミューノちゃんどうしたんだい?」

「ええと、この後待ち合わせがありまして…」

「祭りで待ち合わせ…何だい男かい?いいねぇ若いねぇ!」

「ちょっ、わたしにはココが居るからそういうの無いんで!レンさんと待ち合わせしているだけですよ!」

「あははは、冗談だよ」

「もー…」

 ミューノをからかうヅェニワラだが、横目でルゥイを見てニヤリとする。

「でもいいなぁー。自分はルゥイに振られっぱなしだよ?」

「いやいやヅェニワラさん、俺はフェリア一筋だから…」

「何さ、あの娘“そもそも男に興味ないよ”って言ってたじゃないか。全く未練だねぇ」

 つれないルゥイに、ヅェニワラが軽い肘鉄をかます。


 そもそも初めて人間と関わった3年前の時点で、どうやらヅェニワラはルゥイをかなり気に入っていたらしい。今でも彼女はしょっちゅうルゥイに言い寄るのだが…未だルゥイはフェリアへの失恋を引き摺っていた。


 そんな2人を微笑ましく見て、ミューノは出店の制服を脱ぐ。

「じゃあココ、わたしちょっと行ってくるね」

「りょーかい、行ってらっしゃい!レンさんによろしくね!」

 そうして彼女は、漣次郎との待ち合わせ場所を目指す。











 ワルハランで今行われているこの『蒼月祭』は…遥か昔、魔族と人間が友好の証に始めたのが起源だという。


 魔族の伝承によれば、かのローブル王の時代にはワルハランにも魔族が出入りしていたらしい。

 昔…ワルハランに魔族が王都までの運河を通し、この街は物流の拠点になっていった。そして要所となったこの街に城を築いたのも主に魔族で、それらの功績によってこの街へ魔族の出入りが許されたとの事だ。

 そしてローブル王と魔王トワナグロゥはこの地で…魔族の護神である“月神”をあえて白昼で祀る『蒼月祭』を始めたのだった。これも現代では当然途絶えてしまっていたのだが、デルゲオ島との交流をきっかけに復活することになったのだ。


 しかし現代において、そんな事実は当然明かされない。

 今行われているこの『蒼月祭』は、半魔族の地位向上を祝するものだ。


 デルゲオ島との停戦後に情勢の悪化したワルハラン特区を鎮めるため、カイン王の勅命で半魔族の地位向上政策が急速に進められていた。そしてそれらが一段落する時を見計らい、こうして祭りを開催することになった。


 かつて途絶えた祭の、その名だけを受け継いで。











「すみませんレンさん、ちょっと遅れました」

「いや、僕も今来たところだよ。フェリアが勝手に抜け出して屋台をほっつき歩いていたから説得して神殿まで送ったんだ」

「えぇー…相変わらずですけど、あの人自由すぎません?祭事って昼過ぎからでしたよね?」


 ワルハラン特区の傍にあるちょっと大きめの食堂の前で、漣次郎はミューノと合流していた。今日の祭りに珍しい客が来ており、一緒にお昼をする予定だったのだ。

 そして2人はその店に揃って入る。






「ワルハランも久しいな…儂が前に来たのはもう10年以上前だぞ」

「へぇー、そうなんですね。まあ確かにカシナ村からはかなり遠いですし」

「最後に来たのはそれこそ…まだフィズン騎士団長だった頃ノルガルと一緒に来た公務の時だったか?あの時はただ特区に寄った程度だがな」

「ああ、おじさまはパルサレジア公とも旧知だと仰ってましたね」

 今日のこの祭りを見に来た珍しい客とは…前々フィズン騎士団長で、漣次郎の恩人サルガン・ユドだった。滅多にカシナ村を出ないこの老人は、今回珍しく遠路はるばるワルハランまでやって来ていた。

 サルガンは店の窓から、ワルハランのラミ神殿を眺めている。

「で、この『蒼月祭』には誰が来とるんだ?」

「ええと…祭事に参加している王族は確かカイン王とテンジャ様とアイラ姫で、デルゲオ島のソドリオ王もいらっしゃっています。『親交大使』も双方居て…あとはナディル大司教もパマヤからはるばる来てますね。もしかしたらサルガンさんの息子さんも一緒かもしれません」

「ああ…あいつはパマヤの司祭で大司教のお付きだから、ナディルのお嬢が動く時はいつも一緒だ。今日儂がここに来ると手紙を出したが、夕方顔を見せると言っていたぞ」

 そう言ってこの老人は感慨深い溜息を吐く。


「しかし、ワルハランは随分変わったな。人間と半魔族の壁が薄くなっている」


 ミューノは黙ってそれに深く頷く。

 漣次郎も、それと同様の事を思っていた。

 半魔族の中でも特に目立っていたフェリアの造反のせいで…ワルハラン騒乱の直後、半魔族に対する視線は厳しくなっていた。しかしその直後に公開された“宰相直属の魔族テルル”と“銀嶺山の魔族集落”の情報のせいでまた一転、そもそもの前提である“魔族と半魔族は危険”という前提が揺らいだのだ。

 そんな状況の中でカイン王が半魔族の地位向上を進めた結果…特区の半魔族は王政の想定以上にシュレンディアに馴染んだのだった。




 3人は静かに、『蒼月祭』の祭事が行われているワルハランのラミ神殿を見つめている。

 沈黙を破ったのは…ミューノ。

「そういえば、テルルちゃんって今日はずっとあそこなんです?」


 シュレンディアの『親交大使』としてデルゲオ島に勤めているテルルも、今日この祭事に参加している筈。そして準備などを含め、漣次郎もこの数日間テルルに会えていなかった。


 だが漣次郎は、彼女の事を心配していない。

「聞いた感じだと夕方までかかるらしいし、たぶん今夜はソドリオ様やフェリアと一緒にワルハランに泊まるんじゃない?」

「レンさん、テルルちゃんが心配じゃ無いんです?」

「テルルは大丈夫でしょ、しっかり者だし」

「そうじゃなくて…変な虫が付いたりとか。テルルちゃん可愛いから今王都でもかなり人気なんですよ?」

「あー…なんか本人もそんなこと言ってたね。魔族のテルルが王都であそこまで受け入れられたのも驚いたけど、半魔族と人間が歩み寄ったのだってあの娘の努力が大きかったって僕は思うし」

 どこか自慢げに語る漣次郎の表情を見て、ミューノはニヤリとした笑顔を見せる。

「ふっふっふ、惚気ますねぇ」

「え、いやそういうつもりじゃ…」

「ふぅーん?」

 意地悪そうに漣次郎をからかうミューノ。

 ちょっと恥ずかしそうに焦る漣次郎。

 そのやり取りを黙って聞いているサルガン。


 祭りの日のワルハランには、楽しげな雰囲気と穏やかな空気が入り混じって流れている。
















 その日の夕方…ワルハラン郊外の浜辺に3つの人影があった。




「3年振りだねラージェ、逢いたかったよ!」

「久しぶりだね2人とも。元気にしているとは聞いていたけど」

「ラージェ様、あの頃と比べてとてもお幸せそうですわね♪」

「…そうかな?」

 人気の無い浜辺に居るのは…フェリアとマリィル、そしてラージェだった。

 この3人が一堂に会すのは、3年前の“ワルハラン騒乱”以来だった。

 今年復活した『蒼月祭』は小規模なもので、あれは今日の昼から夕方で終わっていた。『親交大使』のフェリアと彼女の従者になっているマリィルは…こうしてワルハラン郊外で、こっそり祭りに来ていたラージェと再会したのだ。


 紅潮するフェリアはラージェの両手を握り、熱い視線を彼女に向ける。

「3年前の騒動ではあんな別れになっちゃったし、僕は『親交大使』で忙しくて“朧の箱庭”なんて行く暇も無かった。でも君の事はずっと気がかりだったんだ!」

「そうだね…アタシも箱庭の暮らしが気に入っていたから、銀嶺山を降りていく事は無かったし。でも今日は蒼月祭…名前だけとはいえ、父上が発起して始まった祭りだったから見に来たのさ」

 かつての『蒼月祭』は、実を言うとラージェの父ユゥランジェがローブル王に提言して始まったものだった。その娘であるラージェは感慨深げに、今日の祭りの余韻を噛み締めている。

 …しかし、フェリアの方は全くそんな様子ではない。

「うへへ…でも、暫く見ない間にまた綺麗になったねぇラージェ」

「そ、そう?」

 柄にもなく照れるラージェは、かつて騎士をやっていた頃には絶対身に着けなかった髪飾りや首飾りまで付けている。

「ヅェニワラさんが“可愛いから着飾らないと!”って言ってすごい勧めて来るんだよね。アタシには似合わないだろうけど…」

「そんな事ありませんわラージェ様、素敵ですわよ♪」

「…マリィ、昔みたいにラジィで良いよ」

 穏やかに微笑むラージェ。

 フェリアもマリィルも、とても和やかにしている。

 そんな3人を、夕日が静かに照らしている。




 3人は浜辺の岩に腰掛けて、揃って波間を見ている。

「ねえラージェ」

「何?姉様」

 フェリアは心底面白そうに、隣に座るラージェの顔を覗き込む。


「結局、ラージェの望みは叶ったのかな?」


 フェリアの問いに、ラージェは静かに頷く。

「そうだね…“ただのラージェとして生きたい”という願いは、朧の箱庭で叶えられたよ。使命を放り出してっていう形ではあるけど」

 そして今度は、ラージェがフェリア達に問う。

「で、姉様達はどうなのさ?」

「私は最初からずっと叶っていますわ♪フェリア様のお傍に居て、フェリア様の為に尽し、フェリア様の寵愛を受ける事が私の願いなのですから♫」

 マリィルは満面の笑みでそれに答える。

 しかしフェリアの方は、何とも言えない感じで唸っている。

「うーん…世界中を旅しようっていう僕の願いは暫く叶えられそうにも無いよ、『親交大使』って役が付いている間はね。まあ漣次郎と約束しちゃったし、あいつには色々と世話にもなったし仕方ないね」

 残念そうに肩を竦めるフェリアだが…そんな彼女を見てラージェが呆れたように溜息を吐く。

「やれやれ…姉様楽しそうだな」

「おや、わかるかい?」

「姉様とは長い付き合いだからな、嫌でもわかるよ」

「ふふふ、ラージェも相変わらず僕に対する理解度が高いね」

 フェリアの口元には、隠し切れない笑みが浮かんでいる。


「漣次郎のやることは結構面白いからね、僕も楽しんで付き合っているよ。それに…変わっていくデルゲオ島とシュレンディアを最前線の特等席で見ていられるしね!」

 ヴァンガード計画が始まってから既に10年以上が経っている。

 しかし…そんな中でもこの紅髪の半魔族は、あまり変わることが無かった。






 もうすぐ夕日が、完全に沈む。

 3人はのんびりと、ワルハランの街へと歩いて帰っている。

 遠くに街の明かりを見ながら、フェリアがぽつりと呟く。

「しかし…僕達がやり切れなかった“特区の開放”まで漣次郎がやってしまうとはね。あいつは色々持ってるよ」

 魔王の策でシュレンディアに送り込まれていたフェリアだが…実は彼女は、ワルハラン特区の有様に対して心を痛めていたのだ。魔族の計画ではフィズン奪還後に特区開放も行う予定だったのだが、停戦後にフェリアはそれを内心気にしていたのだ。

 しかしラージェは、不意に嬉しそうに微笑む。

「そうだね…そしてこれからは、漣次郎とあの娘が人間と魔族の有様を体現していく事になるだろう。喜ばしい事だ」

「あらラジィ、貴女的には宜しいんですの?実の妹みたいなものって仰っていましたわよね?」

「アタシはあの娘が幸せなら何も言う事は無いよ、マリィ」

 マリィルの問いにも、ラージェは満足そうに頷いている。


 しかしフェリアが、そんなラージェにじゃれつく。

「おいおいラージェ、君自身はどうなんだよ。何か浮いた話とか無いの?」

「アタシは何も無いよ」

「嘘吐け、君は昔からワールと良い感じだったじゃん。向こうだって結構本気っぽかったけど?」

「いやいや…ワールは良い人過ぎて、大嘘吐きのアタシなんかじゃ釣り合わないでしょ?」

「あらら?私はてっきりワールさんの片想いかと思っていましたわよ?」

「もう…それ以上掘り下げないでくれる?そもそもアタシは箱庭住みだからあの人と接点無いわけだし」

「でも僕がヅェニワラさんに聞いたところでは、そのうち箱庭にも役人を常駐させるらしいけど?しかも最初は特務隊を置く予定で、ワールが志願してるとか」

「じょ、冗談でしょ…アタシ今更あの人にどんな顔して会えばいいんだよ」

「うふふ♪ラジィったら照れていらっしゃるのね?」

「ちょ、止せよマリィ!」




 夜道でじゃれ合うその3人は…“尖兵”などでは無い。

 使命から解放された彼女達は、もうどこにでも居るような普通の存在だった。
















 『蒼月祭』の後、漣次郎は“自宅”に帰っていた。


 魔族によるフィズン襲撃の妨害、そしてデルゲオ島との停戦…この2つの功績はシュレンディアでも大々的に評価され、特務隊の皆は王政から報奨金を頂いていた。そして漣次郎はそれで、王都郊外に自宅を持つことにしたのだ。

 フィズン基地、サルガン宅、そしてビスロ邸…状況に応じて拠点を変え続けていた漣次郎は、腰を据えて落ち着ける場所を欲していた。彼はフィズン基地をそれなりに気に入っていたものの、やはり安定した自分の家が欲しかったのだ。




 王都郊外の住宅地…その一角にある小ぢんまりとした家。

 漣次郎は日没直後の街中をのんびりと歩き、その前までやって来る。

 しかし住人が誰も居ない筈のその家には、何故か明りが点いている。

(あれ、帰って来てる…何で?)

 漣次郎は疑問を抱きつつも、迷い無くその玄関を開ける。


「あ、お帰りレン!」


 玄関を開けた所にそいつは居た。

 灰色の毛皮に深紅の眼、昔のラージェみたいなポニーテール。

 親交大使テルルが、漣次郎の帰りを出迎えた。






「今日ソドリオ様やフェリアがワルハランに泊まるって聞いてたから、てっきり君もそれに付き合うと思ってたよ」

「最初はその予定だったんだけどね、フェリアさんが“漣次郎は今夜たぶん自宅に居るよ”って教えてくれて、それで『アストラル』で送ってくれたんだ。親交大使としては今日もうお仕事無かったし、ビスロ様も許してくれたの」

「フェリアの奴…僕の動向は相変わらずお見通しかぁ。ここまで来るともはや不気味だね」

「レンだってフェリアさんの色々が分かるんでしょ?それならもうお互い様だよ。私的にはその能力羨ましいけどなー」

 今日『蒼月祭』の祭事に参加していた筈のテルルだが、どうやら漣次郎の先回りをして帰って来ていたようだ。彼女は何やら食料を買い込んでおり、身支度を整えて料理の準備をしている。


 あれから3年…17歳になったテルルはすっかり大人になっており、『親交大使』としての務めを立派に果たしている。しかしデルゲオ島に住む事はせず、彼女は基本的に毎日この家に帰って来る。


 漣次郎は隊服の上着を脱ぎ、テルルの手元を覗き込む。

「君だって今日は疲れてるでしょ?もうどっか店に出て食べようよ」

「そんなー…久しぶりに帰って来たんだからレンに手料理を食べて欲しいんだよ。私この『蒼月祭』の準備諸々でしばらく島暮らしだったでしょ?」

「大丈夫大丈夫、僕だって家事ぐらいできるし」

「レンは目を離すとお肉ばっかり食べるじゃん!魔族ならそれでもいいけど、人間はそれじゃあ駄目なんだってミューちゃんに聞いたよ?」

 そう小言を零しながらも、テルルは手際良く料理をしている。

 漣次郎はそれを尻目に、机や食器の準備を始める。






 夜、漣次郎とテルルは自宅の窓から夜の王都を眺めている。


 漣次郎が今日サルガンから貰った果実酒を早速開け、それを2人でちびちび飲んでいる。ほろ酔いのテルルは上機嫌で今日の土産話を漣次郎にしていた。

「実は今日のお祭りね、非公式だけど魔王様も来てたんだよ?」

「え、本当!?なんでまた…」

「んー…今計画されてる魔王様のパマヤ訪問の打ち合わせも兼ねて、らしいよ?今日わざわざナディル様が来てたのもその為だって」

「成程ねぇ、きっとパマヤの魔族墓所を訪問するんだろう」

「でも魔王様は、聖者マルゲオスのお墓もお参りしたいんだって。お2人は昔友達だったらしいから」

「ほー、あの話は本当なんだ」

 漣次郎も果実酒を口に含み、感慨深げに頷く。


 表沙汰にはなっていないが…最近になって、魔王トワナグロゥがシュレンディアを非公式に訪問することが増えていた。魔王が老齢になっているのもあるが…これはカイン王と魔王の歩み寄りの証ともいえる。

 しかし確実に、人間と魔族の距離は縮まっていた。




 酔いの回ったテルルは、嬉しそうに鼻先を漣次郎にくっつける。

「えへへー…なんかすごい事になって来たねぇ。3年前の停戦もすごい事だと思ったけど、まだまだ忙しくなりそうだよ」

「全くだよ。僕はのんびり暮らしたいのに…」

「そんなこと言っちゃってー。レンだってホントは楽しんでやってるんでしょ?」

「…まあね」

 笑いが隠せない漣次郎。

 テルルも笑顔で、彼の顔を覗き込む。

「ねえレン」

「何?」

「私が昔にした“運命”の話を覚えてる?」

「えー…何だっけ」

「ひどーい、あの時私は結構真面目だったんだよ?」

「え?そ、それはゴメンね」

「もー…」

 テルルは口を尖らせ、自分の髪の先を弄る。


「レンと私が出会った事に意味があって欲しい…って話だよ」


 それは…特務隊がデルゲオ島に殴り込む直前に、テルルが漣次郎に話した事だった。彼もテルルの言葉でそれを思い出し、一拍置いてから返答する。

「…僕等が出会ったのは、やっぱり偶然なんじゃない?」

「むー、レンは淡白だねぇ」

 露骨にがっかりするテルルだが、そんな彼女を漣次郎は抱き寄せる。


「でも…僕等が色々悩んで、決断して、やってきた事全てに意味があったとは思うよ。その結果が“今この瞬間”なんだから」


 漣次郎のその答えに、テルルはとても微妙な表情だ。

「…なんかそれ、フェリアさんの台詞みたい」

「そ、そう…?」

「ラージェ様も言ってたけど、レンは時々フェリアさんに似てるんだよねぇ」

「そうかなぁ?あいつに似てるって…なんか不本意なんだけど」

「だけど、私もそれには同感かな」

 テルルは…かつて漣次郎から贈られた髪留めを外して髪を下ろすと、嬉しそうに星空を仰ぐ。

「人間と魔族と半魔族と、そして異世界人の貴方…皆が一生懸命考えて、最善を尽くした結果が今のこの国の姿なのであれば、それはとってもステキな事だよね!」

 夜の中でなお眩い、テルルの笑顔。

 漣次郎もそれには言葉で答えず、ただ黙って彼女を強く抱き締める。








 絆を結んだ、魔族と人間。

 シュレンディアの最前線にいるこの2人は、確実にこの国を変えていた。

 もしかしたら…いつか魔族は人間に受け入れられ、半魔族が増え、人間と魔族という種族はこの国で意味を持たない言葉になるのかもしれない。


 しかし、そんな未来の事は誰にも分からない。

 未来を決めるのは、その時代に生きる者達なのだから。

 だから漣次郎もテルルも、今はただ静かに夜空を見上げている。


 そういう未来が来ることを…切に祈って。




 その時。

 春先のまだまだ寒い晴天の夜空に、季節外れの流星が一筋瞬いた。






最後の最後であるここまで来て下さった皆々様に、多大なる感謝を申し上げます。


以上、「紅百合のヴァンガード」でした。

漣次郎とフェリアの旅に一旦の区切りが付きましたので、これにてこの物語を完結とさせて頂きます。誤記をかましたり読み辛い点もあったりしたとは思いますが、それでもお付き合い頂けて嬉しい限りです。


中々思っていた通りにならず、死ぬと思っていた奴が生き残ったり、ヒロイン予定の娘がヒロインじゃなくなったり、出そうと思っていた奴が影も形も無かったり…ままならないものです。

それが面白いというのもありますが。


しかしやはり、書くというのは楽しいですね。

きっとまた、書きたい気持ちが溢れて何か書くと思います。

拙い文ですが、その時はまた。

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