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番外7  魔の放浪

本編の約300年前、シュレンディアへとやって来た魔族の長トワナグロゥのお話です。

 “力”こそが、絶対の真理だ。

 この大陸の歴史が、それを証明している。

 永く続いた魔族と人間の闘争は、既に最終局面だ。

 もうこの戦況が覆る事は無い。






 息も凍るような夜を、青年は凍えながら過ごしていた。


 彼はひたすらに北へと歩む。

 その彼の後方には、数百の同胞が彼に付き従っていた。

 東の空が、もう白み始めてる。

「長、今夜はここまでにしましょう」

 青年の真後ろに居た側近が、彼に声を掛ける。

 彼は返事をせず、ただ頷く。

「皆の者!進行止まれ!」

 側近が号令を発し、群れは前進を止める。

 青年も腰を降ろす。

 そして彼は、側近にこう呟く。

「…ここまでの道程で、仲間はどれだけ死んだ?」

「我が氏族は、既に出発前の半数ほどになっているかと…」

「そうか…」

 青年は俯く。

 解ってはいた事だった。

 この“死の砂漠”は、決して生易しい場所では無いと。

 気温の低い夜に進み、灼熱の日中に休む。ひたすらそれを繰り返している間に、力の弱い者から順番に倒れていった。

 しかし彼等には、この砂漠を超える他に道が無かったのだ。


 青年は、改めて思う。

 力こそが、この世界の理なのだと。

 そして力無き魔族は、ただ滅びる定めなのだと…。











 マーナ大陸。

 その名で呼ばれるこの大陸は、この星有数の巨大な陸地です。

 昔々この大陸には、人間と動物…あと“魔族”と呼ばれる異形の生物が暮らしていました。


 “魔族”。

 彼等は異形の民。

 2足歩行をし、ある程度の知能を持っている以外に…魔族に共通する外見的特徴はありません。龍人、亜人、獣人…怪物染みた彼等には、外見以外に共通する点が1つだけあったのです。

 それは、異能。

 魔族のうちの一部には、理を超えた異能を持つ者達がいました。その中でもより強い異能を持つ者が魔族を纏める長となり、大陸各地で勢力を広げていました。


 人間達は、魔族を恐れていました。

 かつての大陸は魔族と人間、それぞれによって複雑な勢力図が描かれていました。しかし身体能力でも優れる上に異能までを持つ魔族は強く、人間は大陸の隅に追いやられていました。加えて魔族は闘争心が強く、人間と魔族の争いは絶えず起きていました。


 そんなマーナ大陸に、ある宗教が生まれます。

 それは“ラミ教”。

 天空を司るラミ神は、厳しい神とされました。ラミ神は天空よりその輝く1つの瞳で、地上の人間達を凝視します。人間達が厳しい自然や飢餓、恐ろしい魔族にどう立ち向かうのかを見ているのです。

 人間がそれらの脅威に立ち向かう勇気を見せた時…その勇姿にラミ神は涙を流し、地上にはそれが雨となって降り注ぐと言われました。魔族の脅威以外にも水不足が各地で起きるマーナ大陸で、この宗教は爆発的に広まりました。


 人間達は、ラミ教の下に1つになりました。

 当時マーナ大陸には人間の国がいくつもありましたが、それら全てが過去の諍いや不和を水に流し、魔族と戦うために一丸となりました。国々は賢人を集め、工夫を凝らし、魔族に立ち向かう術を編み出しました。

 …このラミ教の出自は、今でも良く分かっていません。

 一説によれば、ある国の王が人間を団結させ魔族と戦うために流布したとも言われています。しかしそれもまた俗説、真実は歴史の闇の中です。


 とにかく、ラミ教の力で大陸の勢力図は大きく変わりました。

 実は魔族というのは人間と違い、闘争心の赴くままに同族とも激しく争っていたのです。そうして魔族の群れ同士が争っていた所に、ラミ教で団結した人間が戦いを挑んだのです。

 人間は巧妙でした。魔族同士の争いを焚き付けながら、上手い具合に同士討ちをさせたり隙をついて闇討ちを仕掛けたのです。そうして弱った魔族の群れを1つずつ滅ぼしていき、遂に魔族の群れはあと1つとなったのです。

 その最後の群れも長を喪い、どこかへと逃れて行きました。

 こうしてマーナ大陸の覇権を、人間が勝ち取ったのでした。


 しかし結局…魔族無き大陸中央では人間同士の争いが起き始め、平穏な時代はあっという間に終わってしまったのですが。











 マーナ大陸の北西部。

 そこには、広大な砂漠があります。

 “死の砂漠”と呼ばれるこの地には、人間も魔族も寄り付きません。そのためこの砂漠の果てに何があるのか…船舶技術が発展していなかった当時、知っている者は殆ど居ませんでした。

 だから最後の魔族の群れは、この砂漠の北を目指しました。

 手付かずの新天地を求めて。

 誰にも侵されない、魔族だけの土地を求めて。


 この魔族の群れは、大した頭数も居ませんでした。

 当時この群れを先導していたのは、若き龍人トワナグロゥでした。彼の群れは人間との決戦で…長だった彼の父を含め多くの戦士を失い、僅かな残存勢力には強い異能持ちも少なく、人間に対抗する術が残っていませんでした。

 何しろそのトワナグロゥ自身も、当時まだ異能を発現していなかったのです。


 死の砂漠は過酷でした。海水も飲める魔族は魚を取りながら東海岸沿いに北上しましたが、日中の灼熱と夜中の凍気で、弱い者から次々に倒れていきます。しかしそれでも彼等は諦めず、大陸を北上しました。

 そして群れの頭数が元の半分になった頃。

 遂に彼等は、死の砂漠を超えました。


 しかし砂漠の向こうは、手付かずの新天地ではありませんでした。








 死の砂漠の向こうにも、人間の国がありました。

 その国の名は、シュレンディア王国。

 そこは大陸でも孤立した地で、“魔族”の存在すら知らない国でした。


 しかし魔族を知らないと言っても、彼等は人間から見たら異形の化物です。砂漠を超えた魔族の群れの前にはすぐにシュレンディアの軍が立ちはだかり、いつ開戦してもおかしくない状況になりました。

 しかしその時魔族の群れは死の砂漠を越えたばかりで、当然人間と戦う力など残っていませんでした。かといって彼等は死の砂漠を戻るわけにも行きません。

 進退窮まった魔族の長トワナグロゥは、遂にある決断を下します。


 魔族は武装を放棄しました。

 そして長トワナグロゥは、敵意が無いという証明として囚われの身でシュレンディア王都に連行されました。これは彼の最期の賭け…魔族を知らないというシュレンディアの王と民に、一縷の望みを託したのです。






 シュレンディア王都。

 王城前の大広場。

 珍しい“魔族”の姿を一目見ようと大勢の人間が詰めかけたその場所に、トワナグロゥは居ました。騎士達に取り囲まれ、幾重にも縄で縛り上げられ、跪くその姿は…あまりに見窄らしいものでした。

 それでもトワナグロゥは毅然と振る舞います。


 遂に城門が開き、シュレンディア王が現れました。

 時のシュレンディア王ローブル・アルデリアスは…初めて見る魔族に大層驚いたといいます。魔族の長トワナグロゥは…シュレンディアのどんな大男より巨躯な上に、漆黒の鱗を身に纏っている、黄金の瞳の龍人だったのです。

 ローブル王は穏やかに、トワナグロゥの望みを尋ねました。


 空気を揺るがすような重い声で、トワナグロゥも静かに答えました。彼の望みは、魔族がこのシュレンディアのさらに北へと進む事。もっともっと北に行けば、まだ手付かずの土地はあると考えたのでした。


 魔族はシュレンディア王国をただ通過する。

 それを許してほしい。

 その為に、自分の首は差し出しても構わない…と。




 ローブル王は、魔族の長をじっと見つめました。

 ただ一言交わしただけで、ローブル王はトワナグロゥの人物像を見抜きました。囚われの単身でここに乗り込んでくる度量、毅然としたその態度、しかし僅かに震えていた…その声。

 その魔族の長に、ローブル王は非情な事実を告げました。

 これより北は全て、シュレンディア王国の土地であると。


 トワナグロゥは顔を歪めました。予想していたとはいえ、決死の覚悟で臨んだ彼に…これは堪えました。しかし魔族にはシュレンディアと戦う力も、死の砂漠を引き返す力も…もう残ってはいません。

 しばし黙り込み、俯いた後…彼は“砂漠を引き返す”と、血を吐くように絞り出しました。




 …ローブル王はシュレンディア中興の祖とも言われた名君であり、全てを見透かすような慧眼の持ち主だったとされます。しかし同時に、常人とは違った感性を持つ享楽家でもありました。

 要するに、彼は『有能な変人』だったのです。




 決死の懇願をした魔族の長を前に、ローブル王は突如態度を変えました。

 出会った直後でわずかに言葉を交わしただけだというのに、なぜか王は見てきたかのように…トワナグロゥ率いる魔族の群れについて次々に言い当て始めたのです。


 この巨躯の龍人が、齢20にも満たない若者である事。

 彼が人間を恐れており、人間と戦う意志も無いという事。

 そして龍人の青年が絶望に駆られ、半ば自棄になっている事を。


 まるで全てを見透かしているかのようなローブル王に、トワナグロゥは慄きました。同胞を救うという使命をも一瞬忘れるほどの衝撃を受けた彼は、ローブル王にどんな言葉も返すことが出来ませんでした。

 呆然とする、若き魔族の長。

 魔族に対する偏見の無いローブル王は、彼等を不憫に思いました。トワナグロゥ自身にもシュレンディアへの敵愾心が無い事をすでに見切っていた王は、彼にある提案をするのでした。


 魔族がこのシュレンディアの為に尽くし、シュレンディアに絶対の忠誠を示せるのであれば、1つの方法がある…と。






 当時のシュレンディア王国の北端。

 そこは、フィズンと呼ばれる地。

 広大な湿地が一帯を占める、人の住まない土地でした。


 地盤の緩いフィズンの地は、氾濫を繰り返す大河ギゼロによって絶えず地形が変動していました。シュレンディアも手を焼くこの土地は、当時一切人の手が入っていませんでした。

 元々広大な領土にさほど多くない人口というシュレンディアには、フィズンを開拓するメリットがほぼ皆無だったからです。




 ローブル王の提案。

 1つ、魔族はシュレンディアの法に従う事。

 2つ、魔族は不毛の地フィズンを自らの手で開拓する事。

 3つ、王国の危機には…魔族は無条件で貢献する事。

 これらを呑めば、魔族にフィズンを与えると言ったのでした。


 トワナグロゥは、これに二つ返事だったと言われています。











 魔族によるフィズン開拓は、信じられない速度で進みました。


 思いもよらぬシュレンディアの好意に、魔族の群れは歓喜しました。人間を信用していなかった一部の古老も、ローブル王に会えば皆彼に一目置きました。

 遂に“魔族の地”を手にした群れは、まず初めに…フィズンに流れる大河を捻じ曲げ、護岸を強固にしました。それまでフィズンを襲っていた水害の心配は減り、ひとまず魔族はフィズンに腰を据えました。

 魔族がフィズンを開拓する最中にも、シュレンディアには度々脅威が訪れていました。特に酷かったのは嵐がよく来るシュレンディア東海岸沿いで、その年はいつも以上に被害が出ていました。

 ローブル王との盟約に従い、魔族は監視役の騎士団と共に、度々被災地に駆けつけました。そして長トワナグロゥの指揮の下、迅速な復旧作業を行ったのです。


 徐々に魔族も、人間達から信頼されるようになりました。

 そしてそれが決定的になったのが、“パマヤ奪還戦”でした。






 魔族がシュレンディアに来た丁度1年後。

 死の砂漠の向こうから、人間の一団がやって来ました。

 疲労困憊といった彼等はシュレンディア南方の都市パマヤに辿り着き、そこで滞在することを求めてきました。

 パマヤの人々はこれを受け入れました。

 それが過ちでした。

 この一団は大陸中央で知られた悪党一味で、大陸の北西部に追い詰められた末に死の砂漠を超えて逃げてきた連中だったのです。

 最初に十数人の悪党を受け入れてしまったパマヤの民は、砂漠にまだ彼等の仲間がいることを知りませんでした。そしてその夜のうちに武装した数多の手勢に攻め入られ、まだ城塞化されていなかった当時のパマヤは悪党に乗っ取られてしまったのです。


 これにすぐさま動いたのがトワナグロゥでした。

 彼はローブル王に直訴し、事態を速やかに終息できると言ったのです。

 トワナグロゥは僅かな部下と共に、自らパマヤに向かいました。

 そしてこの時、彼は初めてその“異能”を使ったのです。

 彼の異能…『サモンスレイヴ』を。

 元々異能を持っていなかったトワナグロゥでしたが、実はローブル王と初めて会った時に、彼はこの異能を発現していたのです。そしてこのパマヤの危機に際し“今こそその時だ”と考えた彼は、遂にその異能を披露しました。




 ある夜、パマヤは無数の化物に包囲されていました。

 それは悪党達からすれば、滅びたはずの魔族。

 驚いた悪党達はパマヤを放棄しましたが、この化物は夜の闇から無数に湧いて出てきます。結局悪党達は“化物を召喚しているトワナグロゥ”に出会うまでも無く、その影の軍団に殲滅されたのでした。


 パマヤは結果的に、被害が最小限に留められました。

 これにはローブル王だけでなく、国民全てが喜びました。

 これが決定打になり、魔族はシュレンディアに広く認められ共存していく存在になったのです。
















 魔族がシュレンディアに受け入れられて、数年が経った。




 碧い海原を、青年は小高い山の頂から臨む。


 ここは魔族が開拓した地“フィズン”。

 魔族がシュレンディアから与えられた土地であり、それを認めてもらうために魔族はシュレンディアに尽した。まだまだ魔族を信用しない者も多くいるが…それでもようやく、魔族は安寧の地を得たのだ。

(このような未来があるなんて、夢にも思わなかった。人間と手を取り合う未来など)

 青年…龍人トワナグロゥはフィズンの街を見下ろし、感慨深げに溜息を吐く。

 “魔族の生き様は戦いそのもの”…それがトワナグロゥの知る魔族だった。力を欲し、武を磨き…そんな魔族の生き方を嫌っていた彼にとって、この新天地フィズンはあまりに理想の地だったのだ。


 その時、彼の背後から不意に声が掛かる。

「どうしたトワナグロゥ、こんな所に1人で何をしとる」

 虚を突かれたトワナグロゥは、思わぬ声に驚いて振り向く。

 そこには何故か、シュレンディア王ローブルの姿があった。

「な、ローブル様!?何故こんな所にいらっしゃるのですか!?」

 トワナグロゥの言葉通り、ここはフィズン西外れの僻地だった。魔族ですら訪れる者が少ない小高い山の上であり、人間はもちろん…シュレンディア王ともあろう者が来るはずの無い場所だったのだ。

「なんじゃ、儂が居てはまずいのか?」

 しかしニヤリと笑うローブルは全く意に介さず、外套のフードを脱いでフィズンの海風をその身に浴びる。彼の後ろには彼の従者達が、ほとほと困ったように随伴していた。

 全く悪びれもしないローブル王に、トワナグロゥは苦言を呈す。

「それはそうですよ!何の通達も無くこんな所に突然現れれば驚くに決まっています!それにこんな辺鄙な山の頂上まで…危険ですよ!?」

「御忍びなのだからコッソリ来るに決まっておろうが」

「…王とあろう方がこんな事ではいけませんよ!もし貴方の身に何かあったらどうするのですか!?」

「大丈夫じゃ、今日そういうのは無い」

「…貴方の“勘”の凄まじさは存じておりますが…」

 あっけらかんとするローブル王に、トワナグロゥは閉口する。


 魔族にとって大恩あるこのローブル王は、知り合ってみればとんでもない変人だったのだ。やることなすこと意味不明ながら、何故かそれは全て上手く行く…まるで全てを見通すかのような彼の才に、トワナグロゥは感心半分の呆れ半分だった。


 しかし当のローブル王は、そんな諫言どこ吹く風だ。フィズン一帯を見下ろせるこの小高い山の頂上で、感慨深げに微笑む。

「ふむふむ…なかなか良い街になったな、フィズンも。元々ここが大湿地だったなど信じられんような景色になっておるわい」

「ええ、これも全て貴方のお陰です…感謝してもしきれません。貴方が我々を受け入れてくれなければ、魔族という種は地上から姿を消していたでしょう」

「そうかね?」

「そうですよ」

 掴みどころのない好々爺のようなローブル王が、トワナグロゥは好きだった。もう人間で言うとかなり高齢な筈なのに、彼はこうやって1人で軽く山まで登る。突拍子もないこの王に振り回されるのが、トワナグロゥは嫌いでは無かった。




「…私の夢は、魔族が平和に繁栄する未来でした」

 ぽつりと、トワナグロゥが漏らす。

 ローブル王は、それを黙って聞いていてくれる。

「実を言うと私は、争いを好む魔族が嫌いでした。人間とも同族とも殺し合い、覇を競う…そんな生き方は心底嫌でした。しかし私の氏族は規模が大きく、私の父はその長。いずれ私も、そんな父の後を継いで闘争に身を投じなければなりませんでした」

「…」

「しかし我々は人間に敗れ、父は斃れ…私は長となりました。しかしもう人間に勝てない事は分かっていましたから、“新天地を探す”という最後の望みに賭けて砂漠を超えることにしたんです」

「…そうか」

「本当は無理だと思っていました、魔族が平和に繁栄する未来など…無いと。それでも…無理だと分かっていても…それを望まずにはいられませんでした。たとえ最期の瞬間になっても、私はそれを諦められなかったでしょう」

「その夢、叶ったのか」

「もちろんです」

 満足気に微笑むトワナグロゥ。


「儂の夢はまだ叶っていないがな」


 それに悪戯っぽい笑みで答えるローブル王。

 トワナグロゥは呆気にとられる。

「貴方の…夢?」

「そう、儂の次の夢じゃ。今は魔族をフィズンに押し込めているが、いずれ魔族には真にシュレンディアの民となって欲しいと思っている。魔族だけが持つ“異能”は、この国をもっと豊かにすると儂は信じておるのでな」

「し、しかし“異能”は大抵攻撃的なものなので、無駄な争いが増えてしまう懸念もありますよ?」

「それは無いな」

「…む?」

 ローブル王は白い顎鬚を撫で、したり顔で呟く。


「“異能”とは、夢を叶えるものなのだろう?」


「夢…」

 そんなこと考えたことも無いトワナグロゥは、上手く言葉を返せない。ただ…ローブル王の言葉をそのまま反芻する。

「そうだ。其方の異能『サモンスレイヴ』は、きっと“魔族が繁栄する未来”を望んだために発現したのだ。今までの魔族の異能が攻撃的だったのは、恐らく闘争本能のままに “戦う力”を望んだからだろう」

「な、なるほど」

「故に…このシュレンディアが平穏であれば、魔族も平和に役立つ異能を発現するようになるだろう」

 そうかもしれない、とトワナグロゥは思う。

 ローブル王の言葉には、そう思わせる何かがあった。






 突然、ローブル王が踵を返す。

「儂は帰るぞ」

 彼は来た時と同じように、トワナグロゥなどお構いなしに行動する。トワナグロゥは苦笑しながら、王の背中を見送る。

「お気をつけて。しかし今度は来るならそう言って下さいよ」

「覚えておこう」

「忘れる気ですね?」

「む、良く分かったな」

「全く、貴方という方は…」

 呆れるトワナグロゥ。

 そしてこれまた突然、ローブル王は顔も向けずに言い放つ。


「そうそう、今度からワルハランに魔族が入れるようになるぞ」


 まさかの一言に、固まるトワナグロゥ。

「…は?」

「あそこはフィズンの南東にある港町だから、魔族には海路で行って貰おうかのう?」

 ワルハランと言えば、シュレンディア最大の港町だった。加えてワルハランからは王都まで広い街道が引かれており、物流の拠点としては王国内で最大規模だった。

 しかし、その意図がトワナグロゥには分からない。

「そ、そのような決定…何故!?」

「豊かなフィズン北海の幸を、王都にも流通させたくてな。その為にはワルハランから王都までの運河も欲しいのだが、その建設に魔族の力が必要なのだよ」

「しかし…」

「何だ、不服か?」

「とんでもない!シュレンディアのさらなる発展の為とあらば、魔族はそれに心血を注ぐ覚悟です!」

「なら良いだろう?」

「ですが…人間は納得しますまい」

「させる、この儂がな」

「…」

 もう返す言葉も無い。

 ローブル王は、一度決めたら絶対に覆さないのだ。

「言っただろう?儂は魔族に、人間と同じようなシュレンディアの民となって欲しいのじゃ…これはその為の第一歩よ」

 ローブル王の語るそれは、まるで予言。


「去年フィズンで初めて、人間と魔族の混血が産まれたであろう?きっと遠い未来…我等の血は混じり合い、もう誰が人間で誰が魔族などという事は意味を成さなくなるだろう。そしてその子等…『魔人』とでも呼ぶべき者達には、異能という“夢を叶える力”が等しく備わっている…実に良いではないか!」


 初めてトワナグロゥに振り返る、ローブル王。

 そこには、御年80とは思えぬ…輝く笑顔。

 思わずトワナグロゥも、自然と笑顔を返してしまった。








 力こそが、絶対の真理。

 そう信じて生きてきた。

 しかしこのシュレンディアでは、そうでは無いのかもしれない。

 だからこそ。


 若き魔族の長は、人と共に歩む新しい未来を強く願う。


シュレンディアに移民した当時の魔王トワナグロゥのお話でした。

本作で一番最初に書いたお話でしたが、入れる場所に困ってこうなりました。


次が最終回です。最後までお付き合い頂けると幸いです。

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