番外6 聖者の見た”魔の侵攻”
本編から約200年前、“魔の侵攻”末期を見届けたマルゲオス司教のお話です。
これはいつかの、遠い昔のお話。
ある冬の寒い朝。
シュレンディア王都の王城。
日陰に雪が残る、寒々とした庭園の一角。
荒廃した庭園の池のほとりに佇む男が2人。
1人は、法衣に身を包む50代位の男。
もう1人は、煌びやかな銀の鎧を纏う…30代後半位の細身の男。
2人は険しい表情で、水面を見つめていた。
「敗走したパマヤから反撃に転じて既に1年が経ってしまったが…やっとここを、王都を奪還することが出来ました。マルゲオス殿とアルヴァナ隊長が居なければ為し得なかったでしょう。本当に感謝しています」
「いえ…これは全て祖国シュレンディアの為でございます、イリューザ様。その為ならこの老い先短い命、どこで散らしても後悔はございません」
「ありがとう、マルゲオス殿…」
その男は、当代のシュレンディア王イリューザだった。しかし彼は…王にしては腰が低く、覇気が無かった。彼は呆然と庭園を見渡し、ぽつりと呟く。
「ですが…王都はこんなに荒れてしまった」
「…」
イリューザ王の言葉通り…庭園は荒れに荒れていた。
それだけでなく、王都の全てが荒廃していた。
このシュレンディア王都は先日大きな戦の舞台となっており…その激しい戦闘の末に、かつての街並みはそのほとんどが破壊されていたのだ。
儚げに目を伏せるイリューザ王。
それを黙って見守る、マルゲオス大司教。
そこに…1人の女性が走り寄って来る。
「陛下、それにマルゲオス様!ここにいらっしゃったのね!」
その女性も鎧姿。白金の髪を靡かせる彼女は、その武装に似つかわしくない美貌を持っていた。そして彼女は、沈んでいたイリューザ王の手をそっと取る。
「…アルヴァナ隊長か」
「ええ、貴方のアルヴァナですわ」
「…君の活躍無しには、この王都奪還作戦は成功しなかっただろう。本当に…本当に感謝しているよ。君こそがシュレンディア再興の鍵となる…まさに勇者だ」
「そんな、私などには勿体無いお言葉ですわ」
アルヴァナは、天使のような微笑みでイリューザを励ます。
そして続けて、マルゲオスに視線を移す。
「マルゲオス様も、あと少しです。もうすぐ魔族を完全に討ち払い、シュレンディアに安寧をもたらすことが出来ますわ。共に頑張りましょうね」
「…そうだな」
そして彼女は会釈をして、イリューザ王と共に去っていく。
その2人の後姿に、マルゲオスは冷ややかな視線を送る。
これは聖者マルゲオスの見た、“魔の侵攻”の顛末だ。
シュレンディアにおけるラミ教の最高位…大司教マルゲオス・ヤショウは、彼の部下と共に王都周辺の状況を調べていた。マルゲオスは崩れかかった王都の城壁の上から、部下の報告を聞きながら荒廃した王都を眺めている。
「魔族による王都侵攻…“魔の侵攻”の開始から2年が経ちましたね。その2年間で、魔族は好き放題にシュレンディアの地を荒らし回ったようです」
「…」
マルゲオスは、部下の報告を黙っている。
“魔の侵攻”。
それは2年前に勃発した、人間と魔族の戦争だった。
元々友好関係にあったシュレンディア王国と魔族の戦い…その発端は、反人間を掲げる一部の魔族達によるシュレンディア侵略計画だったとされている。
しかしこの計画は当時の憲兵隊長アルヴァナ・カナンによって看破されたとの事で、それを知ったシュレンディア王アソッド・アルデリアスは激怒した。
そしてシュレンディア王政に魔王トワナグロゥが逆上する形で、全魔族によるシュレンディア侵攻が起きた…と、そう言われていた。
マルゲオスは王都の北を見つめて、黙って部下の報告に耳を傾けている。
「シュレンディア人に比べて数が少なかった魔族は、シュレンディアの女性に無理矢理仔を生ませていたようです。既に大勢の“半魔族”の子供達が確認されており、今は我々パマヤのラミ教団が保護に当たっておりますが…」
「…」
マルゲオスは難しい顔をしたが、きっぱりと答える。
「彼等を丁重に扱え。決して軽んじてはならんし、迫害など以ての外。ラミ神は試練に立ち向かう者に祝福を与える…生まれながらに呪われている半魔族は、最もラミ神の祝福を受ける存在なのだ」
「…了解です」
マルゲオスの部下達は…いや、シュレンディア人の多数は“半魔族”の排斥を唱えていたが、マルゲオスはそれを許すつもりは毛頭無かった。そしてこの王都奪還作戦の総指揮を執ったマルゲオスの言葉には、誰も異を唱えられなかった。
そしてマルゲオスの腹心が、言い難そうに報告する。
「しかし一点、妙な事が…」
「何だ、言ってみたまえ」
「…王都中央の大広場に、謎の像が設置されていました」
「…どうせ魔王の像だろう?」
「いえ、それはそうなのですが…」
腹心は悩ましそうに言葉を続ける。
そしてその言葉に、マルゲオスは目を見開く。
「…いや、それは…その像は王城内の庭園に移しておけ」
「移設…!?何故そのような」
「ただ従え!良いな!?」
「りょ、了解です!」
それは今日初めて、マルゲオスが発した怒号だった。
それ以降、マルゲオスは声を荒げることも無く城壁の上を闊歩していた。聖者が落ち着いたので安心したらしい腹心が、感慨深そうに告げる。
「2年前のあの日…王都を魔族に奪われ南方のパマヤまで後退した我々がこうして再び王都に戻ってこられたのも、勇者アルヴァナの武勇と賢者ロディエルの『魔法陣』…そしてマルゲオス様の指揮のお陰です。シュレンディアの長かった夜も、終わりが近付いています」
「…そうだな」
「身罷られたアソッド王も…きっと天より我等を見守って下さっているでしょう…。アソッド王の無念を晴らすためにも、我々は負けられません」
「…ああ」
「それにしてもロディエル様の『魔法陣』は驚異的でした。あれによって、今までの魔法の常識は全て壊されてしまいましたからね。流石はラミ神の啓示を受けたお方です」
「…確かにな。あれ無しにはこの戦いに勝ち目は無かっただろう」
「しかし、まさか賢者ロディエル様まで喪ってしまうとは…!今、皆が魔族に対する怒りで燃えています。士気は十分、アルヴァナ隊長と共に魔族の根城フィズンを討ち払いましょう!」
「わかっている、わかっている…」
熱を帯びる腹心に対し、マルゲオスは明らかに気が進まないと言った表情だった。そして彼は、心の中で“賢者ロディエル”に対して祈りを捧げる。
賢者ロディエルの『魔法陣』。
それは、新しい魔法の形。
元来魔法とは、6種類の魔法媒体が起こすエーテル変質による現象と考えられていた。例えば黒曜石はエーテルを熱に、真珠は水分を引き寄せ、金剛石は空気を動かし…。だがロディエルの魔法陣は、そんな軽微な物とは一線を画していた。
戦力として十分すぎる力を持った『魔法陣』。
王都で敗れパマヤまで後退したシュレンディア軍は悲壮感に包まれていたが…パマヤがラミ教の聖地だったためか、イリューザ王の甥だったロディエルが突如として覚醒し、『魔法陣』を生み出したらしい。
それを受けてシュレンディア軍は、急遽全員に対して“魔法適性”の調査を開始し、それを主戦力とした王都奪還作戦を立案したのだ。
魔王による王都侵攻から1年をかけて…シュレンディア軍はパマヤに魔法媒体をかき集め、魔法を主軸にした作戦を練り上げ、最も魔法の才能が優れていた勇者アルヴァナを大将に据えて、遂に王都奪還の狼煙を上げた。
イリューザ王と三英傑は、多数の犠牲を出しつつも王都へと着実に進軍し、開戦から2年を経てようやくシュレンディア王都を魔王から取り戻したのだった。
王都近隣の調査を切り上げたマルゲオスは、その結果をイリューザ王に報告するため王城に戻っていた。半ば崩壊した王城では、アソッド王と賢者ロディエルを始めとした“魔の侵攻”の犠牲者を弔う儀式の準備が進んでいた。
聖者の帰還を、イリューザ王が出迎えた。
「マルゲオス殿…どうでした、王都の様子は?」
「酷いものです。魔族が去り際に火を放って行ったせいで、建物の多くに被害が出ています。城壁も既に防御能力があるとは言い難く、再び魔族の侵攻を許してしまえば…危険でしょうな」
「やはり、こちらからフィズンを攻めるしかないか」
「シュレンディアの為を思えば、他の選択肢はありますまい」
「そうか…」
マルゲオスの報告を聞くイリューザ王は、その内容に心を痛めていた。しかしマルゲオスは淡々と報告を続ける。
「そして案の定、半魔族の子等は王都近郊にも多数いるようです。魔族は決まった区画に人間の女性を集め、そこで…」
「はぁ…何故、こんなことになったのだろうか…」
イリューザ王は沈んでいた。
彼は、魔族に討たれた前シュレンディア王アソッドの異母兄だった。しかし政争を避けて王都を離れていた彼は、戦闘の指揮などはもちろん…王政についても疎かった。それ故に王政を良く知り、機知に富んだマルゲオスの事を彼は頼っていたのだ。
イリューザの顔には、焦りと不安が少しずつ。
「なあマルゲオス殿…アソッドとロディエルの葬送の儀は、今でないと拙いのだろうか?今は魔族との戦いに専念するべきだと思うのだが…」
「…」
確かにそうだと、マルゲオスも思ってはいる。
これは戦いが終わった後でも問題は無いし、イリューザ王の指摘は尤もだった。だがマルゲオスには、この儀をどうしても今やりたい理由があった。
「…これによって士気を高めることが出来ます。亡き王と賢者に祈りを捧げ、正義の刃を魔族に向けるのです」
「しかしそれが今とは…!いつ魔族が反撃して来るかも分からない以上、フィズン攻略を急がなければ…!」
マルゲオスはそこで声を潜め、鋭い視線をイリューザ王に向ける。
「ではイリューザ王、皆にどう伝えるというのですか?“賢者ロディエルはとうの昔に命を落としている”という真実を…!」
その言葉を聞き、イリューザ王は眉を顰めて顔を伏せる。
「…そ、それは…」
「替え玉で2年間も凌げたのが奇跡だと考えるべきです。それに魔族の残存戦力を考えても、魔族が王都にすぐ反撃をするとは考えられませんな」
「そ、そうか…。貴方がそういうのであれば」
イリューザ王も理解はしているのだ…“賢者ロディエル”に関する重大な嘘を、いつか清算せねばならないと。そして弱腰になるイリューザ王をマルゲオスが丸め込む。
「フィズン攻略は王都奪還ほど激しい戦いにはなりますまい。それであれば“賢者ロディエルは王都奪還作戦で命を落とした”と言っておいてしまうべきです」
「…それを周知するための儀式…という事ですか」
「その通りです。ご理解頂けたようですな」
「ああ…」
もうイリューザ王は落ち着いている。
それを一瞥したマルゲオスは、一礼をして彼の前を去っていく。
荒廃したシュレンディア王都の大広場。
そこで簡潔ながらも盛大に、アソッド王と賢者ロディエルを始めとした戦没者の葬送の儀が執り行われた。儀式はシュレンディア国教・ラミ教の最高位である聖者マルゲオスによって進められた。
魔王や魔族と果敢に戦い、勇ましく散ったアソッド王。
同じく王族にして、王都奪還でその命を燃やした賢者ロディエル。
その儀に集まっていたのは、パマヤから進んできたシュレンディア軍だけでは無い。進軍の最中に解放された…魔族に囚われていた民衆も集まっていた。
皆が王と賢者の死を悼んでいた。
皆が魔族への怒りに燃えていた。
そしてその怒れる民衆の前に、勇者アルヴァナが姿を現す。
そして彼女は民衆を鼓舞し、フィズン征伐を唱えた。
民衆は熱狂した。
若く美しく強い勇者に。
王都奪還に多大な貢献をした賢者に。
そして、王を支える偉大な聖者に。
そしてイリューザ王の号令を受け、シュレンディア軍は北に…魔族の根城フィズンに向けて進軍を開始する。
フィズン南方の、大河ギゼロの畔。
魔族征伐に来たシュレンディア軍はそこに布陣していた。視界の彼方、大陸北端の岬には…魔族が築いた街フィズンの姿が見える。
時は夜。
今のところ、魔族側に動きは無い。
そのためシュレンディア軍の総指揮を務める聖者マルゲオスは、夜明けと共にフィズンへの侵攻をする準備を進めていた。
そんな聖者の元に、勇者アルヴァナが姿を現す。
「こんばんはマルゲオス様。今日は素敵な新月ですわね」
「アルヴァナか…」
マルゲオスは1人、陣にあった櫓に登ってフィズンを見つめていたが…来訪したアルヴァナに視線を移す。
「待ちに待ったフィズン征伐…遂に明日ですわね。魔族の勢力は王都決戦でほぼ壊滅状態、私達の勝利はほぼ間違い無いでしょう」
「ああ」
「そして御誂え向けに今晩は新月。魔族が神と崇める忌々しい“月神”とやらも、魔族を見放したようですわね」
そしてアルヴァナは、うっとりとした表情で月の無い星空を眺め…そして両手を組んで静かに祈りを捧げる。
「ああ…アソッド様、見ていますでしょうか…?貴方のアルヴァナが、貴方の敵討ちを成し遂げるでしょう。どうか見守っていて下さい」
祈るアルヴァナを、マルゲオスは見もしない。マルゲオスには、アルヴァナについてのとある懸念があったからだ。
祈りを終えたアルヴァナに、マルゲオスが諭すように伝える。
「アルヴァナよ…明朝、全軍で一気にフィズンを陥落させるぞ。しかし…無いとは思うが、魔族憎しで勝手な行動はしてくれるなよ?」
その言葉にキョトンとするアルヴァナ。
「何を仰いますのマルゲオス様?私はそのような真似致しませんわ。我が軍の総指揮は貴方なのですから、私は貴方にただ従いますよ」
(どの口がそう言うか)
マルゲオスは内心毒づく。
なにしろアルヴァナは、魔族との戦争でまともにマルゲオスの命令を聞いたことが無かったのだ。しかも性質の悪い事に…魔法の天才だった彼女は単独で“秘伝術”が使える程の逸材だったため、勝手気ままな単騎突貫ですら手柄を上げ続けていたのだ。
しかしそのようなアルヴァナの独断のせいで犠牲になった者も多く…先の王都奪還戦ではアルヴァナの勝手のせいで、大部隊を指揮していたモードン将軍が命を落としている。
故にアルヴァナはシュレンディア内にも敵が多いのだが…それを承知の彼女はその美貌で既にイリューザ王を篭絡しており、軍功も含めて今彼女に意見できる者はほぼ居なかったのだ。
マルゲオスの疑念の見透かすアルヴァナは、優越感に溢れた笑みでマルゲオスを挑発する。
「ですが…私と私の先鋭部隊だけでもフィズンは落とせるでしょうし、そもそもこの私が“出陣する”といえば、たとえ独断であってもそれを止められる者は居りませんわ。マルゲオス様は、ただここで私の活躍を見守って頂くだけでも十分ですの」
もう“勝手に動く”と宣言したも同然だった。
そして勝ち誇ったように、アルヴァナは踵を返す。
そしてアルヴァナの姿が見えなくなった直後…マルゲオスもまた、速足でその場を後にする。
シュレンディア軍が王都奪還に成功した年の春。
遂にフィズンは陥落した。
それはシュレンディアが、全国土から魔族を一掃した瞬間だった。
帰還した聖者マルゲオスがイリューザ王に報告した“フィズン征伐戦”の内容は、当初考えられていた以上に壮絶なものだったのだ。
そもそもこの長い戦いの中で、賢者の『魔法陣』はその一部を魔族に奪われており…特に超級と秘伝の火術については完全に失伝してしまっていたのだ。そして何と魔族は、フィズンを守る為に“秘伝火術”を発動する準備を密かに進めていたのだという。
その異変に最初に気付いたのは、やはり勇者アルヴァナだったという。彼女はアソッド王の霊魂に導かれ、先行して秘伝火術の妨害を行うために…聖者の制止をも振り切り、フィズンへと奔ったのだ。
そして勇者が遺した言葉。
“私が時を稼ぐから、構わずフィズンを薙ぎ払え”。
それは、聖者の部隊が準備を進めていた秘伝黒術『エーテル・ブラスター』の事を意味していた。
元々はフィズン攻略の先駆けとして放たれる予定だった秘伝黒術…しかしそれでは、魔族の秘伝火術に間に合わないと勇者は知ってしまったのだという。そして彼女は見事に務めを果たし、聖者は涙ながらにフィズンへ向けて秘伝黒術を放ったのだ。
そうして勇者の尊い自己犠牲を以て、遂にシュレンディア王国に夜明けがやって来たのだった…。
ある春の朗らかな朝。
シュレンディア王都の王城。
美しい花々が咲き誇る、優美な庭園の一角。
庭園の池のほとりに佇む男が2人。
1人は、法衣に身を包む男…マルゲオス。
もう1人は、豪奢な羽織を身に纏うイリューザ王。
2人は険しい表情で、水面を見つめていた。
沈黙を破ったのは…イリューザ王。
「マルゲオス殿、説明を求めます」
「説明…とは?」
「貴方の“フィズン征伐戦”に関する報告には、納得できない個所が多い。それについて答えて頂きます」
イリューザ王の眼には、明らかな“マルゲオスへの不信感”があった。
その声が、震える。
「まず魔族が超級以上の火術を奪ったという話…あれは事実ではありませんよね?そしてアルヴァナの独断専行は事実なのですか?そして貴方は…アルヴァナが居たにもかかわらず、フィズンに大規模破壊の魔法を放った…何故ですか!?」
それに答えるマルゲオスの声は無感情だ。
「ええ。火術については“そもそも魔法陣が魔族の物だった”が正しいです。だから“奪われた”と言うのは嘘ですな」
「…!」
「そしてアルヴァナの独断専行…これは事実です。なにしろ彼女は進軍前日の晩に、わざわざ私に“先行して手柄を独り占めする”と宣言しましたからね。実際彼女はその夜…配下と共に無断で陣を出ています」
「アルヴァナが、そんな…!?」
「そして最後」
マルゲオスが、イリューザ王を睨む。
その眼には…どす黒い憎悪の炎が宿っていた。
「私が秘密裏に準備していた秘伝黒術で、先行したアルヴァナごとフィズンを薙ぎ払いました。奴の罪は許されざるもの…勇者として華々しい最期を遂げさせたまでだ…!」
豹変する聖者に怯むイリューザ王。
激情をむき出しにするマルゲオス。
「まさか…貴方までもアルヴァナの色香に惑わされたのではあるまいな?あの愚かなアソッドのように!そもそもアソッドがあの奸臣を重用していたことが間違いだったのだ!!まさか貴方は、それすらも理解できない愚か者だとでも言うのか!!」
「そ、それは…」
「ロディエルが…貴方の甥が哀れだとは思わんのか!?懸命に魔族と人間の懸け橋になろうとしていたのに、アルヴァナの私欲で命を奪われた…あの少年を!これは彼の弔いでもあるのだ!」
「…マルゲオス殿…」
「怒り狂う魔族との戦いにアルヴァナの才が必要だった…私が奴を使った理由はそれだけだ!そもそも“魔の侵攻”を引き起こしたのが奴なのだからな!奴さえ居なければ、こんな戦いはそもそも不要だったのだ!!!」
マルゲオスは、激情と共に吐き捨てる。
“魔の侵攻”の真実。
あの戦いの発端となったのは、王都憲兵隊長アルヴァナ・カナンが親交大使ロディエルを謀殺した事件だったのだ。
2年前のある日、王城に住むロディエルの元を訪れたアルヴァナに…半魔族の彼は自身が発現した異能を披露したという。
その異能の名は『グリモワール』。
エーテルと媒体を共鳴させる“陣”を創る異能だった。
それは…従来の魔法の在り方すら変えてしまうほどの力。
あまりに現実離れしたその異能。
アルヴァナはそれを我が物にしようとしたのだ。
その数日後…アルヴァナはロディエルを殺害した。
そして彼女は自身の地位を利用し、それを事故としてもみ消そうと企んだのだ。
しかし、ロディエルも強かだった。
危機を察した彼は『魔法陣』を分割し、数人の使用人に持たせてフィズンへ送っていたのだ。そのほとんどはアルヴァナの手下に奪われてしまったが…超級以上の火術の『魔法陣』を持った者が、事件の顛末をフィズンに知らせてしまったのだ。
トワナグロゥとエルーナ姫は激怒した。
ロディエルは2人の息子であり、シュレンディア王家の親族でもあった。そして怒る2人はアソッド王に“罪人アルヴァナの首”を求めたのだ。
しかし当時、魔族の立場は弱かった。
その頃の魔族は、シュレンディア王国からフィズンという自治区を与えられていただけの存在。かつてシュレンディアの地に逃げ込み、当時の王に保護されたという魔族は…シュレンディアへの忠誠を誓う者達だったのだ。
さらに性質の悪い事に…アルヴァナはアソッド王の愛人だったのだ。そしてアソッド王は、アルヴァナ可愛さにトワナグロゥの要求を拒んだのだ。
そしてアソッド王は、決定的な間違いを犯した。
当時王都に流れていた噂…“魔族の反抗勢力”の件を持ちだしたのだ。
『反乱の尖兵と判明したロディエルを処断したアルヴァナこそが正義であり、魔族はシュレンディアへの忠誠を形で示せ』と。
結果…魔王トワナグロゥは、シュレンディアとの決別を選んだ。
怒りを剝き出しにする聖者マルゲオス。
怯むイリューザ王は、もう何も言えない。
そして少しの冷静さを取り戻したマルゲオスは、厳しい口調でイリューザ王に“進言”を行う。
「…アルヴァナとロディエル様は、英雄として祀りましょう。アルヴァナの活躍は目撃者が多く、今更それを覆すわけには行きますまい。そしてロディエル様については…魔王の息子であるという事実は抹消すべきです」
「…わかった」
「そしてフィズンの地に騎士を常駐させましょう。何しろ魔族は滅びた訳では無く、エルーナ様を伴って海の向こうに去っただけなのですから。古い記録によれば…フィズンの彼方にはデルゲオ島という孤島があるらしいので、魔族はそこに向かったと思われます」
「…なるほどな」
「また魔族の残存勢力が西のレーヴェット地方で目撃されていますが、これについては私に一任して頂きましょう。彼等を討ち滅ぼすのは、私の望むところでは無い」
「…ああ、宜しく頼みます」
そして聞くべきを聞き終えたイリューザ王は、静かに庭園を去っていく。
一人残ったマルゲオスは、庭園の隅に歩いて行く。
そこには、大きな石の像があった。
これは先日、マルゲオスが王都中央広場からここに移設させた物だった。
それは跪く龍人と、それに手を差し伸べる人間の像だった。
その像には銘が無い。
しかし、無くともそれが何かは明白だ。
これは…“魔族を救ったローブル王の像”。
この像は“魔の侵攻”以前には無かったものであり、つまり王都を占拠した魔族がわざわざ作った像という事になる。
(トワナグロゥ殿…御子息を殺されてもなお、貴方はシュレンディアへの愛を手放さなかったというのか…?)
マルゲオスは目を閉じ、かつて友と呼んだ魔族の長の姿を思い浮かべる。
(貴方はいつも言っていた…“ローブル王の夢を実現させたい”と。それが何なのかは知りませんが…貴方はもしかしたら、エルーナ様と共にシュレンディアを支配した暁にはそれを為そうとしていたのかもしれない)
マルゲオスの顔が、苦痛に歪む。
(しかし、シュレンディアの民を蹂躙し凌辱した事は看過できません。私から見れば、貴方達の行いはやり過ぎなのだ…!)
そしてマルゲオスは、眼を見開く。
「いや、もう我々は決別したのだ。私は、イリューザ王と共に強きシュレンディアを作り上げねばならない…!」
聖者マルゲオスは…シュレンディアと魔族の“友好の歴史”を、この国から全て抹消することを心に誓う。
後悔もあった。
懺悔もあった。
しかしそれ以上の覚悟があった。
聖者は生まれ変わるべき王国の姿を、その脳裏に描き出す。
入れ所も無いし入れる必要も無さそうだった、聖者マルゲオスのお話でした。
でも勿体ないので入れちゃう。
貧乏性という奴です。




