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その71 もう1つの王家

漣次郎とフェリアの働きかけで、シュレンディアとデルゲオ島は停戦協定の締結に向けて動き出していた。

そんな中…デルゲオ島の代表として現れた人間は、特別な血を持つ者で…。

 朗らかな春の、とある朝。

 シュレンディア王都にある王城は、妙に慌ただしい。




 王城の一角、茶髪の優男が苛立ちながら速足で歩いている。

 彼の周りには王城の召使いもおり、彼等がひたすらその男を宥めていた。

「もー、パパもお兄ちゃんもホント急に何なのよ?こっちはまだワルハラン特区での騒乱の後始末が終わって無くて忙しいんだから!俺様もう過労で倒れちゃうわよ!?」

「テンジャ様、お忙しい中急にお呼び出しして大変申し訳ございません…」

「で、俺様を呼び出したお兄ちゃん達はどこに?」

「陛下とビスロ様は『霊廟の間』にいらっしゃいます」

「…は?なんだってそんな妙な場所に。あそこって確か英雄イリューザ様を称えるとか何とかいう部屋で、王位継承で一応使うだけの所じゃない」

「しかし陛下がそこを指定されて…」

「ふん…何だか知らないけど、とにかく急ぎましょ」

 茶髪の男…現国王カインの次男でワルハラン特区を治める総督テンジャは、愚痴を言いながらも王城地下にある『霊廟の間』へと向かって行った。




 同時刻、王城地下『霊廟の間』。

 そこにはカイン王と宰相ビスロを始めとする王族とラミ教団の長ナディル、そして特務隊のミューノとココロンが居た。この中でも特に場違いな2人の少女はかなり緊張していたが、そんな彼女達に王女アイラが絡んでいた。

「ちょっとちょっと、今日ここに来る特務隊って貴女達2人だけなの?テルルはともかく、肝心のレンジロウはどうしたのよ!」

「わたし達とレンさんは別行動なんです。あの人は異能の関係で“向こう”と一緒に来るそうです」

「え、ならもう特務隊がここに来る必要無いんじゃ…?」

「あたしもそう思ったんですけど、ビスロ様のご命令で」

 肩に力が入り、ガチガチのココロン。

 落ち着かないように周囲を見回すミューノ。

 しかし国王も宰相も身内に過ぎないアイラ姫は落ち着いたもので、この急な儀礼にも特に慌てたりはしていない。しかし流石に難しい顔をしており、長い金髪の先を手で弄りながら口を尖らせている。

 そしてアイラは急に、ぽつりと呟く。


「…で、今日はフェリアも来るって本当かしら?」


 お転婆な姫様も、流石に複雑そうな表情だ。

 隠し立てしても仕方が無いミューノは、正直に答える。

「来ますよ。島からの移動には『アストラル』が一番楽ですから」

「成程、お客さんを連れてくる役なのね」

「らしいですよ?詳しくは聞いていませんが」

 今日ここに王族が集まっている理由。

 それは…漣次郎とフェリアが、デルゲオ島からの客を連れて来る事になっているからだった。











 “デルゲオ島の最高権力者は、実は魔王では無い”。

 これこそ…漣次郎がデルゲオ島から持ち帰った爆弾だった。




 そもそも“魔の侵攻”以前に、魔王トワナグロゥはアルデリアス王家の姫エルーナを妻に迎えていたという。その2人の息子こそが賢者ロディエルであり、彼の死が人間と魔族の関係に亀裂を生んだのだ。


 当時…ロディエルの死に最も激昂したのは、父親のトワナグロゥではなく母親のエルーナ姫の方だったらしい。

 王族故に王都にある隠し通路までよく知っていたエルーナ姫はトワナグロゥにその全てを教え、魔族はそれらを利用して王城に攻め入ったという。200年前のあの戦いで王都の戦力が成す術無く瓦解したのも、予想だにしないルートから攻められたことが原因だったらしい。


 そして魔王はアソッド王を斃し、エルーナ姫を女王の座に据えたのだ。

 ロディエルの死を軽んじ、下手人のアルヴァナを擁護したアソッド王…魔王トワナグロゥは彼を憎んだが、アルデリアス王家への敬愛は捨てなかったのだ。故に魔王はあくまで王家を尊重し、そういう形にしたという。


 女王エルーナがシュレンディア王国を治めたのは約2年間。

 つまり魔族がシュレンディアの民を蹂躙し、各地で半魔族が産まれることになったあの時代ですら、この国はアルデリアス王家の統治下だったというのだ。しかしそれらの歴史は恐らくイリューザ王と聖者マルゲオスによって抹消されており、現在はデルゲオ島にしか伝わっていない。




 しかし三英傑の活躍で“魔の侵攻”はシュレンディアの勝利に終わる。

 魔族と共に歩んだエルーナ姫は、侍従や魔族と共に大陸を去って行った。つまり…当り前の事ではあるが、デルゲオ島にはエルーナ姫の末裔が残っている。


 そして魔王トワナグロゥはアルデリアス王家を愛する者であり、当然それを軽んじたりする筈が無い。むしろ積極的に王家を立てる側に回るわけで…デルゲオ島に住む者の大半が魔族であるにも関わらず、未だその頂点に人間を据えているのだ。


 つまり形式上とはいえ、デルゲオ島の支配者はアルデリアス王家。

 魔族が住むあの絶海の孤島にも…カイン王と同じアルデリアス王家の血を引く者が居るという事になるのだ。











 王城地下、『霊廟の間』。

 遅れて来たテンジャも揃い、もうすぐ定刻を迎える。

 今日ここに来るデルゲオ島からの客とは…島の王である人間なのだ。


 空気の張りつめる大きなその部屋。

 そこに、慌ただしく駆け入って来る者が。

「宰相、特務隊長のレンジロウが戻りました!」

 報告に来た赤服の親衛部隊員を見て、ビスロは気合を入れ直す。

「来たか…!」

 漣次郎が戻った。

 島に向かっていた彼が異能で戻ったという事は…同時に来る相手方も来たという事だ。歴史から抹消されているとはいえ相手も王族、シュレンディアは内密ながらも最上位の体制でそれを迎え入れる構えだ。

 そしてその少し後、『霊廟の間』に客の姿が現れた。






 『霊廟の間』にやって来た者は…4名。

 うち2人は、特務隊の漣次郎とテルル。

 そしてもう2人、色黒の屈強な大男と紅髪の女が…今回のデルゲオ島からの来客だった。


 大部屋の中央に用意された大机。

 カイン王を中心にしてその左右に嫡子のマシェフと王妃が座しており、その対面にその来客がゆっくりと着座した。

 最初に声を発したのは、来客の男だ。

「お初にお目にかかる、俺の名はソドリオ・アルデリアス。このような日が来るとは夢にも思いませんでしたぞ!」

 日焼けしたその大男は、豪快な笑みでカイン王に相対する。カイン王よりは当然若いが恐らくビスロより年上と思われるソドリオは、眼光鋭い王家の面々にも全く臆しない。

 厳ついその容姿は、どこかカイン王とも似ている。


 そして…もう1人。

 紅い髪の若い女が、ちょっとだけ微妙な表情で挨拶をする。

「陛下、このような形でまたお会いする事になるとは…僕自身も驚いています」

「…フェリアか、久しいな」

 もちろんそいつは、あのフェリアだ。

 ソドリオの随伴で来た彼女に、カイン王は苦虫を嚙み潰した表情だ。言いたい事は山ほどあるのだろうが、それを飲み下したのが離れた席にいる漣次郎でも見て取れた。

 少し黙り込んだカイン王も、気を取り直して言葉を続ける。

「ふん…今日のお前はソドリオ殿のお供という訳か」

「いえ、実は…」

 フェリアはカイン王の問いに、首を横に振り答える。


「改めて自己紹介させて頂きます。僕の名はフェリア…魔王トワナグロゥを父に、ソドリオ王の姉ノルン・アルデリアスを母に持つ半魔族です。今日の僕はソドリオ王の姪としてこの場に来ました」


 その言葉に、居合わせた者の大半が驚愕する。

 フェリアが今日この場に居る本当の理由。それは…彼女自身もエルーナ姫の末裔で、アルデリアス王家の血を引く者だからだった。






 ひとしきり挨拶を終え、ソドリオが島の事情を語り始めた。


「俺のこの姿を見て頂けば分かると思いますが、俺は王などという者ではありませんぞ。俺は普段魔族と共に漁をし、島の開拓をしている…1人のただの人間だ」

 豪快な笑顔を絶やさないソドリオ。

 確かに彼の容姿は…どう見ても“王”ではない。鍛えられ日焼けしたその肉体はもちろん、纏う雰囲気が上に立つ者ではないのだ。しかし着ている海獣皮の服はかなり気合を入れて仕立てられており、そこに魔王の気遣いが伺える。

「大陸での魔族の地位を守れなかった我らに、もう王としての資格は無い…先祖代々トワナグロゥ殿にはずっとそう言い続けているのだが、あの方はとても義理堅い。“実権の無いお飾りで良いから王として立って欲しい”というあの方の望みに沿い、今も俺達一族は形式上デルゲオ島を治めている」

「魔族が人間に従属している…?俄かには信じ難いわね」

 ソドリオの話に頭を抱えるテンジャだが、そこでフェリアが口を挟む。

「テンジャ様、魔族がこの国に移民として迎えられたのが約300年前だと伝わっていますが、その間魔族は常に王家の臣民でした。大陸を彷徨ってきた魔族は、自分達を受け入れてくれたシュレンディアに敬意を持っていました」

「じゃあ何で“魔の侵攻”の時、魔族はあんな酷い事をしたのよ!?」

 フェリアの言葉に激昂するテンジャ。

 彼の突っ込みも真っ当だ。

 魔族が人を愛したというのなら…あの戦いで人間が蹂躙され、半魔族が大勢産まれたというのがおかしな話になる。

 その問いを受けたフェリアは答えず、横目の視線をソドリオに向ける。

 促されたソドリオは…さも当然のように、驚くべき答えを返す。


「ふむ…“魔人化計画”の事であれば、主導したのはトワナグロゥ殿では無くエルーナ姫の筈。かのお方は、偉大なるローブル王の理念を最も色濃く受け継いでおられたと伝わっている」











 秘密裏に行われたデルゲオ島の“王”ソドリオ・アルデリアスとの会談は、ひとまず平穏に終わった。

 ソドリオは“魔族にとってフィズン侵攻の理由が無くなった”事をカイン王に告げた。彼はデルゲオ島側の事情を包み隠さず説明し、魔族にとってフィズンの必要性が下がったことについて語り、ひとまずの停戦を提案した。

 当然カイン王を始めとするシュレンディア王国の王族はそれに懐疑的だった。しかし受け入れられない事を想定済みだったらしいソドリオは、その為に魔王と検討していたという折衷案を残し、島に帰って行った。

 ソドリオと魔王の提案。

 それは…かつて王都とフィズンに置かれていたという役職『親交大使』の復活だった。






「レンさんお疲れ様です。で、これが貴方の思い描いていた道だったんでしょうか?」


 ソドリオとの会談後、特務隊は揃ってビスロ邸へと戻っていた。

 今日漣次郎はテルルと共にデルゲオ島に行ってフェリアと合流し…フェリアがソドリオを異能で運んでいた。その間漣次郎は異能を2連続発動しており、ぐったりする彼を特務隊の皆で介抱していた。

 疲れているようではあるが、漣次郎は満足げにミューノに応える。

「あはは…現状は僕が“おおよそこんな感じになったらいいな”って考えていたのに近いよ。だって人間と魔族が元々親密だったなら、またそう戻る未来があっても良いのかなー…って。テルルを見ると余計そう思うね」

 経緯が経緯だったとは言え…魔族であるテルルとの間に固い絆を結んだ漣次郎は、とうの昔に“魔族は絶対悪”という意識を失っていた。これは彼がこの世界の人間では無く、異世界人であるという点が大きかったのだろう。


 この複雑な状況に、ココロンはワクワクを抑えられないでいる。

「ねーねーレンさん、『親交大使』ってどうなる予定なんです?あたし達も絡むんでしょうか!?」

「『親交大使』は双方に置くものらしくて…かつては王都に魔族側の使者が、フィズンに王政の使者が居たんだって。ただ元々これって半魔族で王族のロディエルの為にできた役みたいだから、過去も数年間しか無かったものらしいね」

「ふむふむ」

「あとね…とりあえずデルゲオ島に行く『親交大使』はテルルにお願いしようと思っているんだ」

「え、テルちゃんに?」

 これはビスロから頼まれた事だった。

 役人や憲兵でも流石にデルゲオ島に行きたがる人間がおらず、かといって半魔族は全体的に魔族を憎んでいる。となると…王政の信頼があってデルゲオ島での役を任せられる者はテルルぐらいなのだ。

 当のテルルは、やる気満々だ。

「テルルはやるよ。テルルにしかできないことがあるなら頑張りたい」

「頼めるかな?大変だと思うけど」

「もちろん。でも島に住むのはイヤかなー?テルルはできるだけレンと一緒が良いし」

「あはは、それは僕が何とかするよ。異能で島に迎えにだって行くし、何ならフェリアの奴にも送迎を頼もうかな?」

 『親交大使』を引き受けてくれたが“漣次郎と一緒に暮らせるなら良い”というのがテルルの願いだった。彼女に重責を背負わせる後ろめたさはあったが、それでも漣次郎は彼女を信頼し託すことにしたのだった。


 しかし、もう片方が問題だった。

「ちなみにだけど…シュレンディア王国に来る魔族の『親交大使』は、たぶんフェリアになると思うよ。諜報活動で色々やらかしていたのは事実だけど、あいつも一応王族だって分かった訳だし適任なんじゃないかな」

「ふぇ、フェリアさんかぁー…」

 これには流石のココロンも苦笑い。

 カイン王や王政の者達があまり歓迎ムードでは無かったものの、フェリアが適任であるのは明白だった。王族でもあり大陸のルールなどを良く知る彼女は、感情さえ抜きにすれば相応しくはあった。

「今度はあの人の事“フェリア大使”って呼ばないとなんですかね?あー複雑、あたしにとっての目標だった人ですけど騙されてもいたわけで、今度はどんな顔して会えばいいのか…」

 愚痴るココロンだが、ミューノが優しく彼女に寄り添う。

「もういいじゃん、ココの一番の味方はわたしなんだから。それに…きっとこれからシュレンディアは大きく動くことになるだろうけど、わたしだけは貴女を絶対裏切らない」

 熱の籠る、ミューノの視線。

「ミュウ…えへへ、ありがと」

 思わずココロンの口からその名が出てしまうが…その微妙な差に、漣次郎とテルルは全く気付かなかった。




 しかし現状、シュレンディアには問題が山積みだ。

 ミューノは意地悪そうな表情で漣次郎に詰め寄る。

「ですがレンさん、確かに“魔族との停戦”は歴史的な動きですけど、これから色々大変ですよ?特にワルハラン特区が」

「あははは、確かにね…」

 それは、王政が最も懸念している点だ。


 半年前、夏季の終わり以降…ワルハラン特区はフェリア謹慎で大きく揺れていた。しかしその後フェリアがデルゲオ島の刺客だと分かって一転、特区では真祖『月の民』を排斥する動きが起きてまた大事になったのだ。

 今は秘密裏に進んでいるが、ただでさえ安定していないワルハラン特区に“魔族と停戦”などという話が広まったら恐らく厄介な事になると思われる。


 だが…漣次郎は笑っている。

 ココロンもミューノも、お互いに顔を見合わせてニヤリとする。

「特務隊もまだまだ忙しくなりますねー!」

「お、ココロン気合入ってるじゃん」

「そりゃあもう!ねーミュー?」

「わたしは暫くゆっくり休みたい気分だけど」

「えー!?そんなこと言わないでよー!!」

「ふふ、冗談だって」

 大きな功績を王政に認められた特務隊。

 秘伝術捜索に始まったこの隊も、その発見後は情勢に合わせて流動的に任務が変動していた。そして今後は、魔族及び半魔族に関わる任務を全般的に行うことになるとビスロに言われていた。

 特務隊を離れ『親交大使』になるテルルを除き、ミューノもココロンもこの隊に残る事を選択してくれた。さらに…今後より忙しくなるだろうこの隊は増員が予定されているそうだ。




 漣次郎としては、皆に感謝の念しかなかった。

「みんな本当にありがとう。まさか残ってくれるとは思わなかったよ」

 ココロンはそれに、間髪入れずに答える。

「今更水臭いですよレンさん、あたし特務隊の特別な仕事も楽しいんです!これからも派手にやりましょーよ!!」

 テンションの高いココロンを横目で伺い、ミューノも釣られたように笑う。

「ふふふ…全くですよ、こんな所まで一緒に来たんですからまだまだ付き合いますって。どうせわたしも、もうパルサレジアの諜報はやらなくていいので」

「そう言ってくれるなら、とても嬉しいよ」

「でもレンさん…」

 ミューノの笑顔が、ちょっとだけ子供っぽく変わる。


「特務隊はフェリア小隊とは違いますからね、また女性ばかり集まるって期待してもダメですよ?」


 想定外の言葉に、漣次郎はちょっと困ったように笑う。

「あー…そういえばフェリア小隊って最初そんなだったねぇ。でもそれはフェリアの趣向だった訳だし、もういいかな?」

 彼は隣に居るテルルに目配せする。

 テルルもそれに応えるよう、頭を押し付けてくる。

 和やかな特務隊の4人を、窓から差し込む夕日が照らす。











 その夜、特務隊は以前拠点にしていたこのビスロ邸で休んでいた。


 漣次郎の使っていた部屋。

 なかなか寝付けない彼は、むくりと起き上がって窓の外を見る。

「…」

 漣次郎はベッドから立ち上がり、窓の傍に歩み寄る。

 そんな彼の背後、寝床から声が掛かる。

「んー…レン…?」

 一緒に寝ていたテルルが起きてしまったようだ。

 彼女は眠い目を擦りながら、牙を剥いて大欠伸だ。

「あれ、起こしちゃったかな?ごめんね」

「どうしたのレン、こんな夜中に?」

「えーっとね…」

 実は漣次郎がこんな夜中に起きたのは、ある“予感”があったからだ。ただ…それを言い辛かった彼は、微妙に言葉を濁す。

 しかしどうやらテルルはお見通しのようで、彼女はかなーり不機嫌そうに寝床へ倒れ込む。

「…行けば?テルルは懐が広いから、ちょっとくらいなら平気だもん」

「ごめんね、たぶんあいつも僕を待っているみたいだから」

「むー、テルルというものがありながら…まああの人レンにそういう興味無さそうだし良いけど」

「すぐ戻るからね」

「ふーん、先に寝ちゃうもん」

 漣次郎はテルルに悪いと思いつつも、直観に任せて異能でワープする。








 真夜中。

 春先の王都、ビスロ邸の屋根の上。

 異能で飛んできた漣次郎は、その一端に降り立つ。


 屋敷の屋根の上、彼の視線の先。

 月光に当たらない月影の中に潜む者が。

 夜目の利かない漣次郎にそいつの顔は見えないが、確かめるまでも無い。

「フェリア、こんな夜中に何の用?」

「おや、よく僕だと分かったね」

「こんな所に潜む奴なんて、それこそ君くらいしか居ないだろうに」

 来ていたのは…やはりフェリア。

 漣次郎からその表情は伺えないが、金の眼だけが闇夜に目立つ。




 まだ寒い夜の屋根の上で、フェリアは王都を見下ろす。

「今日の会談の結果、父上は喜んでいたよ。『親交大使』が復活して停戦が成立すれば、デルゲオ島の開拓に総力を注ぐことが出来るからね」

「魔族はフィズン奪還を完全に諦めるのかい?」

「黒曜石を失った今、魔族側から大陸を侵攻する手段が無くなってしまったからね…もうそれを為す手段が存在しないんだ。だけど島は開拓可能になり、防衛施設も建設予定だから、フィズンからの攻撃を心配する理由もほぼ無くなった訳だ」

「成程ね」

「それに…これでようやく、島の階級制度も廃止されるだろう。僕はもちろん、父上自身だってあの制度を“あまり良い物じゃない”って言っていたぐらいだし」

 すっかり漣次郎に心を許しているらしいフェリア。

 彼女は心底嬉しそうに、漣次郎の顔をまじまじと見る。


「だけど…僕の夢はしばらく叶いそうに無いよ。僕は元々“フィズン奪還の暁に自由にさせてもらう”って約束を父上としていたんだけど、君の要望通り『親交大使』になった結果それどころじゃ無くなりそうだからね」


 その言葉を聞き、漣次郎は意地悪く口角を上げる。

「ふふ、いい気味だね。僕を散々利用した罰なんじゃない?」

「かもね。やれやれ…中々ままならないものだ」

 2人は静かに顔を見合わせる。

 漣次郎とフェリアはこれで痛み分けとし、ヴァンガードが決行した“異世界転生の策”についてお互い手打ちとすることにしたのだった。






 しかし漣次郎は、今日の会談で少し気になった事があった。

「そういえば…ソドリオ王の言っていた“魔人化計画”って、あれ事実なの?それとも今回の会談用に考えた方便だったりするのかな?」

 その問いに、フェリアは肩を竦めてサッパリ答える。

「あれは一応事実だよ、デルゲオ島の伝承によればね。真祖『月の民』が“半魔族は上位の存在”って教えを広めていた由来もこれさ」

 今日ソドリオ王がカイン王に伝えた“魔人化計画”というもの。

 それは…魔族を移民として受け入れた約300年前の王ローブルが提唱したという、新しいシュレンディア王国の姿だ。


 人間と魔族の血が混じることで生まれる半魔族。

 ひとたび人間に魔族の血が混じれば、いくら人間の血で薄めてもその血族が人間に戻る事は無い。そしてそれは反対も同じ…半魔族と魔族がいくら交わっても、その血族が魔族に戻ることも決して無いというのだ。

 ローブル王はそんな半魔族を“魔人”と呼び、人間と魔族の長所を併せ持つ完璧な生物と考えたらしい。そして人間と魔族の交流を促し、最終的にシュレンディアを魔人の国にしようと思っていたという。

 これこそが“魔人化計画”。

 “魔の侵攻”でアソッド王を斃し王位を奪取した女王エルーナが、魔王と共に国中で半魔族を増やしたのも、ローブル王の理念に強く影響されていた彼女が無理矢理“魔人化計画”を進めようとした結果らしい。


 フェリアは遠い目で、懐かしむように語る。

「昔、父上やユゥランジェ殿から散々聞かされたなぁ。“魔人化計画”自体はローブル王が亡くなった後も緩やかに進行していて…父上を愛したエルーナ様や、父上の友人だったマルゲオス司教を始め、あの時代は魔族に理解のある人間が大勢居たんだって」

「“ロディエルの死”さえ無ければ…って感じだったのかもね。まあその真実についてはもう知る必要も無いけどさ」

 アルヴァナとロディエルの間に何があったのか、それだけはもう誰にも分からない。しかしそれで歯車が狂い、人間と魔族に亀裂を生んでしまったのだ。

 だが今、また風向きが変わり始めている。

「『親交大使』の復活、これでどこまで変わるかな?」

「さて、正直未知数だね。もしかしたらローブル王が願った未来が実現するかも」

「それは…どうだろうねぇ?」

 この先の事は、漣次郎にもフェリアにも分からない。


 しかし良い予感だけは2人とも持っていた。











 ひとしきりお喋りを楽しんだらしいフェリア。

 彼女は立ち上がり、もう帰るつもりのようだ。

「帰るのかい?フェリア」

「そうだね、お休み漣次郎。僕もこれで暫くはデルゲオ島暮らしになるかな?『親交大使』が正式に置かれるのはまだ先になりそうだし」

 そう言うフェリアは、何かまだ企んでいる表情だ。

 ニヤリとしている彼女は、漣次郎に不思議な提案をする。


「そういえば…実は僕ね、状況が落ち着きそうな夏季の真ん中あたりでちょっとした旅をするつもりなんだ。君も楽しめると思うんだけど、一緒にどうだい?」


 その提案は、漣次郎をかなり驚かせるものだった。


いつも読んで下さる方々に感謝を。

この段になってもまだ締めを悩んでいるわかめです。

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