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その69 緑の夜明け

デルゲオ島にあった秘伝火術の魔法陣を破壊した特務隊。

全てが終わったその時、既に夜は明け、漣次郎の周囲は新緑が溢れており…。

 絶海の孤島を、遥か水平線から昇る朝日が照らす。




「ぐ…くそ、痛ててて…」

 爽やかな朝の日差しの中、漣次郎は重い体を起こす。

 漣次郎の体にはフェリアが投げた鉄針の暗器がまだ数本刺さったままで、変に抜くのも怖いのでそのままにしている。激痛に耐えながら立ち上がった彼は…様変わりした周囲の景色を見回す。


 漣次郎の周囲は、若い木々の立ち並ぶ森になっていた。


 自分で発動した魔法の力ではあるのだが、漣次郎は改めて秘伝術というものの脅威を肌で実感する。

(僕自身で実際に発動したのはこれが初めてだけど、これが秘伝木術『グリーン・インベイド』か…。元の地質もお構いなしとは恐れ入った)

 ここは元々、秘伝火術の魔法陣が描かれていた場所だ。

 しかし漣次郎はその真上で、テルルの異能による援護を受けて秘伝木術を発動した。“魔法陣の周辺を強制的に緑化する”というこの魔法によって魔法陣も、魔法陣に配備されていた黒曜石も全て…文字通り土に還ってしまったようだ。


 しかしまだ終わった訳では無い。

 木々の向こうから、ミューノ達がマリィルと交戦しているらしき音がまだ聞こえている。漣次郎は傷の痛みに耐えながら、何とか歩き始める。






 漣次郎の探しものは、そう時間も掛からず見つかった。


 フェリアが、急成長した木々に絡み取られていた。


 彼女は漣次郎も手が届かないくらいの高さでぐったりとしている。死んではいないようだが…片腕が折れているようで、ほぼ真下に彼女の振るっていた剣が落ちている。俯き気味の彼女の表情は、紅い髪に隠れて見えない。

 しかしその口元には、やはり笑みが浮かんでいた。

「…やってくれたじゃないか漣次郎、まさか君も秘伝術を使うつもりだったとはね。しかもあんな簡単に発動可能とは…というかそもそも、秘伝術の魔法陣がシュレンディアで発見されていたなんて」

「テルルの異能があってこそだけどね…。あれがあったおかげで、小さな魔法陣でも秘伝術が発動できたんだから」

 傷ついたフェリアが異能で脱出する素振りはない。

 というか、漣次郎も今は異能を使えない。


 どうやら秘伝木術が、周囲のエーテルを根こそぎ吸い上げたらしい。比較的消費の大きい異能『アストラル』はまだ発動できないようで、今ならフェリアに止めを刺すのも可能だ。


 しかし…漣次郎はそうしない。

 そこまでする理由も無い。

 落ち着いた妙な空気が、2人の間に流れる。




 痛みで脂汗を流すフェリアは、急に残念そうな溜息を吐く。

「ふふふ、どうやらマリィルもやられてしまったようだ」

「…そ、そうなのか?」

「実は僕、君より耳が良いんだ」

「それは知ってるよ」

「だろうね」

 木々のせいで見えないが…確かに外の音に変化があり、戦っている雰囲気では無くなっている。どうやらミューノ達がマリィルを何とかしたらしい。流石にフェリア無しだと3対1なので、マリィル1人では厳しかっただろう。

 そしてフェリアが、金の瞳で静かに漣次郎を見つめる。

「…で?」

「“…で?”って何さ」

「これが君の答えなのかい?」

「そうだよ」

 そう言うと漣次郎は、身に着けていた琥珀の術具を全てその場に捨て置く。さらに…秘伝木術の魔法陣が描かれた布までをその場に畳んだまま置いた。


「フィズンを攻撃されるのは僕も許せない…だから僕達は、秘伝火術の魔法陣を破壊しにここへ来たんだ。だけど…僕等にはもう余裕無いし、これを持ち帰る余力も無いなぁ」


 そのわざとらしい言葉を聞いて、フェリアがじっと漣次郎を見つめる。

「…君は優しいね、お人好しが過ぎるとも言えるけど」

「何とでも言ってよ、僕はこれが正しいと思ってるんだから」

 そう言って漣次郎は、皆の方に向かって歩き出す。




 彼はフェリアに背を向けながら…最後にぽつりと零した。

「僕の予想だけど…もしかして魔王ってまだ、人間を完全に見限ってはいないんじゃないかな?フィズン侵攻も失敗した訳だし、僕はいつか魔族と人間が歩み寄れるといいな…って思ってるんだ」

 そうして漣次郎は、重い足取りで森を去って行った。
















 デルゲオ島から帰還した特務隊は、それを宰相ビスロに報告した。


 そもそも漣次郎の独断で行ったこの作戦について、流石のビスロも良い顔はしなかった。しかし漣次郎の負傷状況と報告内容を鑑みてか…ビスロはその一連を信用し不問としてくれた。

 しかし一応“念の為”という事もあり、冬の流星群の日に予定されているフィズン防衛はそのまま行う事になった。ただし負傷した漣次郎が前線に立つのはいささか厳しい状況で、ミューノとココロンをルゥイ小隊に預けて流星群を待つことになった。


 そして遂に、その流星群の日がやって来る。








 フィズンの夜空に、流星が降り続けている。


 ミューノはココロンと一緒に、それをフィズン港で見上げている。

 この町は今、魔族の襲撃に備えて最大限の警戒を行っている。王都騎士団までもが半数近い戦力をここに派遣しており、シュレンディアがこの日にどれだけの力を注いでいるかが感じられた。

 今は深夜、満月が輝く空には多数の流星が瞬いている。


 そんな2人の背中に、ワールが声を投げかける。

「お前らマジでやべぇな、デルゲオ島の魔法陣を破壊してくるとか正気の沙汰じゃねーよ。レンジロウの野郎もぶっ飛んだことをしやがったな!」

「ホントですよねー!?まあ…それに乗ったあたし達もあたし達ですけど、結果は良好ですから!」

(結果的には…だけどね)

 興奮気味のココロンだが、彼女の負傷した腕を見るミューノの表情は硬かった。マリィルの水術にだいぶやられていた彼女は、ミューノが加勢しなければ危ない状態だったのだ。




 3人はあまり緊張せず、世間話などしている。

 周囲の騎士もそこまで殺気立ってはいない。

 同じく近くで状況を見守っている小隊長ルゥイもそこまで気張っておらず、のんきにミューノに話しかけてきた。

「ミューノ君、レンジロウの様子はどうなんだい?まだ怪我が良くならないんだろう?」

「今は兵舎で安静にしていますよ。レンさんは元々まともに訓練とかしていない人ですし、あの状態で前線に居られても逆に心配ですので」

「そんなレンジロウが、良くそんな無謀なことしたよね」

「全くですよ。レンさん基本的にお人好しで争いごとは好きじゃなさそうなのに、変に思い切りがいい所もあるので…」

 漣次郎の性分を思い返し…ミューノは呆れながらも、彼と巡った約1年に懐かしさを感じていた。


 ちなみに…騎士達が妙に緩いこの状況の原因。

 それは“特務隊の作戦成功”が騎士団内だけに周知されているからだった。宰相ビスロは特務隊がデルゲオ島から帰還した直後にそれをマシェフに伝えており、“魔族の秘伝火術は発動不能”という情報を皆が知っているのだ。

 故に魔族が今日侵攻してくる可能性はほぼ皆無で、現状騎士団が警戒しているのは“万が一”の備えという意味が強い。しかし今夜フィズンの民衆は郊外の避難地に行っており、夜明けに帰ってきたところで全てを伝える予定だという。




 流れ落ちる夜空の光を見上げるミューノに…ココロンがそっと寄り添う。

「ん、どうしたのココ?」

「えへへ…」

 妙な笑顔を見せるココロンは、ミューノにしか聞こえないようにとても小さい声でそっと囁いた。


「あたし達…実は結構凄い事をやっちゃったのかな?」


 自慢げなココロンが可愛らしく、ミューノも口元が緩む。

「…当り前だよ、それこそ『“魔の再来”を防いだ騎士フェリア』より凄いかも」

「そうかな?あ、でもあたし自身はほとんど何もしてなかったかもー…」

「関係無いよ、特務隊の皆でやり遂げたんだから」

「そう…そうだよね!」

 2人は嬉しそうに笑い合い、肩を寄せて夜空を見上げていた。








「もー…レン、無理しちゃダメって言ったじゃん。“怪我をするのはテルルの役目”って約束だったのに」

「ごめんってテルル。だけどああするしか思いつかなくてさ」


 漣次郎とテルルは、フィズン兵舎の窓から流星群の夜空を見上げている。


 見晴らしの良い丘の上にあるフィズン基地からは、穏やかなフィズンの海が遠くに見える。満月の今夜は漣次郎にとっても明るく、今のところ海上に敵の姿は全く見えない。しかし埠頭の砦には騎士が張り込んでおり、夜通し防衛の構えだ。

 テルルは窓から外をじっと見て、静かに呟く。

「…魔族は攻めて来るかなぁ?」

 漣次郎もそれに、率直に答える。

「来ないと思うよ。魔族の作戦は秘伝火術『クリムゾン・レイン』ありきの物だったみたいだし、それが無くなった以上は何もできないでしょ」

「だといいけど…」

 外の様子を見ていたテルルは急に振り返り、ベッドに寝そべる漣次郎の傍に来て椅子に座る。そして彼女は、漣次郎の腕に巻かれた包帯にそっと触れる。

「レン…人間の怪我はなかなか治らないから、ちゃんと安静にしてようね」

「あはは、大丈夫だって。前にラージェにやられた怪我よりよっぽどマシだから」

「笑い事じゃ無いよ!テルルのレンなんだから」

 テルルは不機嫌そうに牙を剥き、漣次郎の腕をぎゅっと握る。


 今回の作戦…元々は漣次郎がテルルを盾にし、彼女は満身創痍でも異能『スターダスト』さえ使えればそれでいくという方針だったのだ。漣次郎は最初から“秘伝木術を使ってそのまま魔法陣も魔族に返す”つもりだったので、それが最適だと考えていた。


 しかし、最終的に単騎でつっこむ決断を下したのは漣次郎自身だ。

「なんかフェリアが露骨に君を…というか君の異能を警戒していたからね、あれじゃ予定通りは厳しかったと思うよ。それに僕だって君に怪我して欲しくなかったし」

「テルルはレンの為なら何でもするって言ったよね?例えあそこで作戦の為に捨て置かれたって、テルルはレンを恨むなんてしなかった」

「いやいや、そんなのは僕が嫌だよ?大体君は今まで散々辛い目に遭ってきた訳だし、そもそもあまり無茶して欲しく無いんだよ」

「むー、レンはやっぱり優しいね。テルルは嬉しいけどぉ…」

 漣次郎が怪我をしたことにご立腹だったテルルだが、彼の言葉でちょっとだけ機嫌を戻したようだ。




 夜も更け、流星群は終わりを告げる。

 部屋の明かりも消し、今はただ穏やかな海を満月が照らしている。

 だが埠頭の様子が変わる気配は無い。


 そんな訳で、すっかり気の抜けたテルルがベッドに座る漣次郎の膝の上で甘えている。しかし怪我人とはいえ特務隊として待機中の漣次郎は徹夜の構えで、彼女の髪と尻尾を優しく撫でながら静かな夜のフィズンを見つめる。

 まだ眠くはなさそうなテルルが、不意に囁く。

「ねえレン」

「何かな?」

「今ね、テルルは幸せだよ。というか…こんな日が来るなんて考えた事も無かった」

 暗い部屋の中、テルルの深紅の瞳が漣次郎を見据える。

「島に居た頃のテルルは…やりたい事とか大事なものとかほとんど無くて、大切にしてくれたのも大切にしたかったのもラージェ様だけだった。テルルが大陸に来たのは偶然だったんだろうけど、それでもレンに出会えた」

「…」

「テルルの居場所と生きる理由を、レンがくれたの」

 漣次郎はテルルの頭にそっと手を置き、微笑みながらも首を横に振る。

「確かに居場所はそうかもしれないけど、やりたい事は君自身で見つけたのさ。君の願いは君だけの物なんだからね」

「ふーん?」

 漣次郎のその答えに、テルルはなんとも微妙な表情を浮かべる。


 そうしてテルルは嬉しそうに頭をぐりぐりと漣次郎に押し付け、その後大欠伸を一つしてからゆっくりと目を閉じた。











 結局…冬の“流星群の日”は何事も無く終わった。

 魔族の襲撃を警戒した王政の指示でフィズンに派遣されていた王都騎士団も、わざわざ郊外まで避難させられていたフィズンの民衆も、その肩透かしな結末に対して不満の声を上げたりもしていた。


 しかし王政から“デルゲオ島の魔法陣を特務隊が破壊した”という公式発表があったので、多くの人がそれを信じた。既に王政が行った秘伝術に関する実験についての噂が国中に拡散しており、それらの脅威は知れ渡っていたのだ。

 だが結果だけ言うと…シュレンディアはあまり変わらなかった。

 カイン王が盛大に功績を称えたので、特務隊はさらに注目されることにはなった。しかし魔族の侵攻自体が不発になったため魔族との関係性はさほど変わっておらず、再びフィズンはかつての状況に戻ることになる。




 冬の流星群の翌日、漣次郎は1人で昼下がりのフィズンを散歩していた。


 今朝フィズンに突然現れたカイン王が騎士団基地で大騒ぎをしてくれたので、特務隊は結構な有名人になっている。なので漣次郎はちゃっかり変装をし、一般人のフリをして町の様子を伺っていた。

 フェリアの裏切り、勇者の墓所と秘伝術の発見…色々と大きな変化があったと言えるこの町だが、変わったのは埠頭の砦くらいのものだ。そしてこれが、彼の望んだ結果でもあった。

(あまり大事にならず済んで良かったよ。個人的な都合にはなっちゃうけど…テルルが魔族と戦うのだけは避けたかったから)

 何はともあれ、今回の事変はほとんど漣次郎が望む形で終息した。

 今のフィズンは、もうすぐ春季を迎えようとしている暖かな雰囲気だ。町人達もすっかり普段通りだが…一応季の後節ではある為、騎士団は迎撃戦の準備をしているので引き続き殺気立っている。

 とはいえこれは、平和な普段のフィズンと言っても良いだろう。


 その時、不意に漣次郎は不思議な感覚を覚える。

「…<アストラル>」

 彼はその感覚に任せ、異能である場所を目指して移動する。








 漣次郎が異能を使って向かったのは…フィズン西山の頂上。

 勇者アルヴァナの石像がある、ちょっとばかり広い場所だった。

 もう残雪もあまり残っていないこの場所を、漣次郎はゆっくりと進む。

 そして彼の正面、勇者像にもたれ掛かる人影が…ゆっくりと彼に振り返る。


「あはは、やっぱり来たね漣次郎。君なら僕が来たことに気付くと思ったよ!」


 山の頂上で漣次郎を待っていたのは…フェリアだった。

 特務隊との戦いで怪我をしたはずのフェリアだが、既にだいぶ治っているようだ。特徴的な紅髪を覆うように外套を被ってはいるが、漣次郎から姿を隠す気は無さそうだ。そして彼女の表情は…今まで見た事が無いほど爽やかだった。

 漣次郎も、今の彼女からは敵意を感じない。

「何となく、君がここに居る気がしたんだ」

「やっぱり。僕も君との距離が近付くと何かを感じるんだ…不思議だよね」

「…で、何をしに来たの?」

「ふふふ、本当は分かっている癖に」

 フェリアが人ならざる金の眼を、優しく細める。

「君に礼を言いに来たのさ。フィズン侵攻を妨害されたのは腹立たしいけど、秘伝木術を返還してくれたのはデルゲオ島にとって非常に重要な意味があったからね」

「だろうね」

「あれが君の答えだったんだなんて、正直意外だよ」

 フェリアの言う通り、現状こそが漣次郎の望んだ結末だった。



 先日の作戦…漣次郎がデルゲオ島に持ち込んだのは秘伝木術『グリーン・インベイド』と、秘伝黒術『エーテル・ブラスター』の魔法陣だった。しかし秘伝黒術はあくまで保険に過ぎず、秘伝木術こそが漣次郎にとっての本命だった。

 魔族のフィズン侵攻をただ妨害すれば、前にフェリアの言った通り魔族はいずれ滅びただろう。しかしデルゲオ島に置いてきた秘伝木術『グリーン・インベイド』は緑化の魔法…あれがあれば不毛のデルゲオ島すら開拓可能となる。

 フィズンを守り、魔族も滅びない…これが漣次郎の出した答えだ。



 フェリアは山頂から埠頭の砦を見下ろし、とても楽しそうに微笑んでいる。

「漣次郎、春季後節の迎撃戦は不要だよ」

「え、何で?」

「父上の異能『サモンスレイヴ』だけど、あれは今デルゲオ島の整地に使われているんだ。君が来た直後から秘伝木術を使った開拓計画が始動しているんだけど、魔法陣を描くにはある程度土地を均さないといけないからね」

「へぇ、フィズン攻撃より整地なんだ」

「そりゃそうだよ。元々デルゲオ島では有用な土地も木材も貴重だったんだけど、あの魔法はその2つを同時に解決できる。木材があれば船も施設も増強できるから、防衛力がぐんと上がるよ」

「カイン王の望むデルゲオ島征伐は…どうやら頓挫しそうだね」

「何を言っているんだ、それが君の望みだったんだろう?」

 フェリアが漣次郎に向き直り、ニヤリと笑う。


 今まで騙され、利用されてきたはずなのに…漣次郎もその時、何故か自然と笑顔を返してしまった。






 今ならフェリアと、普通に関われる気がした。

 なので漣次郎は、いくつか気になっていたことを聞いてみる。


「あのさフェリア」

「おや、何だい漣次郎?」

「今回僕は秘伝木術を使ったけど、魔族は何でこれを使おうとしなかったんだい?」

 これは漣次郎の素朴な疑問。

 ラージェが語った話によると…フェリア達も秘伝術を探してはいたようだが、どちらかというと黒曜石を優先していたようにも思える。しかし秘伝木術がデルゲオ島でこれだけ有用ならこっちを優先すればよかったのに、と思ったのだ。

 フェリアも漣次郎の疑問に、包み隠さず答える。

「いやいや、魔族は秘伝木術を見た事が無かったからね。先の大戦…シュレンディアが言うところの“魔の侵攻”で、シュレンディアは秘伝木術を一度も使わなかったのさ。恐らくあまり攻撃的な魔法では無かったから、イリューザ王も使わなかったんだろう」

 そう言うとフェリアは、ゆったりとした動作で外套を脱ぐ。

「もしそれが分かっていたら、父上も僕に“秘伝木術捜索”を第一にするよう言っただろうね。未だにアルデリアス王家を愛する父上は、人間との正面衝突を最終手段にしたかっただろうし…」

「…」

 彼女は紅髪を靡かせ、春の近付くフィズンの風を全身で感じている。




 フェリアはそのまま、漣次郎に優しく告げる。

「島でも言ったような気がするけど」

 彼女は話しながら、漣次郎に背中を向けた。

「君の言った通り…僕の本当の願いは“自由”さ。僕やラージェ達は父上のヴァンガード計画の為に生まれてきたからね、小さい時からそういう教育をずっと受けてきた。その反動なのか、僕は見知らぬ土地や人々への憧れを強く持ってしまったんだ」

 フェリアは半身振り返り、漣次郎に横目を向ける。

「ラージェも似たようなもんだね。あの娘も使命に嫌気がさして『ソウルスワップ』という異能を発現した」

「そうだね、あいつはそう言っていた」

「でも僕はちょっと違う。ラージェは親兄弟とあまり仲が良くなかったみたいだけど、僕は両親も友達も大好きだし、島の皆の事も大好きなんだ。だから使命を全うしたいというのも僕の確かな願いさ」

「…君には願いが沢山あるんだねぇ」

「その通り。僕は欲張りなのさ」

 不敵なフェリアの笑み。

 漣次郎はようやく、フェリアがどういう奴なのかを理解できた気がした。


 彼女は生まれながらに使命を負わされているが…多い魔法適性や魔王の血など、生まれながらに優れた物も多く持っている。故に使命を果たせる自信も自負もあり、皆の期待に応えたいというのも間違いなく彼女の願いなのだろう。

 だが恐らく何かの拍子で、使命の外側に興味を持ってしまったのだ。

 自由の願いを押し殺して使命を全うしようとするフェリア…しかし彼女があまり辛そうでも無かったのは、好奇心の強い彼女の性分なのだろう。だからこそ使命も楽しみ、異世界をも楽しんでいた…という事だと漣次郎は思った。








 漣次郎とのお喋りで満足したらしいフェリアが、外套を被りなおす。

 どうやら帰るつもりのようだ。

「じゃあね漣次郎」

「…帰るのかい?」

「うん、またね!」

「また来るんだ…」

「もちろんさ」

 すっかり漣次郎に気を許しているらしいフェリアは、こうしてまたこっそりとシュレンディアに来る気のようだ。

 そして彼女は急に…鼻が付くほどの近距離まで漣次郎に詰め寄る。


「魔族も救ってくれるつもりなら、最初からそう言えばよかったのに。君が僕と戦う必要すら無かったかもしれないよ?」


 囁くフェリア。

 彼女の問いに返す答えを、漣次郎は持っている。

「…島に侵入した僕が何を言っても、君等はきっと信じなかっただろう。それに君が言った通り、魔族が秘伝木術の効果を知らなかったのなら尚更だよ」

「ふふ、その通りだね。つまり今僕等がいるここは…僕等と君等が最善を尽くした結果、辿り着いてしまった場所という訳だ」

「うーん…そうとも言える、のかな?」

 フェリアの子供じみた笑み。

 彼女は漣次郎の答えを予想していたようだ。

 そうして彼女は異能の光を纏い、最後にこう告げた。


「いずれにせよ…君には色々と迷惑をかけたのに、君は魔族の為にここまでしてくれた。つまり僕は君にお返しをしないとならないんだ、僕にできる事なら何でも言ってよ。あと、もし仮に…君が魔族と人間の関係を変えようとしているなら、尚更協力は惜しまないからさ!」




 フェリアはそのまま、漣次郎の答えを待たずに姿を消した。

 漣次郎はその言葉を驚きと共に受け止め…しかし次なる決意を静かに抱いた。


今までお付き合い頂けた皆様に感謝を。

番外編を挟んでこの第二章を締め、終章に入ります。

残り僅かですが、最後までお付き合い頂けると幸いです。

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