その65 漣次郎の迷い
冬の“流星群の日”はもう近い。
フィズン騎士団は埠頭の防衛と迎撃態勢を整えており、恐らく魔族もそれは同様。あとは双方来たる日を待つという現状だが、漣次郎は異世界人としてそれへの関わり方を今更悩んでおり…。
粉雪が舞う夕刻のフィズン港で、漣次郎はぼんやりと波間を見つめる。
フィズン港の景色は、かつて“フェリア”だった漣次郎の知るものと随分変わってしまっていた。
ワルハラン騒乱の直後…ラージェの自白を受け、宰相ビスロと騎士団長マシェフの主導でフィズンの防衛強化が進められていた。かつては高い物見櫓1つと小規模の屯所が数箇所あっただけのフィズン港には、今や中規模の砦が7つ構えられている。
フィズン北端の漁港一帯は王政によって接収されており、今は漁船の代わりに騎士団の戦闘用船舶が浮かんでいる。ちなみに場所を奪われた漁港は東側に拡張されている最中で、漁師達が事情に理解を示ししていることもあり大きな騒動にはなっていないという。
今日も漣次郎の立つ埠頭には、大勢の騎士が行き来している。
「んー?レンジロウじゃねぇか。何してんだお前」
埠頭に1人佇む漣次郎の背後から、聞き覚えのある声。
漣次郎が振り返ると、そこには黒い猫耳の騎士が。
「あれ、ワールじゃん。お仕事中かな?」
「いやいや、オレ等の中隊は見張りを終えて基地に戻る所だ。ルゥイはもう帰ったが、ちょっとオレは野暮用で残ってんだよ。お前は?」
「僕は埠頭の砦とかをちゃんと確認しておこうと思って。遠目には見た事あるけど、こうして間近に見たのは初めてなんだ」
漣次郎がここに来た理由…というより、そもそも彼がここに居る理由。
それは、特務隊が正式にフィズン騎士団へ出向となったからだった。
“秘伝術の魔法陣を探す”という発足時の目的を既に果たした特務隊。
そのまま解散でも良かったこの隊だが、ミューノとココロンが“残る”と言ってくれたお陰で解散せずに済んだのだ。そうしてビスロの意向でフィズン騎士団に協力し、魔族の襲撃を迎撃することになっていた。
そしてこの場所には、その為の“魔法陣”がある。
「で、これを見に来たって訳か」
「そうだね。発動実験の結果、迎撃に一番向いているのがこの秘伝水術だったらしいから…」
フィズン港の、本当の北の端に当たるこの場所。
この場所の地面、石畳の上には…塗料で大きな魔法陣が描かれている。
「これがその魔方陣か。王家の古い記録によると『オーシャン・レイジ』という名の魔法らしいね」
「ふーん、名前は初めて聞いたぜ。ちなみにどういう効果なんだ?」
「あれ、それについてマシェフ様から説明とか無かったの?」
「何もねーぞ。ただ“発動時は総員退避せよ”とだけ言われてんな」
(…成程ねぇ)
首を傾げるワールをよそに、秘伝水術の効果を知る漣次郎は1人納得する。
秘伝水術『オーシャン・レイジ』は、津波を起こす魔法だったのだ。
媒体の量や魔法陣の規模で効果の大小が変わる秘伝術…水術の媒体である真珠は養殖可能なのでフィズン騎士団が大量に保有しており、魔法陣のサイズもこれで十分。この条件で発動すれば、フィズン北海に向けて大きな波を起こせるはずだ。
しかし…魔族が保有している秘伝火術の名はどうやら『クリムゾン・レイン』というらしい。古い記録にも実態が残されてはいないが、漣次郎は“流星群の下でならデルゲオ島から届く”という仮定を立てている。
デルゲオ島で発動した秘伝火術は…恐らく、海を越えるために上空を飛来するだろう。そうなれば海上で波を起こしたところで、それを防ぐのは不可能だ。つまりこの秘伝水術は…秘伝火術に乗じて侵攻してくるであろう魔族を迎撃するための物。ここの砦も、秘伝火術を耐える用なのだ。
そして、それに伴う漣次郎の懸念。
(恐らく高空から来るであろう秘伝火術、だけどそれを直接防げる秘伝術は結局無かった。つまり防衛にはテルルの異能を使って超級以下の魔法を使うしか無いけど…)
現状もうテルルを前線に出さざるを得ない…それは以前からの悩みの種。しかし今の漣次郎には違う悩みがある。
“これに失敗したら、魔族は滅ぶ”。
フェリアに言われたあの言葉が、漣次郎に突き刺さっていた。
「やあ皆、いつか皆がここに戻ってくると俺は思っていたよ!ただフェリアが居ない事については残念でならないけどね…」
漣次郎が港を見ている同時刻。
フィズン基地の敷地の端…元“女性兵舎”であるこの場所に、小隊長のルゥイが来ていた。今日の彼はちゃんとした騎士の正装で、赤色のマントを羽織っている。
そして…それを出迎える者が3人。
「あたし達もう騎士じゃないですけど、特務隊として頑張るので改めてよろしくお願いしまーす!」
「わたしもできる限りのことをしますので」
「テルルもがんばるよ。よろしくね」
そこに居たのは、漣次郎を除く特務隊の面々だった。先日のフィズン西山調査でもここを使った皆だったが、特務隊の騎士団出向でも再び使わせてもらう事になったのだ。特務隊がフィズン入りしたのは今日の事で、それを聞きつけたルゥイが任務上がりに寄ってくれたのだった。
隊服に付いた雪を払って兵舎に入ってきたルゥイは、屋内を見回す。
「あれ、レンジロウはどこに居るんだい?」
「レンさんなら埠頭に新設された砦の様子を見に行きましたよ?」
「おぉ!?俺はさっきまで任務で港に居たけれど、レンジロウを見かけなかったよ?」
「じゃあたぶん入れ違いになったんですね」
「うーん、まあいいさ。明日の朝にでもまた寄るよ」
そう言いながらも、ルゥイは何やら妙な模様の入った木箱を持っており、それを兵舎1階の大机にどかりと置いた。
「はい、これ転属お祝いね。俺の小隊一同からだよ」
「え、そんなご丁寧に」
「レンジロウにも宜しく言っておいてね」
「でもルゥイさん、明日また来るんですよね?」
「それでも一応ねー」
そう言いながら、ルゥイは爽やかに兵舎を後にした。
「え、なにこの瓶詰の山は」
「ルゥイさんからでーす。フィズン基地に配属になったお祝いだそうですよ?」
「あらら、義理堅いね」
「ちなみにですけどレンさん、これかなり高価な奴ですよ」
「うぇっ!?さ、流石貴族の末息子だね…」
日没の後漣次郎が兵舎に戻ると、そこには妙な木箱と多種大量の瓶詰が机に積み上げられていたのだ。既に夕飯の為に食材を基地外から買い込んできていたミューノとココロンが調理を行っており、早速いくつかの瓶詰はそれらに活用されていた。
「なんというか…ルゥイは見かけによらず丁寧だねぇ。なんか貴族感が無いんだよなー」
ルゥイは優男風の美形でしかも名家の貴族という男だが、彼は貴族という自覚が薄いのかとても腰が低い。だからこそ漣次郎も彼を気兼ねない友人と認識している訳だが。
「レン、これおいしいよ。テルル貝好き」
「ちょっとテルちゃん!?つまみ食いはダメだよー!」
「少しだけだもん」
あまり料理が上手じゃないテルルは、台所の端っこで瓶詰の中身をつまんでいる。それを咎めながらもミューノ達の手際は見事なもので、順調に料理が進められている。
「さあ、ちょっと早いですけど夕飯にしましょうか」
「そうだね」
漣次郎も準備に加わり、木製の食器を並べる。
その夜、フェリア小隊の頃に使っていた自室でミューノは寛いでいた。
かつてパルサレジアの任務で夜中の諜報を行っていたミューノは寝付きが悪く、部屋の机で普段使いの魔法媒体の手入れをしていた。
そんな彼女の部屋の戸を、誰かが叩く。
「…ミュー、起きてる?」
「ココ?」
「入ってもいい…かな?」
「いいよ」
来訪者の正体は…ココロン。
彼女はちょっと困ったような表情をしており、部屋に入ってくるとそのままミューノのベッドに勝手に座り込む。
部屋に備え付けの机に向かっていたミューノだが、ココロンが無遠慮なのはいつもの事なので気にしない。彼女は椅子に座ったまま振り返り、浮かばない表情のココロンに声をかける。
「どうしたのココ、こんな夜中に」
「ちょっと気になることがねー」
「ココが悩み事なんて珍しいね」
「ひどーい、いくらあたしだって色々悩むよ?」
「ふふ、冗談だって」
「もー…」
軽口を叩き合う2人だが、ココロンの表情は晴れない。
そして、彼女は重い口を開く。
「あたしじゃなくてさぁ…レンさん、なんか悩んでない?」
ココロンのその懸念は、ミューノも考えている事だった。
「…それはわたしも思ってる、レンさんやっぱり島に行ってから変だよね。折角効果も分かった秘伝術に関してもそこまで食い付かなかったし、今日もなんか1人でフィズン港に行っちゃったし」
「だよねだよね、ミューもそう思うよね!?レンさん夕飯の時もどこか上の空だったし!」
ココロンの言う通り、ここ数日の漣次郎は様子が変だった。
漣次郎がテルルと共にデルゲオ島へと渡ったあの日。
島から戻った早朝…彼はカイン王の呼び出しに応じ、秘伝土術の痕跡確認をしに行き、その日の晩にはビスロの指示で特務隊のフィズン出向が決まっていた。しかし…その大変な1日の中でも漣次郎は何か別の事を考えているようだった。
自分からは何も話しそうにない漣次郎。
しかし、一応ミューノには考えがある。
「テルルちゃんはレンさんの悩みに心当たりがあるみたい」
「そうだねぇ…あの娘はレンさんを一番見てるから」
漣次郎と共にデルゲオ島へと渡ったテルルは、どうやら彼の悩みが何となく分かっているようだ。しかし彼女は基本的に漣次郎の意志に沿うので、それを話してくれる事は無かった。
ココロンは困ったように、ミューノのベッドに倒れ込む。
「でもテルちゃんはきっと話してくれないよなぁ…。テルちゃんはレンさんの事なら強情だから」
「そうだね、だけど…」
ミューノも同意見ではあるが、彼女は既にテルルと口裏を合わせていた。
『レンが話したくないならテルルは何も言わないよ。でも、テルルとしては皆で協力した方が良いと思うの。テルルがレンと話してみるよ』
ミューノはテルルを信じ、託していた。
いずれにせよ…今は魔族の侵攻に備える大事な時期。身体能力以外ならあのフェリアに近い才能を持つ漣次郎の力、フィズンの防衛には絶対必要だった。
「無事に帰ってきたならちゃんとそう言え。儂も流石に心配したぞ」
「す、すみません。王都の方も色々あしまして…」
翌日、漣次郎はテルルを連れてまたサルガン宅へとやって来ていた。
先日デルゲオ島行きの準備をここで行った2人だが、島から直接ビスロ邸に帰ってしまったのでサルガンに帰還の報告が出来ていなかったのだ。その辺が申し訳なかった事もあり、2人できちんと報告に来たのだ。
「やっぱりここは寒いね、おじいちゃん」
「王都やフィズンに比べればここは標高が高いからな。だがお前さんは毛皮のお陰で寒さには強いだろう?」
「まあね、テルルは暑いほうが嫌い」
農作業も無いので、冬場のサルガンは狩猟を主な生業にしている。しかし今日のカシナ村周辺は生憎の雪模様で、老体のサルガンは自宅で暖を取っていた。
暖炉の前のサルガンは、鋭い視線を漣次郎に向ける。
「…で、どうだったデルゲオ島は?」
「そうですね、僕にとっては興味深かったです」
サルガンに促され、漣次郎は島で見聞きした事や秘伝術の秘密を彼に伝えることにする。
まだ昼間のレーヴェット山脈は、降り注ぐ雪のせいでとても静かだ。部屋の中では暖炉で薪がパチパチと音を立てており、その傍で漣次郎がデルゲオ島の事や秘伝術の事を話していた。
「デルゲオ島か…かつて“魔の侵攻”以前に、当時ワルハランに置かれていたという騎士団が一度だけ調査に行ったらしい。僅かに残っていた当時の調査記録を儂も見た事があるが、概ねレンの話通りだったな」
暖炉の前に置いた椅子に腰掛けて黙って聞いていたサルガンは、顎髭を触りながら深く頷いている。
「やはり向こうも秘伝術の魔法陣を用意していたか」
「ええ。そしてフィズン魔術師団も、発見された秘伝術の発動実験に成功しています。魔族もシュレンディアも双方既に準備は整っており、あとは冬の“流星群の日”が来るのを待つのみ…という状況ではあります」
「そしてお前さんら2人も、特務隊として戦線に並ぶと」
「そうなります」
「…」
夏に漣次郎が拾ってからずっとテルルの面倒を見てくれていたサルガンは、テルルが戦場に立つのを良く思っていないようだ。しかし眉を顰めている彼だが、テルル本人が乗り気なこともあって特に異を唱えはしなかった。
「まあ、お前さんらが納得しているのであれば儂から言う事は無い」
そう言うとサルガンは、それ以上の事を何も追求しなかった。
「久しぶりのレーヴェットも良いね、レン!」
「この時期は雪ばっかりみたいだけどね」
「テルルは雪好きだよ?」
「僕も子供の頃は好きだったけど、今はなぁ…」
久しぶりのサルガン宅という事で、妙にテンションの高いテルルに引っ張られて漣次郎はサルガン宅周辺の山中を散策している。降り注ぐ雪は乾いた粉状で、量も大した事無いので2人は軽装だ。
葉が完全に落ちた冬の木立の間を、2人はゆっくりと雪を踏み締めながら歩く。“デルゲオ島も結構雪降る”とテルルは言っていたが、それにしては楽しそうに尻尾を振りながら彼女は雪と戯れている。
というかそもそも、今日ここに来たいと言い出したのは彼女だった。
「…こんな時に、フィズンを離れちゃって良いのかなぁ?」
雪玉作りに精を出すテルルを尻目に、漣次郎はぼそっと呟く。
冬の流星群の日が近付き、特務隊が正式にフィズン出向となっている今…漣次郎は焦りや迷いでいつも頭を悩ませていた。
今の状況でフィズンは大丈夫なのか?
ミューノやココロンを巻き込んでしまっていいのか?
フェリアの言う通り、これを防いだら魔族は滅ぶのか?
(僕のやろうとしている事は、果たして正しいのか…?)
フェリアの企みを阻止するために始めたこの戦い。だがしかしここに来て漣次郎は、事の大きさに尻込みをしていた。
「レン、悩んでるの?」
その時突然、雪を弄っていたテルルが手を止める。
彼女の深紅の眼が、じっと漣次郎を見据えていた。
ぼんやりと考え事をしていた漣次郎は、テルルの不意打ちに何も答えられなかった。呆けた彼を見つめるテルルは、手と服の雪を大雑把に払って立ち上がる。
「ミューお姉ちゃんもココお姉ちゃんも、レンの事を心配してた」
「テルル…」
「テルルはね、レンの話を聞きたいな」
「…」
どうやらテルルは…最近悩んでばかりの漣次郎を心配し、気分転換の為に今回のレーヴェット行きを提案したようだ。そんな彼女の姿に、漣次郎は感嘆する。
(テルルは本当に成長したなぁ、僕はこんな悩んでばっかりなのに)
テルルに気を遣わせるのは、漣次郎も本意ではない。
それに、いつまでも溜め込んでいるのは良くないとも理解している…ということで、漣次郎はテルルに色々と吐き出す決心をする。
「何かね、僕がここまでして良いのかなって…改めて考えちゃったんだ」
漣次郎とテルルはサルガンの家に戻り、テルルが間借りしていた小部屋に2人で来ていた。漣次郎は木製の椅子に腰を掛け、彼の話をテルルが寝台に座って聞いている。
「そもそも…僕は“この世界と無関係の異世界人”じゃん?しかも人間側に立っている理由だって、フェリアが僕を利用して、それに対抗する形でここまで来たってだけだし。もし僕がデルゲオ島に降り立ったとしたら、その時は魔族の為に戦ったかもしれない」
秘伝術捜索の過程で“魔の侵攻”の真実を調べる内に、漣次郎はもう魔族を“完全な悪”とは考えなくなっていた。
そしてそれ故に、自分の立場を考え直していたのだ。
「秘伝術が見つかったとはいえ…別に魔族の侵攻を防げると決まった訳じゃ無いし、まだまだ難しい状況だとは僕も思うよ?シュレンディアの為に戦う現状だって、大事な人達と一緒に頑張るのは僕自身の願いでもある…だけどさ」
「レンはあのフェリアって人の言葉が気になるのね?」
「うーん…」
漣次郎は腕を組み、首を傾げている。
魔族の歴史だと、元々友好だった人間と魔族の関係を破ったのが勇者アルヴァナ…という事らしい。今までの特務隊の調査でそれの信憑性も上がっており、魔族が被害者…と考える事もできた。
しかし“魔の侵攻”で、魔族がシュレンディアの広域を蹂躙したというのも事実だ。漣次郎としては今更どちらが正義と言う気も無かったが、自分がその状況に関わる立場に居るという点に思うところがあった。
漣次郎の話を聞きながら、テルルは何かを考えている。
目を閉じて頭をゆっくりと左右に振り…小さく唸っている。彼女は自分の尻尾を弄りながら、上手く言葉を纏めている。
「テルルはね…テルルがここに居ることに意味があると思ってる」
「…どういう事?」
テルルの言わんとすることが、漣次郎には良く分からなかった。
当のテルルは構わずそのまま続ける。
「テルルはデルゲオ島に住んでて、嵐でフィズンに流されて…そしてレンに拾われた。貴方に出会わなかったら、きっとあの日テルルはあそこで死んでたよ」
「他の騎士より先に僕が君を見つけたのは、正直偶然だったけどね…」
「テルルはそう思わない」
テルルの眼に迷いは無い。
「テルルだから、元の体に戻ったレンが分かった。テルルだからラージェ様を説得できた。だからねレン、今ここでテルルが魔族と戦う立場に居ることにも…きっと意味があると思うし、あって欲しいと思うもん」
そう言うとテルルは寝床から立ち上がり、漣次郎に歩み寄る。
「ねえ、レンはそう思わない?」
テルルは漣次郎の手をそっと取る。
「異世界人のレンがこの世界に来て…ラージェ様に利用されたけど、殺されずに生き残ってここまで来た。レンが居なかったらこれはただの“魔族と人間の戦い”だったけど、貴方が居るから…そうじゃ無くなるかもしれない」
「…僕にしかできないことがある、そう言いたいの?」
「そう」
テルルはそのまま、ゆっくりと漣次郎に寄り添う。
「レンにしかできない事がきっとあるよ。例えばこの争いを、何かすごい方向に持っていけるかも」
「僕にそんなことできるのかな…?」
「異世界人のレンが魔族のテルルと出会って、こんなところまで来た…テルルはそれにも意味があると思うし、あって欲しいと思うもん」
「あはは…僕は“異世界人の自分が関わり過ぎないほうがいい”って思ってたけど、テルルは“異世界人のレンだからもっと干渉したほうがいい”って考えなんだ」
「うん」
テルルの言葉に、迷いは無かった。
狼少女の語るそれは、まるで『運命』。
漣次郎の転生、テルルと彼の出会い、そして紙一重で生き残った事…。それの全てに意味がある可能性をテルルは語った。
だが、流石の漣次郎もそこまでは考えていない。自分はたまたま“フェリアに近い魔法適性を持った人間”に過ぎず…ここまで来たのも流されながらであり、あくまで偶然の重なり程度にしか考えていなかった。
しかし…。
(僕にしかできない事か、確かにそういうのも悪くないよね。よく考えれば今までだって、僕だからできた事が沢山ある筈。ならば、魔族の侵攻に対してだって何かできるかも…?)
例えば、フェリアが転生先として漣次郎を見つけられなかったら。
きっと魔王は秘伝火術を軸にした侵攻を断念し、フェリアをより王政の深部に入り込ませただろう。そしてワルハランの火種も利用して、シュレンディアを内側から蝕む策と取ったと思われる。
それか、漣次郎がラージェに始末されていたら。
そうなれば魔族は難なく黒曜石を手にし、冬の流星群の日にフィズンを襲撃しただろう。フィズンの防人は経験の浅いマシェフで、“魔の再来”と同様にフィズン騎士団は魔族に敗れたかもしれない。
しかし…今ここには漣次郎が居るのだ。
漣次郎は立ち上がり、拳を握り締める。
「確かにテルルみたいに考えたほうがいいかもね。魔族がどうとか、フェリアがどうとか…そういうのは一旦いいや。僕には僕にしかできない事があるかも!」
目に光が戻った漣次郎を見上げ、テルルは満面の笑みだ。
「それが良いとテルルも思うよ。特務隊の皆にも相談してみようよ」
「そうだね」
テルルに勢いよく抱き着かれてよろめく漣次郎だが、何とかこらえる。
そして、彼女の髪を優しく撫でた。
ただの“フィズン防衛”とは違う道。
漣次郎は、自分の異能と魔法でしかできない事を考え始める。
こんな所まで一緒に来て頂けた方に多大な感謝を。
だいぶ暖かくなってきてわかめも伸び伸びしています。




