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その63 絶海の孤島

黄金祭の時、フェリアが漣次郎をデルゲオ島へと誘った。

彼女の言葉が罠とも思えなかった漣次郎は、それに乗って魔族の島を目指すことに…。

 ヅェニワラとラージェが箱庭に去った数日後。


 表向きの任務が終わってしまった特務隊は“一時待機”となっており、今は拠点にしているビスロ邸に留まっている。しかしビスロの方針決定次第で、騎士と共に戦うためフィズン行きとなる予定ではあった。

 しかし今日、ビスロ邸に漣次郎とテルルの姿は無かった。




「ごきげんよう!レンジロウは居るかしら?」


 まだ正午にもならない時間、突然ビスロ邸の一角に借りている特務隊の談話室にアイラ姫が突撃してきた。しかしそこに漣次郎とテルルはおらず、ミューノとココロンがのんびりとしていた。

「アイラ様ごきげんよう!でも残念ながらレンさんとテルちゃんはお出かけしてまーす」

「あらそうなの?残念だわ、妾はレンジロウの居たっていう世界の話を聞きたかったのにー!」

「特務隊は“秘伝術”を見つけてしまいましたからね、フィズン騎士団と調整が付き次第そちらに配属になりますけど…その間はここで待機です。その間暇なのでレンさんはテルルちゃんと一緒に箱庭に行ってますよ」

「なんで箱庭…ああ、きっとラージェの為ね?」

 漣次郎はテルルを連れて“朧の箱庭に行く”とビスロに告げていた。あそこに住み始めたばかりのラージェを気にして、という事なのだろうが…。

 珍しく漣次郎目当てにやってきたアイラ姫は、つまらなさそうに口を尖らせる。

「もー仕方ないわね!ねえミューノにココロン、妾のお忍びに付き合ってくれないかしら!?」

「…やっぱり黙ってお城を抜け出してきたんですね」

「いいじゃない!お姫様も楽じゃないんだから!」

「わかりましたー。じゃあ早速変装しましょーか!」

「わたしまだ足の怪我が完治して無いんですけど…って、聞いてないし」

 ココロンが手伝って、アイラ姫は地味な姿へと慣れた様子で着替え始める。

 そんな2人を尻目に、ミューノは東側の窓から外を眺める。


 漣次郎の本当の目的…それをミューノもココロンも知っている。

 ビスロには何も言わなかった彼だが、目的はデルゲオ島だった。海の彼方の孤島に渡るため…今は“朧の箱庭”ではなく、レーヴェット辺境にあるサルガン宅でその準備をしている筈だったのだ。











「急に来たと思ったら、とんでもない事を始めおって…」


 その頃、漣次郎は久しぶりのサルガン宅で諸々の準備を進めていた。

 漣次郎はラージェから貰った“デルゲオ島近海の海図”を頼りにしているのだが…話に聞く通り、やはりそこは絶海の孤島という言葉通りの場所のようだ。

「シュレンディアの古い記録にも僅かに情報が残ってはおるらしいが、デルゲオ島はフィズンのほぼ真北、周囲に何もない孤島のようだ。フィズン北海は元々海流が荒く、漁船もあまり沖までは漁に出んそうだ」

「ラージェの情報もテルルの証言もほぼその通りですね。だから向かうとしたら…上級白術『アーク・ウィング』しか無いでしょうね」

「そうだな、フェリアもきっとそれで海を渡ったのだろう」

 漣次郎はフェリアの誘いに乗り、デルゲオ島に行くつもりだった。

 しかし周囲に無人島どころか岩礁すら碌に無いというデルゲオ島…向かうには上級白術による飛行以外に手は無かった。しかしこの冬の海を生身で渡る以上、それなりの装備が必要だったのだ。


 そしてその当てが、漣次郎にはあった。

「レン、前に雪山登りをした時の道具がそのまま使えそうだね」

「そうだねテルル、防寒着はあの時のままで大丈夫そうだ。だけどできるだけ装備は軽いほうがいいから、そこは上手く選定しよう」

 漣次郎もテルルも、2人揃って上級白術が使える。

 しかし流石に、非常に目立つ上に混乱を起こすテルルの異能『スターダスト』までは使いたくなかったので、上級白術を交互に使うという方法で海を渡る…というのが漣次郎の考えだった。




 しかしサルガンはというと、乗り気な2人を呆れた感じで眺めている。

「命知らずな…敵の罠かもしれんのだぞ?」

「“姉様はきっと本気で漣次郎を誘っている”…ラージェはそう言っていましたし、僕もそう思います。それにいざとなったら異能で一気に逃げ帰ってきますよ」

「楽観的だな、だがとにかく警戒することだ」

 心配をするサルガンも、漣次郎を止めるのを諦めているようだった。

 それに漣次郎自身だって、そこまで無理をする気は無かった。幼いフェリアにもできた渡海を、彼はそこまで心配していなかった。








 その夜、サルガン宅に残っていた私室の寝床で漣次郎は寝そべっていた。

 テルルは相変わらず漣次郎にべったりで、ここにはサルガンの用意した部屋もあるというのに一緒の寝床で寛いでいる。カシナ村はそこそこ標高が高いので冬季の今は寒く、体温の高いテルルは丁度良い暖かさで漣次郎も有難かった。


「ねえテルル、もう一回デルゲオ島の事を教えてよ」

 デルゲオ島行きを間近に控え、漣次郎はテルルを構いながら彼女に島の事を尋ねた。テルルは丸まってもう眠る体制だったが…欠伸をしながらのっそりと目を開けた。

「…テルルもあまり歩き回ったこと無いから、あんまり分からないよ?」

「それでも良いよ。分かる範囲で教えて」

「ん…」

 目を擦りながら体を起こしたテルルは、自分の尻尾を抱えて弄りながら首を傾げている。拾った当時よりだいぶ表情豊かになった彼女は、島の事を考えながら苦い表情をしている。

「デルゲオ島は…何も無いよ」

「それは確かに前にもちょっと聞いたね。でも、もっと詳しく分かることがあるなら何でもいいからさ」

 これから向かうデルゲオ島だが…正直な所、情報はラージェとテルルの証言のみだった。シュレンディアの古い伝承も“島が存在している”事位しか無いので、どういった場所なのかが分からないのだ。


 先日ラージェを箱庭に送った際。

 フェリアの誘いに乗ると言った漣次郎の為に、彼女は島の地図と島までの海図を簡単に用意してくれたのだ。ラージェも“島は何も無い所だ”と言ってはいたが…。




「デルゲオ島はね…ずっと平らで、何も無くて、ちょっとだけ森のある島だよ」


 テルルは漣次郎の寝床に座りながら、自分の尻尾を抱き抱えている。

 島での暮らしが幸せとは言えなかったらしいテルルにとって、当時の事を思い出すのはまだ辛いのだろう。それでも漣次郎の頼みなので協力してくれるのが彼にはありがたかった。

「デルゲオ島か。今まで聞いた話だと…フィズンのはるか北にある絶海の孤島で、魔族にも暮らしにくい土地で、異能を基準にした階級があって、そして人間も住んでいるらしいね。そして魔王が異能でフィズンを定期的に襲撃しているって」

「だいたいそんな感じだね。テルルはお母さんの異能がすごかったからいい暮らしをしていたけど…お母さんが死んじゃって、テルルが異能を12歳までに発現しなくて。それでその後は異能の弱い人たちの村で住むことになって…」

「そこがきっと島の東側なんだね。僕がラージェに聞いた話だと…島で魔族が住んでいるのは東の端だけで、西側には何にもないって」

「テルルもちゃんと見た事無いけど、ラージェ様も“とても住める場所じゃない”って」

「でも魔族って人間より体が丈夫だよね?そんな魔族でも住めない土地なのかい?」

「みたい」

「そっか…」

 テルルは漣次郎に背を向けているので、彼はテルルの灰色の髪を結んでいるリボンを外し、その髪を梳かしている。しかし手を動かしながらも、漣次郎は考えを巡らせている。

(魔族でも住めない土地…か。でもラージェが言うには“魔族は湿地だったフィズンを開拓した”って話だし、デルゲオ島の土地だって開拓しているんじゃないのかな?)


 “魔の侵攻”は、約200年前の話だ。

 いくらデルゲオ島が不毛の地だとしても、広大な湿地すらものともせず開拓したという魔族が島を開拓しないとは思えない。そんな魔族すら手を焼いているらしいデルゲオ島に、漣次郎は思いを馳せる。











 翌日早朝、日の出前。

 ビスロ邸に居るミューノは、窓際で心配そうに北の空を見つめている。


(レンさん、大丈夫なのかなぁ?)

 半開きの窓からは、冬の空気が流れ込む。

 未明の王都は曇天で風は吹いていない。しかしミューノの吐息は白く、厚着の彼女は腕を摩っている。

(“デルゲオ島に行ってくる”…レンさんは軽く言っていたけど、普通に考えたら無謀だよね。どれだけ遠いかも分からないし、こんな寒いし、ちょっと方角を間違えたら辿り着かないし…。フィズン北海は小島も無いから休憩すらできないよ?)

 ミューノはかじかむ掌を、吐息でそっと温める。

(でも…何だかんだレンさんならやっちゃう気もするなぁ。あの人妙に強運だし)

 しかしそう思いつつも、ミューノは漣次郎の真意を掴みかねている。

 ミューノとしては漣次郎と共にフィズンで魔族を迎え撃つ気満々だったというのに、“デルゲオ島を見てみたい”という漣次郎の考えが良く分からなかった。




「あれぇ…ミュー早起きだねぇ…?」

 そんなミューノの背後から、寝ぼけ眼を擦るココロンの姿。

 ミューノはココロンに気が付くと、寒いのでとりあえず窓を閉めた。

「ココ、もしかして起こしちゃったかな?静かにしてたつもりだったけど」

「なんか起きちゃったぁ…」

 無防備に大欠伸をするココロンが可愛らしく、ミューノは顔を背けながらにやつく。寝ぼけているココロンはそれに気付かず、ボーっと窓の外を眺めている。

「レンさんとテルちゃん、今頃どの辺だろうね?」

「“暗いうちに近付けるよう夜中に飛んでいく”と言ってたね」

「寒そう…あたしだったら死んじゃう」

「上級白術が風よけになるからそこまでじゃないとは言っていたけど、それでもしっかり防寒はしてるでしょ。磁針盤も用意したって言ってたから方角も間違えないだろうし、無事に到着はするんだろうけど…」

 予定では夜中に出発している筈の漣次郎。

 まだ見ぬ海の果てに、ミューノは複雑な思いを抱える。




 その時。

 どこか遠くから轟く地響き。

 王都の北東、フィズンの方角に土煙が上がる。














「さむーい!」

「寒いねテルル!」

「暗いぃ!」

「ホントだよ!」

「でも、楽しいよー!」


 月の無い曇天の夜空。

 漣次郎とテルルは、荒れる冬の海を眼下に見ている。




 2人は今日の深夜にサルガン宅を出発して渡海を決行していた。

 漣次郎は予めレーヴェット北部の人気のない場所に目星を付けており、そこへ一気に異能で移動したのだ。そしてそのまま漣次郎はテルルを抱え、上級白術で海へと飛び出したのだった。

 ラージェの助言からすると、この調子なら夜明け頃に目的の島に着く予定だ。今はテルルが上級白術を使っているので漣次郎は休憩中だ。




 月も星も無いこの夜は、圧倒的な暗闇だ。

 漣次郎には上下殆ど何も見えておらず…自分達が風を切る音と、足元で唸る波の音が聞こえるばかりだ。しかし漣次郎に不安は無く、それは夜目の利くテルルが周りを常に見てくれているからだ。

「ねえテルル!」

 密着しているテルル相手にも、漣次郎は大声を出す。

 風切りの音がうるさいせいで、まともに会話すらできないからだ。

「なーに?」

 聞き返すテルルの声は楽しげだ。

 苦い記憶のあるデルゲオ島への帰還だというのに、何だかんだ彼女はこの旅を楽しんでいるようだ。

「まだ大丈夫!?代わろうか!?」

「平気だよレン!まだまだ飛べる!」

「きつくなるか、島が見えたら教えてね!」

「はーい!」

 テルルと対照的に、漣次郎は緊張している。


 しかし…漣次郎にとってこれはやはり危険な旅だ。

 今は漣次郎とテルルが交互に飛んでおり、島が見えたらテルルの低空飛行に切り替えて、漣次郎の異能で帰還できるだけの力を温存した状態で上陸する予定だった。

 魔族は漁でも島の東側に出るという話なので、反対側の西側を目指している漣次郎達は誰にも見つからない筈だ。しかし早朝とはいえ魔族に遭遇する可能性はあり…その際はテルルが“人間に助けられた”と一芝居する予定だった。


 漣次郎を背負う形のテルル。

 漣次郎の目には上下左右全て暗闇だが、テルルの目には周囲の景色が見えているのだろう。魔族の船や岩礁を探して貰ってはいるが…今のところ何も言わないので、眼下の海には本当に何も無いのだろう。

 小さくても岩礁があれば着陸して休憩という手も無くは無いが、やはり前情報通りそういうのには期待できそうも無かった。






 だんだん周囲が明るくなってくる。

 恐らく…まだ暫くは、何も無い暇な空旅だ。

 なので漣次郎は、テルルに聞きたかったことを聞いてみる。

「ねえテルル!」

「どうしたのレン!?」


「このままデルゲオ島に帰るのもいい…そう考えはしなかった!?」


 風を切って飛んでいたテルルが急停止する。

 やや白んできた空の下、広大な海の上空でテルルは漣次郎に向き直る。


「そんなのありえない」


 テルルの真紅の眼は真剣だ。

「家族も居ない、ラージェ様も居ない、帰ったところでまた下民…今更テルルの異能を島の為に使う気も無いよ」

「…でも君が魔族と戦う事になってしまうかもしれない、本当にごめんね」

「いいよ、テルルはレンと居られるのならそれでいい。シュレンディアでも普通に暮らせるようになったしね」

 テルルは晴れやかに言い放つ。

 彼女の言葉に、漣次郎はただ黙って頷いた。

 そして今度は、テルルからの逆質問。

「テルルもレンに聞きたいんだけど」

「何かな?」


「秘伝術ってのが見つかったんだから、もう良くなぁい?」


「…」

 テルルの言わんとすることは、先日のラージェの問いと同義だ。

 漣次郎がわざわざフェリアの誘いに乗り、デルゲオ島に行く意味は…正直無い。それでも今こうして彼方の孤島を目指している漣次郎の考えをテルルは問うているのだ。

 それに対する回答を、漣次郎はまだ上手く纏めることが出来ていなかった。






 その時、テルルは視線を北に向ける。

「…レン」

「どうしたの?」

「見えた」

「えっ!?」

 テルルの指差す先。

 若干明るくなってきたおかげで、漣次郎にも周りが見えるようになってきた。

 遥か海の向こうには…うっすらと島らしき影が見えていた。











 漣次郎とテルルは、何も無い広い砂浜に降り立つ。




 磁針盤を頼りに、2人は大回りして西側からその島へと上陸していた。

 海岸線は全て砂浜で、島の内陸は一面ずっと岩だらけだ。人工物らしきものは影も見えず、風と波の音以外は何もしない。

 その光景…漣次郎には見覚えがあった。

(これ、僕が“フェリア”だった頃に夢で見た光景だ。ここがデルゲオ島…)

 シュレンディアから飛び立った北海の彼方。

 ここがフィズンを脅かす魔族の住む島、デルゲオ島だった。


 流石にテルルは複雑そうな表情で、周囲を見回している。

「久しぶりに帰ってきたなー…」

「テルルはこの辺の事ってわかる?」

「わかんない、来たこと無いもん。そもそも島の西側は見ての通り何も無いし、来る意味が無いっていうか」

「…まあ、見た通りって事ね」

 漣次郎も周囲を見回すが、遥か東の方に僅かな森林地帯が見えるだけで、本当に平坦な岩場が延々と続いているだけだ。起伏すらほぼ無く、つまり漣次郎達が身を隠す場所も無いに等しい。

「レン、ちょっと休んだほうがいいよ。岩陰に隠れよう」

「そうだね…」

 夜通し飛行してきた2人だが、余裕があるテルルとは違い漣次郎はすっかり疲れていた。異能で帰るぐらいなら平気だが、もうちょっと調査をするために漣次郎は休憩することを選択した。




 不意にテルルが、耳を立てる。

「何か来る」

「え!?」

「飛んでくるよ、まっすぐこっちに!」

「…」

 実は漣次郎には、予感があった。

 島で出迎える者が居るのではないかと。

 なので彼はあえて隠れることをせず、正面からそいつを迎えることにする。


 岩だらけの平地の上、誰かが飛行して向かってくる。






 漣次郎とテルルのだいぶ前方。

 飛行してきた2人組が、ゆっくりと降り立つ。


「ようこそデルゲオ島へ。君なら必ず来てくれると思っていたよ漣次郎!」


 それは…フェリアとマリィルだった。

 フェリアは屈託のない純粋な歓迎の言葉を漣次郎にかけて来るが、傍に立つマリィルは明らかに漣次郎を警戒している。そして彼女は小声でフェリアに苦言を呈す。

「フェリア様、お戯れが過ぎますわよ?せめて魔王様にお伝えすべきかと」

「いやいや…漣次郎をここへ呼んだのは僕だよ?それじゃ無粋が過ぎる。マリィルも誰にも言わないでね?」

「ですがフェリア様…」

「いいから、お願い!」

「もう…仕方ありませんわね」

 困り果てた表情でフェリアの半歩裏に身を引くマリィル。

 彼女のふわふわな金髪と白い兎耳が、海風を受けて靡いている。


 漣次郎と対峙するフェリアは…丸腰だ。

 彼女の冬の装いは海獣の皮を使ったものらしく、シュレンディアに居た頃とは雰囲気がだいぶ違う。紅い髪はちょっとだけ伸びた印象で、今も不敵な笑みを崩さない。まるで漣次郎が今日ここに来ることを予め知っていたようだ。

(不思議だな…僕も正直、なんとなく来ると思っていた)

 魔法適性が近いだけ…。

 フェリア達が転生先として漣次郎を選んだ理由はそれだけの筈だが、それ以上の“何か”を漣次郎もフェリアもお互い感じているようだった。


 そんなフェリアの関心がテルルに向いた。

「やあ、君がテルルだね?初めまして、僕はフェリア…魔王トワナグロゥの娘で、ラージェの幼馴染さ!」

「な、なんでテルルの事を…!?」

「だってラージェがしょっちゅう話していたからさ。僕は君の母上のフェイルさんになら会った事あるけど、君と会うのはこれが初めてだね」

「…」

 フェリアを睨み、毛を逆立てるテルル。

 その様子を見て、フェリアは目を細める。

「…君は自分の意志で、その道を選んだんだね」

「テルルはレンを守るから」

「大丈夫大丈夫、今日は漣次郎に島を見て欲しかっただけだから」

 手をひらひらとさせ、フェリアは爽やかに笑って見せる。

 彼女の意図だけは、未だに漣次郎にも分かっていなかった。











「この島を実際に見て、漣次郎は何を思ったかな?」


 遮るものが何も無い、平坦なこの島。

 フェリアの服と紅い髪が、海風に晒される。

「何って、話に聞いた通り何も無いなぁって…」

「そうだね。この島に転がる岩塊の大半は金属を多く含んでいてね、島の9割以上は植物が生える土地じゃ無いのさ。この不毛の地では湧く水も魔族にすら有毒なものばかりで、人間に至っては漂う毒気で倒れてしまう場所すら存在するよ」

 漣次郎の中身の無い返答でも、フェリアは実に満足そうだ。緑青のようなものがへばりついた石を足元から拾い上げ、それをまじまじと観察している。

「君が今やっているのがどういう事かを、ちゃんと理解して欲しいんだ」

 フェリアは髪を抑えながら、光彩の細い人ならざる金眼で漣次郎をまっすぐ見つめている。




「漣次郎はさ、なんで魔族がフィズンを欲しがっていると思う?」

 フェリアが視線を南方…シュレンディアの方に向ける。

 漣次郎は少し考えるが、答えは最初から決まっている。

「フィズンが元々魔族の地であり、それにこの島が暮らし難いから…じゃないのか?」

「うーん…ちょっと違うかな」

「ラージェはそう言ってたけど?」

「確かにそれも間違ってはいないんだけど、本質はそこじゃない」

 フェリアは視線を漣次郎に戻す。


「例えば…今から100年後、人間と魔族はどうしているかな?」


 質問ばかりのフェリアに困惑しながらも、漣次郎はその意味を考える。

「…シュレンディアはきっと、魔族の襲撃を退け続けるよ。100年後も今みたいにいがみ合っているんじゃないかな」

「ふふふ…」

 フェリアは口元に、僅かな笑みを浮かべる。


「僕はね、魔族が滅びていると思うよ」


 フェリアは悲しそうに、視線を下へと落とす。

「君も見ての通り、このデルゲオ島には何も無い。魔族の文化や技術は、約200年前の大戦後から殆ど進んでいないんだ。その間シュレンディアは発展を続けて、特に戦力に関してはもうどうしようもないくらいに差が開いてしまっている」

「そ、そうなのか…?」

「今は父上が異能『サモンスレイヴ』でフィズンを牽制しているけどさ、あの人ももう晩年と言って良い歳なんだ。父上が死んでしまえば魔族側から仕掛ける手段は無くなり、シュレンディアはすぐにフィズンの戦力を防衛用から侵攻用に切り替えるだろう」

「それは…きっとそうだね。カイン王もデルゲオ征伐を望んでいるから」

「今のシュレンディアの技術を考えると、まだ安定してデルゲオ島まで渡れる船は造れないだろう。だけどそれは時間の問題で、造船技術が発展してしまえば、迎撃手段の乏しいデルゲオ島の魔族はただ滅びを待つだけになるだろう」

「…」

「分かるかい漣次郎?今フィズンを手に入れられなければ、きっと魔族は滅びるんだ…まあ、箱庭には少しだけ生き残るんだろうけど。要するに君のやろうとしているのはそういう事さ」

 フェリアのさばさばとした言い草。

 漣次郎はそれに応えることが出来なかった。




 何も無い岩の平地。

 漣次郎とテルル、フェリアとマリィルの4人は…ただ黙って向かい合う。

 今のフェリアの話を聞いて、漣次郎にはどうしても確かめたいことがあった。

「あのさ、フェリア…」

「何だい漣次郎?」

「魔族を滅びから救う…それが君の願いなの?それとも君の遠い兄になるロディエルの仇討ち?あるいは父親である魔王の望みを叶えたいの?」

「…」

 フェリアは相変わらず飄々としている。

 その表情に、とても“魔族の滅びを憂う”感じは無い。

「正直に言って、今を生きる僕らにとって過去の話はどうでも良いよ。アルヴァナがどうとか、ロディエルがどうとか、そんなの考える意味は無い」

「まあ、それは僕も同感だけどさ」

「僕にとって大事なのは…島の皆が苦労をしていて、僕も父上もそれが悲しいって事。僕は皆の幸せのために頑張っているんだよ」

「でも…」

 漣次郎は聞いて良いか迷いながらも、フェリアに聞いてしまった。


「君の異能『アストラル』は…それを叶える力じゃ無いよね?」


 フェリアは目を丸くして黙り込む。

 漣次郎は続ける。

「異能はそいつの願いに沿ったものになる…そうだろう?でも君の異能は“遠くに瞬間移動する”力であって、魔族の未来に関わるものじゃないから」

「ふふふ…」

 驚いていたフェリアだが、彼女の表情は悲しげに変わる。

「異能は必ず願いを叶えてくれる訳じゃあ無いからね」

「フェリア…?」

 フェリアはふっと息を短く吐くと、急に不敵な笑みを浮かべた。


「まあ、あとは君次第だね。僕は冬の“流星群の日”に、父上の決行する“焦天作戦”の先鋒としてフィズンに攻め入るよ。次に会う時、僕等は敵同士さ」


 フェリアの人ならざる金の眼が、鋭く光る。

 漣次郎としても用事は済んだので、彼は黙ってテルルを抱き上げる。

 それを見たフェリアは、追う素振りも見せずに手を軽く上げる。

「君達がこっちに付いてくれてもいいんだよ?僕は歓迎しよう。あのフェイルさんの娘を救ったって言えば、父上も君を邪険にはしないよ」

「悪いけど…シュレンディアには僕の恩人が沢山いるから」

「だろうね」

 そしてフェリアに見送られながら、漣次郎とテルルは姿を晦ます。


いつも読んで下さる方々に感謝を。

うまく盛り込めなかった話があるので、この次に番外編を挟みます。

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