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その62 伝説の秘伝術

遂に発見されてしまった“秘伝術”の魔法陣。

王政は早速それらの調査と実験の準備を進めていたが、特務隊としては使命を果たした形となっていた。そして協力者であるヅェニワラと、間者であるラージェは“朧の箱庭”へと向かう事になっており…。

 フィズン郊外、ギゼロ河流域の僻地に漣次郎は居る。


 冬の大河沿いは風も強く、漣次郎は防寒具を着込んでいる。周囲には農民に扮した魔術師が大勢居り、地面に何かを描いている。

 そして彼は、フィズン騎士団長マシェフと並び立っている。

「あのーマシェフ様、これは一体?」

「先日見つかった“秘伝術の魔法陣”なんだけどね、解析の進行が一番速かった秘伝土術の発動を試みているんだよ。今はその為の整地中とかだね」

「なるほど…でもなんで魔術師さん達は農夫のフリを?」

「“秘伝術”に関してはまだまだ公表できないからね、今やっているこれも表向きは“農地開墾”扱いだからね」

 周囲に民家も街道も無いこの場所。

 畑どころか林ですらないこの平坦な土地で、魔術師達が開墾しながら農具で大きな魔法陣を描いているのだった。


 漣次郎は周囲を見回しながら、寒空の下で作業する魔術師達を眺めている。

「こんな何も無くて都合の良い場所が、フィズン郊外にあったんですね」

「ギゼロ河沿いにはそういう土地が良くあるよ」

「…良くあるんですか?」

 “秘伝術について大きな動きがある”とマシェフに告げられて、漣次郎は彼に付き従いフィズン郊外のここまで来ていた。しかしその妙に何も無い土地が、漣次郎には不思議だった。

 マシェフはというと、漣次郎のその疑問に悲しそうな笑みを浮かべる。

「この河は荒れるからねぇ…今年の夏季は運良く何も無かったけれど、酷い年はどこかしらが決壊して水浸しになるんだよ。だから河沿いの危険な土地はこんな感じに手付かずになってしまうんだ」

「あ…そういえばそんな話を…」

「近年で特に酷かったのだと、ミューノ君が被災したっていう水害かな。あの年は普段決壊しない所から水が大量に流出して甚大な被害が出てしまった…」

「…」

 河幅、全長、流量の全てにおいてシュレンディア最大という大河・ギゼロ。

 皮肉にも…度々氾濫を起こすというこの大河のお陰で、非常に大きな秘伝術の魔法陣を発動する実験場所を今確保できているのだった。




 魔術師達の作業は順調そうだ。

 手持ち無沙汰な漣次郎は、マシェフから貰った“魔術師団の報告書”に目を通している。

「この報告書によると…秘伝術の魔法陣は、やはり既知の魔法陣とだいぶ勝手が違うみたいですね」

「そうなんだよ、まだまだ試行錯誤が必要なんだ。ちなみにあれらは名前すら不明だから、ラミ教団が急いで古文書も解読中さ」

「冬の流星群の日まで、あまり時間が無いっていうのに…」

「そこが問題だよね。困ったものだな」

 マシェフも困り顔だ。

 賢者の遺した“秘伝術”は、かなり厄介な代物のようなのだ。


 現状判明している、秘伝術の特徴。

 魔法陣が大きい上に複雑すぎて、術者1人での発動が困難という事。

 そしてどうやら、描く魔法陣の大きさで規模が変わるらしいという事だ。


 マシェフは魔術師達の作業を、真剣な眼差しで見つめている。

「従来の常識だけで言うとね、この魔法陣は“理論上発動不可能”なんだ。魔法陣を描くためのエーテル量が常人のそれを遥かに上回っているからね…複数の術者で魔法陣を発動したなんて事例は過去に無いし」

「あの魔法陣はそんな特殊なんですね」

「でもフィズン魔法院の皆が知恵を絞って、考えついたのがこれなんだ。魔法陣の形を先に描いておくことでエーテルの道を作り、その要所に媒体を持った術者を複数配置することで無理矢理動かす…常識外ではあるけど、理論上は可能なんだって」

「そ、そういう専門的な話は僕分かんないです…」

「あはは、僕も完全には理解していないよ。だけどこれが上手くいったら、秘伝術の効果が全て分かるよ。その中に防衛向きの素晴らしいものがあると良いんだけどね」

 魔法の専門的な話、漣次郎には分からない。

 しかし、フィズンを守るためにシュレンディアが全力だという事は痛切に理解できた。











「こんなに謝礼を貰えるなんて思わなかったよ。これで箱庭の皆も喜ぶわ」


 フィズンでの捜査を終えた特務隊は今、王都のビスロ邸へと帰っていた。

 マシェフの所に単身向かっていた漣次郎が帰ってくると、ビスロ邸の一室ではヅェニワラが“朧の箱庭”への帰り支度をしている所だった。彼女は箱庭から持ち込んだ戦衣に加え、王政からの謝礼だという大量の本を纏めていた。




「レンさんお帰りなさい。秘伝術はどうでした?」

 戻ってきた漣次郎に反応し、その部屋に居たミューノが顔を上げる。ココロンはヅェニワラの荷造りを手伝っており、テルルはラージェの所に行ってしまっているようだ。


 漣次郎は上着を脱ぎ、手近な椅子に腰を下ろす。

「マシェフ様は秘伝土術の発動準備を進めていたよ。秘伝術は媒体がたくさん必要なんだって」

「ああ成程…安価で集めやすいのは翡翠と真珠、時点で琥珀ですからね。金剛石や隕鉄は高価ですし、黒曜石に至ってはあらゆる意味で論外ですし」

「だから急いで媒体を多く集められる土・水・木術のどれかを進めるのは自然だよね。だたもうちょっと時間がかかりそうだったけど」

「まあ仕方が無いですよ。あれは属性以外の全てが正体不明の魔法陣なんですから、発動は入念に慎重にならざるを得ないでしょう」


 今日の話をミューノに伝えていると、ヅェニワラが笑顔で漣次郎に歩み寄る。

「レンジロウ、世話になったわね。とてもいい体験ができたわ!」

「いえいえ、こちらこそご協力ありがとうございます。ヅェニワラさんが居なかったら、フィズンの隠し洞窟が見つかっても入り方が分んなかったですから」

 いろいろ楽しんだらしく、満足げなヅェニワラ。その時すっかり彼女と仲良くなっていたココロンが、寂しそうにヅェニワラの手を取る。

「ヅェニワラさん、明日もう帰っちゃうんですよね?」

「そうね。あと同じ日にラージェちゃんも箱庭に行くわ」

「ああ、そんな事になっているらしいですね」

 シュレンディアに証言という形で協力をしたラージェは、ヅェニワラが帰るタイミングで一緒に箱庭へ行く事になっていた。魔族の下に帰ることを望まず、さりとて今更シュレンディア側にも立てない…そんな彼女の処遇はこれが最良でもあった。






 そして漣次郎は、こんな時だからこそラージェからある話を聞く約束をしていた。

「今日が最後か…じゃあ今夜、ラージェから話を聞こうか。デルゲオ島に伝わる三英傑の伝説を」

 口元を緩ませる漣次郎に、ミューノはちょっと呆れている。

「レンさん…ビスロ様も言っていましたけど、わざわざ魔族側の話を聞く必要はないのでは?」

「えー!?あたしはちょっと興味があるよ?」

「…まあココはそうだろうね」

 しかし目を輝かせるココロンには、流石のミューノも甘々な反応だった。


 元々漣次郎は、“ラージェから三英傑の話を聞くべき”とビスロに進言していた。しかしビスロには“魔族の話を聞く必要無し”と切り捨てられてしまい、仕方なく特務隊の内々で話を聞く事にしていたのだった。











「ラージェ様、元気でね。テルルもたまにレンと一緒に行くから」

「テルル…君こそ無茶をしないようにね。あと漣次郎が危ない事をしようとしたら止めるんだよ」

「それはレン次第だよ」


 その日の夜、漣次郎は特務隊の皆とラージェを呼び集めていた。

 別に会うのが難しくなる訳でも無いのに、テルルはラージェにべったりとくっついている。ラージェはテルルを安心させるように彼女を抱き寄せたまま、リラックスした優しい声色で囁いている。

 そんなラージェに、ヅェニワラは今後の話をする。

「ラージェちゃん、箱庭に行ったら当面は自分が面倒を見ることになるよ。ちなみに箱庭の皆も貴女に興味津々だから、行った時にヤバいくらい絡まれると思うけれど覚悟しておいてね?」

「うーん、アタシ人見知りだからそういうの苦手なんですよね…」

 そんなことを言いながらも、重責から解放されたラージェの表情はさっぱりとしている。諜報活動で精神的に参っていたという彼女にとって、きっと箱庭行きは救いと言えるのだろう。




 そして漣次郎は、ラージェに本題を切り出す。

「ラージェ、僕はどうしても君に話して欲しい事があるんだ」

「三英傑の話…それもデルゲオ島に伝わっている、魔族側から見た話だろう?」

「話が早いね」

「でも、前にも少し話したじゃないか?賢者ロディエルは魔王様の息子とかさ」

「もっと詳しく聞きたいんだよ」

 熱心な漣次郎。

 ラージェは怪訝そうな視線を彼に向ける。

「そんな話を聞いてどうするんだか…正直に言って、魔族本位の話だから参考にはならないと思うけどね。それにアタシの話を聞いて情が移ったりするかもよ?」

「それでも良いよ、僕は全部聞いた上で行動したいんだ」

 その漣次郎の言葉を聞き、ラージェは黙って彼の顔を覗き込む。


「…漣次郎、貴方は思ったよりフェリア姉様に似ているかもね」


 ラージェの思わぬ台詞に、漣次郎は不意を突かれる。

「え…、そんな事ある?」

「アタシが見た限りでは」

 ラージェは興味深そうに漣次郎をまじまじと見ている。

「漣次郎はもしかしたら…実は“使命”とか“感情”より“好奇心”が強い人なんじゃないか?」

「そ、そうなのかな?」

「だって貴方の境遇を考えれば、普通ならアタシ達への復讐が第一になるのが自然じゃない?それなのに貴方は“それはもういい”とか言い出すし、挙句に魔族の事を知ろうとしている…アタシに言わせれば意味不明だよ」

「そんな事は無い…と思うんだけどなぁ」

「姉様はそういう人さ。フィズン奪還という使命に真剣ではあったけれど、その任務を楽しんでもいたからね。新しいこと、難しいこと、そういうのに姉様はあえて後先考えずに突っ込んだりする人だったから。まあ“不変”を嫌う姉様の性分もあるんだけど…」

 そう改めて言われると、漣次郎だってフェリアの事をよく知らなかった。

「僕も実際にフェリアと会ったのはこの前の黄金祭が最初で最後だけど、確かに話した感じは何というか…使命一筋なようには見えなかったなぁ」

「姉様の事だ、きっと貴方と話すのが楽しみで仕方が無かったんだろうね」

 やれやれというように微笑むラージェには、硬い雰囲気はもう無かった。


「まあ、話して困る内容じゃないしね。漣次郎がそこまで言うなら話すよ、魔族が口伝してきた“シュレンディアとの決別”の話を」











「今までにちょいちょい話したこともあるけど、一応ちゃんと言っておこうか」

 そう前置きをして、ラージェは無感情で平静に語り出す。




「デルゲオ島の魔族は、元々“死の砂漠”より南に住んでいたんだって。父上曰く『大昔に人間との戦いに負けて敗走してきた』らしいけれど、詳しい事はもう分からない」

 ラージェは寄り添うテルルを撫でながら、肩の力を抜いている。

「大陸中央と“死の砂漠”で分断されているシュレンディア王国はいわば陸の孤島…そしてこの国には元々魔族が居なかったんだって。だから魔王様率いる氏族が、シュレンディアが初めて目にした魔族だったらしい」

 テルルはもちろんヅェニワラもその辺の話が初耳らしく、非常に興味深そうに耳を傾けている。


「死の砂漠はとても過酷で、砂漠越えをした当時の魔族には人間と戦う力が残っていなかった。しかし時のシュレンディア王ローブル・アルデリアスは、何故か魔族を移民として迎え入れたんだって。そして魔族はローブル王に提示された条件…広大な湿地だったフィズンを開拓して町を作ったのさ」

「え、フィズンって湿地だったんですか!?」

 ラージェの言葉にココロンは首を傾げているが…ミューノは目を伏せている。

「きっと昔のシュレンディアにとって、荒れるギゼロ河は手の付けられない厄介者だったんだろうね。魔族が入植した当時のギゼロ河北一帯は何もない湿地で、どうもローブル王はフィズン開拓の労働力として魔族を迎えたようなんだ」

「労働力ですか…」

「だけど行き場を失い彷徨っていた魔族にとって、それはまさに救いの手だった。だから魔王様をはじめ魔族は皆ローブル王に感謝し、シュレンディア王国に忠誠を誓った…それが“魔の侵攻”以前の、人間と魔族の関係なんだってさ」

 ラージェの言葉に懐疑的なミューノは眉を顰めている。

「魔族が人間に忠誠を?」

「そう、魔族はシュレンディアに貢献をした…フィズン大湿地の開拓に始まり、ギゼロ河の治水、ワルハラン運河の建造、そしてワルハラン城の建設も。ローブル王の偉業とされるこれらは全て魔族の貢献あっての物だったとさ」

「ん、ワルハラン城?あたしは初耳ですね」

 小首を傾げるココロン。

 それは漣次郎も聞いた事の無い単語だったが、ラージェは軽い感じで続ける。

「今の“ワルハラン特区”の事さ。シュレンディアにとって物流の要所であるワルハランを防衛するための城だったらしいけど…“魔の侵攻”で半壊して、残った城壁をそのまま半魔族の収容施設にしたのさ」

「それが魔族の伝承ですか…」

 話としては筋が通っているラージェの語りに、ミューノは蟀谷を押さえている…。


 そこまで黙って聞いていた漣次郎は、そこで初めて口を挟む。

「それでも“魔の侵攻”は起きた…魔族にとって恩のあるシュレンディアと決別するだけの出来事があったって事?」

「そうなるね」

 それこそが核心。

 “三英傑の英雄譚”の、言うなれば裏側。

 漣次郎が最も知りたい部分だった。






「これも前に言ったけど…賢者と呼ばれているロディエル様は半魔族で、魔王様の息子だったんだって」


 “ロディエルは半魔族”。

 シュレンディアでは全く考えられないような説。

 しかしそれが、様々な要素と合致するのも事実だった。


「魔王様の血を引くロディエル様は、半分人間という事もあってシュレンディア王政に関わる仕事をしていたらしいね。その中で彼は異能『グリモワール』を発現し、後に魔法陣と呼ばれるようになるものを生み出したんだ」

 超常の『魔法陣』…英雄譚では“ラミ神の啓示”によるものだと伝わっているが、それよりは“異能で生み出した”というほうが漣次郎的にも納得ができた。

「魔法陣を生み出した時、ロディエル様は王都に居たんだって。そして魔法陣の話を聞きつけた王都の憲兵隊長アルヴァナが、魔法陣欲しさにロディエル様を謀殺した…それが魔族に伝わる話だ」

 しかしそこまで聞いて、ミューノがまた半信半疑というように抗議する。

「…魔王の息子とはいえ、半魔族が王政に関わっていたとは思えないんですが。それにシュレンディアの伝記では“賢者は王族”らしいので、そっちのほうが信憑性もありそうなんですけど?」

 ラージェはそれを意に介さず、さも当然のように恐ろしい事を言い放つ。


「ロディエル様の母親は、シュレンディア王家のお姫様らしいよ」


「な…!?」

 絶句する面々をよそに、ラージェは相変わらず平静に続ける。

「“魔の侵攻”で王都に斃れたアソッド王…三英傑と共に魔族と戦ったアソッド王の異母兄イリューザ王…この2人には妹が居て、名をエルーナ・アルデリアスと言ったそうだ。どういう経緯か知らないけれど…彼女が魔王様に嫁いで、その間に生まれたのがロディエル様だったって」

「じゃ、じゃあ賢者ロディエルは半魔族で王族なんですか…?」

「そういう事にもなる…魔族の言い伝えではね。ちなみに彼女は“魔の侵攻”の末期、魔族と共にデルゲオ島へと去ったんだって。真祖『月の民』…デルゲオ島に居る人間の多くは、その時エルーナ姫に付き従った彼女の侍従の末裔って話さ」

 目を丸くする皆の様子を伺いながら、ラージェは何かを思い出すように目を閉じる。




「父上に昔教わった話だから、この辺からはうろ覚えだな。ええと確か…ロディエル様が亡くなった後、エルーナ姫と魔王様はアソッド王に“アルヴァナの処断”を求めた筈。ラミ教の司教でロディエル様の後見人だったマルゲオス司教もそれに賛同したらしいけど、多才なアルヴァナを優先したアソッド王がそれを突っぱねたと」

「息子を殺された魔王の怒り…それが“魔の侵攻”の始まりだったと」

「でもアルヴァナは“ロディエルが何かを企んでいた”と訴えていたそうだ…もうどちらが何が真実かは分からないけどね」

「…」

 この時点で漣次郎は既に、ラージェの話をほぼ信じていた。


 フィズンに隠されていた勇者アルヴァナの墓は、罪人を葬る“逆臣の碑”。

 ラージェの話が正しければ…王家の血を引くロディエルを殺害したアルヴァナは間違いなく大罪人であり、経緯はともかくロディエルの後見人だったという聖者マルゲオスがアルヴァナを良く思っていなかったというのは辻褄が合うのだ。


 突拍子は無いが整合性のあるラージェの話に、漣次郎は静かに考え込む。
















 翌日の早朝、特務隊は再びビスロ邸の一室に集まっていた。

 その場にはラージェに加え宰相ビスロやアイラ姫も居合わせており、しかし漣次郎とヅェニワラの姿が無かった。




「この度の寛大な処遇に、感謝致します」

 厳しくラージェを見据えるビスロに対し、彼女は深々と頭を下げる。

 そしてラージェは次いで、ミューノとココロンに向き合う。

「さようなら2人とも。騎士として君達と過ごした半年は何だかんだ楽しくもあったよ…でも騙したり、嘘を言ってごめんね」

「レンさんじゃないですけど、もういいですって。貴女の証言は貴重な情報でしたから」

 純粋に謝るラージェに対して、ミューノは複雑そうなものの素直に応じる。

 しかしココロンは胸を押さえ…俯き気味だ。

 そして、決意したように顔を上げる。


「ラジィさん、元気で!また会いましょう!」


 ラージェの眼前で凄むココロン。

 ラージェは困惑している。

「…また会うことがあるかな?」

「あたしがその箱庭とやらに行きますから!折角ちゃんと仲良くなれたのに、これでお別れは悲しいです!」

 熱の籠るココロン。

 ラージェはそれに、珍しく照れている。

「噓つきのアタシに、そこまで言ってくれるなんてね」

「あたしだってラジィさんとの小隊は楽しかったですもん!折角ならずっと友達で居たいです!いつか箱庭がシュレンディアに受け入れられるかもしれないんですから、また一緒にこうできるかもしれませんよ!」

「…嬉しいなぁ、ありがとねココ」

 ラージェはココロンを、そっと優しく抱き締めた。








 今日は、役目を終えたヅェニワラが“朧の箱庭”に帰る日。

 それは同時に、ラージェがシュレンディアを去る日だった。

 先程漣次郎は先行して、異能でヅェニワラと共に箱庭へと行っていた。そして彼女を送った後、漣次郎は再びビスロ邸へと戻りラージェを連れて箱庭へととんぼ返りしたのだった。


「やあラージェちゃん、こっちこっち」

「朧の箱庭…久しぶりに来たなぁ」

 ヅェニワラ曰く“箱庭の魔族は新しく来るラージェに興味津々”らしく、騒ぎを避けるためにヅェニワラはこっそり集落端の自宅へとラージェを連れ込んでいた。

 以前一度ここに来たことがあるというラージェは、懐かしそうにしている。




「いろいろと世話になってしまったね漣次郎。あと、テルルの事をよろしく」

「世話をしたかどうかは微妙だけど、テルルの事なら任せてくれ」

 清々しい表情のラージェは、今まで見せたことが無いような自然な笑みを浮かべている。そして彼女は、漣次郎に向けて深々と頭を下げた。

「…ありがとう漣次郎、アタシの本当の望みが叶ってしまったかもしれない」

「それは、どういう意味…?」

 漣次郎の問いに、ラージェは頭を上げる。


「アタシはね、アタシの生き方が嫌いだったんだ」


 これで最後のつもりらしいラージェは、もう何も包み隠さない。

「アタシの異能はきっとね、アタシの弱い心から生まれた物なんだ。雷将ユゥランジェの娘という生まれが重すぎて、アタシは何でもない普通の生き方に憧れていたから」

「だから『ソウルスワップ』…誰かに成り代わることができる異能か。箱庭でも聞いたけど、魔族の異能はそいつの願いに依るらしいからね」

「けれど、異能が願いを叶えてくれるとは限らない。アタシも、姉様も…」

 ラージェは…ちょっと悲しそうだ。

 その時ラージェは急に、真剣な眼差しになる。


「漣次郎、姉様の誘いに乗ってデルゲオ島に行く気だろう?」


「うん」

 漣次郎は即答する。

 彼はテルルを連れ、2人でデルゲオ島へと向かう気だった。

 それを案じているらしいラージェは、唇を一文字に結ぶ。

「過去がどうあれ“魔の侵攻”で多くの人間が虐げられたのは事実だ…それは現代のワルハラン特区の存在が証明している。貴方が島で何を見ても、魔族に同情するのは筋違いだ」

「それは僕だって分かっているよ」

「それでも…そんなに気になるかい?デルゲオ島が」

 漣次郎の顔を覗き込むラージェは、その表情を見て呆れ返る。

「…何を言っても無駄か、やれやれ。姉様の事だから罠っていう可能性は皆無だから安心して行って良いとは思うけどさ」

「だろうね、僕もそう思うよ」

「漣次郎の考え、アタシには良く分からないなぁ」

「あはは、僕自身もまだ考えを整理できていないからね!」

「はぁ…」

 疲れたように肩を落とすラージェは、何かを決心したようだ。


「島への海図と島の地図…アタシの朧げな記憶で良いならそれをあげるよ。何も無い所だけど、そんなに気になるならデルゲオ島を貴方の目で見ると良い」


いつもお付き合い頂いている皆様に感謝を。

旅の果てに何が待っているか、わかめにもまだわかりません。

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