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その57 黄金祭

特務隊が秘伝術の調査に難航する中、シュレンディア王都の「黄金祭」の日がやって来る。しかし最近王都で真祖『月の民』が目撃されていることもあり、祭当日の特務隊は王都の警邏に当たることになるが…。

 粉雪が舞う夕暮の王都城壁が、黄金色に輝いている。


 今日は冬ノ21日、シュレンディア王国における2大祝祭の1つである“黄金祭”の日だ。

 祭りは王都城壁内の町全体で行われ、至る所に黄金鍍金の造花が飾り付けられている。日没から翌日の日の出まで夜通し行われるため、城壁の上から裏通りに至るまでそこかしこに明りが灯されている。

 大通りを中心に出店のような物も並んでいるが…人々は皆暗い色の服を纏っており、おおよそ祭りという見た目では無い。しかしやっぱり年1回の催しという事もあって、そこに居る全員が浮かれている。


 だが、この祭りの本質は『“魔の侵攻”で命を落とした人々の鎮魂』だ。

 魔族の王都急襲で壮絶な死を遂げたアソッド王。

 パマヤへ敗走する一団の殿を務め、命を落としたポルック将軍。

 王都奪還のための道を開く為に散ったモードン公。

 王都で魔王と対峙し、命を懸けて戦い抜いた賢者ロディエル。

 そして…フィズン掃討戦で華々しい最期を迎えた勇者アルヴァナ。

 その他にも魔族に支配された地で死んでいった民や、魔族と戦って斃れた兵士達が無数にいるのだ。彼等の悲劇を忘れぬ為、そして三英傑と英雄王イリューザの偉業を称える為…この祭りを通してそれを後世に伝えているのだ。


 じきに日が沈めば…祭の始まりだ。






「アイラ様、とっても可愛いですよ!」

「そうでしょうココロン♪なんたって妾は美少女ですものね!!」

 夕日が差す王宮の一室、アイラ姫が式典の衣装をミューノとココロンに見せびらかしていた。黒地に白のフリルをあしらったそのドレスは、祭事ながら“アソッド王の弔事”でもある黄金祭に相応しいものだった。


 ココロンは可愛らしいアイラ姫の衣装をまじまじと観察している。

「そういえば…あたし知らないんですけど、黄金祭の時って王族に皆さんは何しているんです?ラミ教団の人も表には出てこないですし」

「よくぞ聞いてくれたわね!!」

 上機嫌なアイラ姫はその場でくるりと一回りし、ココロンの手をしっかりと掴む。その眼には…微妙な不満が潜んでいる。

「黄金祭は大きなお祭りなのに、王家の者はとーっても退屈なのよ!!」

「え、そーなんですか?」

「聞いてよココロン…折角のお祭りなのに、王族や有力貴族はこの後日没と共に王城の地下にある霊廟で毎年恒例の式典に出なきゃならないのよ!こんな可愛い衣装を着るのに、それを見せられるのは顔も見飽きた貴族の連中…もううんざり!」

「あははは…」

 流石に返答に困り、苦笑いするココロン。

 黙って見ていたミューノも、お転婆姫の暴言に呆れていた。

「成程…だから折角の衣装をわたし達に見せびらかす為に、こうして王城まで招集なさったんですね?」

「そういう事よ!妾の友である貴女達にくらい、この素敵な姿を見て欲しかったの!」

 息巻くアイラ姫に、ミューノは複雑な気分だった。

(…きっと今までなら、フェリアさんを呼び付けてこんな事をしていたんだろう。だけどあの人が居なくなって、寂しくてわたし達を呼んだのかな)

 そう考えると、姫様の我儘もいじらしいとミューノには思えた。


「姫殿下、お時間ですよ」

「えー!?」

 そうしている内に、アイラ姫の従者がやって来てしまった。

 アイラ姫は不満を隠そうともしなかったが…仕方ないとばかりにココロンとミューノに背を向ける。

「…もー、しょうがないわね。ココロン、ミューノ、妾の勝手に付き合ってくれて感謝するわ!」

「アイラ様頑張ってね!」

「わたし達も任務を全うしますから」

「あら、そうだったわね。2人とも気を付けてね?」

 アイラ姫は最後に無邪気な笑みを見せ、優雅にその場を去った。


 今日は特務隊も、重要な任務がある。

 王都に入り込んでいるらしい真祖『月の民』の動きを注視し、この黄金祭で下手な騒動を起こさせないように未然防止せねばならないのだ。











「全く、オレ達まで駆り出されるとはなァ…」

「ありがとねワール。結局黄金祭までに、僕達も真祖の足取りを完全に掴めなかったから」

「それはレンジロウの気に病む事では無いさ。俺個人としても、王都が黄金色に輝くこの祝祭に今年も顔を出せたのは喜ばしい事だからね。本当なら愛しのフェリアと一緒が良かったけど、彼女はもう俺の手が届かない場所に行ってしまったから…」




 煌びやかな王都城壁内の裏路地…漣次郎とテルルが、フィズン騎士団所属の筈のルゥイ小隊と共に警邏していた。

 耳を立てて匂いを嗅ぎながら歩くテルルの後ろを歩きながら、漣次郎は時折彼女に状況を訊ねる。

「テルル、怪しい音とか匂いとかしない?」

「んー…匂いはよく分かんない。でも変なひそひそ声とかは聞こえないよ」

「そっか、まあ難しいよなぁ…」

 漣次郎はぼやきながらも、パルサレジア孤児院から提供された情報を元に街中の怪しいポイントを廻っている。なにしろ王都に真祖が入り込んでいるのは確定しているので、今日何かを起こされる可能性は排除しきれないのだ。


 今日は祭の裏側で、騎士団と特務隊がこうして市中の裏側で警邏をしていた。生憎憲兵隊は総出で王宮周辺の警備を固める習わしという事なので、王都騎士団に加えてフィズン騎士団の一部がこうして活動しているのだった。


「しかし、私服で警邏すると妙な気分だな…。お前らはいいなレンジロウ、特務隊の服は紺で地味だからよ」

「あはは…騎士団の制服は白だから目立つし仕方ないでしょ」

 ルゥイやワールを始めとしたルゥイ小隊の面々は、皆暗い色の私服で警邏を行っていた。白の隊服で任務を行っても良いのだが…“何としても反乱分子を排除すべき”というパルサレジア公の強い要請でこうなっていた。




 寒がりだからか誰よりも厚着をしているワールが、肘で漣次郎を小突く。

「おいレンジロウ、お前どっかでフィズン基地に顔を出せよな」

「え、何でさ」

「何でも何もあるか」

 意図が掴めずさっぱりという表情の漣次郎に、ワールが呆れ気味にぼやく。


「マシェフ様が、お前に会いたいだとよ」


 そう言われて、ようやく漣次郎はその考えに至る。

「あぁ…マシェフ様か。そう言えば最後にちゃんと会ったのって、夏の流星群の日の直前だったよ。今更どんな顔して会えば良いのやら…」

 ちょっと気が引ける漣次郎だが、ルゥイが思いの外軽い調子で肩を叩く。

「大丈夫さレンジロウ。マシェフ様曰く“僕とフェリアの関わりは騎士団長就任以前に殆ど無かったから、どちらかというとレンジロウさんの印象が強い”って仰ってたからね。あの方にっての“フェリア”はつまり君と言ってもいいのさ」

「そっか…」

 結局漣次郎は、フェリア達の嘘を暴いて以降は全てその関係で活動をしていた。だから以前の交友関係については成り行きだけで、マシェフやカイン王とはきちんと顔を合わせることが出来ていない。

 漣次郎は少しだけ考え込むが…頭を振ってそれらを一旦追いやる。

(…いや、今は目前の真祖『月の民』に集中しなきゃ。何ならそういうのは全部が終わった後でもいいんだ、今は僕のやるべきことから目を逸らさないように…)


 その後、漣次郎はルゥイ小隊と別れてテルルと共に別の路地に進む。











 ミューノ・パルサレジアは、内心複雑だった。

 折角ココロンと2人きりなのに、黄金祭を素直に楽しめないこの状況が。


「仕事とはいえ地味だねミュー。せっかくの黄金祭なのにさー」

「…まあね」

 2人は並んで、王都城壁の内側沿いに警邏を行っていた。

 元々ビスロやパルサレジア公も、現状を鑑みて“真祖もそこまで大それたことは出来ないだろう”と読んでいたので…特務隊は2人ずつに分かれて城壁内の東西を分担して警邏していた。

 当然特務隊の4人以外にも騎士団が同様の警邏を行っているので、いざとなれば彼等の助力を要請すればいい…という事で、多少不用心であるがミューノとココロンという少女2名で動いていた。

 だがココロンは…少し不安そうだ。

「あはは…マジで真祖が来たらどうしよっか?」

「その時はレンさんの言う通り“逃げ”一択だよココ」

「あー、でもやっぱ…ちょっと怖いかも?」

 比較的暗い路地を歩くココロンは、珍しく弱気だ。

 彼女を不安がらせないよう、ミューノが咳払いをしてから語り出す。

「大丈夫だよココ、いくら何でも王都にそんな大勢の真祖が居るなんて有り得ないし。どうあっても相手は少数、その前提で考えて…状況としてあり得るのは“人込みでの辻斬り”か“裏路地の闇討ち”のどちらか」

「ふむふむ…」

「この任務でわたし達は大通りを通らないから、辻斬りの線は無い。だからあり得るのはこういう感じの路地での闇討ち…だけどそれなら、相手より先にわたしが気付く。こういう隠密活動なら負けないよ」

 ミューノは自慢げに胸を張る。

 そんなミューノの顔を真顔で覗き込んでいたココロンだが、不意に噴き出すと一転して笑顔を咲かせる。

「ふふっ…あはは!やっぱりミューは頼りになるなぁー」

「もっと頼ってよね、ココの為ならわたしいくらでも頑張れるから」

「お、カッコイイじゃーん!じゃあ頼っちゃおうかなー?」

 そう言うとココロンが、ふざけてミューノの腕に抱き着いてくる。

 ミューノは少しだけ、祭に参加できなかった鬱憤が晴れた気がした。




 その時、2人に近付いてくる人影が。

 身構えるミューノ。

 反射的にミューノの後ろに隠れるココロン。

 その人影は…緑を基調とした鎧を纏っている。

「私は憲兵隊の者です。貴女達は特務隊の隊員とお見受けしますが…」

 相手が憲兵と分かり、警戒を解く2人。

 そして彼のただならぬ雰囲気を肌で感じ取る。

「確かにわたし達は特務隊です。どうかしましたか?」

「それが…」

 その憲兵隊員は言いにくそうに、少し間を置いて告げる。


「…王都城壁内のとある商会の倉庫で、真祖と思われる怪しい連中を発見しました。今は憲兵隊で様子を伺っていますが、ご同行願えないでしょうか?」

 ミューノとココロンは顔を見合わせる。

 そして、その憲兵に付き従い暗い路地を駆け出す。











 数人の憲兵が包囲している小さな倉庫に、ミューノとココロンはやって来た。


「この倉庫の周囲で不審な人物の目撃情報がありました。ここは一見小規模にも見えますが、どうやら地下に広い空間があるようです」

「わかりました。ちなみに中の状況は?」

「先程1人、若い男が入って行きました…物音はあまり無いですが、おそらく複数人居ると思われます。突入しますか?」

 倉庫の入り口で憲兵に質問をしながら、中の気配を探るミューノ。

(…人の気配なんて無さそうだけど。だけど少なくとも地下に広い空間があるな…しかも下手したら地下水道まで繋がってそう)

 状況と彼我の戦力差を考慮し、ミューノは行けると判断する。

「…行きましょう、慎重に」

「了解です」

 ミューノが告げると、憲兵隊の長らしき男が仲間を呼び寄せる。特に問題無いと考えたミューノだが…ココロンはそわそわしている。

「ね、ねえミュー…」

「どうしたのココ?」

「あのね…」

「憲兵隊、行けます!」

 しかしココロンが何かを言い出そうとした矢先、憲兵隊の5名が集まってしまった。そうしてミューノは小さく頷き…ココロンと共に先陣を切って侵入する。




 暗い倉庫を、2人は手を繋いで進む。

 背後には憲兵の気配。

 周囲は無人。

 どこかに地下へ降りる道があるらしく、ミューノは人の気配を感じている。

「ミュー…ちょっといい?」

「さっきからどうしたのココ?」

 暗い場所でも夜目が聞くミューノは周囲を探りながら、妙に不安そうなココロンを気遣う。ココロンは体をミューノに寄せ、彼女だけに聞こえるよう囁く。

「さっきの憲兵隊だけど…」

「彼等がどうしたの?」

 震えるココロンは生唾を飲み…呟く。


「確か憲兵は黄金祭の日、全員王宮の警備なの。警邏をしている筈が無いよ」


 瞬間、ミューノは弾かれたように身を翻す。

 “憲兵隊”を名乗る後方の男達は、既に弓を構えていた。

 5本の矢が、ミューノとココロンに放たれる。






「くそ、どこに逃げた!」

「西に人影が行ったぞ!」

「大丈夫だ、地下水道にも同胞達が潜んでいる…必ず見つかるさ!」

「おのれ“特務隊”の小童どもめ…我等の邪魔をした事、後悔させてやる!」

 憲兵の鎧をまとった真祖『月の民』達が、松明を手に地下水道を行き来している。彼等は見かけた人影を追い、角を曲がって進んでいく。

「…い、行ったね」

「うぅ…」

 暗い地下水道の一角、闇の中にミューノとココロンは潜んでいる。

 ミューノは体に数本の矢を受け、血を流している…。


 先程偽“憲兵隊”に矢を射られた瞬間、ミューノはココロンを庇いながら自分の細剣を抜き払って矢を叩き落していた。しかし落としきれなかった矢が肩と腿に刺さり、倒れそうになった彼女をココロンが抱えて何とか敵を振り切っていた。


 ミューノは鋭い痛みに脂汗を浮かべながら、素早く状況を整理する。

(一旦あいつらを、わたしの上級黒術で釣って引き離せた。だけど所詮は一時凌ぎ…上の倉庫にはまだ2人居たから、わたしを抱えたココじゃ突破は無理だ…)

 先程真祖に襲われた時…偶然地下へと降りる道を見つけたココロンが我武者羅に走った結果、2人は王都全体に張り巡らされている地下水道に迷い込んでしまった。その際ミューノが上級黒術『シャドー・アヴァター』で分身を放ったため、釣られた真祖はそちらを追っていったようだ。

 ココロンは、涙声で囁く。

「だ、大丈夫なのミュー…?」

「…致命傷では無いよ。だけど自分じゃ歩けないし、杖を振るのが精一杯」

「あの人達…怪しいと思ったけど、真祖『月の民』だったなんて…!」

 ミューノは、自分の迂闊さを呪う…。

(くそ…何だかんだココと一緒に黄金祭の夜を過ごせて、浮かれていた。しかしまさか真祖がこんな拠点を持って、しかも憲兵の装備を盗んでいるとは…それとも憲兵隊にまでも真祖が入り込んでいたって事…?)

 あたふたしているココロン。

 周囲は暗闇。

 ミューノは冷静に状況を判断し…結論を出す。


「…ココ、貴女1人なら何とかなるでしょ?」


 ミューノの言葉に、ココロンは凍り付く。

「…え?」

「ココ、翡翠は持っているよね?土術に確か足が速くなるのがあったと思うから、あれで何とか突破できる?」

「ちょ、ちょっと待って」

「わたしはここで持ちこたえるから、レンさん達か騎士団の誰かを呼んで来てよ」

「それって…ミューをここに置いていくって事…?」

「…そうだよ。足手纏いのわたしを連れて行くより良いでしょ」

 ミューノは肩で息をしながら、ココロンを諭す。

 ココロンは…目に涙を浮かべて頭を振る。


「ぜったい嫌…!」


 ココロンはミューノの両肩を力強く掴む。

「ミューを置いて行くなんて有り得ない」

「だけど…」

「何かある…何かある筈…!」

 ココロンは目を閉じ…唸りながら頭を捻る。

「地下水道は広いから、何とか撒けないかな!?」

「無理だよ…ココじゃ道わかんないだろうし、すごい暗いし」

「…ミューはわかるの?」

「わかるけど…きっと真祖も居るだろうし、厳しいよ」

 説得を試みるミューノだが、ココロンは譲らない。

「あたしが頑張るから!一緒に行こう!」

(これじゃ共倒れだ…それだけは避けたい)

 ここでグズグズしているのは危険だ。

 しかし怪我をしたミューノを連れてココロンが逃げるのは現実的では無い。

 だが…ミューノには1つだけ策があるにはあった。


「…とても難しい方法だけど、1つだけあるよ」

「本当!?」

 ミューノの言葉に、ココロンがすごい勢いで食い付く。

「ねえミューどんな方法!?」

「言っておくけれど、かなり厳しいよ」

「ミューを連れていけるなら何でもやる!」

 折れそうにないココロンにミューノは呆れ半分、嬉しさ半分だった。

「…わたしはパルサレジアの任務の関係で、この地下水道の地図が頭に入っている。だけど真祖を振り切るために、ココは土術使用が絶対条件」

「うんうん!それで?」

「ココはわたしを抱えて走る。わたしは暗くても周りが見えるから、曲がったりする場所を指示する。そうして直近の水路出口を目指すの」

「そ、それは危険そうだねぇ…あたし暗くて周りよく見えないし」

 そう言いながらも…ココロンはやる気満々だ。

「道案内は頼んだよミュー」

「…ヤバかったらわたしを置いて行くんだよ?」

「ふふふ、それはあり得ないね!」

 2人は目を合わせ、覚悟を決める。




「あっちで物音がしたような?」

「どこかに隠れていやがるか?」

 2人の傍に、足音と話し声が近付く。

 ココロンはミューノをそっと抱き上げ、翡翠の腕輪に集中する。


「…『アクセル・オーラ』!」


 その声に真祖が反応する。

「居たぞ!あっちだ!」

 ココロンは既に、暗がりに向かって駆け出している。

「今、右に曲がって!」

「りょーかい!」

 ココロンはミューノを信じ、ミューノはココロンを信じ…真っ暗な地下水道をものすごい速さで走り回る。











「レン、いやな感じがする」


 漣次郎はテルルと一緒に街の裏通りを回っていたのだが、急にテルルがそわそわし出したのだ。そして漣次郎はテルルの勘を信じ、彼女に先行させてその後を追っている。

 彼女は鼻で周囲を探りながら、速足で歩く。

「血の匂いが…する気がする。自信無いけど」

「え、本当?」

「ミューお姉ちゃんの…」

「な…ミューノの!?一体何があったんだ…」

 漣次郎も速足でテルルに付いて行く。周囲の騎士を目で探すが、彼らは今日白い制服を着ていないので目立たない。なので“数人で歩く重い雰囲気の集団”をなんとか探すが、それがなかなか見つからない。

「2人は西区を回っている筈だけど、中央の大通りは黄金祭の中心地…横断は厳しいね。この東区から向こうに渡るとしたら、南の大門付近かな?」

「それって遠いの?」

「しょうがないよ。『アーク・ウィング』で飛びたいけれど…」

 上級白術で街の上空を飛びたいのは山々だが、テルルがふるふると首を振る。

「飛んだら匂いが追えなくなっちゃいそう」

「そっか、だよね…」

 テルルの鼻で探りながら進んでいる手前、それを失うのは得策ではない。じれったい思いもあるのだが、漣次郎は着実な道を選ぶ。

 華やかな祭りとは裏腹に、薄暗い路地には冬の夜の静けさがある。




 漣次郎は道中、何とか数名の騎士を発見して彼らに同行を要請していた。彼らはテルルにあまり良い顔をしなかったものの…特務隊が宰相直属という事もあって特に文句も言われず付いて来てくれている。

 そんな最中の事だった。


 突然、テルルが足を止める。

 彼女はじっと、真横にある細い路地を見つめる。

「どうしたのテルル?急に止まっちゃって」

「…」

 テルルは戸惑い、怪訝そうな表情だ。

 そして言いにくそうに、ぼそっと漣次郎に伝える。


「前の姿だった時のレンの匂いがする」


 その意味が、漣次郎にはすぐに理解できなかった。

「…え?」

「あの、体が女の人だった頃のレンの…」

「な!?」

 そこでようやく、漣次郎はテルルの言葉の意味を知る。

(まさか来ているのか…あいつが!?)

 しかし尚もテルルは困惑している。

「変なの、まるで待っているみたい。怖い感じは全然無いの」

「…」

 漣次郎は…流石に迷う。

(恐らくあいつだ、放ってはおけない。だけどこの騎士の人達がテルルに付いて行ってくれるかな?揉めないといいけど…)

 しかし迷う漣次郎の服の裾を、テルルがくいと引く。


「テルルは大丈夫」


 彼女の目に、迷いは無い。

 漣次郎は逡巡するが…彼女を信じることにする。

 そして彼は追従して来ている騎士に振り返る。

「…僕はこちらに行きます。貴方達はこの娘に付いて行ってください!」

 騎士達は眉を顰めるが、それでも頷いてくれた。

 そうしてテルルと騎士を見送ると…漣次郎はその細い路地に侵入する。











 漣次郎は、静かで暗い細道を1人歩く。

 祭りの喧騒は程遠い。

 彼は路地の奥に…はっきりと何者かの気配を感じている。


 暗い路地の最奥、誰かが壁にもたれかかっている。

 外套で姿を隠しているが…その背格好、漣次郎には覚えがある。

 そしてテルルの言葉…そいつが“誰”なのかは明白だった。


 漣次郎はそいつの正面で、距離をとって足を止める。

 2人の間に…沈黙が数秒。

「こんばんは漣次郎。こうしてお話しするのは初めてだね!」

 外套の隙間から除く…爬虫類じみた金の瞳。


 そいつは、かつて漣次郎が転生した女騎士…フェリアその人だった。






「漣次郎、君はこの世界を楽しんでいるかい?」


 フェリアは心底楽しそうに、満面の笑みを漣次郎に向ける。

 漣次郎その問いに答えず、フェリアを詰問する。

「おいフェリア、お前が真祖『月の民』に指示を出しているのか?僕の仲間が襲われているみたいなんだけど」

 しかし漣次郎のその反応が意外だったのか、フェリアは首を傾げる。

「え?ああ、今日真祖が何か動ていた件か…彼等は僕の与り知らない所で勝手にやっているよ。やれやれ、僕は彼等に“頑張ったから暫く落ち着いて居て良いよ”って伝えたんだけど、きっと彼等は彼等なりに考えがあっての事なんだろうね」

 さっぱりとしたフェリアの反応に…漣次郎は困惑する。

「な…じゃあお前は今回の件に関わっていないのか!?」

「そうだよ。だって僕としてもココロンは騎士団学校の可愛い後輩だからね…危ない目には遭って欲しく無いのさ。それにさっき真祖から“仕損じた”って報告されたし、君の仲間達はきっと無事だよ」

「そ、そうなのか…」

 まるで敵意の無いフェリアに、漣次郎としても複雑な心境だった。

(こいつはシュレンディアの敵だ…だけど、僕自身としてはフェリアに直接恨みは無いんだよな。この転生を計画したのはこいつらしいけど…実行犯はラージェで、僕を消そうとしたのもラージェだし)

 しかし…ここに彼女がいる理由が読めない。

 だが噓を言っているとも思えない。

 ミューノ達が無事と信じ、漣次郎はフェリアの真意を探る…。




「ふふ…僕も久しぶりに王都に来たけど、黄金祭は相変わらず華やかだね。王様は元気にしているかなぁ?」

 しかし相変わらず、当のフェリアは楽しそうだ。

 彼女は明るい調子で漣次郎に告げる。

「そういえば、ラージェの事ありがとうね!」

「…それはどういう意味?」

「え、だってあの娘が無事なのって君の計らいなんだろう?元々ラージェは“死んでもいいからシュレンディアを嘘で攪乱する”って覚悟であの策を取ったのに、何故か憲兵の下での身柄拘束だけで済んでいるみたいだし」

「まさかお前、ラージェに会ったのか…?」

「だって僕は何年もこの国で暮らしてきたんだ。『アストラル』を使えばどこにでも行けるよ」

 軽く言ってのけるフェリア。

 彼女の態度は純粋で、享楽的だ。

 その姿は…漣次郎が想像していた“敵としてのフェリア”から程遠かった。


 フェリアはどうやら、漣次郎と話すのが心底楽しいようだ。

 彼女は悪戯っぽい笑みで、目を怪しく輝かせる。

「“そもそも何でお前がここにいるんだ?”…って、君の顔に書いてあるよ」

「…!」

 図星を突かれた漣次郎は思わず黙る。

「あはは。僕がここにいる理由、君からしたらどうでもいい事だよ?だって僕が今日ここにいるのって、君とお話ししたかったから…それだけだもん」

「な、そんな為に!?」

 思わぬフェリアの言葉に驚く漣次郎…だが、フェリアは笑顔を絶やさない。

「僕はちょっと前にラージェに会ったんだけど、なんか“漣次郎の様子が変わった”って言っててさ。ラージェが秋に会った時の君って結構復讐に燃えていたらしいけど、今の君はそんなじゃ無いって」

「あいつ、そんな事を…」

「だから僕も、そんな君と直接会ってみたかったのさ。元々君には興味があったしね」

「…」

「僕も“漣次郎”になって、君の世界を楽しませて貰ったよ。君の友人の逸太も親切だったし、君の世界は素晴らしいものが溢れていたし、僕にとってとても充実した異世界生活だった。それこそラージェやマリィルには苦労を掛けたのに僕だけ楽しんで、なんだか申し訳無いと思う程度にはね」

 そうして彼女は、漣次郎に背を向ける。

「君も知っての通り…僕の父である魔王トワナグロゥは、冬の流星群の日にフィズンを焼き払う計画さ。父の悲願…かつて魔族の地だったフィズンを、魔族の手に取り戻すために」

 フェリアは顔だけを漣次郎に向ける。

 しかしフードを目深に被り直したその表情は伺い知れない。


「だけど…君は一度デルゲオ島に行くべきだと僕は思う。魔族がフィズンを欲している本当の理由が君にもわかるよ」


 その提案、漣次郎にとっては意外過ぎた。

「な、なんだってそんな…」

「だって君は、魔族のフィズン奪還計画を阻むつもりなんだろう?それがどういう意味なのかを君自身の目で見知っておくべきだ。君には魔族の仲間がいるらしいから、その仔を連れて行けば大丈夫。魔族は魔族に寄り添う人間に寛大だから」

「…そんな大それた事、僕にはとても…」

「でも不可能じゃない…そうだろう?だって君と僕は魔法適性が2つ被っているから、君だって上級白術で海を渡ることが出来る筈だよね。まあ後は君次第なんだけど…考えておくといいよ」

 そうしてフェリアの笑った口元が一瞬見え、次の瞬間に彼女の姿は異能で消える。


 思わぬフェリアとの邂逅で、漣次郎は暗い路地にただ立ち尽くす。


読んで下さっている皆様にありがとうを。

出番が減っちゃいましたが、フェリアも元気にやっています。

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