その52 特務隊
騎士フェリアがデルゲオ島からの尖兵『ヴァンガード』で、異世界から持ち帰った大量の黒曜石を島に持ち帰った…その事実は同時に“フィズンが危険”であるという可能性を示していた。
この状況を重く見た宰相ビスロは、漣次郎の提案に乗ってとある計画を進めており…。
深夜、王都憲兵隊本部の拘留所。
ラージェの独房前に…何者かが居る。
「僕と一緒に帰ってはくれないのかい?」
「勘弁してくれ、もうアタシは疲れたよ」
独房の寝床に横たわり眼を開けないラージェの横に…外套に身を包むフェリアが居た。彼女は寂しそうに、首を傾げている。
「君のお母様も、君のことを心配しているよ?」
「…」
「僕達は当初の使命をきちんと果たしたんだ、父上も喜んでいるよ」
「…」
「…それに、このままここに居たら君も危険じゃないのかい?」
「…」
ラージェが眼を、静かに開く。
「アタシの役目は終わったんだ、放っておいてよ」
ラージェは、ゆっくりと尻尾を振りながら起き上がる。
「姉様やマリィの事が嫌いになったわけじゃ無いよ。だけど…“役目を全うしろ”としか言わない家族の所に帰りたくも無い。今の所身の安全も保障されているしね」
「ラージェ…」
「アタシにとって…テルルの居ない故郷に、もう帰る意味は無いよ」
「そっか」
フェリアは寂しそうに微笑むと…静かに踵を返す。
「またねラージェ。どこかで君とまた会えることを願っているよ」
「さようなら…姉様。姉様が責務から解放されて、いつか“本当の願い”を叶えられるよう祈っている」
「ふふ…ラージェはやっぱり全てお見通しか」
フェリアは見返り、軽く手を振って…そして異能で姿を消す。
ワルハラン騒乱から数日。
シュレンディア王国は冬季を迎えている。
漣次郎は今、王都城壁外にある相乗り馬車の乗り場に居た。元々温暖なシュレンディア王都に雪が降るのはもう少し先らしく、冷えて乾燥した空気を感じながら…漣次郎はある人を待っている。
(冬の流星群まであと半月とちょっと…時間が無い。まあ焦っても仕方が無いんだけどさ)
漣次郎に掛かっていた“夢遊病事件の容疑者”という指名手配はもう無くなり、変装無しで表立って歩けるようになった。今彼は宰相ビスロの直属という立場になっており、フェリアに関わる騒動に対応する任務を受けていた。
「…来た、あれだろうね」
漣次郎が待っていると、レーヴェットから来た馬車がやって来た。漣次郎が異能で迎えに行っても良かったのだが、いろいろあって漣次郎が自由に動けなかったのでこういう合流になってしまった。
「…レンか、随分様子が変わったようだな」
馬車から降りて来て一直線に漣次郎に向かって来たその老人は…レーヴェットで漣次郎達を匿ってくれていたサルガンだった。
「サルガン殿、お久しぶりです。以前会ったのは一体何年前だったか」
「儂のような老人のことを覚えて頂けているとは光栄です」
漣次郎は迎えに行ったサルガンと共に、今身を置かせてもらっているビスロ邸へと帰っていた。かつて“フィズン騎士団団長”を務めていたというサルガンは、やはりビスロとも知り合いらしい。
ビスロ邸の応接間であるここで、サルガンは寛ぎながらテルルを撫でている。久しぶりにサルガンに会えたテルルは彼の膝の上に頭を預けており…リラックスしている。
「ワルハランの騒動の件、噂はレーヴェットの僻地まで届いております故。レンとテルルの様子が気になっておりましてな」
「この2人はワルハラン騒乱にて私の命を救ってくれた者等です。さらにフェリア達に関する秘密も暴いてくれたので父や王政も公認していますから、今は私の配下という形にしております」
王族相手なのでサルガンが遜っているのは当然なのだが、何故かビスロも妙に恭しく接している。漣次郎が以前聞いた話では“サルガンとカイン王は親しかった”らしいので、ビスロにとってサルガンは父親の友人…という所だろう。
ついでに…何故かここにはルゥイまで居た。
「いやーサルガンおじさま久しぶりですね!まさかレーヴェットで隠居されていたとは思いませんでしたよ!」
「ユミノールの三男坊か…儂が最後に見た時はあんなに小さかったというのに、もうこんなに大きくなっておったとはな」
(忘れかけていたけどそう言えばルゥイは貴族だったね)
漣次郎も殆ど失念していたが、ルゥイはモードン家という貴族の出だ。だから王家と面識があっても不思議ではないし、恐らくそのつながりでワールもビスロと知り合いだったのだろう。
「今はフィズンの小隊長なのだろう?フィズン騎士団は魔族からこの国を守る防人だ、勤めに励んでくれ」
「いやー…そうは言われましても、もうフェリアも居ないし張り合いが…」
「何を言う、モードン家はかつて“魔の侵攻”の際に活躍した武闘派の一族だぞ?その末裔であるお主も、その家名に恥じぬ働きをせねば」
「じゅ、重責ですね…」
もうすぐフィズンに帰る予定だったが“サルガンが来る”と聞いてここに居合わせたルゥイ。しかし厳格なサルガンに、流石のルゥイもたじたじだった。
その時不意にビスロが、少し迷いながらサルガンに切り出す。
「サルガン殿、頼みがある」
「どうなさいましたビスロ様?」
「貴方も再び、この国の表舞台に出られてはどうでしょうか?」
サルガンは仏頂面を崩さない。
「何故に」
「私は今、レンジロウを中心にとある部隊を立ち上げようとしています。かつてフィズンを守っていた実績と実力のある貴方にも、是非協力頂きたいのですが」
ビスロがじっとサルガンを見つめる。
サルガンの表情は一切変わらない。
「お断りします」
「…どうしても駄目ですか?」
「儂はこれ以上、王政に巣食う不埒な連中に関わりたくはありません。ご容赦を」
「そうですか…」
(サルガンさん…やっぱり断るよね)
王政内の争いに嫌気が差して隠居したというサルガンは、やはりビスロの誘いに乗らなかった。漣次郎にはそれが少し残念だったが、同時に“サルガンさんらしい”とも思えていた。
今ビスロは…漣次郎のとある提言に乗り、新部隊設立の準備を進めているのだ。
事の発端は、昨日の漣次郎。
漣次郎はある懸念をビスロに伝えていた。
『黒曜石の用途…?』
『ええ、そうです』
フェリアが漣次郎の世界で集めて来たらしい黒曜石…その用途について、漣次郎は未だに納得できていなかったのだ。
『ラージェ曰く、デルゲオ島にはシュレンディアで失伝してしまった超級火術『ディメンション・ホール』の魔法陣があるようです。しかし聞いた話だとその効果は“熱で時空を歪め、遠くの景色を覗き見る”事…とても魔族のフィズン侵略に役立つとは思えません』
『ふむ…』
『そして僕が“フェリア”だった時に確か魔法院で聞いたんです…“秘伝火術は失われてしまったらしい”って。もしかしたら失伝した秘伝火術も、デルゲオ島の魔族が保有しているんじゃないでしょうか!?』
かつて魔法院の鍵番ジーン・パルサレジアが語った話だと、秘伝術はとても大規模な魔法なのだという。もし秘伝火術の魔法陣がデルゲオ島にあり、大量の黒曜石が渡ってしまっているのであれば…それはかなりの脅威になり得る。
『秘伝術…成程な。もしそうなら、冬の“流星群の日”が危険だと』
『そうなんです!エーテルが高まる流星群下でそんな魔法を使われたら、何か恐ろしい事が起きるかもしれません!だからこそシュレンディア国内でも秘伝術の魔法陣を探し、最悪の事態に備えるべきです!』
「秘伝術の捜索をする部隊…ですか」
サルガンが旧知のビスロと昔話を始めてしまったので、漣次郎は席を外してミューノの元へとやって来ていた。彼女とココロンはいろいろあって、まだワルハラン特区に駐在する王都騎士団中隊に戻ってはいなかった。
ビスロ邸の一室…広々とした部屋のテラスで、ミューノが漣次郎の話を聞いていた。冬のやや冷たい風を受けながら、彼女は艶のある黒い長髪を押さえている。
「ラージェは言わなかったけれど、デルゲオ島に秘伝火術の魔法陣があると僕は考えている。それがどんな物かは見当もつかないけれど、恐らくヤバイものだ…そんなのを流星群の日に使われたら、フィズンがどうなっちゃうか分かんないよ」
「秘伝術…ですか。わたしはあくまで伝説上の存在しない物だと思っていましたし、今でもそれは変わりませんが」
ミューノは漣次郎に視線を送り、楽しそうに微笑む。
「面白そうですね。是非同行したいと思います」
「信じていないのに来てくれるんだ、有難いよ」
「ふふ…言ったじゃないですか、“また一緒に騎士をやりましょう”って。まあ騎士じゃ無くなるかもしれませんが、それでもわたしの願い通りです」
「そっか、助かるよ」
最悪の事態を想定するならば、冬季の“流星群の日”までに何かしらの対応策を用意する必要がある。漣次郎はビスロと相談し、その為の小隊を作る予定だったのだが…ミューノとココロンをそれに誘うつもりだったのだ。
しかしミューノは、ちょっと寂しそうに呟く。
「わたしは付いて行きたいですけど…ココはどうだか」
ミューノが見つめる先…部屋の中では、ココロンが無気力にテルルを構っていた。大人しいテルルはされるがままで、ココロンがボーっとしながら彼女の長い髪を三つ編みにしている。
「テルちゃんはフワフワねぇ…」
「わふー」
「はー…魔族かぁ」
元々三英傑を信奉し、魔族との戦いに燃えて騎士団入りしたココロン。
そんな彼女が初めて出会った魔族がテルルで、穏やかな性格の彼女が人間の味方だったという事実がココロンの心を乱しているようだった。
「…フェリア達に騙されていたというのも辛いんだろうけど、加えてテルルの存在か…。ココロンには無理をさせられないね」
「ルゥイさんとワールさんも割と乗り気でしたし、ビスロ様の新部隊はそっちでも良いんじゃないでしょうか?」
「そうだねぇ…ココロン次第ではそっちかな」
身体能力が騎士の基準に及ばない漣次郎…だが3種の魔法適性と異能『アストラル』はそれ以上の価値があるとビスロに評価され、騎士では無いが特別な役を与えてくれるという。そしてそれを足掛かりに、秘伝術を探す特務に挑む事になる。
翌日…漣次郎はビスロが招集した簡易的な儀礼に出席した。
漣次郎と共に並ぶのは…テルルにミューノ、そしてココロン。
ビスロの側近や憲兵隊幹部、サルガン…さらには何故かパルサレジア家現当主だというノルガルもその場に居合わせていた。
「レンジロウ、其方のお陰でフェリアがシュレンディアの敵であることが露見した。そしてフィズンが、我々の想定以上に危険な状況であるという事もな」
ビスロの表情は厳しい。
しかしその中に…確かな信頼も感じる。
「賢者ロディエルが遺したという魔法陣…その中で最も偉大だという“秘伝術”。王家ですら行方を掴めていないが、パマヤの大司教一族を始め手掛かり自体は存在している。其方達は宰相直属の“特務隊”として、それらを追って欲しい」
「わかりました、全てはシュレンディアの為に」
フィズン防衛の為の、秘伝術捜索。
漣次郎はビスロとパルサレジア、加えてラミ教団の支援を受け…冬の流星群までにそれを探す“特務隊”の隊長に任じられたのだった。
「ねえレン…似合ってる?」
「うんうん、可愛いよ」
「本当?えへへ」
本日発足した“特務隊”。
騎士団にも属さず、ラミ教団にも属さず…特殊な立ち位置ではあるが、宰相ビスロ直属という強い立場なのである程度自由は期待できる。
そして今は…ビスロが用意してくれた隊服を着たテルルが、嬉しそうにそれを見せびらかしてくる。紺色の女性用隊服を纏うテルルは…人外であることが一目瞭然であるものの、何かしらの組織に属している事も周知できるだろう。
「テルルちゃんは魔族だけど、この服を着ていれば“ちゃんとした何かの隊員”って知らない人にも分かって貰えるね」
「…でもテルルまだ、知らない人間は怖いよ」
「そうだね…」
慣れない服に袖を通したテルルは困惑気味だが、ミューノはそれを微笑ましげに世話している。都合良く出てきたこの服だが…これは現在使われなくなった神殿警備隊用の旧制服らしく、廃棄予定だったそれをビスロが再利用したらしい。
「…あたしも、頑張ってみようと思います」
そして…ココロンもその紺の制服を身に纏っていた。
漣次郎にとっては、これが意外だった。
「君が乗ってくれるとは思わなかったよ。ありがとねココロン」
「…あたしはまだ迷ってますけどぉ…」
流石にココロンは複雑な表情だ。
そっぽを向いて頬を掻き、口を尖らせている。
「あたし的にはまだ貴方を認めていないんですけど、ミューが誘ってくれたんで。それにずっと塞いでいても仕方が無いですし!」
まだ色々を引き摺っているらしいココロンだが、ミューノの説得で加わってくれることになったのだ。彼女はまだ漣次郎に抵抗があるようだが…それでも協力してくれることが漣次郎には嬉しかった。
「改めて宜しくね、ココロン!」
「はい、あたし頑張ります!」
フェリアを追うために始めたこの戦い。
当初想像もしなかった展開にはなっているが、遂にフェリアを見返せたのが漣次郎には嬉しかった。
「ミューは何を着ても似合うね」
「そ、そうかな」
「だって顔が良いもん!」
「ありがとう…?」
騎士団を離れてビスロ直属の“特務隊”に入る事になったミューノは、にやけそうなのを堪えながらココロンの姿を見ていた。
(ココ…立ち直ってくれそうで良かったよ)
紺の制服を着たミューノの姿をココロンが無遠慮にジロジロ見て来るので、彼女はちょっとだけ恥ずかしそうにしている。しかしそんな時間も…ミューノにとっては幸福なものだった。
「…わたし、正直ココが乗ってくれるとは思わなかったよ」
「え、そうかなぁ?」
「だって昨日はあんなに落ち込んでたのに」
これはミューノの正直な意見。
ラージェの証言でフェリアの嘘が発覚し、昨日まですっかり落ち込んでいたココロン…しかし今朝になって“やっぱりあたしも行く!”と急に言いだし、特務隊は彼女を含めた4人で発足したのだった。
ココロンはミューノの言葉に、ちょっと迷った様子で答える。
「魔族とか、フェリア隊長とか…今まであたしが思ってた事の多くがひっくり返っちゃって、この何日かはちょっと気持ちの整理がつかなかったんだ。だけどもう大丈夫」
「…本当に?」
どこかまだ陰が残るココロンの表情を伺いながら、ミューノは心配そうにココロンの手をそっと握る。
その瞬間、ココロンが勢い良く握り返して来た。
「ミューのお陰だよっ!!」
「ふぇっ!?」
急に大声を出され、びっくりするミューノ。
ココロンは握った手をそのまま、ミューノの眼前に迫る。
「前にミューが言ってくれて思い出したの、あたしは“勇者アルヴァナみたいな立派な騎士”を目指していたんだって。フェリア隊長にも憧れていたけど、あたしの大元はそっちじゃ無かったんだよ」
ワルハラン騒動の直後、確かにミューノはココロンにそう言った。
あの言葉がココロンの為になった…それだけでミューノは胸の奥が熱くなり、自然と口元が緩む。
「…そっか、わたしココの助けになれたんだね」
「もちろん!」
まだ迷いが残っているだろうが、明るく振る舞うココロン…それでもミューノは、彼女が少しでもいつもの調子に戻ってくれたのが嬉しかった。
ミューノは軽く息を吐き、軽口を叩く。
「これで“勇者アルヴァナ”まで悪人だったら…ココはどうする?」
「やめてよミュー、悪い冗談は!」
ミューノの冗談で眉を顰めるココロンだが、直後に悪戯っぽく笑う。
「ふふ、でも大丈夫。その時はまたミューが励ましてくれるでしょ?」
「…まあね、任せてよ」
「えへへー!ミューが友達で本当に良かったよ、大好きー!」
(うーん、友達…かぁ)
ココロンの言葉でちょっと複雑な気持ちになるミューノ。
2人は手を繋いだまま、漣次郎達の元へと戻って行く。
「特務隊は今後、私の直属として動いて貰う事になる。ただ私は宰相という立場である故直接指示は出来ないからな、親衛部隊を遣いとして出そう」
「了解です」
特務隊発足の翌日、漣次郎はビスロの元へと呼び出されていた。
日の出もまだ先の暗い時間帯、ビスロはもう王宮へと向かう準備をしていた。ワルハラン騒乱以降ずっと疲れた顔をしているビスロだが、それでも鋭い眼光はずっとブレない。
「やっぱ忙しいんですね…」
「当然だ。ワルハラン騒乱が一応終結したとはいえ、特区の情勢自体はまだ安定していない。国土全体で『月の民』の取り締まりも強化を始めたばかり…これからが本番という訳だ」
「そうですか」
ビスロは額に手を置きながら…紅い眼で漣次郎を凝視する。
「しかも騒乱直前に起きたデルメーの“小規模流星群”の件、表向きはまだ調査中という状況だからな?」
「そ、その件についてはすみません…」
事件の原因でもある漣次郎は、ただただ平謝りをする。
漣次郎はビスロにだけ、こっそり“テルルの異能”について話をしていた。
漣次郎としてもビスロがテルルを利用しないという全面の信頼で打ち明けたが…この情報、流石のビスロも面食らっていたのだ。
そしてビスロが下した判断。
“この件を私以外に口外しないように”。
魔族迎撃のための最終手段にもなり得るテルルの異能…ひとまずはそれを秘匿する事になったのだ。
ビスロは上着を羽織り、政務用の姿になる。
そして彼は懐から、謎の書簡を取り出した。
「レンジロウ、早速だが任務だ。この書簡の差出人の元へと向かって欲しい。既に親衛部隊に馬車を手配させているからそれを使え」
「秘伝術捜索の手掛かり…ですか?」
「そうだ」
ビスロは書簡を漣次郎に手渡す。
そして彼は、私室を足早に出て行きながら背中で告げる。
「差出人はナディル・ヤショウ…パマヤのラミ教大神殿『太陽祈院』の大司教で、聖者マルゲオスの末裔だ。彼女から“パマヤへ来て欲しい”と言われたのだが、何故かラージェも名指しで招待されているぞ。特務隊はラージェと共にパマヤへと向かってくれ」
こんな年の瀬にこれを読んで下さっている皆々様に感謝を。
来年も引き続きお付き合い頂けると幸いです。




