その49 嘘つきの仮面
ワルハラン騒乱は、フェリアが行方不明になるという思わぬ形で終息した。
同じくモードン領に居たマリィルも姿を消したが、何故かラージェだけは残っていたという。漣次郎は宰相ビスロに随伴する形で王都を目指し、ラージェの様子を探るが…。
穏やかな夕暮、広大な運河を船が進む。
晩秋の黄昏時でも王都近郊は活気があり、今も運河には大小多数の船が行き来する。岸に立ち並ぶ家には明かりが灯り出し、夜の訪れを感じさせる。
「王都かぁ、久しぶりだな」
「す、スゴイ…レンこれ、えっ…これも人間の町なの!?」
「凄いでしょテルルちゃん、これがこの国一番の町だよ。ワルハランも大きかったけど、ここはあそこより大きいよ」
「わふー…」
漣次郎は今、ビスロと親衛部隊に付き従って王都へと向かっている道中だった。ワルハランと王都を繋ぐ運河を船でゆっくりと進んで来て、今は郊外から王都の城壁をはるか遠くに見ている。
隣ではテルルが甲板でピョンピョンと跳ねて興奮しており、それをミューノが微笑ましく見守っている。ビスロに認められたテルルだがまだ存在は公にされておらず、今も全身を覆って隠している。
ちなみに…ここにココロンは居ない。
「ねぇミューノ、そう言えばココロンは?」
「ココは船酔いです」
(ああ、何か前にもこんなことあったなぁ)
漣次郎は妙な懐かしさを感じながら、遠くの城壁を眺める。
…そしてそこには、何故かもう1人。
「しっかし魔族ねぇ、オレも初めて見たぜ」
半魔族の騎士ワールが、何故かこの船旅に同行していたのだ。
今日の昼、漣次郎はビスロに“協力者も王都に連れて行きたい”というお願いをしていたのだ。ビスロはそれを思いの外快く受け入れてくれたので、漣次郎は“フェリア襲撃犯を捕まえた騎士”という事でミューノとココロンを呼んでいたのだ。
しかし何を思ったのか…ココロンが“じゃあワールさんも!”と言いだして、彼も同行する事になってしまったのだ。しかも何故かワールはビスロと面識があるようで、何やら親しげに話しているのを漣次郎も見ていた。
そのワールはというと、テルルよりも漣次郎へ興味を示していた。
「アンタ、前にミューノと一緒に居る所に遭遇して以来だな。今更オレの自己紹介する必要は無いよな?」
「うん、そうだね」
「しかしアンタ、ミューノの従弟ってのはウソだったようだな?」
「まあね、僕もちょっと訳ありで」
「ふーん…」
漣次郎はまだ、ビスロにも“フェリアに転生していた異世界人”という正体を明かしていない。あくまで“助けた魔族から偶然フェリアの秘密を知ってしまった一般人”という体で居るので、今の所はただの外国人として振る舞っている。
しかし、ワールは納得していないようだ。
銀の猫目で漣次郎の顔を覗き込む。
「フィズンで拾ったそいつを、どうやってレーヴェットの辺境まで連れて行ったんだ?外国人に出来るとは到底思えねぇが」
「ええと、一応そういうのが出来る方法が僕にはあってさ」
「方法…か」
ワールの鋭い眼光には敵意こそ無いが…何か言いたい事はあるようだ。
「…オレは鼻が利くんだ」
「鼻…?まあ君が半魔族なら、そういうのもあるんだろうね」
「オレが言いたいのはそういう事じゃねぇ」
そうしてワールは、ふいっとそっぽを向く。
「オレには匂いでわかるんだよ。この前会った時も妙だとは思ったがな…こうしてちゃんと話して確信した」
そう言い残して速足で去るワールの後ろ姿を、漣次郎は黙って見送る。
(そう言えば…“フェリア”から漣次郎に戻った時も、テルルは何故か見抜いていたね。半魔族のワールもそういうのを感じるのであれば、きっと彼には僕の正体がバレたんだろうな)
しかしワールは多くを言わずに立ち去った。
(いずれ僕の事をきちんと話さないとな。今まで関わってきた人達と、また過ごしていけるように)
しかしその為にも、やらなければいけない事がある。
ラージェの嘘を暴き、フェリアの正体を皆に知らしめるのだ。
ビスロ率いる親衛部隊は、日没に王都入りした。
モードン領から移送されてきたというラージェが王都の憲兵隊本部に収監されているという情報がビスロの元に届き、漣次郎の強い要望でその夜そこへ向かう事となった。
「ビスロ様、こちらがあの娘の吐いた情報になります」
「そうか、ご苦労だった」
憲兵隊本部にはビスロと親衛部隊数名、そしてそれに付いて来ている漣次郎とテルル、さらにミューノとココロンも一緒に来ていた。ちなみにワールは“用がある”と言ってどこかへと去っていた。
今は王族のビスロを憲兵が恭しく迎え入れ、応接用らしい部屋に案内されていた。憲兵の1人が“ラージェの自供資料”なる物をビスロに渡しており、それをビスロが静かに黙って目を通している。
「ラージェは精神状態があまり落ち着いておらず、かなり落ち込んでいるようでした。またフェリアとマリィルの2人の行方はあの娘にもわからないようです」
「そうか…」
「ラージェの情報によると…フェリア達はどうやら、レーヴェット地方にある“隠遁する半魔族の集落”からやって来た存在のようです。そうして何やらシュレンディア王国に戦いを仕掛けるよう企んでいるとの事でした」
「成程な…しかしラージェは置いて行かれたと」
漣次郎達はその話を…黙って聞いている。
(ラージェ…あいつ、この為に1人残ったんだな)
漣次郎はというと、ラージェのやり方に驚いていた。
どうもラージェはわざと1人残り、フェリアに置いて行かれたというフリをしてシュレンディアに嘘情報を流すつもりなのだろう。帰りにしたってフェリアの力を以てすれば、ラージェを助け出すなど造作も無いのだろう。
そう漣次郎が考えていると、突然ココロンがバッと手を挙げる。
「あの、ビスロ様!」
「む、どうしたココロン君」
「あたし、ラジィさんに会いたいです!行っちゃダメですか!?」
「しかしだな…」
真剣な面持ちのココロン。
ビスロは眉を顰めるが…そこにミューノも乗っかる。
「ビスロ様、わたしとココはラージェさんと半年一緒に騎士をしていた仲です。きっとラージェさんも、わたし達になら話しやすいと思うんです!」
「そーですそーです!ビスロ様、是非!」
ココロンとミューノの強い要望を受け、ビスロも頷く。
「…そこまで言うのであれば、行って貰おうか。確かに其方達相手なら、あの娘も話し安かろう」
許可を得たココロンとミューノは一礼し、憲兵に案内されてラージェの元へと向かって行った。
部屋にはビスロと漣次郎、テルルが残される。
ビスロは静かに一言。
「…この情報は嘘、そうだな漣次郎?」
「ええ。フェリアの故郷はレーヴェットではありませんから。きっとラージェが嘘を言って、シュレンディアを混乱させる気なんですよ」
「ふむ、確かに“フェリアが魔王の手先”という可能性を考えなければ…ラージェの言葉を疑う事すらできなかっただろうな」
しかしビスロの表情は難しい。
出て行ったミューノ達の方角を向き…重い息を吐く。
「…しかし、あのラージェが真実を打ち明けるとは思えん。レンジロウ、何か策は無いのか?」
「そうですね…」
漣次郎も苦笑いだ。
何しろラージェは…レーヴェット騎士団に発見されて以来、全てを騙して来たのだ。今更ボロを出すとは到底思えないが、何とか彼女の正体を皆の前で暴きたかった。
「正直な所、手は1つしか無いと思っています。僕はそれに賭けますよ」
分の悪い勝負だが、漣次郎は悪い気分では無い。
遂にフェリアに反撃を成せる…それが嬉しかった。
「…あれ、ミューにココじゃん。どしたのこんな所に?」
ミューノはココロンと共に、憲兵に案内されてラージェの元に来ていた。
彼女は施設地下の牢に拘留されており、憔悴しきった表情で俯いていた。ミューノ達が来たのに気付くと彼女は顔を上げ、明らかに無理をした笑顔を向けて来た。
「ラジィさん…」
勢いで会いに来たものの、ココロンは複雑な表情だ。
ラージェもばつが悪そうにそっぽを向き…乾いた笑い声を漏らす。
「へへ…ココもミューも、アタシの話を聞いちゃったんでしょ?」
「は、はい…」
ラージェは悲しそうに眼を閉じ、深く頭を下げる。
「…ゴメンね、アタシ…いや、アタシ達3人は嘘をついていたんだ。アタシ達は故郷の…銀嶺山脈の奥地にある“半魔族の集落”から来て、故郷の皆の為に活動していたんだよ。姉様が手柄を挙げ続けていたのもその為なんだ」
「隊長やラジィさん、マリィさんの故郷…?」
「そう…“魔の侵攻”の頃に、シュレンディアで迫害される事を恐れて銀嶺山脈に逃げ込んだ半魔族の末裔が住む村さ。皆人間を怖がっているけど、故郷は貧しいから…円満にシュレンディア入りできるように手柄を立てるのがアタシ達の使命だったって訳さ」
ラージェの言葉を聞き、ココロンは躊躇いながら…ラージェに訊ねる。
「でもラジィさん、隊長は貴女をその…置いて行ってしまったんですよね?」
「…」
ラージェは言葉を詰まらせ、顔を顰める。
「…姉様、きっとアタシが足手纏いだったんだ。だからアタシだけを置いて行っちゃったんだよ。たぶん姉様にはアタシの知らない秘密があって、まだ何かしでかす気なのかも」
ラージェの悲痛な嘆きに、ココロンも目を潤ませる。
「あたしはぁ!まだあたしはラジィさんを、マリィさんを、隊長を信じていますから!きっと隊長の行動にもちゃんとした理由があって、それは良い事かもしれないんですから!隊長がラジィさんを置いて行ったのだって、悪い意味じゃないかもしれませんよ!?」
ミューノから“フェリア達は魔王の手先”と聞かされてもなお信じたく無いのだろう…ココロンは必死に、3人を信じる道を選ぼうと振る舞う。
「…うん、そうかもねココ」
ココロン励まされ、僅かに微笑むラージェ。
ココロンもそれに応え…ラージェの手を檻越しにぐっと握り締める。
そしてミューノは…真顔で終始それを黙って見ている。
(これが全部、演技だって言うの?レンさん…)
ミューノは2人のやり取りを見て、ラージェの態度に内心驚愕していた。
ミューノが実際に見た訳では無いものの…漣次郎の情報によれば、ラージェは“漣次郎を始末しようとした”と言うのだ。この軽快で大雑把な半魔族が、それだけのものを秘めているようにはとても思えなかった。
(わたしはそういうのを見抜くのが得意だって自負があったし、マリィルさんが何かを隠しているのは分かっていた。だけどラージェさんのは全く分からなかったなぁ)
そんなミューノの内心を知ってか知らずか…ラージェが恐る恐る問う。
「…ミューはさっきから怖い顔をしてるねぇ。やっぱりパルサレジア的には、アタシ達のやっていた事は許せないのかな?」
緊張している風を装うラージェに対し、ミューノは敢えて冷徹に言い放つ。
「厳しいことを言いますと、やはりパルサレジア公はフェリア隊長を排斥すべきと陛下に進言すると思います。陛下のお考えは分かりませんが…パルサレジア公はシュレンディアの利益を第一に考えておられますので」
「そっか、そうだよね…」
「…わたし個人としては、皆でまた騎士が出来ればいいと思っていますけど」
「あたしもそう思っています!」
3人の少女は、傍目に和気藹々と言った様子で語り合う…。
そんな3人に、憲兵が割って入る。
「おい、ラージェ。ビスロ様がお呼びだ」
「…はい」
「ビスロ様が“直接話を聞きたい”と仰っている。その場にカイン王もいらっしゃるぞ」
「陛下も…!?」
3人の間に、緊張が走る。
深夜の憲兵隊本部は…急の国王訪問で騒めいている。
夜の憲兵隊本部、大広間。
そこには…普段ではありえない程の人が集まっている。
シュレンディア国王カイン・アルデリアス。
カイン王の長子である宰相ビスロ・アルデリアス。
ビスロの親衛部隊が数名。
王都守護を任とする憲兵隊の幹部。
その全員が…ラージェの証言を聞きにやって来ていた。
(ラージェ…見てろよ?)
そんな中…漣次郎はビスロ親衛隊の制服を借り、その列に混じっていた。ちなみにミューノとココロンは憲兵隊の末尾におり、ともに状況を見守っている。ただテルルだけは、漣次郎の要望で部屋の外に待機してもらっている。
広間のほぼ中央、憲兵に囲まれるラージェはガチガチに固まっている…ように見える。そして沈痛な面持ちで座るカイン王の合図で、審問会議が幕を開ける。
「フェリアが姿を消した…」
カイン王が、呟く。
「フェリアは療養に入って以来…ワルハランでの騒動の事を気にしておった。そして“自分で半魔族を説得する”と言って、儂が許可した上で昨晩ワルハランへ向かったのだ」
悲嘆する王はラージェを真直ぐ見据える。
凝視されたラージェが身を竦める…。
「しかしフェリアは、いずこかへと姿を消した…マリィルと共に。そしてワルハラン騒乱を煽っていたのがフェリアを支持する『月の民』で、昨夜フェリアを刺したのも『月の民』…そう報告を受けている」
「…」
ラージェは押し黙っている。
「昨晩フェリアが刺された事件だが…犯人が『月の民』であると分からなかったら大事になっていただろう。それこそ半魔族が“王政がフェリアを抹殺しにきた”と勘違いして、大規模な反乱の契機にもなり得たのだ」
信頼していたフェリアに騙されていた事が、カイン王は堪えたらしい。頭を抱えるカイン王に代わり、ビスロがラージェに宣告する。
「ラージェ、其方が知る限りの情報を言うがいい。フェリアの事でも良い、『月の民』の事でも良い…情報が有益であれば、其方の処遇も良くなるぞ。既に其方達3人はシュレンディアに背いているのだ、このままでは厳しい罰が下るぞ」
「…わかりました、アタシの知ってる範囲ですけど…」
そうしてラージェは…ゆっくりと語り出す。
「銀嶺山脈のどこかに半魔族の集落があり…其方達3人はそこから来たと」
ラージェの話を一通り聞き、カイン王は呻く。
ラージェも緊張気味に、それでもはっきりと伝える。
「アタシ達の故郷の皆は、シュレンディアの民になる事を望んでいた…と思います。だけど故郷の皆はシュレンディアで半魔族が迫害されているとも思っているので…」
「故に其方達3人がシュレンディアで騎士となり手柄を挙げ、故郷の民を受け入れるようシュレンディアに進言できる立場になる…それが目的だったと」
「だと、アタシは思っていたんですが」
ラージェは涙声で、カイン王に訴える。
「だけど…だけど姉様は、アタシを置いてどこかへ行った。きっと腹の底ではずっとアタシを“足手纏い”だと思っていたから、アタシを捨てて行ったんだ…」
ラージェが振り絞るように、震える声で訴える。
「姉様はね、故郷の長の娘だったんです…だから姉様だけは何かを知っていたんだと思う訳で。きっと故郷の長の願いは…アタシが聞いていたのとは違うんだと思います」
驚くカイン王。
ビスロが促す。
「違う…とは?」
「だって…故郷の皆をシュレンディア入りさせるだけなら、姉様が“魔の再来”で手柄を挙げた時点で可能だったんですから。それに今回のワルハランでの騒動…」
ラージェは唇を噛み…思案する。
「きっと故郷の皆は…シュレンディアに戦いを仕掛ける気なんです!」
その言葉に、カイン王が目を見開く。
「な、何だと!?」
「だって陛下…ワルハランで騒動が起きれば、シュレンディアはそっちに気を取られますよね?それにワルハランは国の東の端…その隙に西の銀嶺山脈で何かをやるっていうのはあると思うんです!」
しかしラージェの言葉に、ビスロが疑念を向ける。
「…其方、そこまで頭が回るとは思わなかったな」
「いえ、アタシは別にそんなじゃないですけど…ただ姉様が、1人でよくデルメーに行っていたから」
「成程な…」
ビスロの疑惑を躱し、ラージェはカイン王に必死に訴える。
「アタシ、故郷の場所はもううろ覚えですけど…アタシが置いて行かれた以上、皆は故郷を捨てて移動している筈です!早く銀嶺山脈を捜査して姉様や故郷の皆を探し出さないと、きっとシュレンディアは大変な事になりますよ!?姉様には『月の民』って言う仲間もいるんだ、放っておくと手遅れになります!」
ラージェの言葉には、“フェリアに置いて行かれた”という恨みが色濃く滲んでいた…。
(…流石だよラージェ。とても演技には見えないね)
審問を黙って見ていた漣次郎は、内心感心していた。
“信じていたフェリアに捨てられたから、フェリアの情報を喋ってやり返す”というラージェの言い分は自然だ。そしてラージェだけが置いて行かれた理由が“足手纏い”と言うのも、騎士団でのラージェの能力を鑑みれば不思議では無い。
(これをシュレンディアが真に受ければ…レーヴェット騎士団を中心に“ありもしないフェリアの故郷捜索”が行われるだろうね。ワルハランとデルメーの策が潰えても、王政の注意がフィズンから外れれば何でもいいって訳か)
しかし、彼女の思い通りにはさせない為に。
漣次郎は行動を開始する。
「ビスロ様、1つ宜しいでしょうか?」
突然、漣次郎が挙手しビスロを伺う。
この審問に漣次郎が乱入するのを想定していたビスロは、彼の元までゆっくりと歩み寄る。
「良いぞ」
「では失礼して…」
そうして漣次郎は、羽織っていた親衛部隊の服を脱ぎ捨てる。
「陛下、ラージェの言葉は全部嘘ですよ?」
親衛部隊の列から一歩踏み出し、漣次郎は宣言する。
ラージェは…全く動じず、自然と怪訝な表情を浮かべている。
「其方、何者だ?」
突然自己主張した漣次郎を、カイン王が注視する。しかしここまでは織り込み済みだったビスロが、予定通り漣次郎をフォローする。
「父上、このレンジロウという男は…昨夜私が『月の民』に狙撃された際、身を挺して命を救ってくれた者です。この男はフェリアの秘密を知っているというので、この場に来て貰った次第です」
「フェリアの秘密…だと?」
驚くカイン王だが…突然、黙っていた憲兵隊の隊長が声を上げる。
「な、貴様…“夢遊病事件”の指名手配犯では無いか!?似顔絵と瓜二つだぞ!」
(む、気付かれたか)
確かに今の漣次郎は、変装など全くしていない。
しかしそれに気付かれるのも予定内だ。
「“夢遊病事件”も、フェリア達の仕業ですよ」
「何!?」
「ラージェは異能を隠し持っていて、それで“夢遊病事件”を起こしていたんです!」
「そんな突拍子も無い…それを信じろと言うのか!?」
カイン王は漣次郎の言葉が信じられない様子で、蟀谷を押さえる。
ラージェは“状況が分からない”と言うようにオロオロしている…。
しかし漣次郎は、遠慮するつもりは毛頭無い。
「陛下、フェリア達の故郷は銀嶺山脈なんかじゃありません!3人の故郷は…遥か北方の海の彼方、デルゲオ島なんです!」
この言葉に、カイン王も憲兵隊も驚愕する。
ラージェはというと…ビスロの顔色を伺っているようだ。
カイン王は立ち上がり、漣次郎を詰問する。
「な…其方、何を根拠に!?」
「根拠はもちろんありますよ!」
漣次郎は、ビスロに視線を送る。
ビスロも頷き、親衛部隊の者に合図を出す。
大広間の隅の扉が…ゆっくりと開く。
テルルが、大広間に入って来る。
当然、姿を隠してなどいない
まさかの魔族の登場に、憲兵隊が騒めく。
「ま、魔族だと!?」
カイン王は、言葉を失う…。
「…!!」
そんな中ビスロは淡々とテルルの紹介をする。
「この娘はレンジロウと共に私を救ってくれた者です。デルゲオ島に住んでいた魔族であるこの娘は、ラージェと知り合いなのだと言います」
静まり返る大部屋。
テルルは黙って進み、ラージェに語り掛ける。
「ラージェ様、もうやめようよ?」
テルルを目の当たりにし、ラージェは…。
「魔族…成程ね」
ラージェはテルルを一瞥すると、ビスロを見据える。
「ビスロ様ってば、そんなに姉様が嫌いだったんですね。まあ結果的には、それが正解だったんでしょうけど」
「ラージェ様…?」
ラージェはテルルを見ても、全くボロを出しそうに無い。
そして彼女は…テルルを憐れみの表情で見る。
「でもビスロ様、貴方も趣味が悪いですね…魔族を飼っていたなんて。たぶん元々は姉様を嵌める用の駒だったんでしょうけど…嵐か何かで流れ着いたのを捕獲したんです?」
「ね、ねえラージェ様…テルルの話を聞いて」
ラージェに無視を決め込まれ、テルルは震えている。
しかしラージェは…他人行儀な笑顔をテルルに向けるだけだ。
「君も大変だね。どうせ“こう言え”って仕込まれてて、ちゃんとできないと始末されちゃうんでしょ。可哀想にね」
そしてラージェは溜息交じりに、吐き捨てる。
「…これでアタシの知っている事は全て話しましたよ。あとの処遇は…アタシの証言を信じるかどうかは、王政にお任せします」
ラージェの厚い仮面は…テルルを以てしても剥がせなかった。
ラージェが憲兵に囲まれ、広間を去ろうとしている。
カイン王は…驚くべき情報の連続で、静かに目を閉じている。
ビスロは苦い表情で、ラージェの後ろ姿を視線だけで追う。
テルルは半泣きで、漣次郎の表情を伺う。
(いや…もう一押しすれば…!)
しかし漣次郎には、予感めいた確信があった。
素早くテルルに走り寄る。
「レン…ごめんね、テルルじゃやっぱり駄目だったよ…」
か細い声で謝るテルルの肩を抱く。
「いや…テルル、君ならいける。ラージェは多分、かなり動揺しているよ」
「ほんと…?」
「君にしかできない、君だからできるんだ。頼む、ラージェに君の想いを伝えてくれ!ラージェを助けるためにも!」
漣次郎の鼓舞で、テルルの眼に光が戻る。
そうしてテルルは頷くと、背中を向けるラージェの方に小走りで近付く。
「ラージェ様、聞いて!」
ラージェは足を止めない。
しかし彼女の肩に、僅かに力が入る。
テルルは怯まず、力いっぱいに叫ぶ。
「テルルの知ってるラージェ様はとっても優しくて、こんな事を好きでやるヒトじゃないよ!?こんな事を続けてたらラージェ様がおかしくなっちゃう!そんなの…ぜったいダメだよ!!」
ラージェが、足を止める。
「おい、どうした?」
連行する憲兵の言葉に、ラージェは応えない。
彼女の肩が震えている。
「ラージェ、お前何か…」
憲兵が言い切る前。
「がぁっ!!」
3秒にも満たない、ほんの僅かな時間。
ラージェは、連行していた6名の憲兵を素手で薙ぎ倒す。
驚く憲兵隊。
カイン王とビスロの前に素早く動く親衛部隊。
ラージェはゆっくりと…皆の方に向き直る。
「もうたくさんだ、騙すのも演じるのも!!」
ラージェが…見たことも無い歪んだ表情で、血を吐くように叫ぶ。
「全部を騙して、他人を利用して、罪の無い人を傷つけて!?アタシはそんな事がしたいんじゃない!!アタシは…アタシは、そんな事の為に産まれて来たんじゃあ無い!!!」
吐き捨てたラージェは…脱力し、俯く。
「テルル…おいで」
ラージェが囁く。
テルルは、ゆっくりと彼女に歩み寄る。
手の届く距離まで来たテルルを、ラージェはそっと抱き締める。
「君を悲しませて、泣かせてまで…」
「ラージェ様…」
「そんなことしてまでやらなきゃいけない事なんて、アタシにはもう無いのにね」
「わふー…」
テルルを抱くラージェの手に、力が籠る。
テルルは、されるがままにしている。
カイン王も、ビスロも、誰もそれに声を掛けられなかった。
嘘を纏って生きてきた少女の厚い仮面が、静かに剥がれ落ちる。
読んで下さる皆様に感謝します。
嘘をつくのは良くないですね、心身に悪影響を及ぼしますから。




