番外1 わたしの一番星
物語開始の数年前、騎士団学校に居た頃のミューノのお話です。
わたしの中に残る、一番古い記憶
とても暗い、曇天の日。
荒れ狂うる濁流の轟音。
冷たい泥の温度と感触。
両親、親族、友人、故郷…大切なモノ全て。
全部をギゼロ河の濁流が押し流してしまったあの日。
ミュウ・イオラという人間は死んだのだ。
春のシュレンディア王都は、花が咲き乱れる華やかな町だ。
その王都の南の外れにある“騎士団学校・女子分校”では今日、入学式が行われている。12歳になったばかりで騎士を志す少女達が約100名、この国を守る騎士となるべくここへとやって来ていた。
…そんな中に、わたしも混じっている。
(騎士団学校か…面倒だなぁ)
今は学校の大講堂で、式典が始まるのを待っている状態だ。わたしは力を抜き、椅子の背もたれに体重を掛けて…始まる時をゆったりと待つ。
(しかし女性騎士…ね。“英雄である勇者アルヴァナに倣い、立派な女騎士を育成する”っていうのがこの分校だってパルサレジア公は仰っていた。だからわたしも…)
わたしは周囲の“同級生”の気配を探る。
…脅威になる相手は居なさそうだ。
わたしはひとまず安心する。
(今年の新入生に半魔族の女子は居ないね…これならパルサレジア公の任務も問題無くできそうだ。半魔族には身体能力的に敵わないから…)
パルサレジアの一員としてわたしがやるべき任務…それは、この騎士団学校を首席で卒業する事だ。
『ミューノ、お前にしかできない任務を与える』
先月の冬の月、パルサレジア家当主のノルガル様が急にわたしを呼び出してそう仰った。わたしの返事は、最初から決まっていた。
『身に余る光栄です、わたしに務まる任であれば何なりと』
…わたしは5歳の時、ギゼロ河の水害で家族も故郷も失った。
そんなわたしを保護してくれたのが、このノルガル様の一族が代々運営する“パルサレジア孤児院”だった。シュレンディアで最も大きい孤児院だが…そこはただの孤児院では無かった。
孤児達は…諜報員としてパルサレジア公の手足になるべく育てられるのだ。
わたしも孤児院で、多くを叩きこまれた。
嘘の見抜き方と、嘘の吐き方。
隠密活動のやり方。
そして…人間と戦う方法も。
『ミューノ、騎士団学校に入学して騎士となるのだ。そしてできるだけ高い成績…可能なら首席で卒業しろ』
『わかりました、公の仰せのままに』
孤児院の同世代の中でも、わたしは戦うのが一番強いし隠密も上手だ。ノルガル様がわたしを選んだ理由が良く分かった。
『カイン王は以前から半魔族の地位向上を推し進めており、その神輿としてフェリアという者を担ごうとしていらっしゃる。お前の3歳年上の娘で、現在騎士団学校に在学中だ』
『そのフェリアという人が…何か?』
『フェリアは才能に溢れていて、騎士団学校を首席で卒業する見立てだ。そしてカイン王はフェリアを出世させて、いずれ行う“デルゲオ征伐”の先鋒にするつもりなのだ』
『デルゲオ島征伐…ですか』
『恐らくフェリアは中隊長くらいまで出世するだろうが、その部隊を女性で固めたいというのがカイン王の意向だ。フェリアは卒業すれば数年で小隊長にはなるだろうから、その時お前が騎士団を首席で卒業すれば、順当に“フェリア小隊”に入れるだろう』
『そしてそのフェリアを監視する…それがわたしの任務ですね』
『その通りだ』
ミューノは胸を張り、恭しく首を垂れる。
『わかりました。ノルガル様の期待に応えるよう、全力で尽くします』
騎士団学校・女子分校。
この学校に“純粋に騎士を目指す”という目的で入学する者は…実のところ意外と少ないらしい。
この国において、男性に最も人気のある女性の職種…それが騎士だ。
シュレンディアでは、戦う女性がとても人気がある。なにしろ“魔の侵攻”でこの国を救った女勇者アルヴァナは…国中外で絶大な人気を誇り、信仰対象とも言える程の支持を集めているのだ。
その為優秀な女騎士は…貴族の名家に嫁ぐ事例も多く、過去には王家の遠縁に嫁入りした者まで居るのだ。なので中流貴族の家の期待を背負い、名家との繋がりを作る為に渋々騎士を目指す娘もここには多い。
本当に“立派な騎士になる”と言う意志を持ってこの女子分校に入学する者は…全体の1割に満たない。つまりわたしが主席として卒業できる可能性は、とても高い。
入学してから数カ月。
わたしは既に、学年で浮いていた。
「あら…ねえ見てよ、あの娘ったら…」
「だってあの娘…例の家の…」
「この前もこれ見よがしに…」
わたしは1人、騎士団学校の生活を孤独に過ごしていた。
(皆わたしの陰口を叩いてる。まあどうでも良い…パルサレジア公の任務を果たすのが、わたしの一番の目的なんだから)
入学してすぐに、わたしは突出した成績で周りを引き離していた。
なにしろわたしはパルサレジア孤児院で小さい時から訓練をしてきた。だから入学時点で他の皆と差があるし、それは仕方が無いと思ってた。
…それでも、わたしを良く思わない人がたくさん居るみたい。
(どうでも良い、とにかく頑張らないと。“騎士団則”は孤児院であまり習わなかったから、これに力を入れよう…座学も大事だからね)
今更何も、辛いとも悲しいとも感じはしない。
わたしは静かな図書室で…放課後も勉学に明け暮れる。
静かな夕暮、わたしは図書室で静かに本の頁を捲る。
この学校は全寮制なのだけど、寮の部屋では集中できる気がしなかった。何しろ寮は2人1部屋なので同室の娘が居るのだが…その娘はいつもわたしを変な目で黙って見て来るので、正直苦手だった。
まあ友人を作る暇も惜しいわたしは、そんな事を気にするつもりも無い。黙って“騎士団則”の原本を捲り、要点を頭に叩き込む。
不意に、誰かの気配。
司書しか居ない筈の、夕方の図書室。
死角の本棚に、誰かが居る。
(まさか…)
その気配に、わたしは呆れる。
「…出てきたら?」
「ふぇ!?」
本棚の向こうから、素っ頓狂な声。
そして明るい茶髪の女の子が、おっかなびっくり顔を出す。
「あ、あはは…ばれちゃってたか!」
姿を現したのは…わたしと寮が同室の少女ココロン・ベルンだった。普段は全く声を掛けずにわたしをじっと見て来るこの娘が、わたしは苦手だ…。
「何の用?」
わたしは動揺しながらも、至って普通の声でそう言う。
でも冷たい言い方をわざとしたのに…ココロンは気にも留めず近寄って来る。
「えへへ…ミューノちゃんが何をしてたのかなって!」
「勉強」
「そうみたいだね、ミューノちゃんは勉強家なんだ」
突き放した言い方をしたつもりが、馴れ馴れしいココロンはわたしの向かい側の椅子にストンと座る。そうして頬杖を突き、わたしの事をジロジロ見て来る…。
「…何なの?」
怖い。
この娘が何を考えているか分からない。
緊張する。
内心硬直するわたしの事を知ってか知らずか…ココロンは少し悩んだ末、両手で机をおもいっきり叩いて立ち上がる。
「ミューノちゃん、どうしたらミューノちゃんみたいに強くなれる!?」
それが、わたしとココロンの最初の繋がりだった。
あっという間に時間は過ぎて、今は夏季。
「ミューノちゃん、強いねぇ!」
「…そうだね」
「あたしもミューノちゃんみたいになりたいなぁ!」
「頑張ればなれるよ」
「そう?えへへー!」
騎士団学校の模擬戦闘訓練で、わたしはココロンと腕試しをする。ココロンは負けても負けてもわたしに突っかかって来て、そろそろわたしは疲れて来ている…。
入学当時にココロンがわたしをよく観察していたのは、なんでも“ミューノちゃんの強さの秘密を探る!”のが目的だったらしい。
さんざんわたしに倒されて、ココロンは大の字で寝っ転がる。
「ひゃー…ミューノちゃんにはまだ敵わないや!でもあたしは強くなるんだ!」
「…悪いけど、首席は譲らないよ?」
「へへーん!そんな事言ってても、あたしがすっごい強くなるかもじゃん!?」
「どうだろうね」
「もー、冷たいねぇ!」
いくら負けてもへこたれないココロンに、わたしは参ってしまう。でもココロンは満足そうで、きれいな薄緑の眼をキラキラと輝かせている。
「あたしはね!勇者アルヴァナみたいな騎士になりたいの!」
ココロンを突き動かす原動力はこれみたい。
彼女は“三英傑の英雄譚”が大好きらしく、その御伽話に出て来るアルヴァナに憧れているという。わたしはあまり興味無いけど…この娘が首席を目指すとなると話は別だ。パルサレジア公の任務の妨げになるなら、排除する必要がある。
…まあ正直、この娘はわたしの脅威にはならないだろう。
という事で、わたしはココロンの挑戦を一応受けてあげているのだ。
大事の字で転がるココロンの周りに、同級生が集まって来る。
「ココロン、またパルサレジアさんに挑戦ー?」
「そうだよアキ!でもミューノちゃん強くって!」
「ココちゃん無理よ。パルサレジアさんは天才ですもの」
「駄目だよウェスタ、きっとミューノちゃんだって努力したんだよ?だからあたしだって努力をすればミューノちゃんみたいになれるって!」
無邪気なココロンの周りには…いつも大勢の人が居る
ココロンには、人を惹き寄せる何かがある。
わたしは溜息と共に、倒れたままのココロンに手を差し出す。
「起きなよココロン」
「えへへ、ミューノちゃんありがと!」
屈託の無い笑みのココロンは迷わずわたしの手を握り、元気よく起き上がる。その顔には多少の悔しさもあるものの…それを感じさせないやる気で満ちている。
「よし、もう一回!」
「わたし休みたいんだけど」
「えー!?」
懲りないココロンを、見かねたらしい級友が宥めてくれる。
「ココちー、ミューノさんも疲れてるよ?諦めなって」
「むうぅ…クゥナがそう言うなら…」
そう言いつつも、ココロンは見るからに不満気だ。
しかしわたしはわざとらしく、胸を張って宣言する。
「孤児のわたしはパルサレジア公のお陰で、こうして学校まで通わせてもらえているの。だからわたしは良い成績で卒業し、立派な騎士になって、パルサレジア公に恩返しをしないといけないんだから」
そう言ったわたしを見る皆の眼は…陰口を叩かれていた頃の様に冷たくは無い。
「パルサレジアさんって立派ね、同い年とは思えないなー…」
「素敵な志ね、パルサレジアさん。私も応援して差し上げますわ」
「いいなー…私なんて親の下心で騎士になれって言われてんのよ?要するに“貴族に媚を売って玉の輿を狙え”って事なんだけど、ホント嫌になっちゃう!」
ココロンと付き合いだして以来、友人の多い彼女がわたしの事をそこら中で言いふらしているらしい。そのお陰か…わたしの境遇を理解してくれる人がとても増えたのだ。
(学校生活とかどうでも良いと思ってたけど、やっぱり何だかんだ楽しいな。孤児院に居た頃は皆が競い合わされていて、仲間はいるけど友達は出来なかったから…)
わたしはちょっとだけ、ココロンに感謝している。
「どうだミューノ、騎士団学校での生活は」
「現状特に問題ありません。首席卒業の障害も無いです」
夏季後節に入り、騎士団学校は夏季休業に入っていた。わたしは一時孤児院へと戻り、ノルガル様に報告を行っていた。
「それは重畳。して、フェリア達はどうだ」
「半魔族の3人ですね。学年が違うので、あまり詳しく探れてはいませんが…」
わたしは“首席卒業”という任務の他に、フェリアを含む半魔族3人について身辺調査を行っていた。しかしわたしは入学早々に悪目立ちしてしまったので、あまりちゃんと探れてはいなかった。
「フェリアさんは聞いていた通り、自己主張が激しくとにかく目立っています。いつも自信満々で、校内人気がすごいです」
「ふむ…」
「ラージェさんはサボり魔で、偶にしか姿を見ません。それで学友からも疎まれているみたいですね。だけどマリィルさんは…」
フェリアと仲が良いという半魔族2人の内、片方はただの不良生徒だった。しかしもう1人の兎獣人マリィルはかなり怪しかった。
「マリィルさんの周囲に、『月の民』と思われる謎の人が良く出入りしています」
「そうか…やはりな」
カイン王の推進する“半魔族の地位向上政策”を利用しようとする無法者が居るという噂、ノルガル様は随分前から知っていたようだ。
「引き続き、調査を頼むぞ」
「仰せのままに」
ノルガル様の冷徹な言葉に、わたしは静かに頭を下げる。
…そして、わたしにとっての本題。
「ノルガル様、もう1つ報告が」
「どうした」
「夏ノ60日から3日間、王都に滞在しようと思います」
「ふむ?何故だ」
「その、学友と…」
「ほう…」
何を言われるか分からない…そんな不安もあったが、ノルガル様は思いの外すんなりと返事を下さる。
「どうせ夏季休業中はフェリア達も特区に帰っている。その間はワルハランの部隊に監視を任せているから、お前は好きにしなさい。任務さえ全うできれば、私は過程に拘らん」
「ありがとうございます!」
という事で、わたしは夏季休業の数日をココロンと過ごす事になった。
「えへへ、夏休みだよミューノちゃん!何して遊ぼうか!?」
「ココロン、それ何回言うの…?」
「だってだってー!」
王都中央に向かう乗合馬車の中。
周りの目を気にせずはしゃぐココロンと共に、わたしも馬車に揺られている。
事の発端は、夏季休業の直前。
“休み中はずっと寮に居る予定で、一度だけ孤児院に帰る”と言う予定をココロンに告げたら、“じゃああたしの家に遊びにおいでよ!”と強引に誘われ…彼女の実家に数日お邪魔する事になったのだ。
(友達…か。わたしそういうの良く分からないけど、楽しみ)
わたし自身も珍しく、結構うきうきしている。
…だけど、心の奥底に何かが疼く。
(ココロンは…きっと幸せな家族に囲まれて育ったんだろうな。わたしは家族の事…思い出も、顔すらも、ほとんど覚えてないけど)
夕暮の王都を臨みながら。
同じ歳なのにこんなに違う…わたしとココロンの差が、無性に悲しかった。
「あらあら貴女がミューノちゃんね、初めまして!」
「よく来たねぇ、狭いところだがゆっくりしておくれ」
ココロンの実家は、王都城壁内の花屋だった。
夜中ようやく到着したその場所は…城壁にほど近い場所にあり、確かにちょっと小さい店だ。しかし王都城壁内というこの国の一等地に店があるという時点で、かなりいい暮らしをしていると言える。
「えへへ、ただいまー!」
「お、お邪魔します…」
ココロンの両親は、とても大らかで優しい夫婦だった。
彼女が“こう育った”と言うのも納得の家族だ。
「さあさあ、夕食にしましょうねー」
「ミューノちゃんも遠慮せずにな!」
「は…はい」
一人娘のココロンを溺愛し、沢山の花を育てながら売るその店は…華やかで、彩に溢れ、わたしにはとても似つかわしくない場所だった。
「明日が楽しみだね、ミューノちゃん!」
「うん、そうだね」
夜、わたしはココロンの部屋にお邪魔している。
明かりも消え、仮拵えの布団に横になりながら…暗闇でココロンと語り合っている。ココロンは目が冴えて眠れないのか、夜中なのにいくらでも喋っている。
「明日は魔法院の“賢者像”と“賢者の墓”を見に行って…その後王都中央広場の“三英傑と英雄王の像”を見て…あとはラミ教神殿に夕方行こう!」
「毎月2回の“聖鐘の日”だっけ?わたし初めてだ」
「そうなんだ?あたしは騎士団学校入学までは毎回行ってたよ。」
わたしがココロンのお家にお邪魔した理由…それがコレだった。
「『三英傑の名所巡り』か…ココロンの趣味は変わってるね」
「そうかなぁ?うーん、でもまあ確かに、誘ってもミューノちゃん以外は誰も乗ってくれなかったんだよねー」
(だろうね…)
三英傑が大好きだというココロンは、夏季休業前に友人を手当たり次第に誘っていた。しかし少女らしからぬその趣味に付いて来れる娘はおらず…友人の多いココロンでも残念ながら乗る者が居なかったらしい。
という事で、見かねたわたしがそれに乗ったのだった。
翌日から2日間、わたしはココロンの“三英傑の名所巡り”に付き合う事になった。目的地は王都周辺のみ…最初“フィズンもデルメーもパマヤも行きたい!”と宣ったココロンだが、流石にとんでもない旅程を少女2人では無謀という事で…わたしが何とか止めたのだった。
夕刻、ギゼロ河の畔。
大河に掛かる大橋の側にある、大きな石碑の側にわたしは居た。
「いやー、楽しかったねミューノちゃん!」
「そっか…わたしは疲れたなぁ」
「えー!?あたしはまだまだ行けるけど!?」
「すごいなココロン、元気だね」
「えへへー、好きな事だからね!」
ココロンの“名所巡り”2日目の夕刻…今居るここは最後の目的地である“離別の碑”とかいう場所だった。わたしにはどういう場所か分からないけど、他にも観光客が居る辺りは有名な場所…らしい。
わたし達はそんな名所の側で…ちょっとした茶屋に入っていた。
「ねえココロン、ここって何なの?」
「え、ミューノちゃん知らないの?」
「知らない」
「有名なのになぁー」
口を尖らせるココロンだが、ちょっと得意気に説明し始める。
「ここはね…“魔の侵攻”末期に勇者と聖者が別れた場所なの。王都から魔族を追い払った後、フィズンに攻め込むための仮拠点をこの場所に作ったんだって。だけど魔王が怪しい動きをしていたから、勇者が決死の夜襲を仕掛けることに決めて、聖者にそれを伝えたって伝承が…」
(この場所…嫌だな)
ココロンの話を聞くわたしは…胸の内が騒めいている。
だって此処は、わたしの故郷があった場所の近くだから。
すぐ傍に見えているギゼロ河の穏やかな流れすら、わたしの心をかき乱す。この河は夏季後節から秋季前節で荒れることがあり、ひとたび暴れ出せば人間の力ではどうしようもないのだ。わたしの故郷も、そうやって濁流に飲み込まれたんだ…。
「…ミューノちゃん、どしたの?」
「え!?」
ココロンに顔を覗きこまれている。
わたしはハッとなる。
「ご、ごめんね…ボーっとしてた」
「大丈夫?疲れちゃったかな…。ミューノちゃんにはしっかり付き合って貰っちゃったからね!」
「…いいよ、わたしも楽しかったから」
「ホント!?えへへー嬉しいなぁ!!」
わたしを心配するココロンの表情が、一瞬でぱっと輝く。
実際わたしも、このへんてこな2人旅を楽しんでいた。友人に振り回されて王都周辺を巡ったこの道程も、済んでみたら中々面白くはあった。
ココロンの笑顔で、わたしの心も少し軽くなった。
夕日に輝くココロンの新緑の眼が、わたしを捉える。
「ねえねえミューノちゃん!」
「何?」
「ミューって呼んでも、いいかな!?」
ドキッとした。
呼吸が止まる。
その名の響き…。
「…良いよ」
「ホント!?やったー!ねえねえ、ミューもあたしの事好きに呼んでよ!」
「そんな急に言われても…」
「じゃあ、ココって呼んで!」
「ミューにココ…安直じゃない?」
「いいからいからー!お願い!」
「…いいよ、ココ」
「やったー!」
小躍りするココロンを尻目に、わたしはそっと胸を押さえる。
家族を失ってパルサレジア孤児院に入った時…わたしは本当の名前を名乗らなかった。両親から貰った名前でパルサレジア姓を名乗ってしまうと、わたしがわたしじゃ無くなる気がしたから。
田舎の戸籍は大雑把で、わたしの本名を知る人は皆ギゼロ河の濁流に消えていた。だからわたしは…“ミュウ”という本当の名前を胸の奥に仕舞い込み、ミューノという偽りの名で心を守っていたのだ。
本当に久しぶりに、名前を呼んで貰えた気がした。
ココロンに、そんな気は無かったんだろうけど。
胸の奥が熱くなる。
「…ねえ、ココはなんで騎士になりたいの?」
「え?それはもちろん…勇者アルヴァナみたいになりたいから!」
「…なんで勇者に憧れているの?」
「ええー?」
ちょっとだけ照れるココロン。
わたしも彼女の答えはだいたい分かっている。
それでも、敢えて聞いた。
「えへへ、だって勇者アルヴァナはカッコイイから!!」
いつだってココロンは純粋で、一番星のように眩い。
わたしは孤児院の指示通りにしか動けないから、余計にそう思う。
(ココも良い成績で卒業できるように、いろいろ手伝ってあげよう。それで一緒にフェリア小隊に配属…なんてなったら嬉しいな)
仲良くなったココロンと、もっと一緒に居たい。
自分自身の望みを自覚したのは…果たしていつ以来だろう?
わたしの心が、少しだけ息を吹き返した気がした。




