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その41 狼少女の過去

『聖地・銀嶺山には魔族が棲んでいる』。

秋月の祭壇でラージェが語った話は、今まで漣次郎が考えていた事実を覆す物だった。それどころか…ラージェとテルルが旧知だったというのが、それ以上に重大な意味を持っており…。

「フェリアは“魔の再来”を打ち払った英雄だー!」

「フェリアをフィズンの騎士団に戻せー!」

「フェリアが無事フィズンに戻るまで、我々は戦うぞ!」




 白昼のワルハラン特区に、大きな声が響いている。

 そんな特区近傍を、ミューノは隊で巡回中だった。

「毎日毎日、あの人達凄いね…」

「しょうがないよ、フェリア隊長は半魔族の期待の星なんだから!」

 半魔族による連日の“王政への抗議活動”に感心するミューノと、彼等の心情を推し量るココロン。遠目に見ても半魔族の抗議活動は非常に熱があり、しかもそれは日に日に加熱していた。

 抗議する者の中には人間も混じっており、ある程度“人相書き”を暗記しているミューノにはその多くが『月の民』だと分かった。


「フェリア隊長が直に来ればいいのに」

 騒動を眺めるミューノが、ぽつりと呟く。

 ココロンは少し難しそうな顔だ。

「確かに隊長自らここに来て“僕は大丈夫!冬には騎士団に戻るから!”って宣言しても良いのかもね。だけど…」

「“王政に言わされている感”がどうしても出るって事でしょ?」

「うん…それに王様がああ言ってても、王政内には隊長を嫌う人も多いって言うじゃん?ホントに追放されちゃうかもしれないし、隊長もそれを少し心配してた」

 確かにこの状況、フェリア自身でも打破は難しいのだろうとミューノも思う。

 カイン王もこの件について“フェリア復職は確定”と公言しているが…いかんせん王政は現にフェリアを嫌っている。そしてシュレンディアの政は国王の一存という訳にもいかない為、フェリアの今後は実際不透明だった。

「…テンジャ様も、いろいろ手を回してくれているらしいけど」

「あの方も難しい立場だよね、ミュー」

 この騒動で最も苦労しているのが、特区総督のテンジャ・アルデリアスだった。

 半魔族に理解があり温和な男であるテンジャは、特区と王政の間を取り持つために動いているという噂だ。しかし半魔族に甘い顔を見せる事すら嫌う王都議会の貴族達は、テンジャにとっても難敵なのだという。




「…あたし達に何か出来る事があったら、ミューはどうする?」

 不意の、ココロンの問い。

 ミューノは首を傾げる。

「わたし達に出来る事…か。でもわたしもココも所詮新人騎士、大したことは出来ないよ」

「そうだけど、そうじゃないかもじゃん?」

「ココ…?」

 ココロンの妙な発言。

 訝し気なミューノの表情に気付き、ココロンは慌てて訂正する。

「あ、ゴメンゴメン!今のはただの例え話だからね!?」

「え?うん、わかってるけど…」

「あははー…」

 ココロンの変な態度に、ミューノは悩む。

(最近ココ…わたしが寝た後に、夜な夜などこかに出掛けてる。嫌な予感がする…変な事に首を突っ込んでなきゃいいけど、心配だよ)


 そうしてそのまま、小隊は港方面へと巡回を続ける。
















 落葉の舞うレーヴェット地方。


 漣次郎はサルガン宅周囲で、降り積もる落ち葉をせっせとかき集めていた。

 カシナ村郊外であり、ほぼ山中と言って良いサルガン宅周囲は…サルガンの拓いた土地以外はほぼ森。なのでこの季節、こまめに掃除をしないと落ち葉が溜まって凄い事になるという。

 ちなみにサルガンは今、自宅を離れている。

 それは漣次郎が依頼をした為であり、彼は今頃カシナ村でいろいろ買い物をしてくれている筈だ。そしてそれらが揃えば、漣次郎はある計画を実行に移す予定だった。

(しかしまあ…全て覆ってしまったね)

 当の漣次郎は…浮かない顔だ。

 箒を動かすその手が止まる。

 纏めて燃やしている落ち葉の山を眺めながら…考え込む。

(フェリア達の企みに近付いている自信があったけど…とんだ勘違いをしていたんだね僕は。もしかしたら、恐ろしい事がこのシュレンディア王国で起こるかもしれない)

 漣次郎は悩んでいた。

 先日の“真祖『月の民』との接触作戦”が、意外過ぎる結果になったのだから。




 先日の顛末はこうだった。

 今もモードン公領で謹慎するフェリア達だが…どうやらラージェが、彼女に適した真祖『月の民』の身体を異能で借りることで、密かにデルメーの様子を逐一伺ってフェリアに伝えていたらしいのだ。

 そして先日の集会でラージェは偶然…潜入していた漣次郎(変装)を発見した。そしてラージェは真祖のふりをして漣次郎を人気の無い夜の山中におびき出し、その場で始末する手筈だったという。


 しかしラージェは…漣次郎を守るために飛び出たテルルを見て愕然としたのだ。


 漣次郎がテルルを保護したという事実を知ると、ラージェの態度は一変した。テルルと知り合いらしいラージェは…テルルの身を案じ、彼女が安全に過ごせるという場所の情報まで提供してくれたのだ。

 そうしてラージェが最後に告げた事。

 “フェリアの邪魔をしなければ漣次郎に危害を加えない”。

 “聖地・銀嶺山の山中に、魔族の集落が存在する”。


 そのどちらも…漣次郎にとっては信じ難い事だった…。




 落ち葉の相手が一段落した漣次郎は、サルガンの丸太小屋に戻る。

 丸太小屋では…テルルが思いつめたように俯いている…。


 あの夜、ラージェのことを“ラージェ様”と呼んだテルルは…ラージェの近況を案じていた。しかし当のラージェは何も言わずに、上級黒術で作った身体を消滅させてその場を去ってしまったのだ。


 この状況…テルルのお陰で初めて判明した情報もあった。

(テルルがラージェを知っている…これはとんでもない事だ。だってテルルはデルゲオ島に住んでいたとはっきり言ったんだから、つまりそれは…)

 この事実が示すもの。

 フェリア達の故郷が“銀嶺山脈の中にある半魔族の隠れ里”などでは無く…フィズンの遥か北の海の彼方にある、魔族の住むデルゲオ島だという事だった…。






「ほれ…防寒具や、その他もろもろ一式だ。シュレンディア王国最高峰の銀嶺山は厳しい環境の筈だからな、これくらいの装備は必要になるだろう」


 カシナ村で登山用の装備を買い込んで来てくれたサルガンが帰宅し、漣次郎も一緒になってそれらを確認する。

「こんなに必要ですかね…?」

「馬鹿を言うな、銀嶺山のどこが目的地かも分からんのだろう?だが、少なくともレーヴェット騎士団が管理する“禁足域”だろうから…かなりの標高なのは間違いないぞ。秋の銀嶺山は危険だろうからな、用心に越した事は無い」

 漣次郎はテルルを連れて…ラージェの残した情報を元に“銀嶺山の魔族集落”に向かう事に決めていた。そこにテルルを置いてくるかは未定だったが、いずれにせよ彼女に危険が迫った時に『アストラル』で連れ込む場所としては最適だと漣次郎は考えていた。


「テルルの安全が確保できれば、僕としても憂いが無くなります」

 恩人のテルルを巻き込みたくない漣次郎は、彼女の安全確保を最優先したかった。しかし、それはそれとして当然…フェリアへの反撃を諦める気も毛頭無かったのだ。

「だが、お前さんが諦めればもう追わん…連中はそう言ったのだろう?」

 しかしサルガンとテルルは違った。

 ここで身を引けば漣次郎も安全…ならばもう諦めるべきだというのが2人の意見だった。確かにデルゲオ島の魔族まで関わって来るのであれば、もう既に漣次郎の手に負えるか怪しいレベルと言える。フェリアの企みについても…ミューノ経由でパルサレジアを動かすという手が無くも無い。

 特にテルルは…親しかったらしいラージェと恩人の漣次郎が対立することを極端に憂いていた。普段聞き分けの良いテルルが再三漣次郎を説得してきたことから察するに…これはテルルにとって譲れない事なのだろう。


 だからこそ今…テルルに詳しい事を話してもらう必要があったのだ。











「嫌な事は話さなくてもいいからね。だけど、デルゲオ島に居た頃のラージェについて知っている事は出来るだけ話して欲しいんだ」

「う、うん…」

 デルゲオ島で虐待されながら過ごしていたらしいテルルは…島の話を今まで一度もしたことが無かった。しかし今は状況が状況なので、漣次郎が無理を言ってテルルに話してもらう事になった。


 サルガンが淹れてくれた“気分が落ち着く”という茶に口を付けながら、テルルは伏し目がちに語り出した…。






「テルルの母さまは、すごい異能を持ってた」


 何から話していいか困っていたテルルが、考えに考えて話を切り出す。

「母さまは異能で、どんな病気もケガも治せたの。そんな力を持った人は他に居なくて…母さまは島のみんなに頼りにされてた」

「そっか…ちなみにテルルのお父さんは?」

「…知らない、顔を覚えてないの」

「そっか、ごめんね…」

 過去を語るテルルは、とても辛そうだ。しかし言葉を詰まらせながら…それでも“レンの頼みだから”と頑張って言葉を紡いでいる。

「だから母さまは、島のえらい人達の所へ行って病気を治す仕事をしてたの。あと母さまは“魔王様の病気を治した事もある”って…」

「テルルのお母さん…フェイルさんって、凄い人なんだね」

 昔ワールが見せてくれた彼の異能『リペア』。

 瞬時に傷が塞がったそれを他人に使えるのであれば…それは奇跡のような力で、魔王も重宝しただろうと容易に想像がついた。

「特に母さまは、島で一番おじいちゃんのユゥランジェ様のところに毎日行っててね…テルルもよく一緒に連れてってもらったの」

「ユゥランジェ…偉い魔族なのかな?」

「そう、ユゥランジェ様は島で2番目にえらいの。それでラージェ様はね、そのユゥランジェ様の子供なの」

(ラージェの父は…“魔王トワナグロゥ”に次ぐデルゲオ島の権力者か。それならマリィルがあいつを様付けしていたのも頷けるね)

 あの3人の関係性が、漣次郎にもようやく見え始める。


「母さまがユゥランジェ様の病気を治している間…一緒に居るテルルはいつもヒマだったの。そんな時ラージェ様がテルルと遊んでくれたんだ」

 過去を語るテルルが、初めて懐かしむような表情を見せる。

「ラージェ様はね…ものしりで、あたまが良くて、本を読むのが好きだったの。だからいつも本をテルルに読み聞かせてくれて、それがテルルは楽しみだった」

「“読書好き”ねぇ…僕と一緒に居た頃のラージェはそう見えなかったけどなぁ。あの頃のラージェは何か適当で能天気で、いつも元気いっぱいに笑っているような奴だったけど」

「そうなの…?テルル、ラージェ様が声を出して笑ってるの見た事ないよ。ラージェ様はいつも落ち付いてて、大人びてて…テルルにとって本当のお姉さんみたいだったのに」

(だろうね…あの頃のあいつは全部演技だったんだろうから)

 漣次郎の知るラージェと、テルルの語るラージェ。

 その2つの乖離も、漣次郎の予想を上回っていた。




「でもね、テルルある時からラージェ様に会えなくなっちゃったの」

 過去を懐かしんで語っていたテルルの口調が、沈む。

「テルルが7才の時…ラージェ様はユゥランジェ様と別々に住むようになっちゃったの。母さまは“とても大事なこと”って言ってたけど…テルルにはよく分かんなかった」

(ええと、今テルルは14歳と言ったね…ラージェは18歳の筈だから、それはあいつが11歳の時の話だね。確かラージェ11歳って、あいつがレーヴェット騎士団に保護された年だよな?)

「それでのすぐ後、母さまが…」

 テルルは、泣き出しそうに顔を歪める…。

「母さまが死んでしまって…テルルはひとりぼっちになったの。でもデルゲオ島には12才までの子供が住める場所があって、それまではそこにいたよ」

「…じゃあ、その後は?」

「…」

 黙り込むテルル。

(つまりそれで…テルルは12歳までに異能を発現しなかったから、テルルが下民にされたって事か)


 そこで、黙っていたサルガンが初めて口を開く。

「テルル、フェリアという名を知っているか?」

(あ、そういえば…)

 確かに漣次郎は、“フェリア”だった時にテルルの前では“レン”という名で通していた為、その名を名乗った事が無かった。しかしテルルはフェリアの姿だった漣次郎にも特に反応しなかったが…。

「しらないよ」

 サルガンの質問に、テルルは首を横に振る。

「じゃあそのラージェという娘以外で、半魔をデルゲオ島で見た事はあるか?」

「ないの…ラージェ様は他にも居るって言ってたけど」

「では、島で人間を見た事は?」

「それもないよ。居たらしいけど、見た事ないや」

「そうか…ちなみにだが、お前さんがそのユゥランジェという魔物と最後に会ったのは何時だ?」

「え?ユゥランジェ様は…母さまが死んじゃってから会ってないよ」

「ふむ、良く分かった。それで十分だ」

 そう言うとサルガンは、漣次郎を連れて家の外に出る。






「概ねレンの予想通りだったな」

 秋の高い空を仰ぎながら、サルガンは呟く。

「ええ…ラージェの父が高位の魔族なのは分かっていましたし、フェリア達がシュレンディアに潜入した時期もだいたい把握していましたから」

 今日テルルが語った話の大筋は、漣次郎の予想の範疇だった。

 しかし…重要なのはそこじゃない。


「デルゲオ島に人間が居る…それが重要だ」


 テルルの語った内容で、最も重要なのがそれだった。

「魔族が攫って行ったのか、渡航若しくは漂着したのか、それとも魔族と共に“魔の侵攻”の末期に渡って行ったのか…真相は分からんが、いずれにせよ“デルゲオ島の人間”はシュレンディア王国が知らん情報だろう」

「ええ…つまりデルゲオ島出身の人間か半魔族がシュレンディアへ密かに忍び込んでいたとしても、それを疑う者は居ないんですよね。恐ろしい事ですよ」

 これらの情報を加味して…漣次郎はある仮説を立てる。

(攫われたり渡航したりした人間…それは無いと思う。フェリア達が魔王の意向でシュレンディアに潜入しているのだとすれば、その親である人間もそれに賛同している筈だからね。つまりいずれにせよ…その人間は魔族に加担している)

 そして漣次郎は逡巡し、サルガンに考えを伝える。


「もしかしたら…真祖『月の民』はデルゲオ島から来た人間なのかもしれません。それなら納得のいく部分が多いので」


 彼等の話によれば…真祖は“特別な血族”だという。しかし真祖の外見はそこまでシュレンディア人とかけ離れている風では無かったので、異邦人という線は薄い。

 なので、血の差という部分ではそれが考えられた。

「そういう事だと、真祖は“月神信仰”を利用して『月の民』を扇動しているのかもしれん。そうしてシュレンディア南部の都市であるデルメーとワルハランで騒動を起こし、王政の眼を南方に向けさせ、その隙に北端フィズンを叩くというのは…魔族視点からすれば自然だな」

「ええ、もしそれが通ってしまえば…“魔の再来”以来となる、シュレンディアと魔族の大規模な戦いになりますよ」

 いずれにせよ…彼等を止めねばならない。

 『月の民』を“真祖に騙されている”と説得できれば、まだ可能性がある。しかしその前に…銀嶺の魔族までが敵の協力者でないという保証が欲しかった。

(どの道“銀嶺の魔族集落”を目指すのに変わりはない)

 漣次郎は…遥か遠くに霞む銀嶺山を静かに見つめる…。




 その時、不意にサルガンがぽつりと漏らす。

「レン、お前ユゥランジェという魔族を知っているか?」

「え?ラージェの父ですよね?今日が初耳だったと思うんですけど」

「そうか?フィズンで騎士をしている間に耳にしなかったか」

「…?」

 漣次郎は、サルガンの言わんとすることが分からない。

 サルガンは顎鬚を摩りながら…横目で視線を漣次郎に向けた。

「ユゥランジェは…かつて“魔の侵攻”の時に、魔王の右腕として猛威を振るった雷将だ。そして奴は“魔の再来”の時にも総大将を務め、最期はフェリアによって討伐されている」

「あ…!」

 その言葉で、漣次郎はようやく思い出す。

 その名は…漣次郎がフェリアに転生した直後にカイン王から聞いていた。

 フェリアがユゥランジェを討った…それが意味する事。


「つまりフェリアが、ラージェの父を討った…?」


「そういう事だ。“魔の侵攻”の記録にも名の残る雷将ユゥランジェ…それを討ったなら、そいつは間違いなく英雄になる。恐らく魔王はそこまで見越していたのだろうな」

(じゃあ、魔王もフェリアもラージェもマリィルも…そしてそのユゥランジェも…全員が示し合わせて“魔の再来”というマッチポンプをやってのけたっていう事か?であるならば、向こうはそれだけの覚悟で来ているっていう事だよね…)


 フェリア達の意志を想像し、漣次郎は震える。











 次の日…漣次郎は以前と違う変装でデルメーを訪れていた。


 デルメーの雰囲気は以前と同様に穏やかなもので、とても近々騒動が起きそうにはとても見えない。しかしミューノ曰く“デルメーにはパルサレジアが大勢潜入している”という事だったので、漣次郎はそれを警戒して変装を普段と変えていた。




(ラージェの話を本当に信じてもいいのかな?結局あいつ“故郷の話”まで嘘だったわけだけど、“銀嶺山の魔族”の話は真実なのか?)

 漣次郎は今日、ラージェの言った言葉を信じて“銀嶺山の魔族”について知るという人間の所に向かっていた。嘘ばかりなラージェが信じきれない漣次郎だが…今回の情報にはまだ信用があった。

(いやいや…あいつのテルルに対する態度を見るに、それは無いよ。ラージェにはテルルを騙す理由が無い)

 漣次郎はデルメー住宅地の細い路地を進み、ラージェの言った言葉を頼りにとある建物を探していた。彼女は情報を知る人間の居場所と、そいつに伝える合言葉だけを教えてくれたのだった。

(ええと…デルメー海岸沿いの南方、赤い煉瓦と黒い扉の建物。何か壷だの絵だのを売っている骨董屋らしいね?ええと、それっぽい建物は…)

 僅かな情報のみを頼りに、長閑な港町を彷徨う…。


 小一時間歩き回った漣次郎は、件の店を発見する。

「…ここか」

 古びた赤い煉瓦造り、開けっ放しの扉は黒。

 その古物商店は漣次郎の予想に反して意外と客が出入りしているが、ラージェの言葉を信じるのであれば…恐らくここが目的地だ。

(ここの店主に合言葉を言うんだったな…ええと、順番に“例の甕が見たい”、“青緑”、“チャロデンの甥”、“箱庭”。話が噛み合わなくてもそれで押せって言われたし、行ってみるか!)

 漣次郎は意を決し、店内に入り込む。




「よう、いらっしゃい」

 漣次郎が入店すると…眼光鋭い老人が、商品の影からヌッと現れる。妙に長い手足におおよそ2m越えの身長だが、それを全く感じさせない猫背…異様なその風貌に、漣次郎は気圧される。

 漣次郎は緊張しながらも、意を決する。

「その、例の甕を見たいのですが」

「例の甕…だと?」

 ただでさえ鋭い店主の眼光がさらに鋭くなる。

「ワシはお前を知らん。何の話かもさっぱりだ」

「…青緑の奴です」

「ほう」

 漣次郎の二言目を聞いた店主の表情が、ここで初めて変わる。

「どこでその噂を聞いた」

「チャロデン村の甥からです」

「…たぶん倉庫の奴だろう、とりあえず来い」

 そう言って店主は、漣次郎を店の奥に招く。


 店の倉庫は…壷や絵画がぐちゃぐちゃに突っ込まれている。

 その入り口で、店主が止まる。

「で?いくら出す。注文を付ける以上はそれなりに覚悟をしろよ」

(…真面目に返事をしちゃダメっぽいな。ラージェの合言葉をそのまま言おう)

 商品と値段の話をし始める店主をよそに、漣次郎は合言葉を続ける。

「箱庭の話を聞かせて下さい」

「…!」

 最後の合言葉を聞いた店主が、眼を見開く。

 そうして彼はそのまま、倉庫の奥に進んでいく…。




「用件は何だ」

 倉庫の最奥で足を止めた店主は、小声で漣次郎に問う。

 漣次郎も…ラージェと店主を信じて告げる。

「この前レーヴェット北方のカシナ村で、魔族の子供が捕まる事件があったじゃないですか。あの子供、実は僕が保護しています」

「何…!?」

「その子を銀嶺の集落に連れて行きたいんです」

 店主は、漣次郎の顔を至近距離で覗きこむ。

 そしてそのまま数秒…店主は囁くように告げる。

「明日の夜…その魔族を連れてこの地図の場所へ来い。安心しろ、ワシは銀嶺の魔族に恩がある…悪いようにはせん」

 不意に店主が、傍にあった赤黒い壺にその長い腕を突っ込むと…その中から丸められた地図を取り出す。

「ありがとうございます…!」


 とりあえず漣次郎は、ようやく銀嶺の集落の情報に手が届いた。
















「漣次郎を見逃がした…?」




 夜のモードン公別邸…暗い寝室で、フェリアはラージェの意外な告白を聞かされていた。流石のフェリアも、ラージェの真意が分からず困惑する。

「…なんでさ?」

「殺せない理由ができてしまったから…それだけだよ」

「理由って?」

「それを聞く必要がある?」

 ラージェは悪びれもせず…無感情に言い放つ。


「アタシを罰すればいい、姉様」


「なんで?」

「使命に背いてしまったからね」

「ふーん…でも彼を見逃した事で、僕らの計画に支障はあるのかい?」

「…あいつが大人しく箱庭に居着いてくれれば、別に何も無いけど」

「なら良いじゃないか。ヴァンガードの使命を果たす為にも、まだまだ君の力は必要なんだからね」

 フェリア達にとってまだ脅威足り得る漣次郎を見逃したというラージェだが…フェリアは全く気にした素振りも見せない。

「僕もマリィも、潜入みたいなことは全くダメだからねぇ。君は凄いんだ、だから君を罰している暇はないよ」

「…アタシが言うのも何だけど、甘いね姉様」

 あっけらかんとしたフェリアの態度に、苦言を呈するラージェ。

 しかしその言葉を聞き…フェリアが悪い笑顔をラージェに向ける。

「ふふふ…そういう君も酷いんじゃあないかい?」

「何が」

「とぼけるんだ、ラージェらしいね」

 無表情のラージェに、フェリアはおどけたふりをして見せる。


「そもそも…君を罰するなんて無理だろ?僕とマリィが束になって掛かったって、君にはぜんぜん敵わないのにさ。それともラージェが手加減してくれるのかい?」


 フェリアの言葉で…ラージェが渋面になる。

「…強かったら何なんだよ、どうでも良い事だ」

「良くないよ、敵わない君に敵対されたら僕が困るからね。いいかい…君は強く、有能で、可愛くて…僕にとっては大事な存在なんだから、これからもよろしく頼むよ」

 フェリアの言葉が終わるのを待たず、ラージェは黙って窓際に歩み寄る。

 そのまま…深い溜息。

「戦うのが強くて、演技と嘘が上手で、隠密活動も得手…皆がそう言ったけど、アタシはそんなの全部要らない。でも、使命を手放しちゃいけない理由もアタシにはある…」

 暗い寝室に、ラージェの歯軋りが響く。


「おかしくなりそうだ…」


 そのままラージェは…速足でフェリアの寝室を去る。


読んで下さる皆様に、多大な感謝を。

連次郎の旅は、この後どうなっていくんでしょうか?

わかめも良く分かっていません。

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