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その40 秋月の祭壇にて

真祖『月の民』の少女が語った、月夜の祭事。罠とも思えるその誘いだったが、何としてでも情報が欲しい漣次郎はそこへ赴くことにする。

秋月に照らされる月神の祭壇で漣次郎を待っていたのは…。

 秋の夜、ワルハラン郊外。

 町中心からかなり離れた浜辺…そこに、2つの人影。




「悪いね、こんな所に呼び出してしまって」

「いえいえ、隊長のお役に立てるならあたし頑張っちゃいますから!」

「ふふふ…恩に着るよ。今の僕にとって、王都騎士団に協力者がいるっていう事はとてもありがたい事なんだ」

「えへへ、そう言ってもらえると嬉しいです!」

 月明かりの下、密会しているのは…フェリアとココロンだった。

 フェリアは異能を使って、モードン公領からワルハランへとやって来ていたのだ。


 しかしフェリアは、本来なら今も騎士団監視下の筈。そんな彼女を、ココロンは少し心配していた。

「でも隊長、監視の方は大丈夫なんです?勝手にここに来ていることがバレたら大変なんじゃ?」

「平気だよ、モードン公別邸には今…マリィルの上級水術『イリュージョン・ミスト』で作った僕の幻影が居るからね」

「あ、そっか!そういえばネイオレス様の騒動の時もそんなことしてましたね」

「そうだっけ?僕覚えていないけど」

 おどけたように軽く流したフェリアは…そっとココロンの肩に手を置く。

「さっき説明した通り…僕は『月の民』と共に特区を開放する為に動く。だけど分かって欲しい、僕も『月の民』も…魔族を滅ぼしてシュレンディアに平和をもたらすのが最終目的だからね」

「はい!」

 闇夜になお輝く、ココロンの新緑の瞳。

 フェリアも満足そうに頷く。

「ふふ、心強いね。決行の日まではもう少しあるから…その間王都騎士団の情報を僕に教えてくれ。仲介の半魔族については、さっき説明した通りだ」

「はーい、あたし頑張ります!」

「それと…くれぐれもミューノには知られないようにね?あの娘は信頼できるんだけど、いかんせんあの娘はパルサレジアに近過ぎる。きっとミューノも協力してくれるだろうけど、万が一そこからパルサレジアに情報が洩れると拙いんだ」

「了解でーす」

「よろしく頼むよ…君が頼りなんだ、ココロン」


 暗い月夜の浜辺で、フェリアの金の瞳が妖しく耀く…。











「テルルもつれてって」

「駄目だよ、誰かに見られたら拙いって」

「おねがい、役に立つから」

「そうは言ってもねぇ…」

 ウゴレのお陰で潜入できた『月の民』の集会の、2日後。

 漣次郎は得た情報をサルガンやミューノとも共有していた。


 『月の民』の狙いは、デルメー・ワルハランでの同時蜂起だという。

 ワルハランの半魔族に、テンジャ不在の間を狙って特区を封鎖させ…“フェリア復職”を王政に訴えかける。さらに、強い異能を持つ半魔族が王都への運河まで封鎖するという。

 デルメーでは『月の民』が、レーヴェット騎士団の砦を占拠するという。元々デルメーには『月の民』が多いらしいので、きっと騎士団内にも内通者が居るのだろう…。


 いずれにせよ、この情報はミューノ経由でパルサレジアに伝わっている筈。

 なので漣次郎も、一旦は安心と言えなくも無いのだが…。




 今日漣次郎は、サルガン宅でゆっくりと休んでいた。

 そして今は…すっかり回復したテルルにのしかかられている。

「“5日後にチャロデン山中の祭壇で真祖が儀式を行う”…そいつは確かにそう言ったのだな?」

「ええ」

 テルルにじゃれつかれる漣次郎を遠巻きに見ながら、茶を飲むサルガンが厳しい視線を向けて来る。サルガンの言いたい事も、漣次郎には理解できるが…。

「罠…の可能性もありますよね。もしくは何も知らない入信希望者を捨て駒にしようって魂胆かもしれません。いずれにせよ…初めて来た入信者を真祖だけが行う儀式に誘うのは、僕もおかしいと思います」

 あの日漣次郎に声を掛けてきた、真祖『月の民』だという少女。

 彼女はあの日“5日後に真祖が行う儀式があるから良かったら来て”と言った旨の言葉を、何故か漣次郎に告げて行った。訝しみながらも興味のあった漣次郎は昨日チャロデン村付近を上級白術『アーク・ウィング』で調査し…それらしい祭壇も発見していた。

 まあそのお陰で、魔法を使い過ぎた漣次郎は今日ぐったりとしているのだが。


 そして…問題はテルルだった。

「ねーレン、テルルも行きたい」

「うーん…」

 何故かテルルが、漣次郎の『月の民』調査へ同行したいと言い出したのだ。漣次郎も宥めたり言いくるめようと色々したが…珍しい事にテルルが頑ななのだ。

「レンの役に立ちたいの。だってテルル、レンに助けてもらってばかり」

「そんな事無いよ、そもそも今僕がここに居られるのは君のお陰なんだから。だからもう恩返しとかそういうのは良いよ」

「でも…」

「僕としては、また君が危ない目に遭うのは嫌なんだ。もっと安全な事であればどんどん手伝ってもらうからさ、ね!」

「むー…」

(全然納得して無いぞこれ、どうしよう…)

 普段は聞き分けの良いテルルなのだが、今日に限っては全く言う事を聞いてくれない。彼女の主張は恐らく“フィズン漂着時と魔物騒動で助けられた恩返しをする”という事なのだろうが…漣次郎もテルルには恩があり、もうお互い様という認識だった。

「テルルも行く」

「駄目だって…」

「行くったら行く」

(堂々巡りだ…)

 漣次郎に跨って胸を叩いてくるテルル…。

 漣次郎にはもう、彼女を説得する方法が思いつかなかった。




「ところでレン、真祖の集会には真正面から行くのか?」

 見かねたらしいサルガンが、漣次郎にぶっきらぼうに言い放つ。

「真祖が危険な連中なのは目に見えておる。奴等の集会が夜だというのなら何も馬鹿正直に参加せず、闇夜に紛れて様子を伺うというのも悪く無かろう」

「…確かにそれが良いですよね」

 サルガンの言う事も尤もで…真祖『月の民』の企みが分からない以上、安全策はそれだった。“祭壇付近に潜み真祖を監視する”という方向性であれば、鼻が良くて夜目の利くテルルを傍に置いておくのは確かに有効だ。

 …つまりサルガンは、暗に“テルルを連れて行け”と言っているのだ。

(テルルは上級白術で飛べるから、危なくなったら一応は逃げられる。でもチャロデンまでの移動は飛んで行くには遠い…僕の異能で一緒にワープするしか無いか。いずれにせよ…潜入という方向で行くならテルルの眼と鼻は必要か)

 テルルに危険な事をさせたくない漣次郎だったが、サルガンの言う通りテルルは優秀だ。漣次郎は潜入プランを考え…結論を出す。


「そうだね…やっぱりテルルにも協力して貰おうかな」


 漣次郎の言葉を聞き、テルルが目を輝かせる。

「ほんと!?」

「うん、でも危ない事はしないでね?」

「わかった!」

「僕の言う事も聞くように、いいね?」

「うん!」

 テルルは漣次郎から飛び降りると、クルクル回って喜んでいる。

 彼女は、毛皮と同じ灰色の大きな尻尾をブンブン振っている。

「えへへ、テルル役に立つからね?」

(この娘をもう危険に晒さない…それだけは死守しなきゃ。フェリアの事もあるけど、テルルの方が大事なんだから)

 漣次郎はテルルがなるべく危険に晒されない、“真祖『月の民』の儀式潜入計画”を考えることにする。











 漣次郎は潜入に備え、祭壇周囲の念入りな調査を行った。

 チャロデン山中の祭壇は人気の無い開けた山中にあるので、周囲は身を隠せる場所だらけだった。漣次郎はワープ先と祭壇観察のための場所に目星を付け…当日まで異能と魔法を使わないように控えてその日に備えることにした。

 その調査の間、漣次郎が『月の民』と遭遇する事は無かった。


 そして遂に、その日が来る。




 “5日後の月が昇る頃、チャロデン山中の祭壇で儀式を行う”。

 その日漣次郎はテルルと共に、日没を待ってチャロデン山中へと『アストラル』で移動した。そしてしばらくそのまま潜み…月が昇る少し前に行動を開始する。


「レン、そっち大きな石があるよ」

「う、うん…」

「ゆっくり行こう?」

「そうだね…しかしここまで暗いとは」

 真っ暗な夜中の山を、漣次郎はテルルと一緒に歩いている。

 祭壇付近にずっと潜むのは危険と感じた漣次郎は、儀式直前に祭壇付近へ移動することにしていた。しかし夜の山間部は暗すぎて、テルルに手を引かれながらなんとか進んでいる。

「…テルル、匂いや音はする?」

「においはしない…でも音はしてるよ?きっとだれか居る」

「たぶん真祖だ。テルル、そいつら大勢居そう?」

「わかんないけど…静かだからそんなに居ないと思う」

「そうか…」

 祭壇が遠くから良く見えるポイントを目指しながら、漣次郎はテルルに索敵をお願いする。テルルは耳も良いので祭壇付近に誰かが居るのを既に感じ取っているようで…小さな声で囁くように喋ってくれている。

 そして漣次郎達は、ようやく祭壇が見えるポイントに辿り着いた。


 薄い月に照らされる…山中の祭壇。

 石造りの祭壇付近には小さな焚火があるらしく、僅かな明かりが見て取れる。テルルの言う通り祭壇付近には殆ど人影が無く…誰かが1人だけ、祭壇に腰掛けている。


「1人だけ…?」

「うん」

「まさかあの日の子供が1人で…?真祖とはいえ、子供1人ってどうなのさ?」

「…行くの?レン」

「そうだね…テルルはここに居てね。僕も危なくなったら上級白術で飛ぶから、そしたら僕に付いて来て」

「わかった」

(あの『月の民』…とても儀式をやろうっていう風には見えない。まさか本当に、僕1人を呼び出す為だけにあんなことを言ったのか?)

 敵の真意が読めず…困惑する漣次郎。

 だが異能と魔法で退路は十分。

 今日は一応丸腰を避け、サルガンに借りた鉈で武装もしている。

 漣次郎は覚悟を決め…異能でその祭壇付近へと一気に移動する。






 先日この“月神の祭壇”付近を調査していた漣次郎は…少し離れた木陰へと『アストラル』で移動する。この異能は移動先で僅かに光るので、祭壇に居る何者かには察知されただろうと漣次郎は思う。

(…1人だ、祭壇に腰掛けているね)

 山頂に構える祭壇の上に、何者かが座っている。

 相手は恐らく真祖『月の民』なのだろうが、先日の集会と違い地味な土色のローブを被っている。シルエットも良く分からないが、この前の真祖の子供にしては…背が大きく見える。

 そしてそいつは…ただ黙って、そこに座り続けている。

(これは…間違いない。あいつ僕の事を待ち構えているんだ)

 この状況で、漣次郎は確信する。

 先日の真祖の子供は、明らかに漣次郎だけに声を掛けていた。つまり相手はわざわざ漣次郎を呼び出す理由があるという事で、漣次郎も俄かに身構える。

(ふん…僕には上級白術っていう退路があるんだ、それにこれは真祖と接触できる千載一遇のチャンス…逃す手は無いよ!)

 漣次郎は、腹を括る。

 そしてその謎の相手に向かって姿を見せようとした矢先だった。


「出てきなよ、来てるんだろ?」


 相手が、先に話しかけてきた。

 ちょっととぼけた感じの、明るい声色。

(な…この声!?)

 その声は、漣次郎も聞き慣れたものだ。

 戦慄する。

 しかし怯んでも居られない漣次郎は…ゆっくりと、そいつに向かって歩を進める。


 ちょうど昇って来た月を背負い…謎の声の主は祭壇と共に月光を浴びている。











 漣次郎は、祭壇のそいつと相対する。

 警戒する漣次郎は、20m以上の距離を取る。

 歩を止めた漣次郎を確認し…そいつはローブを脱いで顔を見せた。


「へへへ、久しぶりじゃん!」


 浅黒い肌。

 銀髪のポニーテール。

 闇夜に浮かぶ…燈色の瞳。

 祭壇で漣次郎を待ち構えていたのは…ラージェだった。




「何でお前がここに居るんだよ…!?」

 漣次郎は当惑する。

 “夢遊病事件”関係で憲兵に捕まって以来…漣次郎は常に変装して過ごしていた。だからたとえフェリア達が真祖に漣次郎の人相を伝えていたとしても、先日の集会でバレる事は無い筈だった。

 しかし、ラージェは悪戯っぽく笑って見せる。

「だって話し方とか仕草がまんまじゃん。『月の民』には分かんなくても、アタシには余裕で分かっちゃうのさ!」

「な…!僕は流星群以来、お前と会っていないぞ!?」

「酷いなぁ、会ったじゃん。貴方をここへ誘ったのアタシだよ?」

「そんな、だってあれは人間の子供で…」

「アタシがいつも同じ姿だと思うなよ?」

(そういう事か…!)

 ラージェの異能…名前は確か『ソウルスワップ』。

 漣次郎とフェリアの精神を入れ替えたそれで、真祖の少女とラージェ自身を入れ替えたという事なのだろう。そして入信希望者として潜入した漣次郎に気付き、こうしておびき出されたという事なのだ。


「安心しなよ、ここにはアタシしか居ないから」

 身構える漣次郎をよそに、ケラケラ笑うラージェ。

「あからさまな罠を仕掛けたら来てくれないと思ったし、どうせ貴方は『アストラル』使えるから…アタシはもちろん、姉様だって捕まえようが無いからねー」

「…何の為に、僕をここへ呼び出したんだよ?」

 漣次郎はラージェとマリィルに、半年間騙されていた。

 その怒りを抑えながら、ラージェの狙いを伺う。

 探りを入れようという漣次郎だが…ラージェはあっけらかんとしている。

「アタシ達的には貴方に構う必要は無い…一応それを伝えようと思ってね!」

「何だよそれ…」

「前にも言ったけど、アタシとしても貴方には悪い事をしたと思ってるのさ。だから邪魔でもされない限り、アタシ達は貴方に手を出さないよ」

「それはつまり、邪魔をするなら容赦しない…って事だね?」

 返事をしないラージェ。

 その橙の瞳は、冷徹だ。


 漣次郎は生唾を呑む。

(“フェリア達の計画を邪魔するな”…その警告をするために、僕をここへ呼び出したのかい…?)

 ラージェは黙って、一歩踏み出す。

 それを見て漣次郎は一歩後退する。

 警戒する漣次郎に、ラージェは肩を竦める。

「貴方は察しが良いから気付いているんだろうけど」

「…何を?」

「アタシ達が貴方を利用した理由だよ」

「…」

 確かにそれは、漣次郎も既に察している。

 フェリア達が漣次郎を選んだ理由…。

「貴方の居た世界…そこには、黒曜石がありふれているんだろう?アタシ達はそれが欲しかったんだ。シュレンディアには黒曜石が殆ど無いから、手に入れるには異世界へ渡るしか無かったのさ」

 ラージェは漣次郎に背を向け、祭壇へ向き直る。

「アタシ達の異能と魔法を“流星群の日”に駆使すれば、異世界へ渡る事は可能だった。だけどイロイロ事情があってね…姉様の『アストラル』じゃあ無理だったんだ。だからアタシの異能『ソウルスワップ』で姉様の精神だけを送ったのさ」

「僕を選んだ理由は…フェリアと魔法適性が被ってて、流星群の日に大怪我する事が超級白術『スター・ウィスパー』の占いで予め分かっていたから…違う?」

「ご名答!いやー、貴方を見つけるのも大変だったんだよ?」

「そんな苦労知るかよ…」

 軽く言ってのけるラージェに苛立つ漣次郎。

(黒曜石を何に使うかは知らない…だけど火術は基本的に攻撃的で、それにフェリアは恐らく超級火術も習得している。きっと碌な使い方をしないだろうね)

 『月の民』と黒曜石…漣次郎はその組み合わせに、嫌な予感を覚えていた。






「じゃあアタシの用事は済んだし、もうお暇しようかなー。あと、今後も嗅ぎまわるつもりなら覚悟しなよ?アタシは違う姿をよく使うんだ、貴方が知り得ない姿で急に刺しに行くことも出来ちゃうんだからね!」

 警戒心を隠そうともしない漣次郎をよそに、ラージェはもう帰る気のようだ。

 しかし漣次郎にも、反撃の手立てが今1つだけあった。

「ラージェ…お前は今、フェリアと一緒にモードン領で謹慎の筈だろ?こんな所を出歩いていちゃ駄目なんじゃないか?」

「そうだね、誰かに見られたら怒られちゃう!」

 漣次郎は声を張り、ラージェを脅してみることにする。


「僕はモードン邸の場所を知っている…つまり僕はこの瞬間にも『アストラル』であそこへ行って、モードン公にお前の不在を伝えられるんだぞ?」


 ラージェが今この場所に居るという事は、彼女が何かしらの手段でモードン公の監視を掻い潜ってここへやって来たという事…つまり今モードン公に“ラージェが抜け出している”事を伝えれば、それは謹慎するフェリアにとっても都合が悪い筈なのだ。

「成程…今ここに姉様が居ない以上、アタシが貴方より先にモードン公領に戻るのは不可能…そう言いたいんだ?確かにここからモードン公領は遠いから、普通ならそう思うよね!」

「…違うの?」

 漣次郎を捕まえるのも止めるのも不可能で、状況的にはあまり良くない筈のラージェ…しかし彼女は余裕綽々だ。

「アタシは別に困らないからね」

「…何?」

「へへへ!」

 ニヤリと微笑むラージェは、懐から小刀のような物を取り出す。


「アタシは今この瞬間も、姉様と一緒にモードン公別邸に居るからね」


 一瞬、漣次郎は理解できなかった。

 しかし…ラージェの持つ短刀で全てを察する。

「それ…まさか隕鉄の小刀…?」

「へー、察しが良いね」

「まさか…今のお前は上級黒術『シャドー・アヴァター』の分身なのか!?」

「流石、良く分かったじゃん!」

 さっきテルルは…祭壇に居るラージェについて“匂いがしない”と言った。

 そしてラージェがわざわざ見せつけた…この短刀。

 つまりラージェは今日…恐らく日中フェリアと共に一度ここへと来たのだ。そして隕鉄の短刀で上級黒術を使い、分身と短刀を残して本体はフェリアと共にモードン公領へと帰った…という事なのだろう。


 漣次郎は、目眩を覚える。

「お前…何から何まで嘘まみれかよ。“異能は無い”も嘘、“魔法適性は土術のみ”も嘘、“ネイオレス騒動”だって…きっとお前の策だったんだろう?騎士団を騙し、僕を利用し…ほんと最悪だね」

 漣次郎の悪態に、ラージェは目を細める。

「アタシはそういう生き物だからね、悪く思わないで」

「ふざけるな!僕がこのまま大人しく黙っていると思ったら大間違いだぞ!?」

「だろうね」

 激昂する漣次郎。

 ラージェの声色が変わり…抑揚の無い無感情なものになる。

「だからアタシも、本当は貴方を何とかしたいんだ」

「やってみなよ、できるなら」

 臨戦態勢になる漣次郎。

(分身相手だから戦っても無意味だろうけど…このまま退けるか!ラージェは幸い分身だから勝機は無くも無い…せめてあいつの“隕鉄の小刀”を奪って、手掛かりぐらいにはしたいぞ!)

 金剛石の指輪に集中し、あわよくば攻撃しようと構える。

 それを見たラージェが、薄く笑う…。

「それでいいの?」

「…どういう意味だよ」

「“見逃してあげる”って言っているのに…そういうのは愚かだよ」

「馬鹿にしてるのか?!」

「…」

 ラージェは答えない。

 代わりに彼女は隕鉄の短刀を翳し…呟いた。

「…『ノイズ・リムーバー』」


 その瞬間、周囲が静寂に包まれる。








(ま…拙い!!)

 音が消えた瞬間、漣次郎は反射的に走って逃げ出した。

(しまった…ラージェに黒術が使えるっていう事は、超級黒術も警戒しないと駄目じゃないか!)

 超級黒術『ノイズ・リムーバー』は、静寂領域を生み出す魔法。

 つまり詠唱を必要とする、異能と魔法を封じる術だ。


 ラージェは既に隕鉄の短刀を構え、漣次郎に向かって突っ込んで来ている。

(に、逃げ切れない…!)

 漣次郎は覚悟を決める。

 隠し持っていた鉈を抜く。

 既にラージェは目の前。

 ラージェが短刀で素早い突きを繰り出す。

(うわ速!?)

 漣次郎も鉈を盾にしてそれを防ぐが…分身なのにその一撃は重い。

 短刀とは思えない重い剣戟に押され、遂に尻餅をついてしまう。


 静寂の中、ラージェが短剣を振り上げている。

(や、殺られる!!)

 その時…漣次郎の視界の端、何かが飛来する。

 異変を察知し、テルルが上級白術でこちらに来てしまったのだ。

(テルル、来ちゃダメだ!)

 テルルが風を纏ってラージェに向かって突っ込むが…とっくに察知していたらしいラージェは、見向きもせずにテルルの首根っこを的確に掴む。

(テルル…!)

 テルルだけは逃がさないと。

 漣次郎は鉈を握り締めて素早く立ち上がり、



 ラージェの動きが止まる。



 ラージェの超級黒術の効果が切れる。

 辺りに再び、夜の山のざわめきが戻る。

 ラージェは掴み上げていたテルルをそっと地面に下ろす。

 テルルも何故か逃げない。

 ラージェは少し屈み、震える手をテルルに伸ばしながら呟く…。


「そんな…テルルなのか…?」


 ラージェの問いに、テルルが華やいだ声で返す。

「ラージェ様…やっぱりラージェ様だ!匂いがしないから分からなかったよ!」

「何で君がここに…まさか夏にフィズンへ流れ着いた魔物の船に、君も乗っていたという事なのか…?」

「そうだよ」

「馬鹿な…君はあのフェイルさんの娘だぞ!?いくら掟だからと言ったって、君を下民に落とすなんて…連中どうかしている!」

「しかたないよ、だってテルル異能が…」

「くっ…」

 苦虫を噛み潰したように、顔を顰めるラージェ。

 彼女は一呼吸を置き、改めてテルルに問う。

「…じゃあこの前の“レーヴェットの魔物騒動”も君だったのか」

「そう。どっちもレンが助けてくれたの」

 そう言うとテルルは、不安そうに漣次郎とラージェを交互に見る。

「ラージェ様…レンと仲が悪いの?」

「…」

 ラージェは、漣次郎が今まで一度も見た事が無いような難しい顔で頭を抱え…眼を閉じて固まる。

(これは…状況が全く分からない…)

 流石に漣次郎も手が出せない。

 テルルもラージェの言葉を待っている。


 そのまま、暫しの沈黙。


 ラージェが顔を上げる。

 もうその表情に、漣次郎への敵意は無い。

「貴方がテルルを助けてくれたんだね」

「そ、そうだけど…?」

「それはアタシにとって、貴方を傷付けられない十分過ぎる理由になる。テルルはアタシの大事な存在で、使命よりも姉様よりも重いから」

 そういうとラージェはテルルを一瞥し、また視線を漣次郎に戻す。

「貴方、今どこか身を置いている場所があるのか?」

「それは…」

 漣次郎も流石に、サルガンの事はラージェに喋れない。

 その沈黙を、ラージェが誤解する。

「無いのか」

「そのまあ、この娘は魔族だし…」

「だろうね」

 ラージェは銀髪を掻き毟り…少し悩み、何かを決意したようだ。

「一度しか言わないからよく覚えて。テルルが安全に過ごせる場所が銀嶺山脈にはある…そこへ至る方法を教えるから。そこなら貴方も安全だろう」

「安全な場所…?」

 漣次郎の疑問をよそに、ラージェは今度テルルに向き直る。

 そしてラージェはテルルの頭を優しく撫で、諭すように告げる。

「いいかいテルル…次に漣次郎がアタシの前に現れたら、流石に今度はもう容赦できない。だから漣次郎が変な気を起こさないよう、君が説得するんだ…いいね?」

「うん」

「良い娘だ」

 そしてラージェは遂に…驚くべき事実を2人に告げた。


「聖地・銀嶺山…禁足地のあの山中には、魔族の集落が存在している。漣次郎、テルルをそこへ連れて行って2人で一緒に暮らしなよ。そうすればアタシも貴方を見逃せるから」


 ラージェのその言葉…漣次郎にはとても信じられないようなものだった…。


読んで下さる見ず知らずの皆様に感謝を。

漣次郎とフェリア、2人も頑張っているようです。

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