その36 再会
フェリアに利用されたことが許せない漣次郎。
しかし彼には取れる手立てが限られており、唯一の“協力者”になり得るとある人物と接触を試みることにして…。
王都騎士団の兵舎、そのとある一室。
そこでは、3人の少女がお茶会を開いている。
「もー、本ッ当に残念ですわ!妾は一日も早くフェリアの小隊に入って迎撃戦でスレイヴ共をバッタバッタと撃破してみたいのにー!」
「あたしも同感ですー!せっかく憧れのフェリア隊長の部下になれたのに、こんなのって無いですよ!」
ここは王都騎士団に異動となったココロンとミューノが使っている、兵舎の2人部屋だ。普段は2人だけのこの場所に…今は何故かアイラ姫がやって来ている。今日非番だった2人の部屋に、朝早くから王女が押しかけていたのだ。
そしてアイラ姫とココロンが“フェリア小隊解散”について愚痴を言い合っている…。
ミューノはそんな2人に挟まれ…愚痴を聞かされている。
「…フェリア隊長は、冬の流星群で何事も起きなければそのまま復帰するんですよね?たかが半年なんだから、大人しく待ちましょうよ」
不満を露わにする2人と対照的に、ミューノは落ち着いている。彼女自身もフェリア小隊に名残惜しいものはあったが、今の状況は仕方が無いと割り切っていた。
しかしそんな落ち着いたミューノの態度に、王女様が突っかかる。
「ミューノ、貴女だってフェリア小隊に戻りたいと思いませんの!?それに妾はお父様に、フェリアが騎士を休職する必要は無いと言ったのよ!?」
「フェリア隊長が王様と話し合った結果だと聞いています。なら仕方が無いんじゃないですか?それに迎撃戦に参加したいのであれば、別にフェリア小隊でなくても良いのでは?」
「それじゃ意味無いじゃなーい!」
アイラ姫はバタバタと暴れるので、机が揺れてお茶が零れそうになる。
ミューノは黙って、机をグッと押さえつける。
…こんな調子で、フィズンから王都に帰って来たアイラ王女はしょっちゅうココロンとミューノの元を訪れているのだった…。
そんな中…ふとココロンがミューノに訊ねる。
「ねえミュー、時間は大丈夫?」
「まだ大丈夫だよココ、もう少ししたら支度をして出るけどね」
そんな2人のやり取りに、アイラ姫が首を傾げる。
「あらミューノ、貴女何か用事があるのかしら?」
「ええ、ちょっと」
「何か面白そうな事かしら?面白そうなら付いて行くわ!」
「大したことじゃ無いですから…」
興味津々で目を輝かせる厄介そうなアイラ姫に、ミューノが眉を顰める。
そしてココロンが、火に油を注ぐ。
「ふふふ…王女様、あたしはミューの用事を知ってますよー!」
「あら!?是非教えて頂戴!」
「ちょ、ココ!?」
そしてココロンは…いつの間にかミューノの荷物から抜き取ったある物を掲げる。
「じゃーん!これでーす!」
それは…一通の手紙。
「ちょっとココってば!?」
ミューノは手紙を奪い返そうとするが…その前に手紙はアイラ姫の手に渡されてしまう。こうなってはもう無理矢理奪い返すのは、ミューノの立場上不可能だ。
「うふふ…拝見させて頂くわ♪」
「もー…」
そして頬を膨らませるミューノを尻目に…アイラ姫が喜々として手紙を開く。
「ふふ…『ミューノ・パルサレジア様 僕は先日、王都で貴女にお世話になった者です。あの時話せなかった事をもっと話したいと思いますので、是非また2人きりでお会いできないでしょうか?夏ノ69日、僕は港町フィズンの中央広場で貴女をお待ちしています』…何これ、恋文かしら!?!?」
「…さあ、どうでしょうか?」
「ねえねえミュー、その人になんて答えるの!?!?」
「会ってみないとわかんないよ」
「あたしも付いて行っても良い?」
「それは本当に止めて」
「もー…でもミューは美人さんだから、どこかの貴族に一目惚れされちゃったとか?だったら素敵だよねー!!」
「そういうのいいから」
そうして不機嫌なミューノは席を立ち、ぼそっと呟く。
「…別にわたしは、ココが居てくれれば…」
「え、なんて?」
「な、何でもないよっ!」
ココロンに茶化されながら、ミューノはようやく手紙を取り返す。
そして…まだ時間は早いが、ミューノは単身フィズンへと向かう準備を始める。
今日フィズンでミューノを待っているという、謎の男に会うために。
夏ももうすぐ終わる、まだまだ暑い季節。
漣次郎は1人、フィズンの中央広場の片隅に座っていた。
普段は黒髪黒目の漣次郎だが…クセの少ない髪を茶色に染めて後ろに流し、伊達眼鏡も掛けていた。この変装はなかなか調子が良く…指名手配されている筈のここフィズンでも、誰も漣次郎に気付いていない。
(今日サルガンさんはずっと家に居てくれるし、テルルの事は大丈夫だ。今日は任せておいても大丈夫だ…と思う)
しかし漣次郎は…酷く緊張している。
(しかし…ミューノは今日ここに来てくれるかな?手紙には“2人きり”って書いたけど、もしかしてココロンも一緒に来たりして?そして…そもそもミューノは僕に協力してくれるかなぁ?)
指名手配の一件と、レーヴェットでのテルルの一件…変装しているとはいえ、今漣次郎はあまり積極的に動きたくは無かった。
だからこそ漣次郎は、新たな協力者を欲していた。
その為に漣次郎は…ミューノに手紙を書いたのだ。
中央広場の木陰に座る漣次郎の、視界の先。
長い黒髪の少女が、こちらに歩いてくるのが見える。
漣次郎は深呼吸をし、意を決してその少女に向かって歩き出す。
「手紙で呼び出すんだったら、せめて名前を書いて下さいよ」
「ごめんね、他の誰かに見られると困るから書かなかったんだ」
「もう…下手な恋文みたいでしたよ?」
漣次郎は今、ミューノと2人で郊外の廃屋に来ている。
ここはパルサレジアの諜報員が使うという空き家で、外観はボロボロだが内装はなかなか綺麗だ。怪しげな文書や謎の道具が並ぶ怪しい廃屋の片隅で、漣次郎とミューノが静かに語っている。
今は…以前会った時と違う漣次郎の変装した姿を、ミューノが半眼で見ている。
「その変装…呼び出しておいて姿まで違ったら、普通は分かりませんからね?まあわたしはそういうのを見抜くことが得意ですけど…」
(さすがパルサレジア…この程度の変装、ミューノには通用しないか)
漣次郎は緊張しながら、言葉を慎重に選ぶ。
「改めまして…僕の名は漣次郎。今日は君に、どうしても話したいことがあって来て貰ったんだ」
「…」
ミューノは…真顔だ。
漣次郎も、どう説明するかを逡巡する。
そうして言葉を発そうとした瞬間、ミューノが先に口を開く。
「…先日、貴方はわたしの目の前で異能『アストラル』を使った。そしてその雰囲気、貴方がわたしの名前を知っていた事…ある程度状況は予想できます」
既にミューノは、漣次郎の事を察しているようだ。
(こうなったら、隠していても仕方が無い…!)
そうして漣次郎は腹を括り、秘密を打ち明ける。
漣次郎はミューノに、自分とフェリアの秘密の多くを語った。
記憶喪失後のフェリアの“中身”が漣次郎だった事。
漣次郎が元々、異世界の存在である事。
フェリアを含むあの半魔族3人は『月の民』と関わりがある事。
ラージェが異能を隠し持っており、『夢遊病事件』の真犯人らしいという事。
そして…あの夏の流星群の夜、フェリアが“漣次郎”の体で異世界から舞い戻り、ラージェの異能で2人の精神が元に戻り、ラージェに始末されそうになった事を。
漣次郎の話を聞いたミューノは…頭を抱えている。
「…すみません、理解が追いつきません」
「まあ、そうだよね…。だけどこれは本当の事なんだ、少なくとも僕にとっては」
「信じ難い内容ではありますが、貴方が嘘を言っているとは思えませんし…。わたしもフェリア隊長と『月の民』の関係は疑っていましたから、まあ納得はできますけど」
ミューノは大きな溜息と共に、半眼で漣次郎を見つめる。
「つまり、わたしがフィズン基地に配属されてから一緒に騎士として生活していたの…あの“小隊長フェリア”は貴方だったんですね?」
「そうなるね」
「“そうなるね”って…良く割り切れますね。元の世界とやらに帰る方法とか探さなかったんですか?」
「まあ諦めていたし、それに僕としてはフェリアが死んじゃったんだと思い込んでいたからさ。でも今思うと僕は“フェリアの遺志を継ぐ!”っていう分かりやすい目標に縋っていたのかもね」
「適応力が凄いというか何というか…まあパルサレジアのわたしをすんなり受け入れた貴方らしいと言えばそれまでですけど」
漣次郎の正体を知ったミューノは、だいぶ砕けた雰囲気になっている。何しろ半年は一緒の小隊に居たのだ、彼女は警戒もほぼ解いたようだ。
そして彼女はちょっとだけ恥ずかしそうに、小声で呟いた。
「でも、わたしにとっての“フェリア隊長”って…つまり貴方なんですよね。記憶の戻った今のフェリア隊長は…わたしのパルサレジアという姓を聞いて以来、ずっとわたしを不信がっています」
「え、そうなんだ…」
「だからその…パルサレジアの諜報員であるわたしを受け入れてくれた“フェリア隊長”…つまり貴方にまた会えた事は、個人的には率直に嬉しいですけどぉ…」
(良かった、拒絶されなくて…)
漣次郎も、ミューノと打ち解けられて一先ずは安心する。
そうして…そのミューノの言葉で、漣次郎の心はとても軽くなった。
(“フェリア”として僕が過ごした時間は、全て無駄になったと思っていた…。だけどあの間に、フェリアじゃない“僕”としてできた事がある…それは純粋に嬉しいよ)
漣次郎の事をとりあえず理解してくれたミューノは、異世界人なのにこの世界で普通に生活している彼に感心している。
「性別が変わったのに、良く正気でいられましたね。それに…貴方にとってシュレンディアは全く知らない世界だろうに、適応できたのが驚きですよ」
「それはまあ、あの2人がね」
ミューノの軽口に、漣次郎は難しい顔をする。
ミューノも、漣次郎が言わんとする事を察して眉を顰める。
「マリィルさんにラージェさん…あの2人は、最初から“記憶喪失のフェリア”が異世界人の貴方だと知っていたんですよね?」
「そういう事になるね」
ミューノは神妙な面持ちだ。
蟀谷を押さえながら、苦々しく吐き出す。
「正直に言って…フィズン着任時のわたしはフェリア隊長とマリィルさんをかなり疑っていました、“この2人には何か秘密があるんじゃないか”って。でもフェリア隊長がパルサレジアの前情報とかけ離れていて、拍子抜けしたんです」
「そうだったんだ」
「でも、あのラージェさんが嘘を言っていたとは思いませんでいた…」
“ラージェに騙されていた”という事は、ミューノにとっても少なからずショックだったようだ。
ミューノは俯き気味に黙り込むと、ふと何かを思い出らしく顔を上げる。
「…そういえばラージェさん、わたしがフィズンに着任した頃に良く変な事を言っていましたよね」
「変な事?」
「ほら、“アタシとミューは似ている”とか何とか…」
確かにラージェは、フェリア小隊結成の頃にそんなことを言っていた。
当時はただの戯言にしか聞こえなかったが…今思うと意味深にも思える。
「つまりラージェは…最初からミューノさんの正体も、秘密の任務の事も…全部知っていたか、若しくは見抜いていたって事?」
「あり得ると思います。それどころか…春先の“ネイオレス団長の難癖”の件だって、最初から知っていたかもしれませんよ?あの時のワレン商会潜入でも、ラージェさんは“迷子になって偶然証拠を拾った”とか言っていましたけど…よくよく考えれば非常に不自然です」
「…もしそうなら、ラージェはかなりヤバイね」
ミューノの予想通りだとすれば…シュレンディアに保護されて以来、ラージェは全てを欺いて来たという事になる。そうなれば、ラージェはフェリア以上に厄介な存在かも知れない。
いずれにせよ…漣次郎が探りたいのは『月の民』だ。
なので漣次郎は、ミューノに提案をする。
「今まで僕が調べた範囲だと『月の民』はレーヴェット騎士団のあるデルメーに多く潜んでいるみたいなんだ。そしてラージェ曰く“3人の故郷はレーヴェットの辺境”…だからデルメーで情報収集してみたいんだよね」
「デルメーですか…かの聖地『銀嶺山』に一番近い町で、レーヴェット騎士団の本拠地がありますね。良いんじゃないですか?」
しかし漣次郎は、まだちょっと慎重だ。
割と乗り気なミューノには悪いが、彼は指名手配の件が気になっていた。
「だけど僕は知っての通り『夢遊病事件』の件で指名手配されちゃっているから、あまり大都市だと大袈裟に動にくいし…」
「そうですか、まあわたしはパルサレジアという立場上…騎士団の任務にある程度自由が利きます。パルサレジアの持つ情報も多少なら提供できますし、デルメーにある我々の施設も拠点として使えますよ」
「本当!?凄く助かるよ!」
「もし騎士フェリアがシュレンディアに仇為す存在なのであれば、それはパルサレジアとしても何とか止めなければいけません。だけどあの人は王様のお気に入りですから、きちんと証拠を集めないと告発は危険ですからね…」
「うん、わかっているよ」
そうして漣次郎はミューノと、デルメーでの調査について軽く打ち合わせをして今日は別れることにした。
だがミューノにはまだ疑問があるらしく、漣次郎に問う。
「…ちなみにですけど貴方、今日語ったのが全ての秘密では無いですよね?まだ何か隠し事をしている雰囲気が漂っています」
「う」
漣次郎は言葉に詰まる。
確かに漣次郎は…今住んでいる場所や、魔族のテルルの事を一切話さなかった。ミューノを信用していない訳では無いのだが、今は話せないと思ってしまったのだ。
「…ごめんね、いずれ必ず話すから」
「そうですか…わかりました」
幸いミューノも、深くは追及してこなかった。
そうして少し間を置き、ぽつりと呟く。
「フェリア隊長とラージェさん、マリィルさん…あの3人の企みって結局何なんでしょうね?」
「うーん、僕も確証が無いんだ」
確かに漣次郎も…フェリア達の企みはまだ分かっていない。
しかし、1つだけ思い当たる事がある。
「僕の居た世界では、黒曜石が入手しやすいんだよね。そしてこちらの世界に帰って来たフェリアは沢山荷物を持っていた…もしかしたらフェリアは、黒曜石を手に入れる為に異世界に渡ったのかもしれない」
漣次郎の予想に、ミューノが首を捻る。
「黒曜石…?でも黒曜石なんかを大量に入手しても、あまり役に立つとは思えませんが。まあ黒曜石は高価なので、活動の資金源にはなりそうですが」
「いや」
証拠はないが、漣次郎は以前見た“フェリアの夢”で確信していた。
「恐らくフェリアは、超級火術を習得している。そしてその超級火術の効果は…恐らく異世界に渡る為の何かだと思う」
フェリアは異世界に行く時、ラージェの異能で精神だけで渡った。
しかしフェリアは…自身の異能でこちらの世界に帰って来た。
そして漣次郎の元居た世界には、火術媒体の黒曜石が豊富にある。
そこに“フェリアの企み”の手掛かりがあると漣次郎は踏んでいた。
「フェリアが僕の世界から持ち帰った物…あれを奪えれば、フェリアの企みを阻める筈なんだ。『月の民』を探れば、もしかしたら手掛かりが得られるかもしれないしね」
ようやくまともにフェリアへの反撃を始められそうな漣次郎は、胸中で静かに闘志を燃やす。
いつの間にか日は傾き、フィズンの町を夕日が照らしていた。
漣次郎とミューノは廃屋を後にし、ここで別れることにする。
「今日はありがとうねミューノさん。今度はデルメーで会おう!」
「わかりました」
「ココロンさんも協力してくれると嬉しいけど、流石にそれは無理かなぁ?」
「…わたし個人の意見ですけど、ココを巻き込みたくは無いです。あの娘に危険な事をさせるなんてとんでもない」
「あはは、君はあの娘が大好きだからね」
「な、悪いですか!?」
「いやいや、良いんじゃない?」
「もう…あんまりココの事言うと怒りますよ?」
「ゴメンゴメン!」
そこでミューノは少し迷い、躊躇いがちに漣次郎に訊ねる。
「…そういえば、貴方を何て呼べばいいでしょうか?」
そういえば…ミューノは終始漣次郎を“貴方”と呼んでいた。
漣次郎としては、別に何でもいいというのが正直な所だ。
「レンでも何でもいいよ?というか敬語じゃなくてもいいのに」
「だって貴方わたしより年上ですよね?」
「まあ僕、フェリアと同い年みたいだけど…」
「じゃあ、レンさんって呼ばせて頂きますね。わたしの事も呼び捨てで構いませんよ」
「そっか、じゃあ改めて宜しくねミューノ」
いつも表情の薄いミューノだが…この僅かに微笑んだ。
「レンさんがフェリアとして率いていた“フェリア小隊”は、諜報員として生きてきたわたしにとって大切な場所でした。異能もあるんだから、貴方さえ良ければ…改めて騎士になりませんか?」
ミューノの提案は、漣次郎の予想外だった。
「で、でも僕指名手配犯だし…そもそも異世界人なんだよ?体力だって全然無いし、騎士とか務まる気がしないんだけど」
「騎士には魔法の専門家だって居るんです、体力が無くても何とかなりますよ。いつかフェリア隊長の企みを何とかしたら、また一緒に騎士をやりましょうよ」
そう言って、自分で恥ずかしくなったらしいミューノは…一礼をして速足で廃屋を去って行った。
そして漣次郎も、異能でレーヴェットへと帰還する。
「レーヴェット地方で、魔族が騎士団に捕らえられた…?」
今日のモードン公領は生憎の悪天候で、広大な農地が激しい雨に晒されている。そんな光景を、借りているモードン公別邸内で眺めながら、フェリアはマリィルの報告を聞いていた。
「何でもカシナ村という所で騎士団が魔族を捕らえ、ニシュレ村にあるレーヴェット騎士団の施設に収容したそうですの。でもそこを何者かが襲撃し、捕らえた魔族を連れ去ってしまったそうですわ」
「ふーん、なんだか変な事件だね?」
謹慎中であまり外出できず暇を持て余しているらしいフェリアは、マリィルの語った事件について考察する。
「カシナ村…確かレーヴェット地方でもかなり北方の村だったような気がするね。夏の嵐で遭難した魔族の船が、レーヴェット北端辺りの海岸に漂着したのかな?でも海流の関係で魔族の遭難船はだいたいフィズン西海岸に流れ着くんだけど…ふむ、珍しいね」
楽しそうに考え込むフェリアだが、マリィルは難しい顔だ。
「もうフェリア様…これは普通の状況ではありませんわ。デルメーの『月の民』も、そんな勢力の存在を把握していないと言うんですのよ?」
「ふふふ…まさかの漣次郎だったりしてね」
「そんな馬鹿な…」
フェリアはしたり顔で言い放つ。
しかしその突拍子も無い仮説に、マリィルは呆れ気味だった。
「そんな訳があるか、魔族を助けてあいつに何の得がある」
フェリアとマリィルが話し込んでいる部屋に、ラージェが入って来る。
何故か着ている雨具を脱ぎながら、彼女はフェリアの仮説を真っ向から否定する。
「漣次郎が“フェリア”だった時、あいつは確かにレーヴェット地方に行ったことがあるようだけど…分かっている行き先は南方のデルメーだけだ。それにあいつは王様のデルゲオ征伐計画に賛成していたし、ちゃんと“魔族は悪”と認識していたよ」
「ふーん、漣次郎は真面目だったようだね?」
漣次郎に感心するフェリアをよそに、マリィルがラージェを気遣う。
「ラジィ…こんな雨の中どこに行っていたんですの?」
「モードン公邸だよ。忍び込んで情報を集めたけど、その“レーヴェットの魔族騒動”について詳しい事は分からなかった」
そう言いながらラージェは、手近な紙に何かを書き殴る。
「…ラージェ、それは?」
「デルメーに行く」
「僕達は騎士団に監視されているのに、かい?」
「監視されているのは姉様だけだよ。騎士団は“異能も無くて魔法の才能も無いラージェ”なんかに興味無いさ」
ラージェはくるりとフェリアに向き直る。
「あの事件…個人的に気掛かりだから、デルメーの『月の民』から情報を貰う。今後の計画的にも、現地の世論がどういう感じかも確かめておきたいからね」
そうしてラージェも…大雨の窓の外、遥か北方を静かに眺める。
いつも読んで下さっている方々に感謝致します。
シュレンディアはまだまだ暑い季節です。




