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その30 凱旋

流星群の日に、フェリアの記憶が戻った。

フェリアの周囲の者達は、その事実に喜んだり悲しんだりしていた。しかしラージェにはある懸念があるらしく、何かを考えているようで…。

 月夜の山道を、馬車が静かに進む。




 今日は“流星群の日”なのだが、それは先程終わっていた。その為今はただ満天の星空にもうすぐ満ちる月が浮かぶのみ。シュレンディアの騎士が最も忙しいこの夜は、既に終わりを迎えていたのだ。


 馬車はラージェが御者を務め、フィズン西の山を下っている所だ。ラージェはただ黙って、黙々と基地への帰路を進んでいた。

 そして馬車の中…マリィルがフェリアに寄り添っている…。

「ああ…フェリア様…フェリア様…!私は貴女が無事に戻られることをずっと信じていましたから…本当に嬉しいですわ!」

「ふふ、心配を掛けたねマリィル。でももう大丈夫、僕達の“使命”は予定以上に順調さ。何も心配する事は無いよ」

「フェリア様…!」

 フェリアの顔には若干の疲労が浮かぶが…それ以上の達成感が見て取れる。

「“目的の物”もあれだけの量が手に入ったんだ、もう解放の日は来たも同然さ。さあ君も喜ぶと良い、ラージェ!」

 フェリアの明るい声に、ラージェが振り返る。

 その顔は、かなり不機嫌だった。

「…相変わらず姉様は能天気だね、アタシ達がどれだけ苦労していたと思っているんだ。嘘が苦手なマリィなんて、“あいつ”相手に苦労していたんだぞ?だからこの世界の事の説明しかマリィに任せられなくて、アタシが終始嘘ばっかり喋る羽目になったんだ」

「…そっか、それは悪い事をしたね」

「そんな、勿体無いお言葉ですわ…♪」

 労いの言葉を貰ったマリィルは恍惚としている。

 そんな2人を、ラージェが冷めた目で見ている…。

「…アタシは頭がおかしくなりそうだったぞ?姉様の姿をした姉様じゃない奴と一緒に過ごすなんて…。夜中に1人で頭を冷やしたりしてたけど、1回あいつにそれを見られちゃってさ…あの時は本当にヤバかった」

「…苦労させてしまったね、ラージェ。そもそも君はこの計画に反対だっただろうに、僕が無理矢理押し切ってしまったから…」

「気にしなくても大丈夫だよ姉様、全ては使命の為さ」

 フェリアの言葉にも、ラージェは表情を変えなかった。


 しかし、当のフェリアは実に満足そうだ。

「だけど…ラージェの作戦は全部上手く行ったという事だね?」

「そういうことになるな、一応は」

「ふふふ…僕達3人が魔法と異能を駆使すれば、“異世界に渡る”という無謀な策すら可能になるんだからね。自分で言い出しておいて何だが、ここまで上手く行くとは思わなかったよ」

「いいえ、フェリア様だからこそ為し得たのですわ♪」

「…しかし流石にくたびれたよ、“目的の物”を異能で往復しながら運んだのはね。まあ当面はあそこに預けて、機を見てちゃんと持ち帰ろう」

 上機嫌なフェリアは、不機嫌なラージェ相手でも饒舌だった。




 いつの間にか、マリィルは寝息を立てている。

 ラージェは静かに馬車を進める。

 その沈黙の中、フェリアがぽつりと漏らす。

「あの異世界人…この“異世界への転生”を疑っていたかい?」

 フェリアの問いに、ラージェが首を振る。

「いや、すんなり受け入れていたよ…驚く程にね。まあその為に女性騎士部隊設立の件を姉様から王様に進言してもらったんだ、上手く行かないと困る。“紅百合部隊”なんてのは…最初からこの計画の為だけのものだったんだから」

「ふふふ…超級白術『スター・ウィスパー』のお陰で、狙いの異世界人が男だと予め分かっていたのが良かったね。彼の為に“可愛い女の子に囲まれる環境”を用意しておいたんだから、きっと不満も疑問も無かっただろう」

「…」

「しかし…僕ばかり楽しんでしまって申し訳無いよ。何だかんだこの半年間僕は異世界を満喫してしまったからね。エーテルが薄いせいなのか…適性はあるくせに魔法が使えない人間ばかりな不思議な世界だったけれど、去ってみれば名残惜しいね」

 ご満悦なフェリアと対照的に、ラージェの顔は浮かない。

「…ラージェ、どうしたんだい?」

 フェリアの問いに、ラージェは迷いながらも言葉を紡ぐ。


「あいつ…あの異世界人、“死んでしまったフェリア”の遺志を継ごうと頑張っていた。彼には本当に感謝しているし、とても申し訳ないと思っている」


 思いつめるラージェの表情を察し、フェリアも遠い眼になる。

「…やはりそうか、漣次郎には悪い事をしたよ」

「それが、あいつの名か」

「うん、神無月漣次郎。あの異世界ではシュレンディアと違って姓を先に名乗るから違和感があるけど…これが彼の名前さ。なかなか人の良い青年だったようで、そのお陰で僕の異世界生活も快適だったよ」

「…あいつに協力を要請できた可能性もあるにはあったが、それは結果論か。失敗した時に取り返しがつかないからな、始末する選択をしたこと自体は間違ってはいないだろうとアタシは思う」

「そうだね、僕は君の判断を支持しよう」

 言葉とは裏腹に、ラージェは苛立ちを隠さない。

 眉間に手を当てて目を細め、何かを考えているようだ。

「…どうしたんだいラージェ?」

「どうしたも何もあるか、次の策を練っているんだよ」

「ふふふ、確かにこの展開は僕も予想外だ…困ったね」

 しかし“困った”というフェリアの声は…非常に楽しそうだ。

 その声を聞いたラージェの機嫌が、また一段と悪くなる。

「…姉様楽しそうだな」

「おや、わかるかい?」

「…姉様とは長い付き合いだからな、嫌でもわかる」

「ふふふっ…」

 もう笑いを隠せていないフェリアは、それが声にまで出る。


「僕…こういう予定外は大好きだよ。これからが実に楽しみだ…!」
















 騎士フェリアの記憶が戻った。

 その報は、瞬く間に王都まで広がった。




 夏の“流星群の日”を終えた翌朝、騎士団長マシェフの元を訪れたフェリアは…失った記憶を全て取り戻していた。驚いたマシェフは早馬を王都に送り、その報をフィズン騎士団中に広めた。

 しかしフェリアは何故か…逆に“記憶を失っていた半年間の出来事”を全て忘れていたのだ。仕方なくマシェフとフェリア小隊の面々が中心となり、彼女の記憶の隙間を埋める努力をした。


 記憶喪失でも迎撃戦で大活躍だった事。

 結果フェリアが小隊長へ昇進した事。

 前騎士団長ネイオレスが、記憶喪失のフェリア追放を画策して逆に失脚した騒動。


 その他にもフェリアに親しい面々が次々に彼女の元を訪れたせいで、徹夜の彼女は眠いというのに暫く寝かせて貰えなかった。






 翌日。

 フェリアは改めて、小隊の面々に自己紹介をした。


「やあどうも。皆にとっては今更ではあるだろうけど…僕の名はフェリア、半魔族の騎士さ。今後とも宜しくね。半年以上前の記憶は戻ったけれど、その代償なのか…この半年の記憶が無くなってしまったようだ。でもこれから徐々に思い出していくつもりだから優しく見守ってくれると嬉しいよ」


 フェリアの記憶が戻った事を、皆が歓迎した。

 そしてラージェとマリィルは元より、ココロンの反応が最も大きかった。

「いやホント嬉しいですよ、隊長があたしの事を思い出してくれるなんて!何かようやく憧れのフェリア隊長と一緒に騎士やっているって感じで感激です!いやまあ記憶喪失の隊長も優しくって好きだったんで正直かなり複雑ではありますけど、2倍嬉しいっていう事で納得しておきまーす!」

 目を輝かせて迫るココロンを、フェリアは快く受け入れる。

「ふふふ、騎士団学校の頃から君は滅茶苦茶僕に絡んできたからねぇ…懐かしいよ。しかし君の才能は僕も買っていたんだ、優秀な者が選ばれるこの小隊に君が来ると思っていたよ」

「えへへ、隊長にそんな事言ってもらえるなんて…感無量です!」

 フェリアは甘い微笑みでココロンを優しく包む。

 ココロンも手足をバタバタさせながら、感情を爆発させていた。


 そしてフェリアは、ミューノにも声を掛ける。

「そしてミューノ…君には感謝してもしきれないね。君はパルサレジアの者だというのに、僕の味方をしてくれたんだろう?お陰で僕は記憶喪失という不利な状態だったのに、ネイオレスに追放されずに済んだというじゃないか」

「いえ、フェリア隊長がシュレンディアの為になる事はパルサレジアにとっても喜ばしい事なんですから」

「今後も僕はカイン王の期待に応えるべく邁進するよ。君も僕の素晴らしい働きを、存分にパルサレジア公へ報告していいからね!」

「まあ、言われなくとも。それがわたしの任務ですので」

 豹変したとも取れるフェリアだったが、ミューノは存外快く彼女を受け入れていた。以前よりだいぶ眼光強くなった彼女だが、ミューノはヤレヤレと言った感じで肩を竦める。

「私達の知るフェリア様に戻って頂けて、とても嬉しいですわ♪」

「へへへ、これでフェリア小隊も再出発ってね!」

 マリィルとラージェは顔を見合せ、そして微笑んだ。


 フェリアが元に戻っても…フェリア小隊は何とかやっていけそうだった。











(これは…どう捉えるべきなんだろうか?)

 記憶が戻ったフェリアについて、ミューノ・パルサレジアは内心複雑だった。


 ミューノにとってこの出来事は、必ずしも良い事では無かった。

 昨日の朝“記憶が戻った”というフェリアの元へココロンと共に駆けつけたミューノだが…改めて彼女がパルサレジア姓を名乗った時に、フェリアは明らかに警戒する素振りを見せたのだ。

 まあその後…ラージェが“ミューは信用できるよ!”と押してくれて、マリィルがミューノの功績を伝えたので、フェリアも彼女を受け入れたのだが。

(フェリア隊長は記憶を失う前…やっぱり元々“パルサレジア”の事を知っていたんだ。わたしの事は一応信用してくれたみたいだけど…また信頼関係を作り直さなきゃと思うと憂鬱だな…)


 ミューノは正直…ガッカリしていた。

 記憶を取り戻したという今のフェリアは…配属前にパルサレジア孤児院で聞いていた情報に近い性格だった。しかしミューノは、軽くて面倒見の良かった“記憶喪失のフェリア”を…実はかなり慕っていたのだ。

(それにフェリア隊長は…流星群の日に記憶を失って、流星群の日に記憶が戻った…こんな事ある?絶対何かおかしいって…ココやラージェさん達は何とも思わないの?一度パルサレジア孤児院に帰って情報収集をし直そう)


 ミューノは今まで通りに見せながらも…記憶を取り戻したフェリアの事を、内心かなり疑っていたのだ。











 深夜、兵舎の談話室でフェリアは寛いでいた。

 フェリアは騎士団長マシェフに頼んでこの半年のフィズン騎士団の記録を借りており、欠けた記憶を補填していた。さっきまでココロンも元気にフェリアと話していたのだが…今はそこの長椅子で寝息を立てていた。


「…姉様、まだ起きてるー?」

 その談話室に、ラージェが入って来た。

 戸の空いた音で起きたココロンが、むくりと起き上がる。

「ふぇぇ…ラジィさん…?」

「あれれ、ココってばまだ起きてたんだ?でももう眠いなら部屋に行ったほうが良いんじゃない?」

「そんな…今夜は隊長と一緒に朝までぇ…」

「無理しちゃダメダメ。それに…ちょっとアタシ姉様に用があってね!」

「え、僕かい?」

 記録に目を通していたフェリアが、少しばかり驚いて顔を上げる。

 こんな深夜だというのに、ラージェはまだまだ元気そうだった。

「ねえ姉様…一緒に海を見に行こうよ!」

「む、こんな夜中に…何故?」

「いいじゃないか姉様、付き合ってよー。姉様と夜の海が見たいのさ!」

「ふふふ、仕方ないね。良いよラージェ」


 そうしてフェリアは立ち上がり、ココロンの明るい茶髪を撫でる。

「じゃあ僕はちょっと出てくるからね、ココロンはもう寝なよ。何と言っても明日は陛下に謁見する為に王都へ行くんだからさ!」

「ふぁい…」

 そうして寝惚けココロンを残し、フェリアはラージェに抱き着き異能で消える。






 フェリアとラージェは、フィズン港の西…人気の無い岩礁地帯に来ていた。

 月はまだまだ満ち足りないが…快晴なのでこの夜は明るい。

 2人は黙って、その月を見上げていた。


「いやいや、漣次郎は思った以上に上手くやっていたようだね」

 フェリアはぽつりと零す。

 ラージェは黙って聞いている。

「ラージェの仕込みがあったとはいえ、あのネイオレスをあっさり追放したらしいじゃないか。それに…僕が苦手だったルゥイやワールとも友好関係を築き、パルサレジアの諜報員まで味方に引き入れて…全く期待以上だよ!」

「…そうだね」

「これはもしかしたら…僕を嫌っているビスロ様との関係も良くなっていたりしてね。そうすれば今まで以上に自由が利くね!」

「…」

 ラージェはしかめっ面だ。

 厳しい表情で月を見上げる彼女には、フェリアの言葉が届いているかどうかが良く分からなかった。

「…ラージェ?」

 フェリアは首を傾げ、ラージェの顔を間近で覗きこむ。

 そうしてようやく、ラージェはフェリアに向き直る。

「姉様、明日王都には3人だけで行こう…ココとミューにはフィズンに残って貰ってさ。方便はアタシが考えるから」

 その言葉に…フェリアはわざとらしくキョトンとして見せる。

「それはどういう意図だい?」

 ラージェが半眼でフェリアを睨む。

「…分かっている癖に、そういう鬱陶しい言い方は止せ」

「ふふ…そんな事言われたら余計言わせたくなるじゃないか。不機嫌な顔の君もまた可愛いからね」

「くそ、全く…!」

 ラージェは苛立ちながら吐き捨てる。


「アタシ達はあの異世界人を取り逃がしたんだぞ!?手を打つ必要があるだろ!!」


 あの流星群の晩…ラージェは漣次郎を仕留め損なっていたのだ。

 ラージェは銀の髪を、苛立ち紛れに掻き毟る。

「姉様が異世界に渡って“目的の物”をかき集める今回の計画…姉様の超級白術である程度の“下見”が出来ていたから大体計画通りに進められた…それは事実だ。だけど漣次郎については1つだけ不安要素があったからな…」

「ふふふ、君の異能『ソウルスワップ』で精神を入れ替えたまま長時間活動するには…魔法適性が近い必要があったからね。それに異世界の相手だと、対象の意識が沈んでいないと入れ替え自体が上手く行かない…だからこそ“流星群の日に大怪我する、僕と魔法適性の近い異世界人”である漣次郎が必要だったと」

「そうさ。そして姉様の精神が憑依すれば、漣次郎の体でも魔法や異能『アストラル』が使える…それも姉様の超級白術で分かっていたから、帰りは異世界側の流星群とそれで万全の筈だった」

 そしてフェリアは、本当に楽しそうに言い放った。


「つまり僕が“漣次郎”の体でこの世界に帰り、2人の精神を戻した瞬間…元に戻った漣次郎に『アストラル』で逃げられる危険があった…これだけは避けられなかったという訳だ!」


 ラージェは頭を抱え込む。

「…そもそも姉様の精神が抜けた異世界人に『アストラル』が使えるかどうか、そしてその可能性に奴が一瞬で気付いてしまうか…アタシが間髪入れずに斬りかかれば、その2つの不安要素を纏めてぶった斬れると思ったんだけどね」

 これはラージェの想定外だった。

 あの夜…不意打ち気味にラージェが斬りつけようとした漣次郎は、その瞬間に『アストラル』でどこかへと消えたのだ。そしてこの出来事こそが…フェリア達の計画を狂わせる“予定外”だったのだ。

「ラージェ、君にしては珍しい誤算だったね?」

「迂闊だった…異世界に突然転生したのに暢気にしていたあいつの事を見くびっていたのが拙かった。まさかあの一瞬で機転を利かせて、アタシの斬撃を避けようとした上で『アストラル』を使うとはね」

 ラージェは歯軋りしながら悔しがる。

 3人の計画に、綻びが生じてしまったのだから。




 しかしフェリアはウキウキで、俯くラージェに訊ねる。

「ねぇねぇラージェ、漣次郎の行方に心当たりは?」

「無い、あいつは偶に1人で行動していたから。恐らくワルハランか王都だとは思うけど…まあ“異世界から転生してきた”なんて戯言を真に受ける人は殆ど居ないとは思うから、直ぐにアタシ達の障害になるようなことは…無いとは思う」

「で、どうする?流石にこのまま野放しにはできないだろ」

「当り前だ、こんな事もあろうかと…アタシは前々から王都で“夢遊病事件”を仕込んでおいたんだ。アタシが斬った傷は浅かったようだけど…あの怪我ならあいつもすぐには動けないだろうから、その間に一気に仕掛けておきたい」

「ふむふむ」

「それに…姉様の“記憶の喪失”と“記憶の戻り”がどっちも流星群の日っていうのは流石に誤魔化しきれない。王政に疑われるのは承知の上…だからこそそれを懸念として、王様に自己申告するのが望ましいね」

「成程ねぇ…」

 そうして頭の中で策を纏めたらしいラージェが、ようやく顔を上げる。


「漣次郎の事は気になるが、計画は次の段階に移そう。全ては『ヴァンガード』として選ばれたアタシ達の使命を果たす為だ」


 そうしてフェリアはラージェと共に、異能で兵舎へと帰っていった。


これを読んでいる皆様に感謝を。

異世界転生はやっぱり良いですね。

今後は漣次郎が漣次郎として異世界で過ごしていくと思います。

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