その27 過去を辿って
レーヴェットの半魔族に『月の民』…それに“フェリア”の本当の夢。
“フェリア”の遺志を継ぐためにも彼女のことをもっと知るべきだと考えた“漣次郎”は、彼女の過去について調べ始める。そしてその中で、思いもよらぬ話を知る事になり…。
休日の朝、フェリアはいそいそと外出の準備をしていた。
非番の今日、フェリア小隊は思い思いに過ごしていた。
買い物がしたいと言って出掛けたミューノと、それに付いて行ったラージェ。そして何故か朝っぱらから兵舎へ押しかけているアイラ姫に、彼女とすっかり仲良くなったココロン。残りのマリィルは普段通り、のんびり本を読んでいる。
季節はまだ、夏季前節が終わる前。通例であれば次の迎撃戦もまだまだ先なので、騎士団内には旭日祭の緩い雰囲気がまだ残っていた。
そしてそんな面々を尻目に、フェリアは身支度を整えている。
「もうフェリア…せっかく妾が来たというのに、今日に限って用事とはどういう了見なの!?ガッカリよ!」
「すみませんって…今日はワルハラン特区のテンジャ様に呼び出されていまして、他にも色々あって今日は夕方まで出てしまいます」
「テンジャお兄様ったら!フェリア、次の非番こそ妾と一緒にお茶会よ!?」
「次こそって…しょっちゅう来てるじゃないですか…」
遊びに来たのにフェリアが外出と知ったアイラ姫はご機嫌斜めだったが、フェリアは何とか取り繕う。そして一人出ていくフェリアの背中に、マリィルが声を掛ける。
「それでフェリア様、今日のテンジャ様の用件とは?」
その問いに、フェリアは微妙な笑顔で答える。
「うーん、詳しい内容は聞いてないんだよね。まあ行ってみればわかるでしょ」
「…そうですか、お気をつけて」
「うん、行ってくるね…<アストラル>」
そうしてフェリアは単身、異能でワルハランへと向かった。
フェリアはこの時、少しの嘘を言っていた。
実は今日フェリアがワルハランへと赴くのは…テンジャの命では無く、フェリア自身の意志だったのだ。
自分自身の事…転生前の“フェリア”について知る為に。
ワルハラン特区の総督府…そのとある一室にフェリアは来ている。
ここは文書を保管するための部屋で…ワルハラン特区に住む半魔族の住民や、騎士となり特区外で生活する者達に関する情報…要するに戸籍のようなものが纏められていた。シュレンディア王国の持つ半魔族に関する情報の多くが、ここに集められているとフェリアは聞いていた。
フェリアはここで、ある資料を探している。
そしてそんなフェリアと共に、資料を漁る者が1人。
「フェリアが進んでワルハラン特区に帰って来るなんて、どういう風の吹き回しかしら?君ってば用事が無い時は滅多にここへ来ないから、俺様も驚きよ?」
ワルハラン特区総督のテンジャが、フェリアと一緒になって資料を漁っていた。ここはそんなに忙しい所では無いらしく、暇を持て余していたテンジャが面白半分に手伝ってくれていたのだ。
しかしここの資料は滅多に見る者が居ないらしく、暗いその部屋にある文書は大半が埃を被っていた。しかもまるで整理すらされていない。
「ここにある筈なんですよね?僕がレーヴェットで保護された頃の情報が…どうしてもそれが見たいんです」
「変な娘ねぇ。確か大したこと書いてないわよアレ?」
「それでもです」
夏なのでなかなかに暑い密室の中…フェリアが探すもの。
それは、フェリア達3人に関する資料だった。
(よくよく考えれば…僕は“フェリア”について知らなさすぎるんだ。もし彼女の意志を継ぎたいのであれば、僕はもっともっと知るべきだろう)
フェリアの今日の目的は、自分についてもっと知る事だった。
(“レーヴェットの半魔族”に“『月の民』”…それに“フェリアの本当の夢”。それぞれの事は何となく分かって来たけど…それらの繋がりが分からない。でも…フェリアは1人で行動することもあったらしいから、マリィル達の情報だけじゃ本当のフェリアが分からない気がする)
フェリアは紙の束を手に取りながら、それらしい文書を探す。
(マリィル達から聞き出せれば一番なんだけど…でも2人とも過去を語りたがらない。そういう意味ではあの2人にまだ秘密が有っても不思議じゃないよね)
そんな調子で文書を漁るフェリアに、テンジャが声を掛ける。
「ちょっとちょっとフェリア!見つけたわよ!」
「え、本当ですか!?」
その声でフェリアは顔を上げ、テンジャの側に駆け寄った。
テンジャが見つけたのは、特区外で発見された半魔族の資料だった。
王都奪還戦以来…聖者が主導して半魔族を保護し、終戦数年後に完成したというワルハラン特区。そこにはそれ以来に特区外で発見された半魔族に関する名簿があったのだ。それらは一人分毎に文書化されており、フェリアの想像以上の枚数があった。
「これが、僕達3人分のか」
「そうね。ああ懐かしいわ、俺様がここに赴任したのは君が保護された後だったけど、赴任直後に一応これも目を通したのよねー」
「…」
フェリアは黙り込み、それに見入る。
【フェリア】
・女性/12歳/爬虫類系?/魔法適性…火、白、黒
・親類…不明
・異能『アストラル』…記憶にある場所へと瞬間移動する。
・579年夏ノ82日、レーヴェット南部のチャロデン村付近の森林で、ラージェとマリィルという半魔族の少女2人と共に彷徨っていた所を村人が発見し、レーヴェット騎士団が保護。
・レーヴェットに潜む半魔族の集団に属していたというが、異能が無いという理由で口減らしされそうだった為逃走したとの事。ちなみに異能『アストラル』は逃走中に発現したらしい。なお彼女達が居たという半魔族の集団については調査中。
・自信家で積極的な性格。これは優秀な異能や3種の魔法適性に依るものでは無く、フェリア自身の元来の性格ようだ。
・亜人的な身体特徴が非常に少なく、種族は不明。眼のみに半魔族の特徴が出ており、虹彩からして爬虫類もしくは猫獣人系と思われる。しかし性格傾向と高い身体能力からして爬虫類系の可能性が濃厚。
・過去に類を見ない逸材。騎士団に是非入れたいが、特異な異能故に監視等がどうしても必要になるのが難点。登用時には監視体制の構築が必要。
フェリアはじっと、資料に見入る。
(…ラージェの話と合っているね、一応。あの娘の話は本当っぽいかな)
そしてフェリアは、続けてマリィルとラージェの資料も見る。
【マリィル】
・女性/11歳/兎獣人系/魔法適性…木、水
・親類…不明
・異能『ムーンフォース』…夜限定、月光を魔力に変換する。
・保護時の状況等についてはフェリアの資料を参照。
・消極的な性格で、フェリアに対する精神的な依存が大きい。異能と魔法適性は優れているが、それをひけらかすような事も無い。
・レーヴェットに居た頃の話を極端に嫌う。人間に対する恐怖心が大きいらしく、殆ど事情聴取が不可能。
・身体能力は低く、騎士団を目指す意思はあるようだが厳しいか。
【ラージェ】
・女性/11歳/爬虫類系/魔法適性…土
・親類…不明
・異能無し。
・保護時の状況等についてはフェリアの資料を参照。
・レーヴェットで保護された当初は人間を極端に警戒していたというが、特区に収容された際には非常に快活で社交的な性格に変わっていた。
・身体能力は高い。しかし異能を発現しておらず、魔法適性についても特に目立った点が無い。向上心も非常に希薄なので騎士としての適性は低い。
・騎士を目指す意思もほぼ無い。異能・魔法適性的にも厳しいと思われる。だが異能を発現しさえすれば評価は大きく変わると思われる。
フェリアはこの資料を読んで、ある疑問が。
「…あの、テンジャ様」
「あら、どうしたのフェリア?」
「僕とマリィルの資料はまあまあ想像の範囲内だったんですけど…」
「…ラージェ君の資料に何か?」
「ラージェって、最初は人間を警戒していたんですか?それにあの娘、騎士団に興味が無かったみたいに書かれていて…」
その言葉を聞いたテンジャは腰に手を当て、逡巡。
そうして何か思い出したのか、手を打つ。
「あ、そうそう!実は俺様、君達が此処に収容されたすぐ後に…パパとビスロお兄ちゃんと3人で視察に来たのよねー。その時ラージェ君にも会ったんだけど…確かにあの頃のラージェ君はなんか、野生の獣みたいな雰囲気だったわね」
「…あのラージェが、ですか?」
訝しむフェリアに、テンジャは肩を竦めて見せる。
そしてテンジャは、思わぬ言葉を漏らした。
「俺様だって未だにラージェ君のこと良く分かんないしー。君が引っ張ったからあの娘も騎士団入りしたけど、あの娘別に昇進とか興味無さげだしね。それにラージェ君って『月の民』に偶に絡まれたりもしてたからねぇ…」
そのテンジャの言葉に、フェリアは驚く。
「え、ラージェが『月の民』と…!?」
「そうそう、ワルハラン特区には良く怪しい奴が出入りしてからねー。でも不思議よね、『月の民』は半魔族の異能を崇めてるって話だけれど、ラージェ君には異能が無いのに…」
(ラージェが、『月の民』と…?)
当初フェリアについて探る筈が…ラージェについての怪しい情報が出てきてしまい、フェリアは急遽予定を変更することにする。
しかし結局、その後の情報収集は散々だった。
フェリアは自分達を保護したという“レーヴェット騎士団”に当たりを付け…テンジャに一筆したためて貰って、急遽レーヴェット騎士団のある町デルメーに向かう事にしたのだ。そこに何か、自分達に関する情報があると信じて。
しかし…レーヴェット騎士団には大した情報が残っていなかった。
そもそもワルハラン特区に残る情報の出所がレーヴェット騎士団であり、それ以上の情報が有る筈無かった。当時フェリア達を保護したという騎士も、フェリア達を発見したチャロデン村民も…資料以上の情報を持ってはいなかったのだ。
ろくな情報が得られなかったフェリアは、丁度近かったので一度サルガン宅に寄ることにした。
「お前自身の事か…ならば記憶を取り戻せばいいのではないか?」
望む結果が得られず、フェリアはサルガン宅で不貞腐れながらテルルのお腹をもみくちゃにしていた。幸いテルルはされるがままで、フェリアにふわふわされ続けている。
「わふー…」
しかしそうしながらも、フェリアは難しい顔だ。
「…記憶を取り戻す手掛かりなんて無いんですけどね。たまに夢に見るくらいで、どうやったら思い出すかなんて見当も付きませんよ」
「…そもそも今のレンに、過去の記憶が必要なのか?」
さっきまで薪を割り続けていたサルガンは、今茶を入れて休憩している。この家の標高が高い事もあって…ここは夏なのに比較的涼しく、フェリアは偶に涼む為だけにここへ来ることもあった。
サルガンの問い…“取り戻せない記憶”という問題に対する答えを、フェリアはまだ出せていなかった。
「どうなんでしょうね…。今の僕は、過去の記憶が有ろうと無かろうとやることは変わらないつもりです。カイン王と共に『紅百合部隊』を創立するという目的は、必ず果たして見せますよ」
「…だがそれに感情が伴って来ない、と」
「…」
的を射たサルガンの言葉に、フェリアは黙り込む。
(…それは確かにそうなんだよね。僕はただフェリアの遺志を継ぎたいというのが一番な訳で、だからこそフェリアについてもっと知りたいんだ。そうして初めて、本当の意味でフェリアのやり遺した事を受け継ぐことが出来る気がする)
「レン、髪とかしてー」
「…うん、いいよ」
テルルにせがまれ、フェリアはテルルの髪留めのリボンを外す。
そうしてちょっとゴワゴワなテルルの髪に櫛を通す。
(…やっぱりマリィル達に聞くべきかなぁ…?でもまだ2人にも秘密が有りそうだし…。それにもしそうするんだったら、僕自身の秘密も打ち明けるべきだよね…そこが難しいよなぁ)
そうしてフェリアは、夕刻までサルガン宅で悶々としていた…。
夕暮のフィズン基地、司令塔をフェリアは進む。
自分とマリィル達の秘密、フェリアの過去…。まだまだ答えが出せないフェリアは基地に戻っても悶々としたままだった。そんなフェリアが女性兵舎に帰った所、何故か待ち構えていた上司の中隊長が彼女にある言伝をして行ったのだ。
“騎士団長マシェフが呼んでいる”と。
「ごめんねフェリア、休日なのに呼び出してしまって」
今日は珍しく団長執務室では無く、騎士団長私室にフェリアを呼び出したマシェフ。彼は夏の軽い装いで、団長のゴテゴテした団服を脱げば…彼も年頃の少年らしさが露わになる。そんなマシェフは、屈託のない笑顔でフェリアを迎えた。
「今日はテンジャ兄様に会いにワルハラン特区へ行ったと聞いたよ。どう、兄様は元気だったかい?」
「ええ、総督の仕事が暇だとぼやいていらっしゃいましたよ。それで僕の個人的な用件まで手伝って下さって…」
「あはは、テンジャ兄様らしい。確かにワルハラン特区が忙しいのは冬季後節の“騎士団候補生選出”ぐらいだからね…それでも兄様は歴代総督に比べれば精力的に活動している方なんだよ?」
「…そうですね、テンジャ様は僕達半魔族の為に色々して下さっていますからね。今日僕もお世話になったばかりです」
マシェフはゆったりと窓辺で寛いでいる。
窓の向こうには、沈みゆく夏の夕日が見えている。
そうしてマシェフは、ぽつりと呟いた。
「…フェリアの記憶が無くなってしまったあの事故から、もうすぐ半年なんだね」
「…そうでしたっけ?」
「君が事故から復帰した直後に、冬季の迎撃戦があったじゃないか。もうすぐ夏季後節に入るからね…そうすれば丁度半年になるよ」
「もうそんなに経ったなんて…」
マシェフにそう言われるまで、フェリアはその事実に気が付いていなかった。そう言われてみれば…あの頃はまだ、冬の空気感が残っていた事を不意に思い出す。
そしてマシェフは、ちょっと残念そうに柔らかく微笑む。
「…でもフェリアの記憶は、この半年で戻らなかったね。それだけは残念だよ」
「それについては言い訳もできません。僕としてもどうすればいいか…」
「いいよ、君が悪い訳じゃ無いからね」
マシェフはそう言ってくれたが…フェリアとしては負い目があった。
(きっとマシェフ様は…それにカイン王も…きっと“フェリア”の記憶が戻る事を望んでいる。そしてそれは、もしかしたらマリィル達もそうなのかもしれないね。まあルゥイやワールなんかは今の僕の方が良いとか言ってたけどさ)
日が沈んで暗くなった窓の外に目を向け、フェリアは想いを巡らす。
そしてマシェフが、やっと本題を切り出した。
「今日君をここへ呼んだのは、君の記憶の件なんだ」
「僕の記憶…ですか?」
窓際に居たマシェフは、フェリアの元へと歩み寄る。
マシェフが、フェリアの手を取りその顔を見上げる。
「また君の記憶が無くなったら悲しいし、父上も落ち込んでしまうよ。きっとあの土砂崩れの事故が原因なんだろうけど…もしかしたらそれだけじゃないかもしれない」
それは、フェリアとしては意外な一言だった。
「僕の記憶喪失は、土砂崩れが原因…そうですよね?」
「そうだろうけど…」
マシェフは言い淀む。
そして不安そうに、フェリアを上目遣いで見上げた。
「でもよりにもよって、例の事故が“あの日”だったから…。何かが起きたんだとしても不思議じゃないよね」
フェリアは思わず固まる。
「…“あの日”?」
「え、マリィル君達から聞いてないの?」
「いえ、何も…」
「父上からも?」
「はい」
「うーん、不思議だね…。父上はきっと、マリィル君達が話したと思ってわざわざ言わなかったんだろうけど…」
「…それで、“あの日”とは?」
「“流星群の日”だよ、覚えて無いかい?」
それは、フェリアが初めて聞く…重要な話だった。
「“流星群の日”…とは?」
「冬ノ68日と、夏ノ50日…毎年同じ日に、シュレンディア全土で流星群が観測できるんだよ、それが“流星群の日”。君があの土砂崩れに遭ったのが、冬の“流星群の日”だったんだよ」
「…今日は何日でしたっけ?」
「夏ノ42日だね。当日には騎士団の特別な任務があるから、頭の片隅に置いておいてね。夜通しの厳しい任務だけど頑張ろう!」
「…」
フェリアは、混乱してそれどころでは無かった。
マシェフの言葉が頭に入ってこない。
(フェリアの事故が、流星群の日…何でそれをマリィル達は言わなかったんだろう?それに、明らかに何かを隠しているマリィル達…これらが無関係とは思えない。なんだろう、嫌な予感がする…)
もうフェリアは、何を信じて良いかが分からなくなっていた。
そして…マリィル達から話を聞き出す覚悟を決める。
こんな暑い中読んで頂いた、どこかの誰かに多大な感謝を。
ペルセウス流星群が待ち遠しいですね。
2023.3.5
冒頭部について誤字指摘頂いたため修正しました。
マリィルとミューノを間違えて、ミューノが2人になってましたね。
どうもありがとうございます。




