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その1  初陣

ほのぼのとした異世界ものを書きたくなったので思わず投稿しました。

魔法や魔王の存在する異世界のファンタジーです。そんな世界で女性の身体に転生してしまった青年のドタバタを、軽いノリで楽しんでいただけたら幸いです。

 春先の海辺から、紅髪の女騎士は水平線を臨む。


 白昼の港町は、騎士達でごった返している。

 近隣の海岸線一帯は、港だろうが浜辺だろうが構わず騎士達がびっしりと並んでいる。彼等は皆鎧を身に付け剣を抜き、海の彼方を凝視している。彼等の背後には漁港らしい賑やかな街並みが立ち並んでいるが、不思議な事に住民の姿は無い。

 彼等の視線の先、碧く澄んだ海上には騎士団の軍船があり、これまた多数の騎士が乗り込んでいるようだ。

 辺り一帯に、異様な闘気と殺気が渦巻いている。




 そんな騎士達の中に、毛色の違う者が1人。


「や、ヤバイって…やっぱり僕には無理かも…」


 その騎士は、騎士団でも珍しい女性団員だった。

 紅い短髪に金の瞳を持つ彼女は、細身ながらに引き締まった肉体をしている。並の男よりも上背があり、それに凛々しい顔立ちの騎士なのだが…その表情は真っ青だった。

 自信無さげに剣を握る彼女の手は、汗でぐっしょりだ。


 そんな彼女の震える手を、隣に居た少女が優しく包む。

「大丈夫ですよフェリア様。フェリア様はとっても強いんですから。それに…もし危なくなっても私とラジィがお傍に付いていますからね♪」

 フェリア。

 それがこの、紅髪の女騎士の名だった。

「う、うん…僕も頭ではわかっているんだけどね、マリィル…」

 女騎士フェリアの手を優しく握るのは、これまた珍しい女性騎士だった。

 ウェーブのかかった長い金髪と術者のローブを海風に靡かせながら、青い瞳でフェリアの顔を覗き込む。長身のフェリアから見ると非常に小柄な彼女…マリィルは、騎士としては邪魔としか思えない程豊満な胸を持っている。

 そしてフェリアの視線の高さ、マリィルの頭部には…可愛らしい純白の兎耳がピコピコと動いている。


 マリィルの気遣いで若干落ち着くフェリア。

 しかし彼女の肩を、別の少女が軽く叩く。

「おいフェリア姉様、もうすぐ敵が来るよ!構えてね!」

「へっ!?本当かいラージェ!?」

 フェリアと並び立つ彼女も、また騎士だ。

 銀髪をポニーテールに纏めている彼女…ラージェは、マリィルとは対照的に超軽装だった。タンクトップにホットパンツといった出で立ちの彼女は、腰の双剣を抜き払う。

 そんなラージェの褐色肌には所々に鱗らしきものがあり、さらに背中には…爬虫類を思わせる尻尾まで生えている。

 3人の女騎士が、埠頭に並び立つ。




「久しぶりの迎撃戦だ、腕が鳴るよっ!!」

 海を見つめるラージェの橙の瞳が、楽しそうに輝く。

 しかし当のフェリアは…まだ弱気なことを言っている。

「…ヤバイなぁ、僕まともに戦える気がしないんだけど」

 オドオドとした彼女を見かねて、マリィルが彼女にそっと寄り添う。

「大丈夫ですフェリア様…これから現れる敵は、厳密に言えば“生物”ではありませんから。罪悪感とかは気になさらなくても良いので、バッサバッサとやっちゃって下さいな♪」

「えっと、そうじゃなくて…」

「何かご心配が?」

「いや僕なんかがその…敵とまともに戦えるのかな…って意味なんだけどさ」

「そんなに心配ですかフェリア様?たとえ貴女が記憶を失っていようと…あんな雑魚相手に、天才騎士フェリア様が負けるはずがありませんよ♪」

「で、でもさ…」

「だから大丈夫ですって。そもそも“迎撃戦”の主力は海上の騎士船団ですし、殆どの敵は彼等が殲滅してくれます。それに、この規模の“迎撃戦”なら…我々騎士団が負ける可能性はゼロですね。我々の役目は、船団が討ち漏らした飛行型の敵の掃討です」

「そ、そっかぁ…まあ頑張るよ…」

 及び腰のフェリアを励ますために、マリィルが屈託のない笑みを見せる。1人気負っているフェリアとは裏腹に、マリィルとラージェにそこまでの緊張感は無い。


 “記憶喪失”の女騎士フェリアだけが、この戦場で浮いていた。






 海上の騎士船団が、動く。


 ラージェが彼方を指差した。

「姉様、来たよっ!!」

「え、マジ!?」

「あれあれ、あの水平線に居る黒いアレ…見える!?」

「…うわ、凄い数だね」

 フェリアは生唾を呑む。


 フェリアの視界の彼方、空と水平線の境目に…黒い軍団。


(あれが、敵か…)

 強張るフェリア。

「全員構えろ!気を抜くなァ!!」

 フェリアを含む騎士の一団、それを纏める隊長らしき男が叫んだ。

 先程まで以上に、騎士達に緊張感が走る。

 隊長は続ける。

「いいか…魔王のスレイヴ共なんぞに、我等がシュレンディア王国の土を踏ませてはならん!!そしてここフィズンの町や民に被害を出すことも罷り成らん!!」

 騎士達が、各々の武器を構える。

 素手だったマリィルも、腰に差していた琥珀の杖を構える。

 フェリアの頬を、冷や汗が伝う。


 前方の騎士船団は、既に交戦を始めているようだ。

 そしてその上空を抜けるように、敵が何体も飛来する。

 フェリア達の正面からも…!


 直後、港の騎士達も会敵する。










 飛来する敵は“影”のような怪物だった。

 知性を感じさせない野蛮で真っ黒なその怪物達は、手当たり次第に騎士に襲い掛かって来た。騎士達は各々が持つ武器や魔法で、それを漏らさず次々撃墜している。


「てやァー!!」

 ラージェが双剣を振るう。

 悪魔のような見た目をした真っ黒いその敵は、4つに斬り分けられて地面に落ちる。そしてそのまま、塵になって消えていく…。周りの騎士達も、魔法や弓矢で順調に敵を撃墜している。

 マリィルの言葉通り、騎士団の優勢は明確であるようだった。


(ぼ、僕も一応戦わないとなんだろうけど…)

 一方で、フェリアはまだ敵を撃墜していなかった。

 彼女は剣を構えたままの姿勢で固まっている。

 そんなフェリアを見かねたのか、マリィルとラージェが彼女の側に駆け寄る。

「ちょっと…姉様大丈夫かい?」

「んー…大丈夫、じゃないかも」

「フェリア様、昨日教えた『魔法』を使ってみてください!」

「え、で…できるかなぁ…?」

「いいからやってみなよ姉様!!でも、もし危なくなったらすぐに<あの言葉>を唱えるんだよ!」

「で、でも…」

「いいから!」

「う…わかったよラージェ…」

 飛来する敵を前に、覚悟するフェリア。

(ぼ、僕も一応は戦わないとマズイよね…!)

 “記憶喪失”の後にマリィルから教わった手順で、魔法を使う。


 深く息を吸う。

 右手に付けた“金剛石の指輪”をかざす。

 教わった“魔法陣”を思い浮かべる。

 指輪から光が迸り、宙に魔法陣が描かれる。

 言葉を放つ。

「『アーク・ウィング』!!」

 そしてフェリアの身体は光を纏い、フィズンの空に舞い上がる。







 敵を10体斬った。

(こ、この魔法…凄いよ!体が軽い!)

 飛行魔法『アーク・ウィング』で空を飛び回るフェリアは、飛来する敵…「飛行型スレイヴ」を次々に薙ぎ倒した。この「飛行型スレイヴ」には思考能力も自我も無く、その単調な動きをフェリアは完全に見切っていた。

(というか…記憶は無いはずなのに、戦い方は身体が覚えているみたいだ。こんなに激しく飛び回っても、何となくで戦えるなんて…)


 フェリアはさらに敵を10体斬った。

 「飛行型スレイヴ」は、ある程度のダメージで勝手に崩壊するようだった。なのでフェリアは効率を優先し、必要最低限の攻撃を加えるようにした。気持ちにも余裕が生まれてきたため、フェリアの動きはより軽やかになっていく。


 敵を山ほど斬った。

 あっという間に、前衛の船団が討ち漏らした「飛行型スレイヴ」を単身で全滅させてしまった。フェリアの下の方では、港の騎士達がポカンとフェリアを見上げている。

 しかし、前方の騎士船団はまだ交戦中のようだ。

 どうやら…「飛行型スレイヴ」に加えて、海上を泳いで来た「海獣型スレイヴ」の大群とも戦っているようだ。

(暇だからあっちも手伝おうかな。というか、こんなに楽な戦いだとは思わなかったなぁ…楽勝じゃん。マリィルの言う通りだったね…)

 戦闘の高揚感につられて、フェリアは次の敵を求める。

 騎士船団より沖の、「飛行型スレイヴ」の群れに直接突っ込むことにする。


 そして彼女は心の中で、密かに呟く。

(…“騎士フェリア”には、感謝しないとなぁ)











 フェリアの活躍もあり、“迎撃戦”は半刻程度で終わってしまった。


 その後は少し慌ただしかった。

 敵襲の報を受けて避難していた港の民衆が、一斉に帰って来たのだ。

 その様子を尻目に、「スレイヴ」を撃退した騎士団は通例だという凱旋行進でフィズンの町を進む。その行進を、民衆が歓声で迎えてくれる。特に民衆は、階級が一般騎士に過ぎない筈のフェリアに向けて熱狂的に称賛を送って来たのだ。


「天才騎士フェリアが居れば、このフィズンも安泰だぜ!」

「まるで…かの“勇者様”の再来のようだな!」

「流石は『魔の再来』を退けた英雄だよ!」


(なんだかすごい言われようだな、僕…。まあ、どういう意味かはさっぱり分かんないけどね)

 凱旋の行進の中…騎士フェリアは、記憶に無い称賛を受けながらも…なんだかちょっと恥ずかしくなってくる。






 夕刻の窓辺から、フェリアは1人で物思いに耽る。


「…疲れたな。身体は全然余裕だけど、精神的にくたびれたよ…」

 現在フェリアのいるこの部屋は、港町フィズンにあるシュレンディア王国騎士団の基地…その一角だった。広大な敷地を誇るこのフィズン基地には大勢の騎士が駐屯しており、敷地内には彼等の為の兵舎も設けられている。

 …しかしフェリアの兵舎は、他のと離れた場所にあった。

 理由は簡単。現在フィズン基地に、女性騎士が3人しか居ないからだ。

 団内の風紀を守る為に、女性騎士は隔離された兵舎に居るのだ。




 フェリアの個室の前に、誰かの気配。

 直後、ドアがノックされて2人の“知人”が入って来た。

「入りますね、フェリア様」

「姉様、今日はお疲れ様ー!」

「マリィルにラージェか…今日はありがとね」


 入って来たのは、マリィルとラージェ。

 この2人は“フェリアにとっての旧知の友人”だった。


 窓辺の椅子に掛けていたフェリアを尻目に、ラージェがお構いなくフェリアのベッドに腰掛ける。彼女の爬虫類の尻尾が、ベッドにいい音を立てて着地する。

「いやー…流石は姉様だよ、キオクソーシツなんて目じゃないね!今日の迎撃戦の暴れっぷりなんてさ…まるっきり今までと同じだったよ!!何も覚えてないとか信じられないねー!!」

「そ、そうかな?僕そんな自覚無いんだけどね…?」

 謙遜するフェリアの傍らに、マリィルが静かに佇む。他人の部屋でも勝手気ままなラージェと違い、マリィルは大人しい様子だ。

「いえいえ、やはりフェリア様は凄いですよ。今日の迎撃戦、スレイヴ撃墜数の個人記録がどんな感じだったがご存じですか?」

「え、僕そんなの数えてないし…」

「御安心下さい、フェリア様の撃墜数は私が数えていましたから♪」

「そ、そうなの?!」

 この時“迎撃戦では、各自で敵の撃墜数を報告する”という事を知らなかったフェリアは、後方で自分をガン見していたらしいマリィルにまず驚く。

 そしてマリィルが告げたその結果に、さらに驚くことになる。


「撃墜数はフェリア様が単独トップですよ♪今回の敵数は約3000体だったようですが、フェリア様がその1割を単独撃破してしまいましたから。後衛部隊でこの数字は異常ですね♫」


 マリィルの言葉に、嬉しそうに頷くラージェ。

「姉様はやっぱ凄いや!騎士団の皆も姉様の事スゴイって言ってたし!」

「う、うん…」

 しかし、フェリアにはある不安があった。彼女は今日の“迎撃戦”で確かに活躍したものの…マリィルの言う通り、本来彼女のポジションは後衛だった。

 つまりフェリアは、勝手に暴れ回っていたことになる。

「で、でも僕…独断で前衛まで突っ込んじゃったんだけど、アレって多分不味いよね…。その…命令違反とか?」

「あ、その点はご心配無く♪フェリア様は特別ですから♫」

 フェリアの不安に、マリィルがあっけらかんと返す。

「…何で大丈夫なのさ?」

「きっとそのうち分かりますよ、フェリア様♪」

「そーだそーだ!!」

「そ、そっかぁ…とりあえずわかったよ…」

 なんだか良く分からないが、フェリアはとりあえず話を合わせることにする。“記憶喪失”の彼女にはまだまだ分からないことが多過ぎたのだ。








 マリィルとラージェは、フェリアの部屋を去った。

 時刻はまだ、夕日が沈む少し前。中世を思わせる煉瓦造りの建物が並ぶ港町フィズンが、夕闇に呑まれようとしている。家々には徐々に明かりが灯り、町は夜の姿へと変わっていく。

 暗い部屋で、フェリアは1人どことなく不安に駆られる。

(…ちょっと気分転換しよ…)

 言い表せぬ重さを感じたフェリアは、自室の窓から身を乗り出す。

(…そういえば、結局迎撃戦で<あの言葉>は使わなかったなぁ。折角だし使ってみることにしよう)

 フェリアは脳裏に、今日戦っていた港の海を思い浮かべる。

 そして彼女は、その言葉を口にする。


「…<アストラル>」


 そして次の瞬間…フェリアの姿は、部屋から忽然と消え失せる。






 それは一瞬だった。

 いつの間にかフェリアは、兵舎からフィズン港の埠頭に移動していた。

 これは…この世界でも一部の者しか持たない“異能”だった。

 『強い印象のある場所へワープする能力』。

 それがフェリアの持つ異能…<アストラル>だった。


 誰もいない埠頭で、フェリアは大きなため息を吐く。

(…やれやれ、何でこんなことになっているんだか…騎士だか何だか知らないけどさ、重労働は慣れないなぁ…)

 心中でぼやくフェリア。

 …実は“騎士フェリア”は、記憶喪失などでは無いのだ。






 新社会人として働きだした矢先、交通事故に遭った青年。

 不運な青年の名は『神無月漣次郎』。

 漣次郎はその事故で致命傷を負い、消えゆく意識の中で自分の運命を呪った。しかし意外にも、彼は再び目を覚ますことになったのだ。


 見知らぬ異世界の病院で。

 それも…本来の性別とは違う、女性の身体で。


 漣次郎はなんと、交通事故で異世界へTS転生してしまったのだ。

 彼が転生した先の女騎士・フェリアは、漣次郎と同様に不幸な事故に遭い重体だったらしい。医者曰く『奇跡的』だという復活を遂げたフェリアの身体には、なぜか漣次郎の意識が宿っていたのだ。

 そんなフェリアを足繁く見舞ってくれたのが、彼女の幼い頃からの友人だというマリィルとラージェだった。転生した漣次郎…いやフェリアは、自身を“記憶喪失”と偽って2人から情報を得ていた。


 そうして得た情報。

 フェリアは才能に恵まれた天才騎士であるとの事。

 彼女が、瞬間移動能力を持つ稀有な存在だという事。

 そしてフェリアは既に、大きな功績を持つ英雄だという事。






 夜の海を、満月が照らす。

 穏やかな海をひとしきり眺めると、フェリアは踵を返す。

(…どういう事だか知らないけどさ、こうなっちゃった以上は仕方ないよね。まあこの“フェリア”さんもなんか凄い人みたいだし、折角だから楽しまないとね)

 漣次郎…いやフェリアは、この現実を受け入れていた。

(まあその…女の人になっちゃったのは何か…凄い違和感あるけどね。仕方ない仕方ない…いわゆる不可抗力で、僕は悪くないし)

 …不意にフェリアは、2人の“友人”の顔を思い浮かべる。

 そして何故か、顔が熱くなる。

(…一応“女同士”だから当たり前だけど、マリィルもラージェも距離感が近いんだよ…!マリィルなんてあのでっかいアレを僕に良く押し付けてくるし…)

 フェリアは頭を振って煩悩を振り払う。いくら体が女性になったとしても、意識は“漣次郎”そのままだった。しかし現状彼が女騎士フェリアである以上…そういうのは隠さなければと気を引き締める。


 そしてフェリアは、小声で何かを囁く。

 次の瞬間、フェリアの姿は夜の埠頭から消え去った。


週1ペースで更新しますので、お付き合い頂けるとわかめも喜びます。

完結だけは必ずさせます。

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