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鬼となり子となり  作者: 早田ルウ
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感嘆の声とは裏腹に、電話越しの栄田の反応はどこか淡泊なもののように聞こえた。


「はあ。これを安藤さんはモザイクなしで見てるんですよね」


それに応えるように、僕はマウスのホイールをカリカリ回してノートパソコンの表示画面を拡大した。

「この、人形みたいな表情が良いんだけどなあ」とぼやくと、栄田は呆れた様子で答えた。


「海外ならともかく、国内ネタで顔出しはまずいですって。個人情報保護だとか人権団体とか、下手すりゃ警察沙汰ですよ」

「ふうん。ま、任せるけどさ」


冷房に設定したエアコンがカタカタと鳴り、僕は真新しいTシャツの胸元をつまんではためかせた。


「ところで、写真の紹介文なんだけどさ。『犯人の特定には』って部分、あれ削除できないかな」


僕がそう言うと、栄田は「ああ、ええと」と間をおいてからおもむろにゴニョゴニョ読み上げを始めた。


「8月に国内某所の山林で発見。被害者は子供同士で遊んでいる最中に殺害されたものと見られている。欠損した手足は見つかっておらず、犯人の特定には至っていない。ああ、この部分ですか?」

「そう、それ。何か堅苦しい気がするんだ」


僕の主張は、栄田から「だめですよ」というまるで困ったちゃんの常連客を相手にするような言い方で撥ねつけられた。


「管理人は解決を望んでますっていうのを匂わせないと、閲覧者から叩かれまくるんですから」


栄田はふとしたことからネット上で知り合った仲で、僕よりも年下のようだった。大学生のくせに講義にもロクに出席せず、毎日パソコンに向かって荒稼ぎをやっている。稼ぎ方はというと、死体や事件などの画像や動画を無修正で紹介する、かなりハードコアな種類のサイト運営だ。海外企業とのスポンサー契約を結んでいるらしく、多額の広告収入を得ている。


「僕の意見はぜんぜん通らないなあ。雨の中で苦労したのに」

「管理人は俺ですよ。炎上してサイト閉鎖になったら、俺もですけど安藤さんの取り分もなくなるんですからね」


僕は「じゃあ、分かったよ」と言って、渋々というほどではないが了承した。


「変な感じだよなあ。素材がグロければグロいほどみんな喜ぶくせに、国内ネタになると途端に良い子ぶってくるんだから」

「みんな、そういう映像を向こうの世界の出来事だって思ってるんですよ。ヤバイのを見て、部屋でPCを眺めてる自分は安全だって再確認してるんじゃないですか。家の中から眺める大雨が心地良く感じるのと同じですよ」


言葉に釣られて外を眺めた。隣の民家の瓦屋根は昼間の強い日差しで焼け焦げたような色をして、その向こうに最新の電気自動車を彷彿とさせるような水色の空が広がっている。それから自分の背後に広がる薄暗い空間に目を向け呟いた。


「そうかな」



僕はフリーの写真家を名乗っていた。と言っても本業と呼べるほどではなく、アルバイトを点々とする傍らで活動する二束の草鞋状態だった。スタジオ撮影などはできないのでそれ以外の被写体なら何でも扱ったが、一番の得意先は栄田だった。

事件や事故の現場を、素人のスマートフォンではなく一眼レフカメラでより鮮明に、生々しく捉えるのだ。そして運よく素材の撮影に成功したら、周辺取材をした上で栄田にデータごと渡していた。

素材についてはもちろん栄田自身もインターネット上で集めているが、どこにもない独自の画像というのはサイトの質を各段に高める。

だから僕は栄田から、素材提供毎にコンマ何パーセントアップというような条件で広告収入の一部を受け取っていた。


僕はその今後の取り分について栄田と話し、決着がついたところで電話を切った。


今回渡した写真データは、真壁トオルという小学生の遺体を写したものだった。藤原セイヤ、斎藤ミツヨシ、上田ケイスケと真壁を合わせた4人が廃校でかくれんぼをしていて、真壁だけが翌朝に遺体となって見つかった。たまたま近くに居合わせた僕は規制線が設けられる前に写真を撮ることができたのだ。


アルバイトの時間が近づいている。

カメラと財布をショルダーバッグに入れ、冷房のエアコンを消すと途端に壁から熱気が迫ってきた。

玄関前の台所に向かい、洗ったままで乾いてもいないコップを手に取る。冷蔵庫の扉を開けると、2リットルのペットボトルにミネラルウォーターがたっぷりと残っていた。

キャップを回してコップ一分目くらいのところまで中身を注ぎ、僕は一度だけそれを鼻に近づけ、そのままシンクに流した。

鼻腔に残った空気を絞るように吐き出して、しかめっ面でペットボトルを逆さにする。ドヴォンドヴォンと音を立てながら排水溝に吸い込まれていく水からは、やっぱり腐った臭いがする、気がした。


ポケットからスマホを取り出し、通話履歴を表示させた。


「安藤さん、どうしたんですか?」


栄田の間延びしたような声。


「何度も悪い。なあ、栄田。お前、呪いとかって信じてるか?」

「え?呪い?」

「そんなサイト運営しててさ、怪現象とか、怖い思いをしたとか、そういうの」

「ふーん。何かあったんですかあ?」

「実はさ、臭うんだよ。最初は身体とか洋服についてるだけかと思ってたんだけど、洋服は処分したし、身体も念入りに洗った。だけど、僕の近くで腐った死体みたいな臭いがすることがあるんだ」

「いつ頃から?」

「一週間前、さっきの画像の撮影日」


栄田が「さっきの?」と聞き返してきた時、またムンとした臭いと背中に鳥肌が立つのを感じた。

ゆっくりと振り返る。

鉄の玄関扉の隙間からぼんやりした光が差し込んでいる。


「ああ、真壁トオルの死体写真」


少しの無言の後、栄田は改まったように「思い込みです」と言い切った。


「久しぶりのヤバイ写真撮っちゃったから、ストレスを感じてるんですよ。なんなら、お祓いとか受けてみます?紹介しますけど――」


そこで栄田は「あっ」と何か閃いたような声を上げ、まくし立てるように続けた。


「さっきの画像の事件って、犯人はまだ捕まってないんですよね?だから被害者の無念が呪いに――」


「ばかな」とすぐさま否定した。とは言ったものの、こめかみを汗が一筋伝う。


「やだなあ。企画ですよ、企画。撮影者に降りかかった呪いを解くドキュメンタリーの。実は俺、オカルト関係のサイトもやってるんです。記事が仕上がったら報酬は払いますって」


どんな餌を好むのか、栄田は僕の釣り方を知っていた。だから僕もつい「報酬って?」などとすぐに食いついてしまう。


「まあ、それはおいおい。内容は、ええと、まずは事件現場を紹介して、関係者に聞き込みしたりして、被害者の無念を晴らせるように……、犯人を捜す、とか?」

「そんな、僕たちが犯人を捕まえるなんてできないだろう」

「それで良いんですよ。そこまでの過程が面白いんです。結論は出なくても閲覧者は面白がってついてきてくれますから。あ、お祓いの費用もきちんと出しますよ」


しばらくウンウン唸った後で、「それなら」と僕は了承した。呪いも怖いが、金欠も怖い。お祓いまでただで受けさせてもらえるなら栄田の提案は一石二鳥、そういう結論に至ったのだ。


栄田との通話を終えたところで、部屋の中にインターホンの音が鳴り響いた。


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