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『朝と昼は霧の中に』2

 それは日辻が華、鳩山と共に帰宅していた時の事だった。

 バスには乗らず、学校へと続く山道の道中で日辻が急に振り返った。


「日辻くん?」

「……いや、ううん。なんでもない」


 木陰に止まった黒のセダンをいくばくか目を細めて眺める彼を不安げに見つめる鳩山を他所に、華は日辻の視線を追っていた。街中で見るには別段珍しくはない車種のそれを見ていた彼女は中に乗っていた人に見覚えがあったのか、小さく声を上げて二人を見た。


「……知り合いなの?あの人たしか、どこかの社長さんだったと思うんだけど」

「いいや、知らない。狩谷さんよく知ってたね」

「入学式で挨拶してたじゃない。うちの学校に資金援助してくれてたはずだよ」

「なんでこんなところに居るんでしょうね。私も知りませんし」

「あまり見ないほうがいいよ。あんまりいい気がしない」

「なにそれ、男の感ってやつ?」


「僕のは女の感ほど当たらないよ」と、日辻は微笑んで歩き始めた。

 彼につられるように二人も足を動かし始めたが、イベント盛りの入学式直後に話題が尽きることもない。

 箸が転がるだけでも楽しい年頃の彼らには笑いが絶えなかった。


「私は日辻くんの感って当たると思いますよ?」

「あ、私もそう思う」

「やっぱり華ちゃんもそうですよね」

「はは、二人が仲良さそうで何よりだよ」


 いつから二人は下の名前で呼び合う仲になったのだろうか。日辻はそんなことを思いながら、自分も下の名前で呼び始める機会を伺っていた。


 一方、三人が過ぎ去ったのを見送った黒のセダンの車内では、とある人物が彼らの様子を伺っていた。


「鳩山アリサは元気そうだな」

「あ、あの黒く見えてた子?」

「うん。何かないかと思ってたんだけど」


 窓のヘリに寄りかかって誰も居なくなった車道を見ていた男──蓬莱ほうらい水鶏くいなは瞳を閉じて考えていた。

 若社長としての一面と、もう一つ。彼には表では言えない肩書を持っている。何度も人生をループをしたことで得た、未来の情報を元に立ち上げた宗教団体の教主。

 巷で噂の新興宗教団体とは彼の組織であった。


 そんな彼が思い悩む理由はいくつかあるが、最初に頭に浮かぶのはやはりこれだろう。


 鳩山を追わせていた四人を殺したのが誰なのか。


 もちろん思い当たる節がないわけではない。新聞やニュースでも犯人の推定は終わっているし、蓬莱の考えもそれに一致した。

 犯人は蓬莱が探している異物で間違いないのだろう。


 だが、蓬莱にはそのことを疑問に思わせる部分があった。

 蓬莱の幼馴染であり、助手席に座る女性──青葛あおつづら月音つきねが得た謎の力。人物の色を見ることが出来る力を信じるのであれば、鳩山アリサが蓬莱のループの原因で間違いないはずだったのだ。

 何百、何千と居る市内の人たちの中で黒と出た彼女こそが不可能を可能にする殺人犯。蓬莱には鳩山アリサがそう見えていた。


「一緒に居た友達たちの名前調べてもらっていいかな」

「気になるの?」

「一応ね」


 青葛あおつづら爾汝じじょで働いている人物に電話を取っている横で車を走らせ始めた蓬莱は、事前に調べた鳩山についての情報を頭の中に思い浮かべていた。


 最初の一人目を殺した犯人が現場から移動し、二人を殺した場所の付近で彼女は見つかった。

 発見当時、彼女は酷く錯乱しており、とても話を聞ける状態ではなかったという。防犯カメラには返り血を浴びた彼女が必死に何かから逃げるように走る姿が残されていたが、問題の犯人の姿は一切残っていなかったという。

 事件以後。彼女は心のトラウマを抱えており、部分的な記憶喪失になっている。


 当時の鳩山は小学生であったし、己の力に対して精神が追いついていなかったのだろう、というのが蓬莱の見解であった。

 昨日は失敗したが、また日を改めて追い詰めればいい。力を使う瞬間さえ自身で見ることが出来たのなら、次回以降のループで安全に殺してしまえばいい。


 蓬莱にとって死とは苦しみであり、人生からの解放であった。

 これらを分け隔てる壁は一つ。もう手の届く場所まで来ている。あとは片手で足りるほどのループで見慣れた世界を終わらせると、その意気込みはハンドルを握る両手へと如実に出ていた。


 山道も終わり、平坦な道が視界に一本現れたところで青葛の電話は一度の終わりをみせたのだろう。

 耳の隣に掲げていたスマホは膝の上に、彼女は口を開いた。


「男の子の方はすぐに分かったよ。教師たちの間だと有名みたい。名前は、……日辻 かいだって」

「日辻って言えば、最初の被害者の名前じゃないか」

「そうなんだ、良く知ってたね。もう何年も前の事件なんでしょ?」

「あぁ、まぁ……」

「あ、でね。もう一人の女の子の名前はまだ分かってないんだけど、たぶん狩谷って人じゃないかなって」

「狩谷……偶然なのか?」

「どうかしたの?」


 何も分かっていない青葛に一瞬だけ視線を向けた蓬莱は、僅かに考えて答える。


「狩谷は二人目の犠牲者の名前なんだよ」

「え、偶然……ではないよね?さすがに。たしか住んでた場所も遠いんじゃなかったっけ」

「確かに日辻さん、狩谷さんは事件後に引っ越しをしてる。それ以上は分からないけど、犠牲者になった狩谷さんの旦那さんは警察官だったと思うから、日辻さんと繋がりはあったんじゃないかな」

「じゃあその二人が仲が良いのは納得だけど、鳩山さんは高校に入ってから友達になったのかな」


 青葛の言う通り、彼らは普通に友達になって、普通に日常を過ごしているのかもしれない。

 だが、蓬莱にはそのような偶然が信じられなかった。日々を過ごしていれば偶然なんて言葉は何度も出てくるのだろう。だが、その光景を何度も見て、それが起きてしまうことを知っていたのなら、偶然なんて言葉は活躍の機会を失ってしまうのではないか。

 もし三人の中の誰かが死ぬようなことがあれば、それは偶然なんかではない。


 結果は明日の朝次第であった。


 蓬莱は待つのが嫌いだ。

 もう彼は何十、何百年と自身の終わりを待っていたからだ。もし本当にあの三人組が偶然仲良くなったものであるのなら、僕の前にもひょっこりと犯人が首を差し出してきてもいいのではないかと。

 目先の信号が赤に変わったことで止まった交差点の車線のように入り組んだ人生ではなく、ループが始まって最初の頃に感じていたイージーな人生を進ませてくれないかと。


 彼の口から吐かれたため息ひとつに含まれたあれやこれや・・・・・・は、きっと誰にも理解されることは無いのだろう。

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