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第八話 前 今朝の出来事


 由貴をアリエスに預けたジゼアは、歩調を本来のものに戻した。風を切るような速さで通路を渡り、城の外を目指す。


 時折、調度品を運び出したり清掃をしている兵士がいて、彼らはジゼアに気がつくと頭を下げた。それに軽く手を上げながら進んでいると、やがて城の玄関へと辿り着いた。三日前はここもまた大広間同様、血に塗れた場所であったが、あらかた片付けられて押収した財産が集められていた。


「よくもまあ溜め込んだものだな……」


 それを見て、ジゼアは呆れたように呟いた。王国は終盤厳しい財政状況に陥ったはずなのに、王侯貴族の連中は自分たちの取り分だけは守ろうとしたのだ。もとを正せばそれは、聖女がこの国に与えたものであったにも関わらず。


 ジゼアは吐き気のする思いをしながら外に出た。城の前では帝国軍が軍営を築き、城の外観とは不釣り合いなものものしさが漂っていた。忙しなく動く兵士たちにもピリピリとした緊張感がある。

 今朝起きた出来事が尾を引いているのか――と思っていると、その渦中にいた人物がいるのを見て、ジゼアは目を丸くした。

 相手もまたジゼアに気がついたのか顔を上げ、こちらへ来るように手招きした。


「エドウィン殿下」

「やあジゼア。さっきぶりだね」


 エドウィン・ロアディス・エルイード。帝国の皇子でジゼアの上司にあたる。柔和で穏やかな顔つきのために若く見えるが、ジゼアより二つだけ下の二十九歳だ。年が近いうえに十二年前から付き合いがあるため、ため口とまでにはいかないにしろ、友人のように気安い間柄だった。


「何故こちらにおられるのです。危険ですから城内にいてくださいと私は言いませんでしたか?」

「はは、すまないね。城内で報告を持ってきてもらうより、こっちで聞いた方が手っ取り早いから」

「また襲撃されたらどうするおつもりです」


 と言うと、エドウィンは眉尻を下げて、困ったように笑った。


 ――それは、つい今朝がたのことだった。




「ハイセン団長、たいへんです!!」


 軍営の一画にて今後の戦略を話し合っていたジゼアたちのもとに、伝令兵が血相を変えて飛び込んできた。


「なんだ。今度は何処で襲撃だ?」


 焦った様子の伝令兵に対して、ジゼアはどこか辟易した様子で尋ねた。


 帝国軍が王城を制圧してから二日が経った。その二日で王国軍は解体され、王侯貴族はほとんど捕えられてその処遇を待つばかりとなっていた。

 あとは王都の整理を進めていくだけ――と兵士を配したのだが、この段階にきて、民の抵抗が始まった。


 具体的に言うと、実情を検分している兵士に対して、どこからともなく民が現れこれを襲った。嫌がらせ程度のものが多いが、日に何度も起こればその被害は馬鹿にならない――こうして、対策のための会議を開くぐらいには。

 今回もまたその類の報告だろう、とジゼアは思ったのだが。


「え、エドウィン皇子殿下とクリスティーナ様がいらっしゃいました!」

「はっ!?」


 しかし、実際はまったく違う事件であった。


「はあいはいはいお邪魔するわよお。あらまあジゼアじゃない、あーたは相変わらずつまんなさそうな顔をしてるわねえ」


 ジゼアは兵士に案内されて城の東に向かった。正面とは違い、木々や低木が無造作に生い茂る場所だった。王都に続く道の、辛うじて開けたその場所にクリスティーナと彼女の世話役の兵士二人、そしてエドウィンと彼に付き従う近衛の騎士がいた。

 相変わらずの言い回しでご挨拶をかましてくるクリスティーナに対して、エドウィンは四つん這いで息も絶え絶えといった有様だった。兵士二人と近衛の騎士が必死に介抱している。

 エドウィンたちにはとても話が聞ける様子ではなかったので、ジゼアはクリスティーナに詰め寄った。


「クリスティーナ! 何でお前がここにいるんだ、しかも殿下を連れて! 帝都にいると言っていただろう」

「だってあーたの回りで起きることってつまんないことばかりなんだもの。竜人のくせにどうしてなのかしら。きっとあーたがつまんなさそうな顔をしてるからいけないんじゃない? ちょっと今日一日笑顔でいてみてくれないかしら。あっ、やっぱりいいわ想像したら気持ち悪かったもの。それよりたいへんなのよ、たいへん!」


 と、クリスティーナはジゼアの質問など聞いちゃいないという風に、自分の言いたいことばかり言っている。

 ジゼアはクリスティーナと王国にいた頃からの付き合いだが、ジゼアがこの精霊の性分を制御できたことはほとんど無かった。


「陛下の気配がしたのよ、我らが愛しき陛下! こんな所におられる方じゃないの。もしそうならたいへんだわ、あたしがお助けして差しあげなくちゃ! そしたら……うふふ、きっと褒めてくださるわあ」


 彼女の言う陛下とは精霊王のことだ。ジゼアも詳しくは知らないが、すべての精霊が尊崇する存在といわれ、クリスティーナもまた例外ではない。


「陛下に今までのことをお話しするのよ。そしてそして……うふふふふー!」


 と、会えた時のことを妄想しては恍惚としているクリスティーナを諦め、ジゼアはエドウィンたちに顔を向けた。

 付き添っていた近衛の騎士がそれに気づいて答えようとしたが、回復したらしいエドウィンが手を上げてそれを制した。


「……やあ、久しぶりだねジゼア。王国に出立した日以来だ」

「お久しぶりですエドウィン殿下。あの、失礼ですが何故ここへ……? クリスティーナの言うことはいまいち理解できないのですが……」


 ジゼアの言葉を受けて、エドウィンの眉尻が下がる。


「いや、クリスティーナ様のおっしゃる通りだよ。三日前だったかな、突然「陛下の気配がするから連れていけ」って言われてね。言われるままに馬を走らせていたら王国だったんだよ」


 近衛の騎士に身嗜みを整えられながら、エドウィンは言う。

 クリスティーナが唐突で自分勝手な提案をするのは珍しくは無い。それをエドウィンが聞いてやるのも日常茶飯事。

 今回もそうなのだ、ということはわかったが、同時にジゼアは疑問も感じた。


「いえあの、理由はわかりましたが……どうやって? 殿下は帝都におられましたよね? 帝都と王都は、三日で着くような距離ではありませんが……」


 二国は一番近い町同士の間でさえ、通常馬で五日はかかる。しかもクリスティーナを連れてだとその倍以上はかかってもおかしくはない。幼児体型に見合った小さな歩幅と、逆に似つかわしくない重量とが進行速度を著しく減速させるのだ。


「帝都を出るあたりだったかな。そこから風の精霊様がお力を貸してくださってね。こんなありえない早さで着いたんだ。あの方々はまだ僕らにお優しいからね。哀れに思ってくださったみたいで」


 帝国にはクリスティーナの他にもう一人(正確には三人一組の)精霊がいる。クリスティーナが水晶を自在に操るのに対して、その精霊は風を操る。クリスティーナほど力は無いが、代わりにというべきか人間に対して少しだけ優しい。


「まあそれだって人が経験していいような送り方じゃなかったけどね……はは」


 と、表情に影を落として力なく笑うエドウィン。近衛の騎士が兜の上から顔を手で覆うのを見てジゼアは悟り、彼らに心底同情した。


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