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第六話 高潔な騎士


「ええとそれで、何をお話すればいいんですか?」


 複雑な気持ちで食事を終えた後、由貴はトレーを引きとるキルシュに尋ねた。

 ちなみに料理はすべて完食した。食欲の消失とともに満腹感も得られないようになっているのか、最後までペースが落ちることはほとんど無かった。芋のスムージーだけが喉越しが悪いという点で難敵だったが。


「え、いきなり何で?」


 由貴の質問にキルシュは首を傾げた。「いやだって、」と由貴は言う。


「あれだけの芋を前に、芋食べたら白状するって話聞かされたら普通に察しますけど……」

「あー違う違う! あれは料理人がお嬢さんの話を変に解釈して、勝手に張り切っただけだから!」

「じゃあ、私は疑われてないってことですか?」

「それもそういうわけじゃなくて……」


 キルシュは後ろ頭を掻きながら、ふたたび椅子に腰を下ろした。


「今うちちょっとバタバタしてるんだよな」

「私に話を聞く暇が無いってことですか?」

「まあ言ったらそうなんだけどさ。王侯貴族の連中はやっつけたはずなんだけど、王都が中々落ち着いてくんなくて」

「王都が……? ええとそれは、何故?」

「まあそこは置いといて。んで、さらにうちの国のお偉いさんとか面倒くさいのが来てて、報告やら対応やらで大忙しなんだよ」

「だったらキルシュさんがこの場でしてくれても良いんですけど……」

「俺尋問とか向いてねーもん。姉貴に言わせりゃ、俺の尋問は雑談と一緒なんだって」


 姉貴とはあの場にいた女性――アリエスのことだろう。緩い雰囲気のキルシュに対して、凛とした佇まいの女性だった。

 拗ねるように口を尖らせるキルシュが可笑しかった。世間一般が想像するような姉弟の関係性が垣間見えて、由貴はくすりと笑ってしまった。


「あ、お嬢さんそこ笑っちゃうわけ? お兄さん泣いちゃうよ?」


 大げさな身ぶりで嘆いて見せるキルシュに、由貴は二日前から気になっていたことを言った。


「キルシュさん。キルシュさんは私のことをお嬢さんって呼びますけど、たぶん同い年くらいですよ」

「えっじゃあ二十歳!?」

「えっ、四つも下!?」

「はあっ!? 二十四!?」


 衝撃の事実に、由貴は思わず実年齢がわかるようなことを言ってしまった。設定を借りているミーシャは二十歳なのだ。

 由貴は背中に冷や汗が流れるのを感じた。


(い、いや待って、ミーシャの年齢はハイセンさんにも伝えてないから、大丈夫。全然問題無い)


 しかもキルシュが「十五とか六に見えてたわ……やば」と言っているあたり、二十歳だと言った所でどっちにしろ驚かれることに違いはなさそうだった。

 実年齢と外見年齢のあまりの隔たりを怪しまれると厄介であったが、キルシュは「若く見える人種なんだなー」と特に気にした風は無い。帝国は大きな国であるゆえに、様々な人種がいて見慣れているのかもしれなかった。


 年齢がわかると不思議なもので、由貴はキルシュに対する緊張が緩んだ。キルシュも年上に敬語を話されるのは居心地が悪いらしく、お互いにため口で話そうということになった。

 話している中でジゼアが“狂い水晶の騎士”などと物騒な渾名で呼ばれていること、キルシュのフルネームがキルシュ・バリエスタであることなどを知った。

 堅苦しいからキルシュのままでいいとのことだが、これは完全に雑談の雰囲気である。


「ってか話してみて思ったんだけどさ、俺やっぱミーシャが王女の協力者だとは思えねーんだよ」

「絶対に違うよ! けど、ハイセンさんは全然信じてくれなくて……キルシュは信じてくれるの?」

「いや、そうだな……悪いけど、ミーシャを信じるというよりは、そん時の団長が信じられないかな」

「どういう……?」

「うちの団長、本来すげー冷静な人なんだよ。敵国の人間に対して感情的になるやつは少なくないけど、団長は絶対にそういう人じゃない。けど、ミーシャを拘束してた時は我を失ってるように見えたから……」

「うん」

「うちの団長があんだけ怒ることってまず無いぜ? いったい何したんだ?」

「何って……」


 その時のことを思い出そうとすると、由貴の肌に鳥肌がぶわりと立った。芯から凍りつくような感覚に陥る。思い出すのを脳が躊躇っていた――それほどの強い怒り、その原因。


 ――これだから恩を忘れた愚民は――!


 殺意すら込められた言葉を由貴は辛うじて思い出した。

 そしてその直前に、自分が聖女(自分自身ではあるが)を貶していたことも。


(聖女を貶されて怒った? ううんまさか。ハイセンさんは聖女を憎んでるんだもの。肖像画切り刻んだ上に下劣さの象徴とか言い放っちゃうくらいだし。そこまで憎い相手を貶されて逆に怒るって普通無いよね。何か相当な理由が――……そういえば、“恩を忘れた愚民”って)


 由貴はふと思いつき、キルシュに尋ねた。


「ねえキルシュ、ハイセンさんって正義感強い?」

「正義感ー? ……あーまあ、不正するやつらには厳しいなぁ。あとはそう、貴族の汚い金とか絶対受け取らないし、それで悪評流されても気に留めない。まあやりすぎるとえげつない報復するけどさ。基本的に公平で高潔な人だよ」


 キルシュの話を聞いて、由貴はやはりと頷いた。


(ハイセンさんは“聖女”を貶したことに怒ったんじゃなくて、“恩人”を貶したことに怒ったんだ)


 キルシュも言った通り、ジゼアは高潔な人物だ。彼の中では憎悪と恩義は明確に区別され住み分けされている。

 彼ならばきっと、たとえどんなに憎い相手でも、恩を受けていたならば決して貶しめたりはしないのだ。だから由貴が聖女おんじんに吐くありったけの雑言に耐えられなかったのだろう。


(ちょっと卑下しすぎたのかなぁ……)


 はあ、とため息を吐いた由貴に、キルシュが怪訝としながら声をかけた。


「おいミーシャ、大丈夫か?」

「うん、大丈夫。そうそう、ハイセンさんを怒らせた理由なんだけど……って、誰か来る?」


 階上から、複数の話声が聞こえた。

 由貴の反応にキルシュも耳を澄ませ、「団長だ。それと……」そして露骨に顔を顰めた。


「げッ、まじ? アイツここに来んの?」

「あいつ?」


 いそいそと椅子を片づけはじめたキルシュは、苦い顔をして由貴を振り返った。


「精霊。団長の相方みたいなもんなんだけどさ、とにかくうるせーの」


 やれやれとため息を吐くキルシュ――その後ろに、影が過った。


「いやねえ、あーた。誰がうるさいって?」


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