第四話 燃え盛る王都
蹴破るような音を立てて、部屋の扉が開かれた。
大声とともに入ってきたのは青年だった。ジゼアと似た装備と肩にある紋章が、青年の所属がジゼアと同じであることを明らかにしていた。
「えっ誰!?」
青年は勢いよく部屋に入ってきたものの、ジゼアが由貴の胸倉を掴んでいるのを見て動揺した。
「団長、その女の子は一体……?」
「構うなキルシュ。それより王女がどうしたと? 正確に報告しろ」
ジゼアは強い声音で青年――キルシュに命令する。するとキルシュはすぐに冷静になり、いったん由貴から目を離した。
「はっ。王位継承権を有する王女が逃亡しました。城門を閉鎖していた兵士が、北の崩れた城壁から馬に乗って去る王女の姿を見たと。すぐに追いかけましたが潜んでいた伏兵に妨害され……」
「あんな目立つ女を探しきれず、しかもおめおめと逃げられたというのか? 帝国軍の目は節穴だと笑われても仕方ないな」
ジゼアに睨まれると、キルシュは肩を竦めた。
「王女はどうやら侍女のお仕着せに着替えていたようです。王女のドレスは物置部屋に脱ぎ捨てられていました」
「侍女の……?」
侍女。その言葉を聞くなり、ジゼアの目はキルシュから由貴に移った。
何やら嫌な予感がする――由貴が確信めいたものを感じたのは、由貴に対するジゼアの瞳が剣吞なものを孕んだからだった。
「貴様、そういえばその衣装を着る前の記憶が無いと言っていたな」
「は、はい」
「本当はあるのだろう? 王女に自らのお仕着せを渡し、貴様自身はその衣装に着替えた」
そして案の定、ジゼアは由貴に王女逃亡の協力者である疑いをかけた。
「ち、違います!」
「その珍妙な衣装は帝国軍の目を王女から自分に惹くための策略だろう。土壇場で思いついたにしては大したものだ……いや、追手に伏兵が出たと言ったな。そんなことをする暇が……まさかあの女、初めから自国を捨てる気だったのか?」
「王女様が何を考えていたかなんて知りません! だいたい、もし私が帝国軍の目を惹くとして、こんな所に隠れるわけないでしょう!?」
「帝国軍が恐ろしくなったのだろう。王女が逃げた先を吐けば、その恐ろしさを思い知らなくて済むがな」
「知りませんてば! あの邪悪を煮詰めたような脳みそをお持ちの王女様の考えなんかわかるわけないでしょ!」
ジゼアと由貴の押し問答を、キルシュがいまだに事情が掴めない様子で見守っていた。
「……いいだろう、詳しくは後で聞く。キルシュ、この女を連れていけ。王女の行く手を知る重要参考人だ」
「ちょっと!」
「えっ、団長まじですか!?」
あれよあれよという間に、由貴の連行が決まってしまった。キルシュは困惑したまま、しかしジゼアの強い視線を受けると後ろ頭を掻きながら由貴の後ろに回り込む。
「ちょっと待ってください! 話を聞いて! 私は本当に何も……!」
「悪いなーお嬢さん。団長言い出したら聞かねーんだよ。話は場所変えて聞くって言ってんだから、まだ恩情あるぜ」
「でっ、でも私は……!!」
「……それともお嬢さんは、大広間の仲間入りしたい感じ?」
打って変わって、キルシュの言葉が低く冷たく由貴の耳元を這う。それを聞いて由貴は体を硬直させた。
「キルシュ、その女は参考人だ。殺すんじゃない」
「団長だって殺気ぶっ放しまくってたじゃないですか。俺ちびるかと思いましたよ」
「キルシュ」
「はいはい。……ま、お嬢さんそういうわけだから」
「……、はい……」
由貴は抵抗を諦め、放心したように頷いた。
***
「ああ! ハイセン団長!」
塔を出ると、王宮の方から一人の女性が走ってくるのが見えた。ジゼア――ジゼアとキルシュはその姿を認め、「アリエス」「姉貴」と声を上げた。
「キルシュ、姉貴じゃない。副団長と呼びなさい」
「はいはい、アリエスふくだんちょー」
アリエスは緩い口調の弟を睨めつける。しかし、キルシュはどこ吹く風といったように受け流した。アリエスは言ってもキリがないと諦めたのかそんな場合ではないと思ったのか、今度は一瞥するだけにとどめ、ジゼアに向き深く頭を下げた。
「キルシュからお聞きしたかと思いますが、王女が逃亡しました。すぐに追っ手を放ちましたが、出現した伏兵に手間取ってしまい……申し訳ございません、私の失態です」
「いや、伏兵まで用意していたということはあらかじめ逃亡を計画していた可能性がある」
「あらかじめ計画? 逃亡をですか? 自国を捨てて? そんな……王家への忠誠を誓って抵抗する民もいたというのに……」
「あの女の性格なら十分にあり得る。だが、どこへ逃げるにしても休まずには無理だ。何処かで必ず休息を取るだろう、そこを捕まえる。国境は閉鎖しろ。殿下には俺から報告する」
「でも団長、逃げた先が北の方ってだけじゃその何処かがどんだけあるやら、ですよ。もしかしたら北と見せかけて南! ……なんてこともあるかもしれませんし」
「キルシュの言う通りだな。ある程度の目処は立てる。追っ手を妨害した伏兵は」
「何人かは捕縛しております」
「尋問してありったけ吐かせろ――その女もな」
ジゼアが冷たい目で由貴を見やった。その視線を追って、アリエスはキルシュが拘束する女性にようやく気がついた。
三人の会話に入ることも無く、何処かに視線を外したままの女性。黒にほとんど近い濃茶の髪に、同じ色の瞳。年のころはアリエスよりも下でおそらくは十八歳かそこら。成人してはいそうだが、その横顔にはまだ少女であった頃の面影がある。
城で働いていた侍女か下女だろうか。それにしては彼女の服装はこの大陸では決して見たことの無い(しかもその素材は恐ろしく高品質に見えた)もので――アリエスはその答えをジゼアに求めた。
「団長、そちらの女性は?」
「聖女の間に隠れていた。王女の逃亡計画に関わっていた可能性が極めて高い」
「どういうことです?」
アリエスの質問に、ジゼアは説明を行った。その内容は明らかに由貴を王女の計画に加担していた一人だと見做した上のものだったが、今の由貴にはアリエスの訝し気な視線も、ジゼアの言葉もまったく耳に入ってこなかった。
由貴は目の前の景色に釘付けになっていたのだ。
――王都が燃えている。




