第三話 脱出……かと思いきや
「――さて、お前の素性には納得いたしかねる点もある。気がついたら部屋にいた、何があったか覚えてない、というのは言い分としては苦しい」
「それは……ですが、本当のことなので……」
「最後まで聞け。だがお前は祖国の愚挙に憤りを感じ、帝国への反抗心も無い。そうだな?」
「は、はいっ、ええまさに、その通りです!」
「ならば初めに言った通り、帝国がお前を害する理由は無い」
ジゼアはそう言って、剣を納めた。
どうやらようやく、由貴のことを敵対感情無しと判断してくれたようだ。
「この先、王国は帝国の領土になるだろう」
「はい」
「城には統治のため、帝国の人間が入る。急に追い出されたりはしないだろうが、その内人事を整理するのは間違いない。城に勤める人間は貴族の関係者が多いからな」
「はい、わかります」
つまりは、今後どうしたいか、という問いかけなのだろう。このまま城に残って追い出されるその日まで働き続けるか、さっさと生家に戻って結婚でもするか。
「私は……故郷に帰ろうと思います。王族の方がいないのであれば衣装係としての務めも果たせませんし」
当然由貴はそのどちらでもないが、すぐにでも城から出る為に後者を選んだ。
何故ならば前回、由貴が元の世界に帰還できた場所が王国北部にある神殿なのだ。そこでおそらく祈り――一刻も早く帰らせてくれ――を捧げていたのだと思うが、いつの間にか眠り元の世界に帰っていた。異世界に飛ばされた理由も方法も、何一つわからないまま。
もう少し余裕があればゆっくり帰る方法を探せたろうが――悲しいかな、元の世界での由貴は会社員。しかも普通に出勤日なので、連絡も無しに遅刻もしくは欠勤などということになれば社会人としての資質を疑われてしまう。
怒涛のお祈りを経てようやく得た職を失いたくはなかった。
「そうか。二、三日中には出られるようになるだろうから、それまで……」
「いえ、今すぐ出ます」
「王都内がいまどういう状況なのかわかっているのか? 混乱の最中だ。兵士も気が立っている。落ち着いてからの方が良いと思うがな」
「早く両親を安心させたいのです。王都は私の庭みたいなものですし、北の城門まで行けば、あとは大丈夫ですから」
「……わかった」
ジゼアはなおも迷う素振りを見せたが、一人の女に構っている暇は無いのだろう、ややあって頷いた。
「ではせめてその城門まで送る。俺といれば、兵士に間違って切り殺される心配は無い」
「あ、あははは……ありがとうございますぅー」
ジゼアの本気か冗談かわからない発言に、由貴は乾いた笑いを漏らした。
だからだろうか、少し気が緩んで、例の肖像画のことを聞くことができたのは。
「ええと、そういえば何故あなたは聖女の肖像画を滅多切りに? ずいぶんと恨みがこもっている様子でしたが、聖女に、何か……」
ジゼアは足を止めた。向けられた顔に由貴は言葉が尻すぼみになっていくのを感じた。
ジゼアの顔には、それはそれは酷薄な笑みが浮かんでいたのだ。
「――決まっている。あれはこの国の傲慢さを集約した、吐き気を催す下劣さの象徴だからだ」
(い、言われ様ー――!!)
これ以上無いといった痛罵を聞かされ、由貴は雷が落ちたようなショックを受けた。
(私、自惚れたことなんて無いのに!)
むしろ逆だった。由貴は聖女として扱われることに負い目を感じていた。
しかしジゼアが由貴の心情など知る由も無い。彼にしてみれば、聖女とやらは王国が暴挙に出た原因なのだ。弱小国家の一つであった王国に分不相応の富を与え、あまつさえ大陸の覇権を握る夢を見させた。
そしてその結果が帝国軍への卑劣な強襲。戦争の発端だと言っても過言ではない。
ジゼアは帝国軍の圧勝だと語ったが、だからといって被害が出なかった訳ではないだろう。もしかしたら、ジゼアの仲間が戦死したかもしれない。
そう考えると、聖女の肖像画に対する扱いも理解できた。坊主が憎ければ袈裟まで憎いものである。
言い返したい気持ちはあったが由貴は堪えた。この場において、由貴の生殺与奪の権はジゼアが握っているのだ。積極的に機嫌を損ねに行くより、迎合しておく方がはるかに利口だろう。
由貴はそう考え、へらりと笑った。
「で、ですよねえ。私、実は聖女と直接会ったことありますけど、金髪ばかり神々しくて顔立ちの薄さったら無いなと思いましたもの。態度も傲慢というよりおどおどしていて、あなたそれでも神の遣いなの?と」
「……」
と、由貴は当時の自分を思い出しながら、聖女の実態として言い連ねた。言うたび頭に矢が刺さっている気がするが、背に腹は代えられない。
「聖女は瘴気を払う力を持っていましたけど、何故そのような力があるのか聖女自身わからずに使っていたのですよ。何かこう……副作用的なものが発生したらどうするつもりだったのかと。ですが、困っている人々が助けを求めているからと偽善者ぶって。だいたい、聖女は辺境の村にある日突然倒れていたというではありませんか。不気味過ぎます。神の遣いなら王の間とか神殿にもっと華やかかつ神秘的に現れるべきですわ。出自どころか本当に聖女かどうかも怪しい女を崇めるなんてと私は思っておりました。そりゃあ瘴気を払ってくれたのは感謝しますけど、その後にはさっさと姿を消しましたのよ。もしかして、瘴気もあの女が呼び込んだのでは? きっと人々を騙していたことがバレそうになってとんずらこいたのです。私にはわかります、ええ」
「貴様」
それはやがて、聖女に対する人々の妄信に感じていた、不満の吐露に変わった。
ジゼアが眉を顰めて若干引いているような気さえしたが、由貴の濁流はとまらなかった。
「帝国の皆様にはとんだご迷惑をお掛けしました。聖女が余計なことをしなければ、王国も勘違いしなかったかもしれません。生家に帰っても一生、このたびの戦いで犠牲となってしまった帝国の方々への祈りを続けま」
「何がわかる」
「へ?」
「貴様に、何がわかるのかと聞いているっ!!」
「いぃッ!?」
次の瞬間、目にも止まらぬ速さでジゼアが由貴の胸倉を掴んだ。
容赦のない力だった。由貴は首が締まる感覚に顔をしかめた。しかしそれを訴えたところでジゼアは意にも介さないだろう、それほどの強さがあった。
引き寄せられ、すぐそこに銀の双眸が。引き絞るように瞳孔が縦に細められ、強烈な殺意を帯びて由貴を穿つ。
「これだから恩を忘れた愚民は……っ!!」
確実に何か、ジゼアの逆鱗に触れた。
殺される、由貴がそう思った時だった。
「ハイセン団長!! 王女が逃げました!!」




