第二話 かつての思い出
「侍女?」
「そ、そそそそうです……! 王族の方々のお召し物を管理する仕事をしておりました! 決して怪しいものではございません!」
高校時代、由貴は演劇部に所属していた。全国大会に出場経験もある強豪校で、由貴も役をもらって舞台に立ったこともある。プロになれるほどの才能は無かったし、七年も昔の話だが、他人のふりをするくらいの演技力は残っているはずだ。
しかも人物設定がある。ミーシャは由貴が言ったように王族の――特に王女の衣装を管理する仕事をしていた。気が小さく、少しのことで思いつめるような性格ではあったが、働き者で衣装選びのセンスは確かだった。
ただ、とうの王女が齢十歳にして邪悪を煮詰めたような性格をしていた。気弱な彼女がよく標的にされ無茶ぶりされていたのを由貴も何度か目にしている。
あまりにも不憫だったので、由貴が王女にやんわりと注意したことがある。それが癪に障ったのだろう。いつだったか、ミーシャが王女に命じられて由貴の金髪を鋏でちょん切ろうとしたことがあった。
もちろん護衛の兵士が取り押さえて事なきを得たが、当時聖女を害するは厳罰。最悪は極刑も有りうる。
それを聞いたミーシャは震え上がった。表情には怯えが満ち、顔色は蒼白、息もうまく継げないさまには怒りよりも憐れみを誘った。
――そう、まさに今の由貴のように。
「落ち着け。……王族の衣装係がここで何をしている」
「わわわわかりませんっ! 気がついたらこのような服を着てこんな所に……!」
「わからない、だと……?」
「いやあぁぁっ! ごめんなさいごめんなさい、殺さないで!」
「チッ、そう怖がるな」
男の声からわずかに険がとれた。由貴の首筋から剣が引かれる。
第一段階はクリアのようだ。ここからは設定が破綻しないよう細心の注意を払いつつ、この場から脱出しなければならない。
「俺はジゼア・ハイセン、帝国軍の者だ。軍規に従い、戦意の無い民を殺すことはない」
由貴の予想通り、男――ジゼアは王国の兵士ではなかった。
帝国――由貴が知る限りでは、そう呼ばれる国はこの大陸で一つだけしかない。王国の南東に位置する軍事大国がそれだ。大陸の覇権を巡り、各国と鎬を削りあっている好戦的な国だと聞いたことがある。
だが、帝国と王国は長らく和平協定を結んでいると聞いていた。それゆえ戦争などが起きるはずはない。
帝国側から協定を破ったのならまだわかるのだが。
「て、帝国軍が何故王国に? 和平協定があるはずでは……」
「妙なことを聞くな。その協定がありながら、戦争をふっかけてきたのは王国だろう」
「へっ!?」
「“へっ”とは何だ? 王国の人間のくせに知らないのか」
「いっ、いえ違うのです。あの、そのぅ……そ、そうだ、戦争を仕掛けてきたのは帝国からだと聞いたような、気がするような感じでして……」
「はっ、悪いのは帝国か。よくもまあぬけぬけと嘘をつけるものだな。醜悪な成金国家め」
吐き捨てるように言われ、由貴は驚きを隠せなかった。ジゼアの言葉と、由貴の記憶の中にある王国のイメージが一致しなかったからだ。
由貴の知る王国は、近隣諸国と比べて貧しい国だ。さして広くはない国土の中、痩せた土地が多く、作物の実りも少ない。特産品も無ければ目を見張るような技術もない為、人々の生活は常に苦しい。由貴の国よりもずっと、死が身近にある国だ。
ただ、そんな中で信仰心は厚かった。瘴気が蔓延した時でさえ神に祈って耐え忍び、暴動などは起こさなかったほどだ。
それゆえ、成金どころか清貧の二文字が相応しいはず。
確かに王侯貴族には王女を筆頭に性格に難ありな人物はいたが、さすがに帝国と争おうとする破滅願望の持ち主はいなかった。王国と帝国とでは国力に差があり過ぎるのだから。
「王国には帝国に刃向かうだけの力はありません。な、何かの間違いではないでしょうか」
「何をいけしゃあしゃあと。貴様らは帝国と戦争をする為に物資を買い、兵を増強しただろう。聖女の奇跡で得た富でな」
「ひえっ」
由貴は卒倒しそうになった。国力を埋める資金源の出所が、まさか自分とは。
聖女の奇跡とは、瘴気を払った後の土地に起こった変化のことなのだ。それまで荒れた土地であったのが一夜にして肥沃な土壌に変わったり、ある日岩肌に鉱床ができたりと様々な報告は聞いていた。それによって人々の暮らしが良くなったことも。
が、当時由貴は「へー、良かったねえ」くらいの感想しか抱かなかった。
それどころではなかったのだ。名前の広報に心血を注いでいた時期だったので。
「そして三か月前、帝国が他国と相対している時に背後から帝国軍を奇襲したのだ。宣戦布告も無しにな」
「こ、この上なく邪悪に裏切ってる……」
「だが、寄せ集めの軍備で帝国の精鋭に勝てるはずが無い。剣を向けただけですぐに撤退したぞ。協定を破っただけでも憤慨ものだというのに、王国はその襲撃に対する帝国の説明要求を完全に無視ときた。帝国の上層部は怒り心頭でな。このたび、王国を滅ぼせと命令が下った」
「そんな……それでは他の皆様は……」
「一部の首なら大広間に転がっている」
「ひっ」
「抵抗した者だけだ。帝国への恭順を誓った者は生かしてある。上層部は滅ぼせと言ったが、何も国民の一人に至るまで根絶やしにしろという意味ではない――だが」
ジゼアは無表情に言った。
「王族は間違いなく根絶やしにする」
「……それは、王女様もでしょうか」
「当然だ。王女は王統の最たる人間だろう」
王族と聞いて、真っ先に思い浮かんだのは王女の顔だった。
この国では男女関係なく、国王の長子が次期王となる伝統がある。彼女は王と王妃の第一子だったはずだ。他に子が生まれていたとしても、変わりなく王位継承権を持っている。
ジゼアの言葉から、彼女を殺さない限り王国は滅びたといえない、というのが帝国の考えであることがわかる。
(まだ若いのに……)
由貴はやるせなさを感じた。
由貴の記憶にある彼女は十歳。あれから七年経つとはいえ、まだ十七歳。由貴の世界であれば花盛りの高校生だ。これからいくらでも輝かしい未来が待ち受けていただろうに。
そう思うと、王女との懐かしい思い出が次々と脳裏に思い起こされた。
忘れもしない初対面の時のことだ。いまだこの世界に慣れていなかった由貴に対して言った言葉が「薄っぺらな芋みたいな顔」。その後、出会うたびに繰り出される簡潔でわかりやすい悪口。種類豊富な憎たらしい顔。じゃじゃ馬レベルでは到底済まされない悪質な悪戯の数々。
それを微笑ましく見守る国王夫妻。モットーは“叱らない子育て”。その育児論、解釈違いですよと何度抗議したことか。一切改善しなかったが。それどころか「聖女が出しゃばるな」と怒られたが。もちろん王女はその陰でほくそ笑んでいたが。
――あれっ、あんまりやるせなくないな。
「なんということでしょう。王女様はまだお若くていらっしゃいましたのに……」
とはいえミーシャの性格ならば、たとえ王女相手でも心を痛めた発言をするだろう。
由貴は手で口を押え、声を震わせて涙する。名作ニャランダースの猫のラストシーンを思い浮かべれば、この程度は造作もないことである。
目の前で悲しむ女に同情したか、ジゼアの眉間に寄っていた皺が解ける。
「お前は、王女と親しかったのか?」
「はい……。王女様はたいへんな着道楽でございましたので、それはもう随分とお世話になりました」
「そうか……あの性悪に仕えていたとは気の毒だったな」
「ええまさに邪悪のけし……ん? あなたは王女様をご存じなのですか?」
「まあな。この国の王女の噂は帝国にも流れてくるほどだ。……それに、」
「それに?」
「俺は昔王国の人間だった」
「えっ、そうだったのですか?」
「ああ。五年ほど王国で兵士を勤めていたが、十二年前に帝国に亡命した」
ジゼアが元王国民だと聞いて、由貴は一瞬どきりとした。しかし十二年前といえば由貴の聖女時代より五年は前の話だし、ジゼアは由貴を見ても何の反応を示さなかった。動揺を表に出さずに済んだのはそのおかげだった。
「ええと、何故帝国に亡命を?」
「この国にほとほと愛想が尽きたからだ。王侯貴族の奴らは……いや、少しお喋りが過ぎたようだな」
すべてを言い切る前に、ジゼアは口を閉ざしてしまった。由貴は怪訝そうに視線を向けたが、続きを言うつもりは無いようだった。




