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序章  滅亡を眺む


 かつて、王国には聖女が降臨した。

 天から遣わされたという聖女は、その頃王国に蔓延していた瘴気を払い、土地を豊かにし、繁栄をもたらした。

 国民は大いに沸き立ち、王侯貴族はこぞって聖女と縁を結びたがった。

 だが、聖女は自分の役目を果たしたと告げ、ある日天に昇るようにして消えてしまった。草の根わけて捜しても聖女は見つからず、国はしばらくの間悲しみに包まれた。


「俺が帝国に亡命したのはそれから二年ほど後の話だ」


 ロドア大陸一の豊かさを誇ると言われた国の王都はいま現在、見るも無惨に焼き払われ、焦げた匂いの蔓延する滅亡の都と化していた。


 それを遠巻きに眺める二人の男。一人は軍団長の証である紋章を胸に、鎧を纏った三十代前後の男だった。目鼻立ちはくっきりとし、微笑めばそれだけで女性を魅了しそうな容姿ではあったが、この国の歴史を語った声は低く軽蔑的で、表情は無く、切れ目から覗く眼差しは氷の様に冷たかった。

 もう一方は男よりも十ほど下の若者で、目尻柔らかな愛嬌の良い顔立ちをしている。上司の話を聞き、「へぇ」と軽い調子で感心した。


「その頃王国は栄華極めまくってたんじゃないんですか? よくうちに亡命しましたよねぇ」

「成金どもには付き合ってられない」

「高潔ぅ! あ、でもそういや俺が小さい頃、王国の国民は金で編まれた絨毯の上に寝そべり、尽きることのない晩餐と享楽に耽ってるって聞いたなー」

「そこまでできたのは王侯貴族の連中だが、国民も飢餓とは無縁の生活だったからあながち間違いではないな」

「羨ましいですねぇ、このご時世に」

「成金どもには不釣り合いなものだ。実際、聖女がもたらした繁栄を奴らはたかだか十年程度で食い潰した」


 聖女が消えてから数年後、王国は凋落の一途を辿ることになった。

 原因は単純。急激な繁栄に対する、傲りと、慢心。

 それまでとは比較にならないほどの富を得た国民が、それを尽きぬものと思い込み、ただひたすらに消費したからだった。

 誰かが国庫と備蓄の少なさに気がついた時には、もう手遅れだった。そこから国を建て直すには、王侯貴族はもちろん国民も、贅沢というものに浸かりすぎていた。喪失感を不満に変え、内に外にと争いを起こす内に、この国は大陸の覇権を狙う帝国から攻め入れられ、あっという間に炎上した。

 ――今後、地図上から王国の名は消える。

 元王国民であるジゼア・ハイセンは目を細めた。


「故郷が滅びゆくのを見るのは悲しいですか?」

「いいや、驚くほどに何の感慨も湧かないな」

「これは失礼しました"狂い水晶の騎士"様。聞いた俺があほでした」

「阿呆と思っているのならその頭の悪そうな渾名もやめろ。行くぞ、まだ王城の制圧が済んでいない」

「はーい、ハイセン団長」



 ***



「なッ、何をする! 放せ野蛮な略奪者どもが! 聖女の寵愛を受けたこの国に手を出せばどうなるかッ! はなせっ、はなせえぇぇッ!!」

「連れていけ。……これで終いだな」

「はい」

「次は奴らが溜め込んだ財産の差押えだな。城の北に宝物庫がある。まあ残っているかどうかは怪しいものだが。ああ、王族どもは自分の部屋に隠し部屋を作っているからそこもだな。抜かるなよ」

「はっ」


 城の攻略は呆気なく済んだ。兵士たちはとっくの昔に逃げ出していたし、帝国側の軍にはジゼアをはじめとして王国の軍に在籍していた者もいたので、内部を把握するのは簡単だった。

 見放された国というものはこうも憐れなものか。

 ジゼアは周囲の惨状を見て溜息をつき、踵を返した。


「ハイセン団長、何処へ?」

「"聖女の間"だ」

「聖女の間というと……西の塔にある聖女の私室のことですか?」

「先程の男の言葉を聞いただろう? 奴等、この期に及んでいもしない聖女にすがりついていそうなのでな」

「団長自ら? 供をつけましょうか」

「この俺に必要か?」

「失礼しました。ここは自分がしきります。後程報告に」

「ああ、頼んだ」


 副団長にあとを託し、ジゼアは聖女の間へと向かう。

 そこは王城の西に聳える尖塔郡――その内の一つにあった。行くまでにはいったん城を出て、中庭を横切り、急な階段を上り下りしなければいけないので不便な場所だ。

 どうしてこんな場所が聖女の間になったのかというと、その当時、王が聖女の権威に嫉妬したからだとも、塔に閉じ込めてこの国から逃げ出さないようにしたからだとも言われている。

 どっちにしろ身勝手な理由には違いない。ジゼアの眉間にはっきりとした皺が刻まれた。


「ここだな」


 塔を登り、やがてジゼアはこぢんまりとした扉の前に立った。


「人の気配は……無いな」


 ジゼアは先ほど聖女にすがりつく者がいるかもしれないと語ったが、そんな人間はこの国にはもういないに違いない。聖女への恩を忘れた結果が今のこの国の有り様なのだから。


 扉を開け、中に入る。

 主を失った部屋は薄暗かった。ジゼアは部屋の奥まで行き、カーテンに手をかける。


「ちッ、埃っぽいな」


 手入れや掃除などは長らく放置されたのだろう。陽光に照らし出された部屋の中に調度品はほとんど無く、剥き出しになった石床には埃が積もっていた。

 たまらず開けた窓の外からは、王都が一望できた。

 かつて――かつて、聖女の寵愛の証といわれた美しき王都。いまや焦げ臭い煙が立ち込め、怒号と喧噪が聞こえる滅亡の都。

 この光景を聖女が見たら、いったい何を思うだろう。


「……ん?」


 外を眺めていたジゼアはふと気づいた。窓のすぐ側に額がある。傾き、所々顔料が剥がれたそれに、ジゼアはそっと手を這わせた。


「ああ……」


 描かれているのはこの部屋の主だった聖女だ。

 当時大陸でも著名だった画家によって描かれた聖女は、目映い金髪、蠱惑的な肢体、女神と見紛う美しい容姿だった。

 見れば誰もが賛美する。これこそが聖女だと。

 だがジゼアは、これを吐き捨てる。


「……違う」


 この肖像画を見るたびに思っていた。この肖像画は、この国の傲慢さを集約した、吐き気を催す下劣さの象徴だと。


「違う、違う!」


 ジゼアは腰にはいていた剣を抜き、額縁ごと斜めに切りつけた。衝撃に耐えきれず落ちたその絵に、ジゼアは何度も何度も剣を突き刺す。怒りをぶつける様に足で踏みにじり、原型を留めていない肖像画に唾を吐き捨てる。


「はあ……くそッ、忌まわしい!!」


 こうまでしてもジゼアの怒りは納まらないのだから、ジゼア・ハイセンという男の聖女への憎悪は並々ならぬものがあった。


「こんなものの存在が、赦されていいはずがない!」


 ジゼアが肖像画にとどめを刺そうとした、その時。


 ――カタン!


 不自然な物音に動きを止めた。



お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字など見つけましたら、ご一報いただければ幸いです。

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