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あの日、君がくれたもの

作者: 小野 華茶

 

 これは僕がまだ小さく、小学生だった時のこと。


 いま思えば先生がクラスのみんなに口止めをしてくれていたのだと思う。

 先生という存在は実は結構大きく、『言いたいけど先生に止められてて言えない』という楔が、大きくて小さい一つの均衡を保たせていた。

 しかし、それは目に見えて脆弱で、ふとしたきっかけで簡単に破ることが出来る。


「ねぇ、どうしてあなたの髪はそんなに真っ白で目が青いの?」


 女の子はただ純粋に興味を持って、その言葉を放ったのだと思う。

 しかし、その一つの流れ弾は的確に楔の急所を貫き、子供たちの好奇心というダムを決壊させるには十分だった。


「それ俺も気になってた!」

「なんで白いの~?」

「目だって青いしね!」

「なんでなんで?」


 今まで、言わずもがな興味を持っていた子供たちが一斉に雪崩のように押し寄せ、質問という弾丸を浴びせてくる。

 この時の僕には、質問の一つひとつが『どうしてあなたは私たちと違うの?』とまるで僕がみんなとは違う生き物のように感じられ、どこか気持ち悪くなると同時に自分の『存在』自体が嫌になった。

 

 だがしかし、子供という生き物は一度火が着くと留まるところを知らない。

 僕が困窮する中、子供たちの思考はあっという間に『興味』から『考察』へと移行した。


「目立ちたいからって髪の毛の色を変えたんじゃない?」

「なんか悪いことでもして神様から罰が当たったんだよ!」

「もしかして、宇宙人とか!」

「ははっ! そうかも!」


 高揚し心臓の鼓動が早まった子供たちは、もはや事実などどうでもよく、各々の好きな方面へと湾曲していた。

 誰も悪気はないのかもしれない。

 しかし気付いた時には僕の目からは涙が溢れかけていた。


「もう止めてよ!」


 僕に放たれる悪意無き弾丸を振り払い、子供たちの中心、興味の渦から逃げ出した。

 教室に取り残されたされたカバンも、そのままに。


 次の日から学校へ顔を出しづらくなったが、僕が逃げ出したその日はちょうど当日で学校が終了、次の日から夏休みとなっていた。

 カバンは僕の母さんが取りに行ってくれて、クラスのみんなとは顔を合わせずにそのまま夏休みとなった。

 いつもなら何か大きな予定を決めて家族で過ごす楽しみな時間のはずが、今回に限って父さんはどこか遠くに出張で、母さんは仕事が急に忙しくなって夜遅くまで帰って来ない。

 僕は一人、家で留守番の杞憂な時間となった。



 ーー夏休みが始まってから一週間が過ぎた。ーー



 今日もまた朝起きて、母さんが仕事に行く前に作っておいてくれた朝ご飯を食べる。

 その後もこれと言ってやることがなく、だらだらと過ごす。

 テレビは見る気にならず、夏休みの宿題は初日に終わった。


「そうだ、この前買って貰ったゲームの続きでもやろ……」


 だいたい全部クリアしたけど、もしかしたら新モンスター出てるかもしれない。

 僕は頭の片隅で考えた、そんな薄い希望にすがり、ゲームを探す。


「あれ、どこにやったっけ……?」


 自分の部屋はもちろん、たしか前回最後に置いたと思う場所も探す。

 手当たり次第に色々探したけど、それでも見つからない。

 立ち止まり、探した場所を指を折って考える。


「キッチンは無い、部屋に無い、洗面所に無い、トイレに無い……あ、テレビの下!」


 僕は目と鼻の先、可能性が高い場所を見つけて、そこへ走り寄る。

 テレビのあるリビングだ。テレビの下には簡易な収納スペースがあり、窓は今日は天気が良いので朝に母さんが開けたのだろうか、カーテンは開けっぱなしになっている。


「あるかな………あ、あった!」


 やっとのことで見つかり、思わずゲームを掲げる。

 その時、ふと窓の外から誰かの視線を感じた。


「うわあぁぁぁぁッ!!」


 なんと、窓に知らない『女の子』が張り付いていた。

 僕は悲鳴を上げ勢い良く尻餅をつき、その反動で後ろに一回転した。

 

 え? だれ? こんな女の子同じクラスにいなかったような……?

 女の子を改めて見ると、お腹を抱えて笑っていた。

 

 なにこの女の子!? 初対面なのに!

 僕は急いで立ち上がって窓を開けた。


「ぼ、僕に何かよう?」

「ふぅ、えーと、私といっしょに遊ぼうよ!」


 女の子は、柔らかい笑顔でそう言った。

 その綺麗な笑顔にドキッとした瞬間、夏休みの前のことを思い出した。

 『もうあんな思いはしたくない』

 一瞬、僕の心に黒い影がよぎり、気付いた時には、

 

「か、帰ってくれよ! 僕は遊びたくない!」


 と言ってしまっていた。

 言って直ぐにバツが悪くなり、カーテンと窓を閉めた。

 僕はそんなことを言ってしまい、女の子のその後が気になったが、なんとか振り払ってその後の時間をどうにか過ごした。

 もちろん、晩ごはんはあまり喉を通らなかった。



 ーー次の日。ーー



 今日もいつもと変わらずやることがない。

 しかし、今日はいつもと違うことがあった。

 昨日の女の子が気になる。とても気になる。気になって少ししか寝れなかった。

 僕がひどいことを言ってしまった女の子。

 一人夏の暑さも忘れて、窓を開け、外に足を垂らしていた。


「なんであんなこと言っちゃったんだろう……」


 庭の上をパタパタと自由に飛ぶ蝶々を見つめ、半ば無意識に呟いた。

 この時にはもう『あの女の子とは良い友達になれたかも』なんて思っていた。


 「よし、もう一度会う機会があったらちゃんと謝ろう」


 僕はなんとなく心に誓い、そろそろ暑くなってきたし、窓を閉めようとした。


「なら遊ぼうよ! きっと楽しいよ!」

「え!」


 驚き、後ろに転びそうになるも、すんでの所で耐え抜いた。

 僕は直ぐに立ち上がり、急いで声のした方へと目を凝らす。


「いない……?」


 たしかに声は聞こえたのに、肝心の女の子の姿は無い。

 そんなはずない、と目を見張ってよく探す。


「ここだよッ!!」

「うわあぁぁッ!!」


 一生懸命に探す僕の下から女の子は現れた。

 僕はまた尻餅をついて後ろに一回転してしまった。


 昨日はちらっとしか見なかったけど、たしか今日と同じ白のワンピースだったはずだ。

 とても良く似合っていて、ひと言で表すなら『高嶺の花』だ。

 僕が真剣に高評価をしているのに対し、肝心の女の子の方は、

 僕が尻餅ついて転げているのを見て、お腹を抱えて笑っていた。


「あははっ! 昨日のお返しだよ! ナオは本当に驚かされるのに弱いね!」


 立ち上がった僕はその言葉を聞いて、昨日自分が女の子に言った言葉を思い出し、俯いた。

 ナオ……? あれ、僕、名前教えたっけ……?


「ど、どうしたの?」


 女の子は不思議そうに顔を近づけ、聞いてくる。


「え! あ、昨日はごめん、あんなこと言って。本当は遊びに誘ってもらえてうれしかったんだ……」


 急いで弁解したが、女の子からの反応は無い。

 『もういいかな……?』と恐る恐る顔を上げると、昨日のように柔らかく優しい笑顔でこっちを見ていた。

 急な不意打ちに僕の心臓がドキッと跳ねた。


「いいよ! ちゃんと本心も聞けたし」

「よ、良かったよ……ははは」


 僕は改めて女の子を見る。

 背丈が僕と同じくらいで、髪が……


「どうしたの……? はっはー、さては一目惚れだな?」


「ち、違うよ!」

「分かった分かった、分かったからほら、着替えておいで」

「同い年くらいなのに……」


 女の子は僕の上から下まで指を差し、言った。

 僕は負けた気がしたが、たしかにまだパジャマのままだったので素直に着替えに戻った。



 ーー着替えと用意を終えた僕は、玄関から外に出る。


「そ、それじゃあどこへ行こうか?」

「私、いい場所を知ってるよ!」


 僕が鍵を閉めながら聞くと、アリの行列を見ていた女の子は手を上げて答えた。

 ここは結構な田舎だからゲームセンターやカラオケなんかはもちろん無い。

 いい場所とはどこだろうと考えていると、グイッと手をひかれた。


「ついてきて!」

「え、あ、うん!」


 僕は言われるままについていく。

 その途中で昨日から聞きたかったことを思い出した。


「そういえば、聞こうと思ってたんだ」

「ん? 何を?」


 女の子は歩きながら、不思議そうに僕の方へと振り向いた。


「君の名前を聞きたかったんだ」

「あ、そうだった、まだ自己紹介してなかったね! 私は……『レンカ』っていうの! レンカで良いよ!」

「僕は『嵩神(たかがみ)(なお)』って言うんだ。…………どこかで聞いた?」

「う、ううん! 初めて聞いた! えへへ」


 レンカの放つ、可愛らしく、どこか懐かしい笑顔に周りの時間が遅くなったような気がした。

 柔らかな陽射しが僕らを包み、心地の良い風が頬を撫でる。


「よろしくね! ナオ!」

「よ、よろしく、レンカ!」


 遅めの自己紹介が終わり、初めて僕にちゃんとした友達が出来たことに感動を覚えていた。

 僕は自分の『白い髪』と『青い目』がコンプレックスだ。

 僕の父さんと母さんはどっちも普通。

 昔、父さんに聞くと、僕の母さんの家系の血が混ざると髪と目の色が変わると言っていた。

 男でも女でも髪は『白色』で、目は男が『青色』女が『赤色』らしい。

 しかも、一定の年齢になると普通に戻る。

 

 だから僕の母さんは今こそ普通だけど小さい頃は僕と同じだったそうだ。

 そして僕は疑問に思った。『髪を染めれば?』と。これにはさすがに母さんも気付いたそうだ。

 厄介なのはこれで、『髪は染められず』『目は変えても髪が白いなら意味が無い』のだそうだ。

 僕はこれのせいで今まで怖くて、友達が作れなかった。

 でも、今は違う。


「着いたよ!」


 僕は考えるのを止め、レンカの連れて来てくれた場所を眺めた。

 途中から草むらに入ったのは分かったけど、まさかこんな秘密基地が作りたくなるような場所があったなんて……


「どう? すごいでしょ?」

「う、うん、すごいよ! まさかこんな場所があったなんて!」


 僕は目の前の光景に不思議なチカラを感じ、呆然と眺めていた。

 地面には不思議と草はあまり生えておらず、僕らの体をちょうど隠せるだけの丸い形をした草々が。

 そして点々と、それでいて力強く生い茂る大きな木。

 空からは心地良い程度の陽射しが無数の葉っぱの間から差し込んでいた。

 僕がいつか聞いた『ツリーハウス』が似合うというのはまさにこのことだ、と思った。


 僕が見入っていると、急にレンカにバシッと背中を叩かれ、前によろけた。


「いってて……なにするんだよ」


 そう言って後ろを振り返ればレンカの姿は無く。

 どこに行った、と辺りを見渡すとレンカの声が聞こえた。


「さぁ! かくれんぼ始まりだよ!」

「え! あ、僕が鬼!?」

「その通り! 私、隠れるのも得意だから、ナオじゃ見つけられないかもね!」


 ふふふ、言ったな……僕がわざと喋らせて場所を探っていたことに気付いていないようだ。


「直ぐに見つかっても、怒るなよ!」

「見つけれればねー」

「そっちか!!」

「え!?」


 僕の友達との戦い(かくれんぼ)が、今始まる!!



 ーー時は経ち。ーー



「くっ、僕の負けだ」


 僕は疲れた体を地面に寝かせ、負けを認めた。


「何回か鬼を交換したけど、結局私のこと一度も見つけれなかったね!」

「僕の隠れ場所すごく良かったなぁ、最強だよね」

「直ぐに見つけれたけどね」

「ま、そうなんだけどね」

「……ぷっ、あははは!」

「はははっ!」


 僕たちは顔を見合わせて笑い合った。


 今日レンカと一緒に遊んで分かった。

 レンカはかくれんぼの王様だ。

 僕が喋りかけるとちゃんと応えてくれるのに、どこにいるのか分からない。

 隠れれば、息すらしてないのに直ぐに見つかる。

 こう見えて僕は、負けず嫌いなんだ。今度は絶対に勝ってやる。


 僕が一人で今回の反省をしていると、レンカが僕の顔を覗き込んできた。


「楽しかったんだね!」

「え?」

「ナオ、笑ってる!」


 自分の顔を触ってみる。

 言われて初めて気が付いた。

 僕は笑っていた、レンカとの時間を純粋に楽しんでいた。

 二人で遊んでいる時間は気付かないうちにあっという間に過ぎていた。

 僕が一人で過ごしていた時間が嘘みたいだ。

 僕は少し照れくさくても、言いたいことはちゃんと言おうと思った。


「う、うん、楽しかったんだ! 一人でいた時よりずっと!」

「でしょー? なのにナオは最初断ったんだよ?」

「うっ、あれはごめんって!」


 僕はわざとらしく顔の前に手を合わせて謝って見せた。

 レンカは『本当かなー?』と疑う目で僕を見つめる。


「分かった! 駄菓子屋さんでアイスおごるから!」


 ご機嫌を直してもらうため僕は頭を勢い良く上げて提案した。

 レンカは『待ってました!』と笑顔に戻り、


「うむ、許そう」

「ははー、ありがたき幸せ!」

「ぷっ、はははは!」

「あははは!」



 ーーこの日は二人でアイスを食べながら帰った。ーー


 僕はもちろん、迷わずバニラアイスだったけど、レンカはコーヒーアイスを選んでいて。

 なんとなく、少しだけ負けた気がした。


 帰り道、アイスを食べながら頭を悩ませていた。

 つまり、明日のことだ。

 僕が初対面でレンカにあんなことを言ってしまって、自分から遊びに誘うのが恥ずかしいのだ。

 まあ、最初から自分から誘う勇気は持ち合わせていないわけだけど。


「どうしたの?」


 僕の様子に違和感を感じたのか、レンカの方から声を掛けてくれた。


「い、いや、その……」


 僕はどうにか自分を取り繕う。


「今日は楽しかったよ」

「私も! もっと色んなことして遊びたいね!」


 そう、レンカは言って欲しいことを言って欲しい時に言ってくれる。

 今思えば最初だってそうだ。

 ただ僕は家でだらだらしていただけなのに、最初に遊びに誘ってくれた。

 僕があんなひどいことを言って、自分から謝らなくてももう一度僕の元へ来てくれた。

 『僕からは何もしていない。』

 ずっとレンカの性格に引っ張られてどうにかなっているだけだ。

 

 僕は自分のズボンを片手で強く、強く、握りしめる。

 ちゃんと僕からだって何かを始めないといけない。

 僕は男だ。

 これくらいどうってことはない!

 言ってやる!


 僕は感情に身を任せて、口を開いた。


「レンカ、明日も遊ぼう!!」

「え? やだ」

「………………ふぇ?」


 僕はまさかの思いがけないレンカの答えに、涙が溢れてきた。

 やばい、涙が止まらない。


「あ、ごめん! 冗談だから! こんなつもりじゃなかったから!」


 レンカはあわてて僕に言う。


「ほ、ほんと? じゃあ、明日も遊んでくれる?」

「もちろんよ! ずっと遊ぼう! だから泣き止んで!」

「…………泣いてないし。グスッ……」

「そうだねー、泣いてないねー、うん、えらいえらい」


 レンカは僕の頭をなでなでしてくる。

 また一つ負けた気がした。



 ----僕がなんとか『自分から』レンカを遊びに誘った日から。----



 それからは毎日レンカと遊んだ。

 レンカはいつも、どんな遊びも、僕が手も足も出ないくらい強かった。

 そして僕の知らない、いったことのない場所へ連れてってくれた。


 鬼ごっこだって軽く手加減されるくらい足が早い。

 缶蹴りだって天高く吹き飛ばすほど強い。

 あっちむいてほいだって未来見えてるんじゃないかってほど強い。

 だけど、たまに負けるとそれこそものすごく悔しがる。

 それが見たくて僕も本気で頑張る。

 帰りはいつも駄菓子屋さんで何か食べながら帰る。


 毎日が、明るく楽しくなった。

 あの時自分で誘うことが出来たことで勇気も湧いた。



 その楽しすぎるほど楽しい時間もとうとう『明日』で終わる--。



 終わって見れば、まるで幻想であったかのようにあっけなかった。


「明日はとっておきの場所に連れていってあげる!」

「うん……」

「どうしたの? そんなに元気無くして、楽しくなかった?」

「いや、とっても楽しかった! 楽しかったから……」

「もう終わっちゃうのが悲しいと?」

「………」


 僕は無言で頷いた。

 まるで楽しい時間が、手の隙間から水のようにこぼれ落ちていく感覚だった。

 どうにかしてこぼれ無いようにしたいけど、水は流れ続けて止まらない。

 僕が俯きながら歩いていると、レンカは急に立ち止まった。


「時間は流れているから、『楽しい』も『悲しい』も感じれるの」


 僕は後ろを振り返ってレンカを視界の中心へと入れる。

 もう辺りは、綺麗な夕焼けとなっていた。


「ナオの人生だってまだこれから先、色んな『楽しい』や『嬉しい』が待ってる。それこそ、私との時間よりもたくさん」

 

 その時の僕には同い年くらいのレンカが、僕とは全く違う時代を歩んできた人のように思え、

 さらにレンカの目の奥には、まるでなにかを『確信』しているような力強い光が見え、僕は何も言い返すことは出来なかった。


「さぁ! 帰ろう、もうすぐ暗くなる」


 気付くとレンカはいつも通りに戻っていた。

 二人はまた足並みを揃えて歩き出す。


「明日はいつもより楽しもうね」

「もちろん、最高の一日にしよう」


 もうすぐ沈もうとする太陽の灯を背に、二人はどちらともなく手をつないでいた。



 ーー夏休み最終日。ーー



 僕は夏らしく、ラムネを片手に。

 レンカは夏らしく、麦わら帽子を頭に。


 僕たちはお互いに決して小さくない、武器を持って戦っていた。

 会場は僕とレンカが初めて遊んだ、あの場所。

 

 僕は息を荒くし、大きな木を背に一人隠れていた。

 相手はバケモノだ。僕の心臓を的確に狙ってくる。

 隙をついて攻撃しようも、敵ながら惚れ惚れするような動きで華麗に避けられてしまう。


「さぁー、どこかなー? どこに隠れたのかなー?」


 敵はわざとらしく挑発をして僕の場所を探っている。

 ふっ、良いだろう、そっちがその気なら乗ってやる!

 

 僕は引き金を引きながら姿を現す。

 これならさすがの相手も避けられまい。


「これで、僕の勝ちだ!!」


 僕の視界が目まぐるしく変化する中、相手の代名詞とも呼べる麦わら帽子に狙いを定めた。

 僕の武器から放たれる無数の銃弾が標的をハチの巣にする。…………はずだった。

 

 「なっ!?」


 僕の視界が安定し、目に映ったものは………ひらりと同じ背丈の木の上に置かれた麦わら帽子と、自分の残弾の無くなった武器だけだった。

 

 次の瞬間、僕の勘がけたたましく警報を鳴らし、『ここを離れろ』と訴えてくるが、もう遅い。

 僕は自分の命がもう散ることを確信していた。


 はは、やはり、僕ごときが勝てるわけなかったんだ。


「成、敗!!」

「ぐわああッ!!」



 こうして僕は()鉄砲バトルに敗北した--。



「ふう、今日も楽しかったね!」

「レンカは強すぎだよ、楽しかったけど」


 僕は予め用意しておいた替えの服に着替えた。

 ちなみにレンカには水の一滴すら掛かっていない。


「それで、ここが昨日レンカの言っていた場所?」


 僕は昨日レンカの言っていた、『とっておきの場所』に結構興味が湧いていた。


「ここじゃないよ! じゃあ、行こっか!」

「うんっ!」 


 僕たちはとっておきの場所へと向かう。

 そこは直ぐに近くにあった。


 さっき遊んでいた場所を少し奥へ。

 そこから少し上へと登る。


 見えてきたのは開けた場所だった。

 辺りを森林に囲まれた原っぱのような場所。


「ここがとっておきの場所?」

「そうだよ」

「どこら辺がすごいの?」


 辺りを見回しても特にこれといったすごい事は無い。

 返事がないのでレンカの方を見ると、レンカは仰向けに寝転がっていた。


「うえ」


 レンカは寝転がったまま空を指差す。辺りはいつの間にか暗くなっていた。

 僕がレンカの指差した方向へ顔を向けると。


「うわああぁぁぁ……」

「どう? すごいでしょ?」

「そ、その通りだね……」


 空には『宇宙』が広がっていた。

 幾千もの星が瞬いていた。

 そこには神秘という名の物語(ストーリー)が展開されていた。

 こんなものが存在するのなら、自分の悩みが、自分が、世界が、どれだけ小さいものかと心が震えるのを感じた。


 僕がこの世の神秘に圧倒される中、レンカはゆっくりと語りだした。


「今日で夏休みが終わるね。ナオと初めて会った時、ナオはとてもか弱くて、とても小さく見えた。でも、一緒に遊んでいくうち、ナオは自分に素直になって、いつのまにか私もナオともっと遊んでいたいと思うようになったの。」


 僕はレンカの方を向くと、レンカは既にこっちに向いていた。

 レンカは満足げに笑って、


「ナオはもう大丈夫。」


 レンカはおもむろに立ち上がり、僕も同時に立ち上がると、僕の頭を撫で、にこりと微笑んだ。


「また絶対に逢えるから。…………だって……」


 そう言って、僕を見るレンカの目の奥にはあの時のような、強い『確信』の色が宿っていた。

 

 レンカは僕に背を向けて、来た道とは反対方向へ歩き出す。

 

 僕にはその時、レンカを引き留めることはできなかった。また、泣くこともなかった。

 なぜか僕にも、これが『あるべき本来の形』だと『確信』があったんだ。



「君は……!!」



 僕と同じ血縁者のみが発現する『白い髪』と『色違いの瞳』。

 


 その『白い髪』で『赤い瞳』の女の子は、優しい笑顔で振り向いた--。





 ----あれから18年後----




 僕は大人になった。

 これまで、あの時の夏休みの思い出を忘れた事は一度もない。

 確かに女の子の言った通り、あの時の僕は本当に弱かった。

 だけどあの子のお陰で僕は、これまでを強く生きて来られた。


 今では自分の会社を立ち上げて成功し、愛する妻とも仲良く暮らしている。


 しかし最近、僕の人生でも、片手で数えられるほどしかない、とても良い事があった。


 なんと、僕たちの間に赤ちゃんが産まれるのだ。


 分娩室で今、妻が戦っている。

 妻の希望で立ち合い出産は無しになったが…………


 僕は同じ所を何度も行ったり来たりしている。


「あぁ、頑張れー、頑張ってくれ!」


 僕も一人、心底の不安と戦っていると、看護婦さんが近寄ってきた。


「無事産まれましたよ!」

「ほ、本当ですか!」

「はい! 案内しますね!」


 安心したからか、足が軽い。

 看護婦さんもどことなく笑顔で嬉しそうだ。

 あぁ、早く産まれた我が子に名前を言ってあげたい。

 ちなみに子供の名前は、僕は口を出さず、妻に全て任せた。

 

 案内を受け、妻のいるベットへと歩み寄る。


「ほらあなた、私たちの大事な娘よ。」


 

 妻は、優しく腕の中に包まれる女の子を僕へと近付けた。


 新たな生命の誕生に僕は感動で言葉を失い、涙した。

 



 僕は『髪が白く』『瞳が赤い』。どこか懐かしく、可愛らしい我が子を抱き抱えて、言った。





「やっと逢えたね、『嵩神(たかがみ)蓮花(れんか)』」







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