9・悪徳領主
結局冒険都市から引き抜いた人材——最終的に数えると十二人いた——を見渡して、俺は頭を悩ませた。
「なにをしてもらおうか……」
せっかくこの領地の領民になってくれたんだ。
アラベラは俺のお手伝い、ヒロは冒険者。
そういう感じで役割を分担させたい。
「領主様。なんでもしますよ」
男達は恭しく頭を下げる。
「そうだな……農業は俺の【生産】スキルでなんとかなるし……」
となると他の部分を補っていくか。
「まずは冒険者。さすがにヒロだけでは回らない。それを三人くらい割り当てたいのだが……」
「ぼ、冒険者ですか?」
男達が怯む。
そりゃそうか。冒険都市では役人をしていたみたいだからな。
それがいきなり、危険が多い冒険者になってくれと言われても、戸惑うばかりであろう。
だが。
「心配しなくていい。してもらうのは領地の清掃だったり、人手の足りないところに行ってもらうだけだから。後危険性が限りなく低ければ、ヒロと一緒に出掛けて、手伝いをしてもらうのがいいな」
俺の言葉にほっと胸を撫で下ろす男達。
「ヒ、ヒロ様と一緒にですか!?」
「それだったら危険はなさそうだな」
「ヒロ様が私達を守ってくれる」
そう口々に言っている。
「ヒロ」
「うん、分かってる。さすがにドラゴンを相手にしろと言われて、あの人達を連れて行くのは不安だけど……スライム討伐や薬草摘みくらいだったら、守ってあげられると思う」
「ドラゴンを相手って……そんなこと、俺が言うわけないだろうが」
「いや……別に単独だったら、私一人でも楽に勝てるんだけどね。ハンスからはダマスカスソードも貰っているから」
そう言って、ヒロが誇らしげに剣を掲げた。
「ドラゴンを楽に……って、さすが勇者様ですー!」
アラベラが目を大きくして、ヒロを賞賛する。
やはりヒロの戦力は大きい。
この人材をなくしてしまった冒険都市だが……どうなるか、今から想像が出来るほどだ。
ヒロ一人で一個中隊くらいの戦力があるんだしな。
「勇者様がいればこの領地は大丈夫だ!」
「バカ! 領主様がいる前でそんなことを言うんじゃない」
「領主様が一番偉いんだしな」
こそこそと男達の小声。
「おいおい、俺が一番偉いという認識はないぞ。みんな平等だ。まあ立場上、俺から指示を出すとは思うが……」
「な、なんということを!?」
「素晴らしい人徳だ。冒険都市のブラッドリー領主は『オレが一番偉いんだから、死ねと言われたらお前等はすぐ死ね』と常々言っていたのに……」
男達が唖然としている。
手放しに俺のことを賞賛しているというより、今までの常識を覆されて本気で驚いているようであった。
それにしても……ブラッドリーだとかいう領主は、一体どれだけ悪質なのだ。
ここまでくると心配になってくるぞ。
「ヒロ。ブラッドリーとかいうヤツはどんな男だったんだ?」
「クズだよ。みんなを安く働かせることしか能がない。冒険都市は近辺にダンジョンも多くて、そこから取れる素材が潤っていたんだけど……そういうのがなかったら、すぐに滅んでいたんだろうね」
そういったものが乏しいサールロア領だ。
冒険都市の状況はただただ羨ましい。
だが、俺はそのブラッドリー領主みたいになるつもりはない。
あくまで俺はのんびり領地経営だ。
「そうだ! 領主様をみんなでもっと讃え合おう!」
「それは良い! 領主様、ばんざーい!」
「「「ばんざーい!」」」
誰かが最初に言い出して、その後にみんなが続いた。
「ハンスさん、ばんざーい!」
「ばんざーい」
見ると、アラベラとヒロも双手を挙げてそう言っているし。
……まあいい。好きにさせておこう。
むず痒い気持ちになって、俺は頬を掻くしかないのであった。
◇ ◇
数日後。
「おい! 勇者と私の領民達を誘拐した悪徳領主! 早く出てこい!」
朝起きると、なにやら家の外が騒がしい。
「またか……」
「次は誰なんでしょう?」
また冒険都市から誰かが来たんだろうか。
俺も一度目はちょっと戸惑ったが、二度目になると慣れたものだ。
ゆっくりと服に袖を通してから、アラベラと一緒に外に出た。
「誰だ。騒々しいぞ」
「うるさい! オレにそんな口をきけるなんて、大した度胸だな。おう?」
そこには、一人の醜くデブい男。
その隣では肩を小さくしている一人の少年の姿があった。
誰だろうか?
「ふえぇ……りょ、領主様。止めましょうよ。サールロア領の領主様が不快に思ったらダメですし……もっと平和的に」
「お前も黙っておれ! お前はオレの護衛だけをしておけばいいんだ!」
「ふえぇ……」
少年は男に忠告したが、怒鳴られてますます肩を縮こませてしまった。
なんなんだ、このペアは。
「名乗れ。一体お前は誰なんだ? そんな口をきいて良いと思うのか。あまりにも不躾すぎるぞ」
「貴様こそそんなことを言っていいと思うのか? オレは冒険都市の領主ブラッドリーだ。こんな貧しい領地、すぐにでも崩壊させることが出来るんだからな。おう?」
ブラッドリーと名乗った男が凄んだ。
「ブラッドリー……なあ、アラベラ。どっかで聞いたことあるんだが、誰か分かるか?」
「冒険都市の領主様だったと思います! ほら、ヒロさんや他の人達が『酷い、酷い』と言っていた……」
ああ、そうだそうだ。思い出したぞ。
手をパンと叩く。
「お前がブラッドリーか。常々噂は聞いているぞ」
「やっと気付いたようだな。貴様の置かれている状況がな」
にやりとブラッドリーが口角を歪ませる。
「ブラッドリー様……もっと平和的に……その、あんまり強いことを言うと、後が怖いですから……」
隣で少年がブラッドリーの服の裾を引っ張っているが、彼が気付いている様子はない。
頭に血が昇っているため、周りが見えていないんだろう。
人の上に立つ人間はいつでも冷静に努めることが大事なんだがな。
ますますブラッドリーの人間性、そして領主としての能力を疑った。
「お前の要求はヒロと他の領民の返還か?」
「そうだ!」
ブラッドリーが顔を近付ける。
唾が飛んできて汚い。
「どんなことを言って誑かしたかは知らないがな。どうせろくでもないことを、あいつ等に呟いたに違いない。今すぐそいつ等を返還しろ。さもなくば、この領地への侵略も辞さないぞ?」
にやにやと気持ち悪い笑みを浮かべるブラッドリー。
侵略?
こいつ一人でそんな大層なことを宣っていいのだろうか。
どちらにせよ俺の返答は決まっている。
「まあ答えは決まっていると思うがさ。さっさと勇者と他の領民をここに連れてこい」
「ああ、こんなもの悩む必要もないよな」
「そうだろう? 身の程が分かっているじゃないか。さっさと用意しろ」
俺はブラッドリーの顔を見据え、溜息を吐いてからこう即答した。
「断る」