7・ダマスカスソードを加工
『ダマスカスソード』加工レシピ
・コカトリスの魔眼×1
「ん……?」
「どうかしました、ハンスさん」
アラベラが顔を覗き込んでくる。
俺の【生産】スキルはものを作るだけではなく、ものを加工することが出来る。
今まで試しに何回かやってみたが……これまた本格的なものが浮かんだな。
「ヒロのダマスカスソードをパワーアップしてやれるかもしれない」
「なに? それは本当かな?」
ヒロが興味深げに目をくりくりさせる。
ものは試しだ。
「ダマスカスソードを貸してみてくれるか?」
俺が言うと、ヒロは頷きダマスカスソードを手渡してきた。
このままでも十分強い。
しかしダマスカスソードはLv6だ。
元がサビた金属を使っていたからだろう。
これを加工によって、Lvを上げることが出来れば……。
「さて……と」
俺は右手にダマスカスソード、左手にコカトリスの魔眼を持つ。
コカトリスの魔眼はねちゃねちゃしている。
変な液体が糸を引いたりしている。
気持ち悪い。あまり長い間持ちたくないな。
さっさと終わらせるか。
「ダマスカスソード加工」
するとダマスカスソードと魔眼、両方ともが光を放つ。
その光が消滅した頃には。
・ダマスカスソード Lv10
『木目状の編み目が特徴的な剣。剣には魔力が帯びられており、大地を斬り裂き海を割る』
成功だ!
大地を斬り裂き海を割る……って大丈夫かよ、これ。
「見た目はあまり変わっていないように見えますね」
「そうかもしれない」
アラベラの言葉に俺は相づちを打った。
「ヒロはなにか分かるか?」
「うーん、私も分からないよ。ちょっと貸してみてくれるかな」
ヒロにダマスカスソードを返す。
すると。
「おお……! とても軽い。元々すごかったけど、さらに使いやすくなった気がするよ」
その場でぶんぶんと何度かダマスカスソードを振るヒロであった。
「ちょっと試し斬りしてみてもいいかな」
「もちろんだ。えーっと……なにか試し斬り出来そうなものは……」
「あの木はどうだろう?」
見ると、近くに丁度手頃な木があった。
「うん、あれだったら大丈夫だ。だが気をつけろよ。怪我をするなよ」
「ははは、分かっているよ」
ヒロはダマスカスソードを持って、うずうずした様子だ。
彼女は木に近付き、
「はあっ!」
気合の一声とともに、ダマスカスソードを一振りする。
ズギャアアアアアン!
突如けたたましい音が鳴り響く。
まるで木に雷が落ちたかのようだ。
「わっ!」
咄嗟に出来事に驚いたアラベラは、耳を塞いでその場でしゃがみ込んでしまった。
俺も目を瞑ってしまったほどだ。
「な……なんだ、これは……!?」
ヒロの驚いたような声で、すぐに目を開ける。
木が天辺から根っこまで、真っ二つにぱっくり割れている。
ただそれだけではなかった。
足下の地面も両断され、地割れが起こっていた。
「えーっと……」
ぽりぽり自分の頬を掻く。
「……ヒロ、すごいのは良いんだが、もう少し力を抜いてくれ」
「わ、私は軽く振るったつもりだったよ! 試し斬りなんだからね。地面なんて斬るつもりもなかったけど……この剣はとんでもないね。神器級じゃないのかな」
「軽く振るった? 神器級?」
次から次へと出る単語に、俺は戸惑いを隠せなかった。
神器というのは国で保管されているような、それはそれは高価な武器である。
普通の冒険者なんか手にも取らせてくれない。
それこそ、歴代の勇者達が神器を持ち、魔王達に立ち向かったという伝承があるくらいだ。
「これはすごいよ……! こんな武器、今まで見たことがない」
ヒロが目を輝かせる。
「うちの領主様はすごいね。こんな武器まで作れるなんて」
そう言って、彼女は俺にダマスカスソードを渡そうとしてきた。
自分で作って加工したのにこんなことを言うのもなんだが、なんか恐れ多くて持つことも出来ない。
ヒロの手も震えていた。
「……? どうした」
「返すよ。国庫にでも保管するべき武器だ」
「おいおい、なにを言ってるんだ。これはヒロに支給した武器だ。返されても困る」
それに国庫といっても、逃げ出した領民の手によってもぬけの空になっている。
そこにダマスカスソードだけぽつんと置かれていても、おかしいことこの上ないだろう。
「いやいや! 神器級の武器を支給なんて、恐れ多いよ! ダマスカスソードを支給してもらった時点で驚いたけど、さすがにこれは私に扱えないよ」
「とはいっても、今領地にある武器でまともに支給出来そうなのはそれくらいだ。これを返されては、ヒロも仕事が出来ないだろう?」
「私には木剣があるから……」
「あれは捨てて、もうどっかに行っただろう?」
「わたしが処分しちゃいました……ゴミ箱に入ってると思います。すみません」
アラベラが申し訳なさそうに声を出した。
「アラベラは謝る必要はない。俺が指示したんだしな。それにあんな木剣で魔物を倒しに行ってくれ、なんて口が裂けても言えない」
「でも……」
「でもじゃない。俺だって返されても困るぞ」
押し問答。
しかし最初に折れたのはヒロの方であった。
「はあ……分かったよ。でもありがとう。大切に使わせてもらうよ。私の宝にする」
ヒロが溜息を吐く。
宝……って。ヒロは大袈裟だな。
「それにしても、勇者に木剣を支給するなんて冒険都市はなにを考えているんだ?」
「私にも分からない。あいつ等がなにを考えているのかはね」
「冒険都市の役人が来たら、直接文句を言いに行ってもいいんだがな」
「ははは、ありがとう。そうやって領主様が私のために怒ってくれるだけでも十分だよ」
ヒロが嬉しそうに言う。
「あっ、そうだ」
「なんだい?」
「ヒロ、その領主様っていうは止めてくれないか?」
「……? それはどういうことだい?」
「この領地ではアラベラも俺のことを『ハンスさん』と呼んでいる。さん付けじゃなくて、呼び捨てでもいいんだがな」
「そういえば、アラベラも言ってるね。領主様を名前呼びなんて、恐れ多いんだけど……」
「ハンスさんは優しいんで大丈夫ですよ!」
ヒロは顎に手を置き、少し悩んでから。
「分かった。もし君がよかったら『ハンス』って呼ばせていただいてもいいかな? さん付けしないのも、親愛の証のつもりだけど」
「もちろんだ。そちらの方が俺もやりやすい」
「じゃあハンス。あらためてよろしくね」
ヒロと握手をする。
「んー、わたしだって呼び捨てじゃないのに……」
それを見て、何故だかアラベラは羨ましそうに指をくわえていた。
◇ ◇
その頃、冒険都市では。
「おい! 勇者はどこに行った!」
この都市の領主ブラッドリーが、部下に怒鳴り散らしていた。
「も、申し訳ございません! 未だ行方知れずです!」
「なんということをしてくれる! 安い賃金で働かせることが出来る奴隷だったのに! あいつがいないせいで、冒険者達に払う費用で財布がかつかつだ!」
怒りの矛先がないのか、ブラッドリーはその場で何度か足踏みをする。
『財布がかつかつ』
彼はそう言ったが、実際は冒険都市にはまだまだ金がある。
近くにもダンジョンが多いため、そこから取れる素材によって潤っているのだ。
だが、費用がだんだんかさむ関係で、さらなる贅沢が出来ないため、ブラッドリーは憤っていた。
(せっかく、重い税金を市民に払わせているのに……これじゃあ意味ないじゃないか! 金貨千枚ぽっちの絵画の一つも買えない!)
「もういい。お前はクビだ」
「え?」
「クビと言ったんだ! 勇者を連れ戻すことが出来れば、再雇用してやってもいいぞ」
「そ、そんな! 私には妻も子どももいるんですよ!? 今更それなのに路頭に放り出されるなんて……!」
「うるさい! 家族でそこらへんの残飯でも食ってしのげ!」
「お、お情けを!」
部下はそれでもなにやら叫いていたが、うるさいので外に出させた。
「それにしても勇者のバカはどこに行ったんだ……」
部屋の中でグルグルと歩き回るブラッドリー。
その時であった。
「りょ、領主様!」
突然ドアが開けられ、外から部下が入ってきた。
「勇者の足取りがつかめました!」
「な、なんだと!?」
思わぬ吉報に前のめりになるブラッドリー。
「それはどこだ?」
「近くのサールロア領です! サールロア領に勇者はいるようです!」
「サールロア領か! でかしたぞ!」
心の中でぐっとガッツポーズをするブラッドリー。
サールロア領……確か土地が痩せ細っているせいもあって、弱小領地だと認定されているところだ。
それでも、なんとかしぶとくやっていたようだが、家督が息子に移ってから領民達が全員逃げ出したという情報も入っている。
どうして勇者はそこにいるんだ?
いや……。
「今はそんなことを考えている場合じゃないな。おい、今すぐ勇者を連れ戻せ」
「はっ!」
「なんのつもりか分からんが、抵抗されても困るからな。武器も支給してやるから、有り難く思え」
「どうせ木剣なんじゃ……」
「なんか言ったか?」
「な、なんでもありません!」
部下が逃げるように部屋から出て行く。
それを見てから、ブラッドリーは機嫌よく鼻歌を歌いながら椅子に座った。
「くくく。やっとこれで落ち着ける。勇者がいなくなったせいで、八時間睡眠しか出来なかったからな。戻ってきたらまた馬車馬のように働かせてやる!」