6・ヒロの力
「では行ってくるとするよ」
ヒロが歩き去ろうとする。
「どこに行くんだ?」
「決まっているじゃないか。この領地をぐるっと囲んでいる森林だよ。あそこにはまだ魔物でうじゃうじゃしている。今のうちに数を減らしておかなければ、近いうちに大変なことになるよ」
サールロア領の未開の大森林。
あそこが今まで手つかずだったのは、魔物が蔓延っていたためだ。
その中には強力なものも多く、今まで父と母が手をこまねいていた光景を俺はよく見ていた。
「すぐに働くつもりなのか?」
「……? 当たり前だよね? じゃあ今日はただの休みになっちゃうじゃないか」
「ただの休みでもいいんだよ」
「休みが……ある……だと?」
ヒロは何故か不可解そうな顔をしていたが、すぐに「あっ、そうだ」と手をポンと叩く。
「『週休二日』って書いてあったね」
「そうだ」
「今までずっと働きっぱなしだったから、休みという存在を忘れていたよ……」
「? ヒロは国に直接雇われているんだろ?」
「まあそういうことになるね」
「だったら休みが多そうだが……」
前世では公務員といったら『週休二日』のイメージが強かった。
まあ実際はそうでもないらしいんだが……。
「いや全然」
ヒロは首を横に振る。
「領主には『せっかく国民から税金を貰っているんだ。それなのにどうして休みが必要なのだ? 一日でも休むなんてもったいない。そんなことを言っている暇があったら、さっさと魔物を狩りに行け』と言われていたよ。そのせいで私は休みらしい休みをほとんど取ったことがない」
「マジかよ……」
やはりなんというブラック都市。
前世で一日中働けますか、という広告があったが、まさにそれを地でいくな。
領主の顔が見てみたいもんだ。
「とにかく今日は休んでもらってもいいぞ。せっかく来たんだから、領内を見学しておけばいい」
「ありがとう。でもこれは私のためでもあるんだ。あんな危険な森林が近くにあると分かったら、いてもたってもいられないよ」
「でも……」
「気にしないで。領主様に言われたから、私も見学するくらいにしておくよ。あっちから襲いかかってきたら別だけど、積極的に戦わないから」
まあヒロがそう言うなら別にいいが……。
「だが、それにしても装備品もなにもなしで森林に行くのは危ないだろう?」
「装備品もなしで……?」
ヒロが首をかしげる。
彼女を見る限り、腰には貧相な木剣がぶら下がっているのみ。
鎧もなにも着けていない。
身軽そうだが、それで魔物の前に行くのは危険すぎる。
それにしても、こんな出で立ちでここまでどうやって来たんだろうか。
不思議に思っていると。
「これがあるだろう? この木剣が」
「なっ……! そんな子どものおもちゃみたいなもので戦いに行くつもりなのか!?」
「子どものおもちゃか……私もそうだと思うよ。でも国からこれだけしか支給されなかったからね。他の装備品を買えるほど給料も貰っていないし……」
とヒロは自嘲気味に笑った。
「酷い国だな」
「ハンスさん、ハンスさん」
「ん?」
唖然としていると、アラベラが俺の服の裾を引っ張ってきた。
「確かに酷いと思うんですけど、そういう領主様がほとんどなんですよ? ハンスさんみたいに、領民のことをよく考えてくれる領主様なんていません」
「そうなのか……」
「はい! だからわたしはハンスさんに拾われて幸せです!」
にぱーと満面の笑みを作るアラベラ。
どちらにせよ、そんな装備品でヒロを森林に行かせるわけにはいかない。
「そうだ。丁度剣があるんだ。これを支給するぞ」
「ありがとう……ってこれはダマスカスソードじゃないか!」
ダマスカスソードを手渡すと、ヒロは驚き目を大きくした。
「こんなもの、本当に借りていいのかい?」
「貸すどころか、それは今からヒロのものだ」
「お金は……」
「お金? そんなものいらん。仕事をするのに、必要なものを支給するのは領主にとって当たり前のことだろう?」
言うと、ヒロは胸の前に手を置く。
「本当にありがとう。これは宝物にするよ」
「大袈裟だな」
「この木剣は……いらない」
ガラクタみたいな木剣を、ヒロはすぐさま遠くに放り投げた。
そして新しくダマスカスソードを腰に差す。
うむ、似合っているが、どこかぎこちない感じもした。
今までまともな装備品を身に付けたことがないんだろうなあ。
「ああ……早くこれを振るってみたいよ」
ヒロは子どもが玩具を貰ったかのように、目を輝かせている。
「はは。今日は森林を見学するだけなんだろ? くれぐれも戦わないように。怪我なんてもってのほかだ」
「わ、分かっているさ」
慌てて言うヒロ。
そして森林へと向かっていった。
しかしこの時、俺はヒロの力を見誤っていた。
◇ ◇
「ご、ごめん! ダマスカスソードを貰ったのが嬉しくてね。つい戦ってしまった……」
「これは『つい』というレベルなのか?」
ヒロが手を合わせて謝っている。
「わあ、勇者様すごいです!」
目を丸くするアラベラ。
お昼くらいにヒロは森林に出掛けていって、夕方くらいに戻ってきた。
ちゃんと定時に帰ってきて、俺はほっと胸を撫で下ろしたものだ。
しかしどうやら様子がおかしい。
ヒロが大きな魔物を背負って、帰還してきたのだ。
その魔物が今現在、俺達の前の地面に置かれている。
「これは……確かコカトリスだったか?」
ヒロがこくりと頷く。
またとんでもない魔物を討伐したものだ。
コカトリスというと、確か近くの冒険都市でAランクに指定されていた魔物だ。
Aランクというと、王都の騎士が十人くらい束になってやっと勝てるくらいの魔物だ。
こんな魔物が近くの森林にいたなんて……ぞっとする。
「ヒロ一人で倒したのか?」
「もちろんだよ」
どこか誇らしげに胸を張るヒロ。
「それにしてもこのダマスカスソードはすごいね。コカトリスだったら、いくら私でも苦戦するかと思ったけど、最初の一閃で倒しちゃったよ。ものすごい切れ味だった。全く、とんでもない武器を領主様は持っていたものだね」
そうやってダマスカスソードを見るヒロの目は、まるで子どものようにキラキラ輝いている。
「ま、まあ……結果オーライか。コカトリスを倒してくれたんだし」
見るとヒロの体には傷一つない。
それどころか元気でぴんぴんしていた。
「ヒロ、ありがとう。コカトリスを倒してくれて」
「礼には及ばないさ。これが私の仕事なんだからね」
そう言うヒロは最初見た時よりも、たくましく見えた。
Aランクの魔物を単独で倒せる人材が来てくれるとは。
当面、領地の安全面は心配なくなったかな。