表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/10

6・ヒロの力

「では行ってくるとするよ」


 ヒロが歩き去ろうとする。


「どこに行くんだ?」

「決まっているじゃないか。この領地をぐるっと囲んでいる森林だよ。あそこにはまだ魔物でうじゃうじゃしている。今のうちに数を減らしておかなければ、近いうちに大変なことになるよ」


 サールロア領の未開の大森林。

 あそこが今まで手つかずだったのは、魔物が蔓延っていたためだ。

 その中には強力なものも多く、今まで父と母が手をこまねいていた光景を俺はよく見ていた。


「すぐに働くつもりなのか?」

「……? 当たり前だよね? じゃあ今日はただの休みになっちゃうじゃないか」

「ただの休みでもいいんだよ」

「休みが……ある……だと?」


 ヒロは何故か不可解そうな顔をしていたが、すぐに「あっ、そうだ」と手をポンと叩く。


「『週休二日』って書いてあったね」

「そうだ」

「今までずっと働きっぱなしだったから、休みという存在を忘れていたよ……」

「? ヒロは国に直接雇われているんだろ?」

「まあそういうことになるね」

「だったら休みが多そうだが……」


 前世では公務員といったら『週休二日』のイメージが強かった。

 まあ実際はそうでもないらしいんだが……。


「いや全然」


 ヒロは首を横に振る。


「領主には『せっかく国民から税金を貰っているんだ。それなのにどうして休みが必要なのだ? 一日でも休むなんてもったいない。そんなことを言っている暇があったら、さっさと魔物を狩りに行け』と言われていたよ。そのせいで私は休みらしい休みをほとんど取ったことがない」

「マジかよ……」


 やはりなんというブラック都市。

 前世で一日中働けますか、という広告があったが、まさにそれを地でいくな。

 領主の顔が見てみたいもんだ。


「とにかく今日は休んでもらってもいいぞ。せっかく来たんだから、領内を見学しておけばいい」

「ありがとう。でもこれは私のためでもあるんだ。あんな危険な森林が近くにあると分かったら、いてもたってもいられないよ」

「でも……」

「気にしないで。領主様に言われたから、私も見学するくらいにしておくよ。あっちから襲いかかってきたら別だけど、積極的に戦わないから」


 まあヒロがそう言うなら別にいいが……。


「だが、それにしても装備品もなにもなしで森林に行くのは危ないだろう?」

「装備品もなしで……?」


 ヒロが首をかしげる。


 彼女を見る限り、腰には貧相な木剣がぶら下がっているのみ。

 鎧もなにも着けていない。

 身軽そうだが、それで魔物の前に行くのは危険すぎる。

 それにしても、こんな出で立ちでここまでどうやって来たんだろうか。


 不思議に思っていると。


「これがあるだろう? この木剣が」

「なっ……! そんな子どものおもちゃみたいなもので戦いに行くつもりなのか!?」

「子どものおもちゃか……私もそうだと思うよ。でも国からこれだけしか支給されなかったからね。他の装備品を買えるほど給料も貰っていないし……」


 とヒロは自嘲気味に笑った。


「酷い国だな」

「ハンスさん、ハンスさん」

「ん?」


 唖然としていると、アラベラが俺の服の裾を引っ張ってきた。


「確かに酷いと思うんですけど、そういう領主様がほとんどなんですよ? ハンスさんみたいに、領民のことをよく考えてくれる領主様なんていません」

「そうなのか……」

「はい! だからわたしはハンスさんに拾われて幸せです!」


 にぱーと満面の笑みを作るアラベラ。


 どちらにせよ、そんな装備品でヒロを森林に行かせるわけにはいかない。


「そうだ。丁度剣があるんだ。これを支給するぞ」

「ありがとう……ってこれはダマスカスソードじゃないか!」


 ダマスカスソードを手渡すと、ヒロは驚き目を大きくした。


「こんなもの、本当に借りていいのかい?」

「貸すどころか、それは今からヒロのものだ」

「お金は……」

「お金? そんなものいらん。仕事をするのに、必要なものを支給するのは領主にとって当たり前のことだろう?」


 言うと、ヒロは胸の前に手を置く。


「本当にありがとう。これは宝物にするよ」

「大袈裟だな」

「この木剣は……いらない」


 ガラクタみたいな木剣を、ヒロはすぐさま遠くに放り投げた。


 そして新しくダマスカスソードを腰に差す。

 うむ、似合っているが、どこかぎこちない感じもした。

 今までまともな装備品を身に付けたことがないんだろうなあ。


「ああ……早くこれを振るってみたいよ」


 ヒロは子どもが玩具を貰ったかのように、目を輝かせている。


「はは。今日は森林を見学するだけなんだろ? くれぐれも戦わないように。怪我なんてもってのほかだ」

「わ、分かっているさ」


 慌てて言うヒロ。

 そして森林へと向かっていった。


 しかしこの時、俺はヒロの力を見誤っていた。




 ◇ ◇



「ご、ごめん! ダマスカスソードを貰ったのが嬉しくてね。つい戦ってしまった……」

「これは『つい』というレベルなのか?」


 ヒロが手を合わせて謝っている。


「わあ、勇者様すごいです!」


 目を丸くするアラベラ。


 お昼くらいにヒロは森林に出掛けていって、夕方くらいに戻ってきた。

 ちゃんと定時に帰ってきて、俺はほっと胸を撫で下ろしたものだ。


 しかしどうやら様子がおかしい。


 ヒロが大きな魔物を背負って、帰還してきたのだ。

 その魔物が今現在、俺達の前の地面に置かれている。


「これは……確かコカトリスだったか?」


 ヒロがこくりと頷く。

 またとんでもない魔物を討伐したものだ。


 コカトリスというと、確か近くの冒険都市でAランクに指定されていた魔物だ。

 Aランクというと、王都の騎士が十人くらい束になってやっと勝てるくらいの魔物だ。

 こんな魔物が近くの森林にいたなんて……ぞっとする。


「ヒロ一人で倒したのか?」

「もちろんだよ」


 どこか誇らしげに胸を張るヒロ。


「それにしてもこのダマスカスソードはすごいね。コカトリスだったら、いくら私でも苦戦するかと思ったけど、最初の一閃で倒しちゃったよ。ものすごい切れ味だった。全く、とんでもない武器を領主様は持っていたものだね」


 そうやってダマスカスソードを見るヒロの目は、まるで子どものようにキラキラ輝いている。


「ま、まあ……結果オーライか。コカトリスを倒してくれたんだし」


 見るとヒロの体には傷一つない。

 それどころか元気でぴんぴんしていた。


「ヒロ、ありがとう。コカトリスを倒してくれて」

「礼には及ばないさ。これが私の仕事なんだからね」


 そう言うヒロは最初見た時よりも、たくましく見えた。


 Aランクの魔物を単独で倒せる人材が来てくれるとは。

 当面、領地の安全面は心配なくなったかな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ